俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
10分後、由比ヶ浜が2回目に作ったクッキーが完成したがどこからどう見ても火災現場などにある燃え残った炭のような固形物だ。
味見係の俺が一口食べるが先程とは違い、確かに砂みたいな感覚は無くなりつつあるがどうしても焦げた部分が多すぎてクッキー本来の味がしない。
「…………いったい何が悪いのかしら」
「材料はあっているんだけどな」
当の由比ヶ浜は失敗続きで落ち込んでいる様子でさっきから俯きっぱなしだ。
焦げているってことは最後の工程であるオーブンでの失敗が考えられるんだが焼く時間も雪乃の指示通りにしているからそこで間違うことは無いんだけどな。
「なんで雪ノ下さんと違うのになっちゃうんだろ…………やっぱりあたし才能ないのかな」
その時、ピクッと雪乃の口元が動いた。
こいつが一番嫌いな言葉が出たな。
「そう言うの止めてくれないかしら」
「え?」
「自分には才能が無いとぼやく人ほど成功者の積み上げてきた努力を見ていないわ。たった数回程度の失敗ごときで才能が無いというのならもう止めた方が良いわ。これ以上やっても伸びることは無いもの。時間の無駄よ」
雪乃の厳しすぎるともいえる言葉が由比ヶ浜に突き刺ささり、由比ヶ浜は俯いてスカートの裾をギュッと握りしめて肩を震わせる。
雪乃曰く、向き不向きはあれど最初から上手い奴はいない。故にこの世に才能などというものは存在しないと。人間努力次第でいくらでも変われると。だから雪乃はたった数回しかせずに才能が無いなどというやつのことは大嫌いだ。そしていつも雪乃は嫌われてきた。正しいことを言っているにもかかわらずだ。
人は正しいことを真正面から言われることを非常に嫌う。ぬるま湯レベルのミスの指摘ならいいけど沸騰したお湯レベルの指摘は嫌いだ。俺は好きだけど。
由比ヶ浜もきっと
「カ、カッコイイ!」
突然のその言葉に雪乃はおろか俺も口を開けて驚きのあまり、固まってしまう。
由比ヶ浜はその言葉の通り、目を尊敬にも似た色に変えてキラキラとさせながら雪乃のことを見る。
…………雪乃の辛辣な言葉を直接受けて嫌うやつは星の数ほどいるが由比ヶ浜の様に心の底から感銘を受ける奴は初めてだ。
「は、話しを聞いていなかったのかしら。かなり厳しいことを言ったつもりなのだけれど」
「うん。でもなんかズドーン! って響いてきてすっごく格好良かった! 建前とかじゃなくて本音しか見えないというか……そうだよね……よし! あたしもう少し頑張ってみる! 雪ノ下さん! よろしく!」
「え、えぇ」
雪乃は戸惑いながらも手とり足とり由比ヶ浜にクッキーの作り方を教えていく。
…………もしかしたら由比ヶ浜なら雪乃の…………。
雪乃の指示通りに計量カップで1ミリのズレもなく図り、雪乃の指示通りの混ぜ方で生地を混ぜ、形を整えてオーブンの中へと突っ込み、由比ヶ浜が時間を設定し、焼きはじめようとした瞬間、気づいた。
なるほど……だからこいつの作ったクッキーは最後で火事現場にある奴になるんだ。
「由比ヶ浜」
「ん? どったの?」
「温度上げ過ぎ」
「ほぇ? 強火じゃないとダメなんじゃないの?」
「お前、なんのために弱火・中火・とろ火っていうのがあると思ってるんだよ」
「そう! それ昔からずっと不思議だったんだよね~」
こいつの将来が壮絶に不安になってくるな。メシマズ嫁にならないことを祈るばかりだ。
設定温度を適温にし、焼きはじめる。
「後はこれで焼きあがるのを待てばいいわ。由比ヶ浜さんは大雑把すぎるの。隠し味などは作り方を完璧にマスターしてから考えること。マスターしていない時はレシピ通りに作ればいいの」
「たはは……ママの作り方を真似たんだけどな~」
すげえな。料理の技術まで遺伝するのか……今度、遺伝で何が移るのか調べてみるのも良いな。
そんなことを思っていると目の前にお茶が入った湯呑みを渡され、ありがたくもらうと俺の隣に雪乃がピタッと距離を詰めて座った。
「お疲れ様」
「どうも」
「2人って昔から知り合いなの?」
「ええ、小学校から一緒よ。中学で私が海外に行ってしまったから数年の空白はあるけれど」
「へぇ~。じゃあ幼馴染なんだ」
そんなことを話しているとオーブンから焼きあがったことを知らせる音が発せられ、オーブンからクッキーを取り出すといい具合の色に焼きあがっており、良い匂いもしてくる。
それぞれ1つ手に取り、食す。
「美味しい!」
「さっきのクッキーが嘘みたいだな」
「そうね。あとは由比ヶ浜さんで自分で出来るわね」
「うん! そっか~。あたし計量カップつかわなかったからいけなかったんだ~」
いや、それ以前のこともいろいろあるがいい雰囲気で終わったのが台無しになってしまいかねないのでとりあえず俺の胸の中でとどめておくことにしよう…………ただ1つ言いたいのは由比ヶ浜、お前はなんでもかんでも強火で焼けばいいと思っているがそれは違うからな。気をつけろよ。
