俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love   作:kue

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『青春とは侵略であり、略奪である。青春という2文字の前に有象無象の存在である俺にはなんの意見も口に出せないのだ。青春とは押しつけである。幼馴染と一緒に遊んでいる、一緒にしているというのは聞こえはいいかもしれないが色々と押し付けられるのだ。委員会、ルーム長、班長などなど。さらに言えば将来の進路すら押し付けられている。まぁ、そんなわけで高校生活が終わったら俺……専業主婦になりまーす』


現在
第五話


 職員室というある種の聖域で1人の可哀想な男子生徒の作文が読まれてしまった。

 それはもうハリウッドがスタンディングオベーションで笑いと涙を製作陣たちに送ってくれるほどの感動巨作で全米初登場にして興行売上ランキング第一位を取ってもおかしくない。なのになぜか国語教師である平塚静先生は青筋を浮かばせ、引きつった笑みで俺を見てくる。

 俺―――比企谷八幡はどこかの権現坂のように不動の精神を貫いている。

 

 怖い……学校の女教師美人ランキングで常に上位に入っている平塚教諭。

女性教員の中では唯一、スカートではなくパンツスーツを履いているがそのスタイルの良さから格好いいという評価が女子たちからあふれ出ている。

 事実、先生は格好いい。男の俺もそれには賛同しよう……ただちょっと怖すぎやしませんかね? だってさっきから指の関節パキパキ言わせてるよ?

 

「とりあえず…………一発殴らせてもらおうか」

 先生の拳に漆黒のオーラが揺らぐ。

「すみませんでした書き直します! だからどうかその拳を降ろしてください!」

「当たり前だ。私が出した課題は高校生活を振り返ってという題のはずだ。別に半分しか書いていないことはどうでも良いのだよ」

 

 おや珍しい。大体、国語教師って作文を1枚以上使いなさいって脅迫してくるよな。あれなんでなの? しかも書けば書くほど褒められるってお前は作家か!? 作家なのか!? んでしかもめちゃくちゃ書いても発表される際は5枚に凝縮されるだろ? 俺は悟ったね。これが大人の社会なのかと。まるで射的でゲーム機を狙っても落とせないからおっちゃんの見えないところで銃で小突いたら「こんなもんで落とせるわけねえだろ」って逆に怒られた的な? 

 そんなことを考えていると紙束で頭を叩かれた。

 

「真面目に聞いてるのか?」

「聞いております」

「特に最後の一言は何だ? 分かりやすく答えたまえ」

「え、えっとですね……わ、笑わないですか?」

 

 そう言うと先生は静かに首を縦に振る。

 

「私はどんな生徒の言い分でも一度は受け入れる。さあ、言いたまえ。このふざけた文章について」

「実は俺には許嫁がいましてね。その子が八幡は働かなくていいから家のことして♪って言ってましてですね。大学を出ると同時にっていうか下手したら高校を出ると同時に俺家庭に入るといいますか」

 

 俺の発言に先生は驚くを通り過ごして悲しみと憐みに満ちた目で俺を見てくるかと思えば眉間をキュッと抑えると半分笑い、半分真剣に心配しているような表情で俺の肩に手を置く。

 

「ひ、比企業谷……ぷふっ……現実と紙の上はちゃんと区別しなさい」

 

 先生の中で一山を越えたのかふぅと息を吐くと俺が書き上げた作文を返却し、足を組んできている白衣のポケットから煙草を取り出し、それに火をつけて吸い出す。

 

 流石に生徒の前でタバコを吸うのはどうかと思うのですが……マジで職員室全体を禁煙にしろよ。煙草臭くてかなわんわ。

 

「いや、これはマジな話です」

「……君、友達いないな」

「え、もう決定済み? 失敬な! 俺とていますよ……周りがそう言っているだけですが」

「これは失礼。ならば彼女はいないだろう」

「……”今”はいません。ていうか先生もそれは同じ」

 

 ――――人はそれをジャンナックルという。まぁ、つまりロケットパンチだ。

 先生の右こぶしが俺の頬すれすれの所を通っていき、耳の辺りで止まったのかさっきからパキパキという音が聞こえてくる。

 

