俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
夕方の6時ごろ、俺は1人電車に乗って花火大会が行われる場所へ向かっているが何せ人気の行事なので電車の中は花火大会へ向かうであろう浴衣姿の女性やシートを持った家族連れなどで混み合っており、また小さな子供の泣き叫ぶ声もあってか混沌と化している。
これが日本の通勤ラッシュか……通勤じゃねえけど。
『こちら側のドアが開きます』
そんなアナウンスと共にドアが開き、花火大会の会場の最寄り駅駅に到着し、人の流れに従うように同じ方向へ歩いていく。
その間、花火大会へ行くであろう奴らが楽しそうに喋りながら歩いていく。
友達と、恋人と、子供と……各々の大切なものと一緒に見る花火大会は格別なものだろう……俺も雪乃と一緒に花火、見たかったんだけどな……まあ、向こうがダメなら致し方ないことだ。
小町に頼まれたものは晩飯になるものを露店で買ってくることと一発目の花火の写真。
ああ見えて小町は受験生だ。そろそろ本腰を入れて勉強しなければいけない時期だから暇人である俺に頼まれたわけだが……面倒くさい。
会場に到着すると既に露店は開かれており、店主の客寄せの大きな声がよく聞こえてくる。
「とりあえず焼きそば、たこ焼き、イカ焼きあたりか……あ、わたあめもだな」
順番に焼きそば、たこ焼きを購入していき、途中でリンゴ飴を見つけたのでそれは俺へのプレゼントと言う事で一本購入し、ペロペロ舐めながらイカ焼きと綿あめを売っている露店を探す。
ボッチの花火大会ほど面白くないものは無いぞ。
「ってイカやきねえのか」
露店が並んでいるゾーンが終了してしまったので人の流れに逆行しながら戻って綿あめを購入し、小町の晩飯は手に入れたので今度は花火の一発目の写真を手に入れるために花火がよく見える場所を探す。
その時、楽しそうに笑いあいながら手をつないでいるカップルが俺の隣を通り過ぎる。
…………もしも雪乃の全てを手に入れられた時、俺もあんな風に笑いながら、手を繋ぎながらここへ来れるんだろうか……そしてそれはいつになるのだろうか。そしてその時、それを見た奴らは…………いかんいかん。ネガティブになるな。文化祭で迎えに行くと決めたんだ……シャキッとしねえと。
自分に軽く喝を入れ、花火がよく見える場所を探すがどこもかしこも既に盗られており、見るだけの場所ならいろいろあるんだが写真を撮るとなると人が重なったり、木々の枝が重なったりしてベストポジションがなかなか見つからないでいる。
困ったな…………小町にはカメラ忘れたつって帰るか…………うん。帰ろう。
そう結論付け、出口へと向かおうとしたその時。
「あれ? 八幡?」
混み合っている場所から俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると大百合と浅草模様が涼しげな浴衣姿の陽乃さんが規制線が張られて他の場所とは区別されている貴賓席の中から俺に手を振りながら歩いてくる。
…………そういや雪乃の家って親父さんが社長と県議員してるんだっけか。
「久しぶり~。元気してた?」
「久しぶりって前に会ったでしょう」
「あ、それもそっか! で、一人で何してたの? 女の子探し? いけないな~。八幡には雪乃ちゃんっていう婚約者がいるのに~」
いやな笑みを浮かべながら肘でグリグリしてくる。
婚約者扱いになったのはあんたの所為でしょうが。
俺と雪乃が離れない様にとおまじないで折り紙の指輪と俺たちの名前を書いた婚約届けをこの人が見つけ、両親にそれを見せた所から婚約者扱いが始まった。
「どこの誰が原因でしょうね」
「あれ? いやだった?」
「べ、別にそうはいってないでしょう」
「ならいいじゃん。あ、よかったら八幡も中で見る? というかお姉さん命令で見よう!」
そう言われ、手を引っ張られて貴賓席の中へ連れてこられ、陽乃さんの座席である場所に座らせられる。
少し高くなっている場所にある貴賓席と言う事もあって木の枝などの邪魔者は全くない。
「で、なんでここにいるんすか?」
「父親の名代でね。挨拶ばっかりしてたから退屈で退屈で。八幡がいてくれてお姉さん嬉しいぞ♪」
名代……やっぱり雪乃の家は結構良家なんだな。
確かに周囲の奴らの陽乃さんを見る目は少し違うものに見える。
「雪乃ちゃんのこと、迎えに行くんだね」
…………今更この人がなんで知っているかなんてことはもう聞かない。
「ええ」
「周りの評判ばかり気にしていた八幡がねぇ……隼人にでもアドバイス貰った?」
「まあ…………外面なんか気にすんなって言われましたよ」
「良い親友を持ったもんだね」
そうだな…………少なくとも俺は完全無欠のボッチではないことは確かだ。
「うん、それでいいぞ。雪乃ちゃん、キュンキュンしながら待ってるよ」
「…………雪乃はなんで来れないんですか?」
「母の決めたことでね。昔から人前に出る役目は私だったし。それにうちの母って何でも自分で決めて従わせたい感覚を持っててね。折り合いをつければいいんだけれど雪乃ちゃんそう言うの苦手だから」