毎度毎度の失敗の原因は何も計量カップを使わなかったせいだけじゃない。雪乃は気づいているか否かは知らないが俺ははっきりと気付いた。あいつは毎回、オーブンを最高温度で焼いていたからああなったんだ。たまにいるよな。なんでもかんでも強火で焼いたり、またはその逆。
「ありがとう! 雪ノ下さんのおかげでなんかクッキー作れる気がしてきた! もう1回自分で作ってみてそれを渡してみる!」
「そ、そう。頑張って」
「うん! じゃ!」
そう言い、由比ヶ浜は家庭科室から去っていくがよくよく考えれば俺、いらない子じゃん。
「今回、俺いる必要なかったな」
「そうかしら」
そう言い、雪乃が俺を後ろから抱きしめるかのようにもたれ掛ってきて、背中からダイレクトに主張が控えめの2つのものを感じるがすぐに俺の目の前にハート形に形作られ、綺麗にラッピングされているクッキーを手渡されたことですぐに吹き飛んだ。
最初に入った時にクッキーの焼けた匂いがしたけどクッキーが見当たらなかったのはこれか。
「食っていいか?」
「もちろん。その為に作ったもの」
耳の傍で聞こえてくる雪乃の綺麗な声にゾクゾクとしながらもラッピングを綺麗に解き、端の方を一齧りすると口の中でほのかな甘みが広がる。
ほんと、雪乃には叶わない。俺は興味があるうちは雪乃にも勝てるけど興味がなくなれば雪乃に負ける。
でも雪乃は興味があろうがなかろうができないことはできるようになるまで努力し、それができるようになったらずっと継続してできるようにする。ほんと…………凄いわ。
「美味しい?」
「あぁ、美味い」
「よかった」
雪乃の顔を見なくてもその声を聴くだけで雪乃が笑顔を浮かべていることは容易に想像がついた。
「ほんとお前には頭が上がらねえよ」
「そうかしら。私はあの時から八幡に頭が上がらないわ……これからもずっと」
耳元から聞こえてくる雪乃の声と香水の良い香りのダブルパンチのせいでさっきから俺の心臓バクバク言い続けている。
「こんな感じでやっていくのか?」
「ええ。これが奉仕部の活動よ……ただ今回はイマイチな結果だったけれど」
「そうか? 由比ヶ浜なりに納得した奴を作れるようになったら十分成功だろ。あいつが作った物に納得がいかなかったから奉仕部に来たわけだし」
「そうね…………流石は八幡ね」
「何もしてねえのに褒めるなよ」
なるほど……確かに雪乃の言った通り、違う側面からのアプローチなわけだ。
翌日の放課後、俺は部室でいつもの様に雪乃と近い距離に座りながら遺伝についての論文をまとめた分厚い本を読んでいた。
…………やっぱり書いてないな。何故、親の料理スキルが著しく低ければ生まれてくる子供の料理スキルも低いのだろうか……もしかしたらただの偶然なのか?
そんなことを考えていると勢いよく部室の扉が開かれ、顔を上げると笑みを浮かべた由比ヶ浜がいた。
「やっはろー!」
「どこの挨拶だよ」
奇妙な挨拶をしながら由比ヶ浜はカバンをゴソゴソと探りながら近づいてきて俺たちの目の前まで来ると綺麗にラッピングされたクッキーを俺達に手渡してきた。
「はい、ゆきのんとヒッキーに」
「え、えっとプレゼントではなかったの?」
「うん、そうなんだけどゆきのんにはいろいろお世話になったからそのお礼。で、ヒッキーはついで……ほ、本当についでで他の意味はないから! たまたま残ったのをたまたま残った袋に入れただけだから!」
「酷くね? そこは俺にもお世話に……なってないか」
そう言うと由比ヶ浜は乾いた笑みを浮かべながら頷いた。
「ところでそのゆきのんって言うのは何かしら」
「雪ノ下さんだからゆきのん! ダメ?」
人生で初めてあだ名をつけられ、少し恥ずかしいのか頬を赤くしながらも小さな声で「別にダメとは」と呟くと俺の方に救いを求めるかのような目で見てくる。
「良いんじゃねえの? ゆきのん」
「あ、貴方って人は……」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら俺を睨み付けてくるが逆に可愛いので俺にはノーダメージ。
「ねえ、ゆきのんっていつもどこでお昼ご飯食べてるの? 一緒に食べよーよ!」
「い、いつもここで食べているわ。でも私は八幡と」
「あ、そうだ! 最近あたし料理はじめたんだー!」
「話聞いているのかしら」
「そうそう! あたし、放課後暇だから部活手伝うよ!」
由比ヶ浜の怒涛のマシンガントークに雪乃は少し戸惑いながらも対応していく。
由比ヶ浜結衣という未知の性格をした人間との出会い……雪乃にとっては最初の内は警戒すべき相手かもしれないけど…………ま、良いんじゃねえの? 今まで1人だった雪乃にとって友達らしき奴が出てくるのは。