「女性に結婚、および彼氏については聞くなと教わらなかったか?」

「ご、ごめんなさい」

 

 そんなもん初めて聞いたわ。女性に聞いたらいけないのは年齢くらいって聞いたことはあるけど。

 先生は拳を戻すとふたたび椅子に座る。

 ”今”だからな。未来に行けば俺、家庭に入ること確実だろうし……ていうかなんであいつはいつも俺を巻き込むかねぇ。許嫁なんてあいつが言いだしたことがあいつのお姉さんに波及し、さらにはお父さんにまで波及したからな……ま、まあ嬉しいんだが。

 平塚先生は少し考え、俺の方を見る。

 

「学業成績だけで見れば君は国際教養科にも劣っていないのだがね。何故、入試時に国際教養科を選択しなかったのかね。君なら主席入学もおかしくはない成績だったはずだが」

「まぁ、その…………目標の奴がいるといいますか……そいつと約束したといいますか」

 

 今すぐにでも思い出せるあの時の決意。

 あいつにマイナスな噂が立たない様にあいつと同じくらいに勉強ができるようになるという決意を果たすために俺は必死に勉強をした……まぁ、結果的にそれでボッチにはなったが別に嫌ではなかった。

 

「とにかく、レポートは書き直しの後、再提出。あと君の心無い発言で私の心は大いに傷ついた」

「結婚は自分の意思だろうに」

「あ?」

「い、いえなんでも」

「罪には罰が必要だ。犯罪を犯せば懲役なりなんなりが課せられるだろう」

 

 わぉ。さっきの俺の発言は犯罪並ですか……まぁ、そりゃ先生の中では結婚に関する話をされたら犯罪者並に憎しみを抱くんでしょうけど……でもなんでこんな美人な先生が出来ないのかね。スタイルも良いし、職業は教師っていう公務員だぜ? しかも県内有数の進学校と言われている総武高校の国語教師。いったい何がいけないのだろうか……なんかこれ以上詮索したらダークネビュラに送られそうだからやめとこ。

 

「君に奉仕活動を言い渡す」

「うげぇ」

「何かね」

「い、いえ……」

「ついてきたまえ。君にピッタリの部活がある」

 そう言う先生が浮かべている笑みは非常に嫌な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総武高校の上から見た図形は少し歪な形をしている。簡単に言えばカタカナの”ロ”の形をしており、道路側に教室棟があり、その向かいに特別棟、そしてその間に挟まれる形で中庭がある。

 教室棟と特別棟は2階の渡り廊下で結ばれている。

 そんな渡り廊下を歩いていくとプレートに何も書かれていない教室の前で立ち止まったかと思えばノックもなしに先生が扉を開けた。

 後に続く形で中に入った時、目の前には1人の女子が座って文庫本を読んでいた。

 その女子は来訪者に気づくと文庫本に栞を挟み、顔を上げるが俺の顔を見た瞬間、驚きの色に顔を染め上げ、文庫本をパタッと落とした。

 

「雪ノ下?」

「……平塚先生、入る時はノックをお願いしたはずですが」

「ノックをしても君は反応しないだろう」

 

 先生の一声にようやく我に返った彼女はノックもなしに入ったことを咎めるが視線はずっとこっちを向いたままだ。

 ジーッと彼女が俺を見ていたのに気付いたのか平塚先生はコホンと咳払いをした。

 

「こいつは入部希望者だ。私の心を傷つけたとして罰を与えようと思ってな。少しの間置いてやってほしい」

 

 奉仕活動っていうかもう罪を償うための活動をここでしなさいって言っているようなものだと思うのだが……今言っても圧殺されるだけだから言わないでおこう。

 

「罰……ならば先生が制裁を加えればよろしいのでは? 問題にならない程度の制裁は教育現場にはある程度必要だとは思いますが……できれば私が制裁を加えたいですが」

 おい、今凄いこと言ったぞ!?