「…………それが家のルールってやつっすか」
その問いに陽乃さんは頷くわけでもなく、ただただ笑みを浮かべるだけだった。
「八幡は雪乃ちゃんのこと好き?」
そんな質問、当の昔から答えは出てた。でも恥ずかしさっていう感情の方が前に出ていたから言えなかっただけで今ならハッキリとこの人でも言える。
「ええ、好きですよ。むしろ愛してます」
その瞬間、一発目の花火が盛大に打ち上げられた。
打ち上げられ、綺麗な火花を散らせるそれをカメラのレンズに収めながら陽乃さんの次の言葉を待つが一向に次の言葉は出されない。
「……凄いな~。雪乃ちゃんは。こんなにも愛してくれる人がいて友達もいるなんて」
陽乃さんはその美しさと諸々の要素で近くには寄ってくるだろう。ただ雪乃を愛している俺のような存在が来ているかと聞かれれば恐らくNoと答えると思う。
この姉妹……特に姉の方は全く何を考えているのか分からない。何を信条として、何を心に秘めて動いているのかさえ分からない。その姿はどこか怖いところもあるがどこか惹きつけられるところもある。
「そろそろ私は帰るけど八幡はどうする?」
「俺も帰ります。こんな人混みは嫌いなんで」
陽乃さんと一緒に貴賓席から抜け出し、人混みの間を縫うように歩き、ようやく会場の外に出て歩道を歩いていると俺たちの傍にあの黒塗りの車が静かにつけられた。
「八幡もどうぞ。1人くらいなら乗せるよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
陽乃さんが乗り込み、俺も乗り込んで扉を閉めると都築さんの運転する車は再び静かに走り出す。
「ねえ、八幡」
「はい?」
「八幡は婿に来るの? それとも雪乃ちゃんを嫁に貰っちゃうの?」
…………こ、この人の中では結婚はもう確定済みか……まあ、お、俺だって雪乃とずっと一緒に居たいっていうかその先のことも……い、いかん。これ以上考えたら泥沼にはまってしまう。
「顔赤くしちゃって~。八幡って色々悟っているのに純情ピュアボーイだね」
「伊達に雪乃のことを一途に愛してませんからね」
「またまた~。ガハマちゃんにだって好意寄せられてるくせに~。ガハマちゃんって胸大きいよね。あ、私も大きいよ。でも雪乃ちゃんは控えめだね。八幡はどっちが好み?」
「あ、あんたは中学生っすか」
戸部でさえ、そんな下ネタな話はしなかったぞ。まあこの人の場合、狙ってやっているんだろうけど。
「ねえねえ。どっちどっち?」
「お、俺は雪乃が好きです。以上」
「むぅ。言明を避けたな~」
別に胸が大きいから好きとかそんな次元が低いことじゃない……なんかもう、俺は雪乃の全部を愛しちゃってるんだろうな。犬が嫌いで猫が好きなところも負けず嫌いなところも勉強が凄くできるところも……そして雪乃が陽乃さんの後を追いかけていることも。
そのことに気づいたのは雪乃が去って中学生になったころだ。
ずっと彼女のことを考えている時にふとそう思った。
雪乃は今まで小学校で運動会、遠足などの様々な行事で先頭に立って行事の企画から準備の効率化までその全てを一人で背負ってきた。
最初はどうとも思わなかった。俺もやっていたし……でもようやく気付いた。雪乃の目にはいつも陽乃さんの後ろ姿が映っていることが。
運動会では陽乃さんがサプライズで先生を泣かせ、卒業式ではサプライズソング、修学旅行では全員を楽しませた。無論、そんな彼女の妹である雪乃にプレッシャーにも似たようなものが覆いかぶさるのは自明だ。
…………俺が不安なのは陽乃さんを超えようとして頑張り過ぎてぶっ倒れないかが心配だ。でも幸い、陽乃さんの総武高校でのとてつもない活躍はまだ耳にしてないからあれだけど…………あいつ、悪い癖でなんでもかんでも1人でしょい込むところあるからな。
そんなことを考えていると車が止まり、窓の外に俺の家が見える。
「都築さん、ありがとうございました」
一言礼を言うと小さく会釈する。
「じゃね、八幡。文化祭、”私も楽しみだよ”」
そう言い、陽乃さんを乗せた車は静かにはしり始めた。
…………何も起きなきゃいいけど。
数日後、始業式の朝、俺は夏休み前と同じように自転車を漕ぎながら学校へ向かっていた。
もうすぐ文化祭か……そこで文化祭実行委員をやってから雪乃を…………もともと実行委員をやろうと思っていたのは前からだからな……ケジメというか。
「八幡」
「ヒッキー!」
後ろから呼ばれ、振り返ると由比ヶ浜と雪乃の姿があった。
「おう」
「久しぶり! ゆきのんもヒッキーも元気そうで良かった! また放課後、部室で!」
そう言い、由比ヶ浜は走っていった。
……いつもならここに残って話すと思うんだが……。
「おはよう、八幡」
「あぁ、おはよう。お前も元気そうだな」
「ええ。八幡の顔を見たらより元気になったわ」
笑みを浮かべながらそう言う雪乃を見て俺は恥ずかしくなり、頭をかく。
あ、相変わらずだな…………。
「じゃ、行くか」
「ええ」
俺達も教室へ向かった。