俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
雪乃が相模の補佐として活躍を始めてから3回目の定例ミーティングを迎えるがあらかたの予想通り、進捗状況はほぼ遅れを取り戻したと言えるほど劇的に改善され、本来少し先に行う事でさえ、文化祭開催からまだ二週間以上の余裕がある今に行っている。
そんな状況で雪乃の評判が上がらないはずがなく、一次関数みたいに日が経つにつれてぐぐーっと上がっていくが逆に相模の場合は上に凸の二次関数みたいにグダーッと下がっていく。
そりゃそうだ。明らかに補佐が付く前と付いたあとでは仕事の速度が違うのだから。
例をあげれば宣伝広報がHPの更新を怠っていればその場でやらせ、有志参加希望のグループが少なければ地域賞という景品のようなものを準備し、それで前年度以上の外部からの有志参加希望数を稼いだりと目に見える行動が多い。
それに比べ相模は余計に突っ立っているだけの人形感が半端ない。
まあ、これも自業自得だろう。自分が慣れないことをノリだけでやった罰だ…………最終ゴール地点は周囲に笑われながら暮らす夢のボッチライフだ。
「HPはこれで結構です。新しい情報が出てき次第、随時更新してください」
「は、はい」
「有志統制は記録雑務とカメラ機材のバッティングが見込まれますのでそこら辺を話し合っていてください。あとステージの割り振り表およびその日の人員の立ち位置などを書いたものをタイムスケジュール表として明日までに提出してください。以上です。相模さん」
「あ、う、うん。お疲れ様でした」
相模の一声のもと、ミーティングが終了し、口々に仕事したわ~などの言葉を出すとともに雪乃の手腕を褒め、逆に相模の突っ立っているだけのかかしっぷりを蔑む。
そんな状況が嫌で嫌で仕方がない相模は友人たちと一緒にそそくさと会議室から出ていく。
……委員長さんや。せめて書類整理をしていきなさいな。
「雪乃。書類整理、手伝うぞ」
「ありがとう。お願いできるかしら」
机の上にバラバラになっている報告書をそれぞれの担当部署ごとに整理していく。
今のところ、雪乃はただ単に遅れている部分を無くしている程度の補佐しかしていないから大丈夫か……大丈夫だと願いたいがな。
「雪ノ下さんありがと~。おかげでだいぶ進んだよ」
「ありがとうございます」
「流石は陽さんの妹さんだね」
そのワードが出てきた瞬間、雪乃が一瞬だけピクッと反応する。
できればそのワードは出さないでほしかったが……よくよく考えれば難しい話か。雪ノ下姉妹の変な関係性に気づいているのは俺くらいなもんだし。
「雪乃、お前それどうするんだ」
「家に持って帰ってやるのよ。作業を前倒しに出来ればその分、考える余裕も出てくるでしょ?」
「そこまでしなくても今のままで十分、余裕はあるはずだろ。わざわざ家まで持って帰らなくても」
「心配してくれてありがと。私は大丈夫だから」
そう言いながらファイルに挟んだ書類をカバンに突っ込む。
…………雪乃……。
翌日の放課後の教室には海老名さん率いる女子たちの熱気が凄まじく籠っていた。
「ネクタイを外すときはもっと悩ましくセクシーに! なんの為のスーツだと思ってるの!?」
いや、ただ単に正装だと思いますが。
海老名さんの鬼指導ぶりに男子どもは涙目になるが主役である隼人とヒロインの戸塚の待遇は他の男子とは比べ物にならないくらいに良い。周りに女子を侍らせ、化粧をされているからな。
特に戸塚は女子たちに大人気なのか10人もの侍女たちが周囲を囲み、お化粧をしている。
その近くで自分で化粧をしている戸部たちの姿が余計に悲しそうに見える……同情する気はないけど……うん。ご愁傷さまでしたとだけ言っておこう。
「あ、あのもういいんじゃ」
「まだまだだね!」
気合で隼人を押し切り、女子たちはメイク道具を片手に華麗に隼人の顔を化粧という絵具で色を付けていき、輝かしさを創造していく。
どうやらここまで来ると全てを振り切ったエンジンフルスロットル! な状態らしく、いつもは隼人に対してしおらしくして誘おうとしているが女王・三浦の陰にコソコソ隠れている女子たちも何故か今だけは妙に高圧的でグイグイ隼人にアピールしまくっている。
「っつーかさ。写真どうすんの? ポスターとかに必要っしょ」
「そう! イケメンミュージカルの醍醐味は何と言ってもポスターのキャスト写真が物を言う! 他の役者なんてどうでも良いの! ポスターの中央にでっかくドーン! ドーン! ドーン! と葉山君と戸塚君の写真を乗せれば集客率は抜群!」
その集客率は『腐腐腐』と腐った笑みを浮かべる女子たちの集客率ですかね?