「そうしたいが最近はうるさくてね。少し叩いただけで体罰だのなんだのという親が増えてるのだよ」

 って気づいちゃいねえ! まぁ色々とあるからな。モンスターペアレントとかが増えだしたのも最近だし。

 

「雪ノ下、頼めるか? 期間的には一月の予定なのだが」

「えぇ。構いません……むしろずっと一緒が良いです」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も」

「そうか。では、頑張れよ」

 

 そう言い、平塚先生は部室から出て行った。

 とりあえず突っ立っているのもあれなので近くにある椅子を適当な位置に置き、座るが何故か彼女が当然のように椅子をぴたりとくっ付けて俺の隣に座った。

 

「……近すぎやしないかね。雪乃よ」

「あら八幡の隣は私よ?」

 

 そう言うと雪乃は小さく笑みを浮かべて何故か上目づかいで俺のことを見てくる。

 こいつ絶対に狙ってやってるだろ……可愛いからありっていうかむしろウェルカム……って俺は何を言っているんだ。

 煩悩を振り払うべく、軽く頭を左右に振る。

 

「どうして会いに来てくれなかったのかしら」

「無茶言うなよ。国際教養科なんてほとんど女子高だろ」

 

 雪乃が所属する国際教養科は一口に言ってしまえば総武高校の頭のいい連中を集めた選抜クラスだが何故かそこにいる奴らは9割が女子なので男子が近づこうものなら敵として認識されてしまうのだ。そもそも雪乃はうちの高校でマドンナ的扱いなのであまり俺は中では会わず、外で会うようにしているのもあって去年1年間は外でしか雪乃と出会っていない。

 確実に俺が雪乃と普段通りの様子を見せれば雪乃にマイナスな噂しか出ないし。

 

「で、ここは何をやる部活なんだよ」

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。ホームレスには炊き出しを、貧困者には給付金を、私に飢えている八幡がいれば私を。それを人はボランティア活動というわ」

「ちょっと待て。今ピンポイント過ぎる部分があったぞ」

 

 ツッコミを入れるが「何を言ってるの? うふふ」とでも言いたいのか小首を傾げ、不思議そうな顔で俺を見つめてくるのでもう諦めた。

 

「今ので分かったわ。要は迷える子羊の案内役って感じか」

「流石は八幡。私のことをよく理解しているわ」

 

 そりゃ、こいつに振り回されること数年。こいつの考えくらいはすぐに理解できるし、やることも分かる……でもまさか奉仕部なんてものに所属するとは思わなかったけど。でもまあ世界を丸ごと変えるっていうでかい夢を持ってるこいつからすれば当たり前の行動か。

 

 こいつは自分の夢のために人から学校まで全てを変えている。小学校であればまずはルーム長を務め、教室を変えると次は学年を制圧、次に学校の全クラスを制圧し、最後は教師までで変えてしまった。

 恐らく向こうでもそうなのだろう……にしても。

 

「なんでお前、今回は生徒会長をしないんだよ」

「今回は別の側面から行こうと思っただけよ。それが奉仕部という答え」

 

 なるほど。今回は生徒たちの上に立って変えるのではなく、生徒の横に立って変えていくというわけか……また連れ回されるのは決まりなんだろうな。

 

「そろそろ終わりましょうか」

「誰も来ないのけどいいのか?」

「来ないのがいいのよ。本来はね」

 

 そう言いながら雪乃は片づけをはじめ、俺は一足先に部室を出て外で待っていると鍵を持った雪乃が出て、扉を閉め、さも当たり前かのように手が触れる近さまでピタッとくっついてくる。

 ……手が触れるたびに心臓が痛むのですが……こいつは俺を心臓発作で殺す気か。

 

 職員室で鍵を返し、下駄箱で靴を履きかえて駐輪場で自転車を取り、さぁ帰ろうというときに後ろがずしっと重くなり、慌てて振り返るといつの間にか雪乃が後ろに座っていた。

 

「送ってちょうだい、八幡」

「…………はいはい」

 俺は呆れながら自転車を漕ぐ。

「そう言えば昔もこうやって貴方の後ろに乗せてもらっていろんなところに行ったわね」

「そうだな……」

「またどこか行きましょ。2人で」

「……まあ適当に連絡くれ」

 そんなことを話しながらゆっくりと自転車を漕いで行く。


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