俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
「ほんと雪姉の作るご飯は美味しい! どっかのお兄ちゃんと違って」
「うるせぇ」
だが小町の言う通り、雪乃の料理は糞美味い。カレー1つとっても店で出してもおかしくないんじゃねえのって言う位に美味しい。悔しい……専業主夫になる身としては非常に悔しい。俺も料理はちょくちょくしているがどうも上達が見られない。まぁ、由比ヶ浜程じゃないが……ってなんで俺専業主夫になること決定済み? いや確かに養っては貰いたいが……誰に? ……。
その相手を想像した瞬間、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。
「八幡、おいしいかしら」
「あ、あぁ美味しい」
すると何故か小町が大きなため息をついた。
「今のは小町的にポイント低いよ~」
「じゃあ、どういや良いんだよ。おいしゅうございましたってか?」
「違う違う。そこは愛してるよで良いんだよ」
「意味わからん」
「もう小町ちゃんったら」
おい、なんでそこでお前が顔を赤くするんだ。それで言ってくれみたいな目で俺を見てくるな……そんな目で見られたら言ってみたくなるだろうが。
「ご馳走様」
「お粗末様」
台所で簡単に皿を洗剤で洗った後、部屋に入ってベッドに横になり、ボケーっとしているとふと材木座の原稿のことを思い出し、カバンに手を伸ばしたと同時に部屋の扉が開いた音がし、顔を上げると何故かカバンと制服を持った雪乃が俺の部屋に入ってきた。
「なんだ、今日泊まってくのか」
「ええ。久しぶりに泊まるのも良いでしょ?」
小学生の時はよく互いの家に行って泊まったな……ちょっと待てよ。
「お前、どこで寝る気だ」
「ここよ」
「布団は?」
「八幡の隣よ」
ですよね……ま、良いや。
何を言ってもどうせ聞かないので半分詰めるとそこに雪乃が入り、広げていた材木座の原稿に目をやった。
「……八幡。これは本当に小説なのかしら」
「ライトノベルってやつだろ。一般文芸とかじゃなくてオタク向けというかファンタジー色が強いというか」
「…………そうだとしても何故、ここでヒロインは服を脱ぐのかしら」
「それは知らん」
「なら赤線ね」
雪乃は容赦なく材木座の原稿に赤ペンでヒロインが服を脱ぐシーンを何故か10行にわたって表現されている個所に線を引き、次のページへと進む。
その後も雪乃の赤ペン先生は順調に赤線を引いていき、血みどろ先生どころか血まみれ先生になってしまった。
雪乃からすれば許せないであろう意味のない倒置法、理解できないルビの振り方、似たような文章、誤字脱字、誤用されている部分を削除していくと1Pで線が引かれていないのは固有名詞くらいしかなくなってしまった。
まあ、あれだ。一般文芸しか読んでいない奴がラノベを見て「こんなので金をとるか」っていうくらいのものだ……にしてもこれは多すぎるけどな……。
「八幡、これは小説なの?」
「…………黒歴史と言っておこう」
許せ、材木座。お前の小説は血まみれになってしまった。
原稿をカバンの中にしまい、天井を見上げるとちょんちょんと二の腕の辺りを突かれたのでまたかと思いながらも腕を横に伸ばすとそこに雪乃の頭が乗せられる。それと同時に俺の心臓が鼓動を大きく打つ。
こ、こればっかりは何回やっても慣れないな…………雪乃の髪、相変わらずサラサラだな。
「昔は恥ずかしがっていたのに」
「何言ってもお前するだろ」
朝起きたらいつの間にか腕枕の状態だったしな。
「……今日、迷惑だったかしら。急に来て」
「なんでだよ」
「その……八幡がそんな風な顔をしていたから」
雪乃の方を見ると少し悲しそうな顔をしていた。
…………そんな悲しそうな顔するなよ。
そう思いながら俺は雪乃の頭に手をポンと置き、昔と同じようにナデナデしてやるとさっきまでの悲しそうな表情は消え、気持ちよさそうに目を細める。
「嫌なわけじゃない……い、いきなりだったから少し驚いただけだ」
「そう……よかった」
至近距離からの雪乃の笑みを食らい、また心臓が鼓動を大きく打つ。
もう本当に俺、心筋梗塞で死にそうだな…………ただ、こんな状況は悪くない……それどころか俺は受け入れている節さえある。
「おやすみなさい、八幡」
「あぁ、おやすみ」
そう言い、俺は部屋の電気を消した。
翌日の朝、普段は自転車の後ろに乗っているのは小町だが今日は雪乃が後ろに乗っている。
何故かは知らないが急に「歩きたくなったな~!」なんて朝から叫びだし、俺が出る20分も前に学校に向かったからな。小町、1つ言っておこう……グッジョブ。
「よかったのかしら。ここ、普段は小町ちゃんの場所なんでしょ?」
「良いんじゃねえの? あいつが言ったんだし」
そう言いながら全力の半分ほどの力で漕いでいるとチラホラと総武高校の連中の姿が見えてきたので全速力で学校の校門に侵入し、普段はやらないドリフトで駐輪場へと自転車を止めた。
これぞ俺が生み出した技だ……雪乃に変な噂が立たないためのな。