「でも衣装とかはどうするの? 借りるの? 作るの?」
「少なくとも主役の衣装は既存のものは使えないよ。ヴィジュアルは決まってるし」
「貸衣装は少し難しいかな。予算もツカツカだし」
制作進行担当の由比ヶ浜が頭をペンでガシガシしながら紙を見てそう言う。
一クラス当たりの予算は決まっているが恐らくそのほぼすべてを主役とヒロインにぶつけるだろう。海老名さんとはそんな人さ……俺文実やってて良かった。雪乃に告白する前に黒歴史作るところだった。
「作ればいいじゃん」
「あ、あたし裁縫できるけど」
女王のその一言に素早く反応し、控えめに手をあげながらそう言ったのは川崎さんだ。
「そうなの?」
「うち弟とか多いから自分で小物とかよく作ってるし。これとかも」
そう言いながら髪をまとめていたシュシュを外して海老名さんに見せる。
海老名さんはそのシュシュをほ~だのほぇ~だの言いながら観察し、川崎さんの顔を見ると笑顔を浮かべながら親指を立てた。
「採用! 川崎さんをリーダーに裁縫部隊を結成します!」
「え、えぇ!? あ、あたしがリーダー!?」
「ほらほらレッツゴー!」
海老名さんに取り込まれ、あっという間に川崎がみんなの中心になっていく。
……これもある意味海老名さんの性格がなせる技なのだろうか。
「あれ? 南ちゃん、文実行かなくていいの?」
「え、あ、うん。ちょっとくらいはこっちも手伝わないといけないし……それに雪ノ下さんが手伝ってくれているからさ。あたしが行っても邪魔になるだけだし」
友人に聞かれ、そう答える相模の表情はどこか気に食わないと言いたそうな表情をしている。
…………こんな状況で大怪獣が来たら確実に……いや、悪い考えはよそう。
そう考えながら会議室へ行こうと教室から出ようと扉を開けた時、メイク落としのペーパーで顔を拭いている隼人とばったり会ってしまう。
「あ、もしかして文実?」
「あぁ……お前、有志でるのか?」
「まあね。俺もついていく」
隼人と一緒に行く際、後ろから「幼馴染ハヤ×ハチブッシャー!」みたいな変な声が聞こえたのは幻聴として結論付けた方が良いな。うん。
「準備の方はどう?」
「順調……雪乃が補佐してるからな」
「そうか…………そうなったらまたあの人が」
「来ないことを祈るしかない……と言いたいが」
「来るだろうね。あの人のことだ」
俺も隼人も乾いた笑みを浮かべ、同じ人を頭の中で思い浮かべる。
幼馴染の俺達だからわかるあの人の台風並みの力は時として場を活性化させるが時として破壊の権化と化す場合があるから困る。
前者ならむしろウェルカムなんだがそうすると雪乃のエンジンが入ってしまうし、後者だと文化祭の運営に関わってくる。
まあここの卒業生のあの人ならそんなことはしないと思うが。
一抹の不安を抱えながら曲がり角を曲がると何やら会議室の周辺に人だかりが出来ている。
「何かあったの?」
「あ、じ、実は」
隼人の一声で女子たちが一斉に道を開け、会議室の中が見える。
ってうわぁ…………襲来しちゃったよ。
「何しに来たのかしら、姉さん」
「やだな~。貼られてた有志の募集を見てきたんだって。管弦楽部のOGとして」
「ご、ごめんね? 雪ノ下さんは知らないと思うけれどはるさんがやった文化祭の有志のバンドが大盛り上がりしてさ。それで今日偶々あったから出てくれませんかってお願いしちゃって」
城廻先輩に申し訳なさそうにそう言われた雪乃は強く出れないでおり、そんな状況が悔しいのか雪乃は唇の端を噛みしめながら下を向く。
まずい……かもしれない。
「おっ? 隼人に八幡じゃ~ん」
こちらに気づいた陽乃さんが手を振りながらこちらへ向かってくる。
「遊びに来ちゃった」
「さいですか」
「また何か考えてるでしょ」
俺たちの反応に陽乃さんはいつもの笑みを浮かべる。
「ねえ、雪乃ちゃん。参加してもいいよね?」
「私にそれを決める権限はないわ」
「はぇ? 雪乃ちゃん委員長じゃないの? てっきり雪乃ちゃんがやると思ってたのに……私がやった時みたいに大いに盛り上げてくれると思ったのにな……残念」
その一言に雪乃の肩がビクつく。
「遅れてすみませ~ん! クラスの手伝いで遅れちゃって」
そんな場違いな声が響き、全員の視線が遅れてやってきた相模に向けられる。
「あ、この子が委員長ですよ。はるさん」
「ふぅ~ん」
「あ、さ、相模南です」
「委員長が遅刻? それもクラスの手伝いで?」
上から下まで値定めするように見られた相模は身じろぎする。
「ま、いいや。ねえねえ。私も有志に参加しても良い? ここの卒業生なんだけど」
「え、えぇ。外部からの参加者は欲しいですし」
「やったー! さっすが委員長ちゃん! 分かってる~!」
卒業生に褒められたことが嬉しいのか相模の顔に笑みが戻る。
まあここで無碍にしたら卒業生は不必要だなんていう変な噂が広がりかねないからな……はぁ。やっぱりこの人が参加することは致し方ないことか。