「もう少しゆっくりでもよかったのに」
「遅刻したらどうすんだよ」
………もうあの時の様に俺の所為で雪乃に変な噂なんて立たせてたまるか。
雪乃とは途中で分かれ、自分の教室へと向かっていると後ろから軽い衝撃がくわえられ、面倒くささを露わにしながら振り返ると後ろに由比ヶ浜がいた。
「やっはろー!」
「おう。えらい元気だな」
「そう?」
材木座の原稿を読み終えたのは日付が変わった瞬間……なのになんでこいつはいつも通りに元気なんだよ。
欠伸を噛みしめながら教室へと向かった。
放課後、俺は由比ヶ浜と共に部室へと向かって歩いているが未だに眠気が全く取れず、欠伸を何回かしながら部室の扉を開けると既に雪乃と材木座が座って待っていた。
雪乃の隣に椅子を置き、そこへ座る。
「さて、では感想を聞かせてもらおうか」
「私、こういうのはよく分からないのだけれど」
「構わぬ」
「そう……まず絶望的に面白くなかったわ」
「げふぅ!」
いきなりの顔面ストレートか……やるな、雪乃。
だがその程度で終わる雪乃じゃない。
「文法がめちゃくちゃね。小学生の時に最低限の文法、習わなかった? 誤字脱字が多すぎるし文の誤用もかなり多かったわ。頭痛が痛いレベルのね」
それから雪乃のターンがずっと続き、ルビの振り方が違うだの、ヒロインがここで脱ぐシーンはいらないだの似たような文章をダラダラ書き過ぎだの場面転換がおかしいだのと昨日、赤線を入れた数の半分も行かないところで材木座はダウンさせられていた。
雪乃が強すぎるのか、それとも材木座が弱すぎるのか……確実に後者だろうな。
「小難しい言葉で書こうとしているようだけれど用法が間違っているから無駄だわ。あと」
「雪乃、いっぺんに言ってもあれだし、いったん止めとけ」
「……八幡がそう言うなら……由比ヶ浜さんにバトンタッチするわ」
「ほぇ!? あ、あたし!?」
あ、こいつ絶対読んでないな。だからあんなに今朝、元気だったのか。
由比ヶ浜は慌ててカバンから原稿を取り出し、物凄い速さでページを捲っていくが原稿の束に皺すらついていなかったので確実に読んでいない。
せめて読んでやれよ。
「う、うーんと…………難しい言葉いっぱい知ってるんだね!」
「がはっ!」
止め刺しちゃったよおい。雪乃が言ったことにエンハンスをかけてどうするよ……いや、まあ俺も読んでて小難しい感じや言い回しが多い割には誤用が多いから陳腐な文章になっていたのは否めないし、そもそも最後らへんは無駄に改行が多い。恐らく最初はエンジンフルスロットルで1日20ページくらい書けば20日で終わるじゃんって思っていたけど2日目からは半分も書けなくなってしまい、結局倍の時間かかってって所だろ。うんうん。よくあることだ。夏休みの宿題とかな。
「は、八幡。お、お前なら……ラノベに精通しているお前なら分かるよな?」
材木座は涙目で俺に助けを乞うてくる。
小さくため息をつき、仕方なく材木座の手を取ると笑顔が浮かぶ。
「ところであれ、何のオマージュ?」
「ぎゃぁぁぁん!」
ふっ。ネット小説家にとって感想欄でオマージュですか? って聞かれるとなんかパクリを指摘されているみたいで怖くなるって言うのを聞いたことがある。
「八幡。私よりも強い一撃じゃない」
「ちょっと」
グイグイと肘で由比ヶ浜に押されるので俺は仕方なく材木座に回復処置を施す。
「ま、所詮ラノベなんてイラストだ、イラスト」
そう言うと顔を床につけ、体をびくびくと一定間隔でビクつかせる。
少し経ってから材木座は冷や汗をダラダラかきながら過呼吸を起こすんじゃないかと心配するくらいに深呼吸を何度もし、呼吸を整える。
「…………また読んでくれるか?」
「あんなに言われてそう言うか」
「無論だ。自分の描いた作品を読まれて感想を貰うこと以上にうれしいものはない。我の中で感想を貰ったと言う事自体が重要なのだ。感想なき小説に未来はないのだ!」
……なんか筋が通っていそうに聞こえるのが不思議だ。だが一理あるかもしれない。怒られる内はまだいいという言葉があるように誰にも評価されなくなった時点で闇に消えてしまう。
「また新作が完成したら持ってこよう。さらばだ!」
そう言い、嵐の様にやってきて嵐の様に去っていった。
「……な、なんだかすごいお友達がいるんだね、ヒッキーって」
「友達いうな」
「でも材…………何とか君は不思議な存在ね」
おい、せめて名前くらいは覚えてやれ。
まぁ、でも恐らく材木座が次の作品を持ってきたとしても俺は読むだろう。評価無き作品は闇に埋もれる。でも俺達から酷評という感想を得た材木座の作品はまだ成長の余地があると言う事なのだろう。
評価されるだけありがたい……それはあながち間違っていないのかもしれない。だが逆を言えば評価されなければ存在することすら意味がない…………俺は雪乃の傍にいられるほど評価されているのだろうか……。
「もう帰りましょうか」
「なんか凄かったね~」
「お前それしか言ってねえじゃん」
そう言いながら部室の鍵を閉め、俺達は学校を出た。