「友達も呼んでいい? 委員長ちゃん」
「あ、はい。多い方が私たちとしてもいいんで」
「ちょっと相模さん。これ以上は」
「いいじゃん良いじゃん。有志は多い方がお客さんも喜ぶでしょ?」
「さっすが委員長ちゃん。私の時も有志の数が多かったけど大盛り上がりだったしな~」
陽乃さんの発言でさらに勢いづいたのか相模は雪乃にかみついていく。
「ほら? 先人の知恵ってやつ? 前のやり方を踏襲すればなんとかなるって」
「だとしてもこの数は多すぎるわ。それに友人だって姉さんのことだから何人連れてくるのか」
「そんな細かいことはいいじゃん。文化祭はお祭りなんだから」
「そうそう。お祭りは盛大にってね」
雪乃はもう諦めたのかため息をつき、逆に相模はあの雪乃を倒したことが嬉しいのかルンルン気分で会議室に入り、そこで作業をしている奴ら全員を見渡す。
「あの~。これは提案なんですけど。ちょっといいですか?」
相模のその一言に全員の視線が集まるが陽乃さんのブーストで作られた見かけだけの自信がある相模はそんなものには全く動じない。
「今の進捗状況もかなり良いことですし、クラスの方に重点を置いてもいいかなって思うんです。あ、でも文実を全くしないってわけじゃなくて重きをクラスの方に置いてみようかな~って」
「それは違うわ、相模さん。進捗状況に余裕を持たせたのはそんなことの為じゃ」
「私の時も文実とクラスの手伝いは両立させてたな~。疲れるけどいい思い出だよ~」
「ほらね? だからみんなもクラスの手伝いをやってもらってもいいですよ。文化祭はお客さんが楽しむものだけじゃなくて私たち生徒も楽しまなきゃいけないし」
「おぉ~! 良いこと言うね委員長ちゃん!」
バカが…………今まで何のために雪乃が補佐してきたんだよ。
「相模。それは俺も違うと思う」
俺の否定的な意見に全員の視線が俺に突き刺さる。
「どうして? 卒業生の人も良いことって言ってるじゃん」
「確かに俺達も楽しまなきゃいけないのはあってると思う。だとしても文実の仕事を減らしてクラスでの手伝いを増やしたら今の作業効率は確実に保てない。いずれ遅れだって出てくる。俺はこのまま文化祭までに必要なすべての作業を開催までに早くに終わらせてそれからクラスの方に向かえばいいと思うんだが」
俺の意見を聞き、さっきまで相模の意見に取りつかれていた奴も俺の意見も合っていると言う事を思い始めた奴がいるのが徐々にさっきまでの空気は無くなっていく。
「残っている作業を後に回してクラスの方に行くのは違うと思うんだが」
相模も何も言い返せずにいるのか唇の端を噛み、鬱陶しそうな表情で俺を見てくる。
このまま大怪獣にやられた状態で行ったら確実に雪乃の負担は大きくなる一方だし、文化祭の開催だって遅れが生じる可能性がある。
「でもさ。やっぱりみんなだってクラスの手伝いをしたいと思うんだよね~。ほら、文実って結構、定例会議とかで教室抜けることもあるしさ。それでクラスのこと何も知らないでそのまま文化祭に入っちゃうってこともあり得るし。なんかそうなっちゃうと自分だけはぶられた感するんだよね。だからさ、半分半分で両立をとればクラスではぶられる心配もないし、文実の仕事だってできると思うんだけどな~」
…………また正論を…………考えろ。この正論を論破する方法を。
雪乃と同率一位の頭をフル回転させ、論理の穴を探すがあの陽乃さんが言ったことだけあって論理の穴どころか綻びすら見えない。
「それに八幡の言っていることも間違ってはないんだと思うけどさ。文実の仕事を放り出してクラスの方に行くってわけじゃないしさ。委員長ちゃんも両立するって言ってるし、大丈夫なんじゃない?」
「誰もクラスの方にだけ集中してって言ってないし」
相模と陽乃さんの2人に挟まれ、何も言えないでいる俺はさぞみっともなく見えるだろう。
ダメだ…………ダメなんだ。この人に今ここで負けたら確実にこの空間はあの人のもとに堕ちる。そうなる前に何とかこの状況を打開しないと。
額から汗を流しながら反撃の手段を考えるが思い浮かばない。
「というわけでみんなもクラスと文実の両立を考えつつ、クラスの手伝いもしながら文実の方にも来てください。お客さんも楽しめてみんなも楽しめる文化祭を目指しましょう!」
相模のお触れが発動されてから1時間が経ち、残っていた書類整理を俺は雪乃と一緒にしていた。
相模のお触れがどんな効果を発揮するのかは明日になってみないと分からない。
「悪かったな、雪乃」
「なぜ?」
「いや、その…………何もできなくて」
「そんなことないわ…………姉さんが余計に調子づけなければ」
本当にあの人は何をしたいのかが分からない。
どうやら今回は…………あの人は大嵐のようだ。俺からすればな。
文化祭編で終わればちょうどキリが良いんですよね~。
改変部分もちょうどですし……まあ考え中です。それでは!