俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love   作:kue

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第二十七話

 夕飯のカレーの準備が全ての班で終了し、小学校の教員が全員に座るように大きな声で指示を飛ばすと留美は本をぱたんと閉じて静かに立ち上がり、自分の班へと向かう。

 その後姿に何らかの劣情を感じる訳じゃない。今の状態を恥ずかしいとか嫌だとかは一切感じていないのか彼女の背中からは何もない”無”を感じた。

 ……俺も今でこそ隼人や雪乃、由比ヶ浜、戸塚なんかの知り合いがいるが小学校1年生・2年生の頃は友人はおろか喋る人さえいなかった。今の留美はそんな俺と酷似している。別に誰とも話すこともなく、ただひたすら本を読み続ける。ただ俺と違うのは彼女に話しかけたいと思う存在がいること……。

 

「八幡。カレー、出来たわよ」

「……あぁ」

 

 雪乃に呼ばれ、炊事場の近くにある木製テーブルと一対のベンチがある場所へ向かうと既にテーブルには皿に盛られているカレーがあり、俺たち以外のメンバーは既に席についていた。

 空いている席に座ると俺の隣に雪乃が座る。

 誰が言うわけでもなく、心の中でいただきますと呟き、作り立てのカレーを食べ始める。

 

「んー! 美味しい! なんかキャンプ場で食べるカレーって美味しいよね!」

「あ、それ分かります! なんかキャンプ場に来ると美味しく感じますよね!」

「あるある~!」

 

 由比ヶ浜と小町のハイテンションぶりに唯一ついていける戸部が2人と一緒に場を盛り上げるべく、話し始めるとそれに乗じて海老名さんや三浦たちも喋りだす。

 

「八幡、おいしい?」

「あぁ、おいしい」

 

 まぁ、雪乃が最終的に調整したから食べ慣れてる雪乃のカレーの味がするけど飽きない位に美味い……何か細かい味を変えてるのか?

 

「ん、水」

「ありがと」

 

 雪乃が一瞬、顔をしかめたので近くにあるコップに水を注ぎ、彼女に渡すと口の中を軽く火傷していたのかコップ一杯の水を一気に飲み干した。

 分かる分かる。いけると思って口の中に入れたら思いのほか熱すぎて火傷することあるよな。んでその後、口の上の部分の皮がベロ~ンて剥ける時もあるよな。

 

「戸塚、水」

「あ、ありがと八幡」

「小町。回してくれ」

「オッケ~」

 

 戸塚のコップにも水がないことに気づき、水を注いだ後小町に渡して全員に水を配らせる。

 

「八幡、おかわりは?」

「あ、頼む」

 

 そう言われ、雪乃に皿を手渡し、白飯とカレーのルーを入れてもらう。

 

「はい」

「ありがと」

 

 ちょうど良い量だけ入れられたカレーにスプーンを突っ込もうとした時にふと、海老名さんと目が合い、何故かそのまま離せなくなってしまった。

 

「あ、あの何か?」

「あ、ううん! なんだか雪ノ下さんとヒキタニ君を見てると長年連れ添った夫婦みたいだな~って」

「ぶふっ!」

「うわっ! お兄ちゃん汚!」

 

 海老名さんにそんなことを言われ、気管にカレーが詰まってしまい、鼻水と共にカレーが勢いよく口から吹き出かけたが何とか手で押さえることが出来た。

 あ、危ない……危うく女王三浦に殺されるところだった。

 俺の真正面にはちょうど三浦が座っている。

 チラッと雪乃の方を見ると普段と同じ平静を保っているように見えるが若干、顔が赤い。

 

「ゲッホッ! い、いきなりだな」

「ごめんごめん」

「でも雪ノ下さんも見る目ないよね」

 

 そう言ったのは女王三浦。さっきからやけに雪乃に勝ち誇ったような表情をしていると思えばそんなことか…………やっぱりそうみられるよな。俺が雪乃の傍にいればそんな噂が立つ……今だって……。

 

「優美子」

 

 さっきまで穏やかだった隼人の声が一気に冷たいものに変わった。そのせいかさっきまで楽しそうな雰囲気だったこの場の空気が一気に冷たいものに変わった。

 

「は、隼人?」

 

 いきなりの変貌ぶりに三浦は驚きに顔を染め上げ、隼人の方を見る。

 

「そんなこと言っちゃダメだろ」

「…………」

「っとごめん。なんだか白けさせちゃったな」

 

 すぐにいつものイケメン隼人に戻るがこの場の空気と三浦の落ち込み具合だけは元には戻らない。

 だが長くあいつと一緒にいる俺はあいつの顔が元に戻ったとは思えない。どこかあいつの笑顔の裏に別の表情が張り付いているように見えて仕方がない。

 

「なんだなんだ? どうかしたのか?」

 

 そんな空気をものともせずに平塚先生が煙草片手に俺達のところへとやってきて空いている木製のテーブルのスペースに腰を下ろし、俺達から煙草を離すためかこちらに背中を向けた。

 

「い、いえ。留美ちゃん大丈夫かなって話してて」

 

 今思ったけど由比ヶ浜は結構、敏感に空気を察知するよな。

「ほぅ。その子が何かあったのかね?」

「ちょっと孤立しちゃってるって言いますかなんていうか」

「ふむ。孤立か……それで君たちはどうしたいのかね? 重要なのはそこだろう」

 

 平塚先生のその言葉に誰もが口を噤む。

「平塚先生」

「なんだね? 雪ノ下」

「今回の合宿は奉仕部の一環でしょうか」

「無論だ。ボランティアとして参加しているのだからな」

「分かりました」

 

 ……つまり奉仕部として動くこともあり得るってことか。

「……俺としては今回は俺達が何もしなくてもいいと思う」

 

 隼人がそう言うと俺と雪乃以外のメンバーは驚きを露わにして隼人の方を向く。

 まぁ、普通は何とかしたいっていうわな……ただ今回は俺も隼人の意見に全面的に賛成だ。まず留美が孤立しているのは悪意からなどではなく、自分の意思からだ。他人と喋る必要はない……そう判断した彼女の意思から誰とも喋らず、あえて一人で本を読んでいる。俺達がどうこう手を出す場面ではないことは確かだ。

 

「でもなんか可哀想じゃね? 一人ぼっちだしさ」

「戸部……それは周りが勝手にそう思ってるだけなんだよ……俺の友達に彼女に似た奴がいてさ。そいつも留美ちゃんと同じように小学生っていう枠から出た頭脳の子だったんだ。その子も誰とも喋らなかったんだけど普通に暮らしてた…………だから俺が思うに……誰しもが無理に友達を作る必要がないこともあるんだって……誰とも喋らずに生きていく子だっているんだって気づいたんだ…………だから今回は俺達が無理に彼女と周りの子たちを繋げる必要はないと俺は思うんだ」

 

 …………なんだかんだ言ってこいつも雪乃と同レベルの超人なんだよな……。

 

「なるほど……確かに社会では友人がいないことを悪とする風潮があるが友人をつくらずに生きるという選択肢もあることは確かだ…………これは人生の先輩として言う事だが確かに友達はいなくても生きては行けるだろう……だが人のつながりは必要なんだよ。生きるうえでな。その子が友人をつくる気はなくとも誰かとの繋がりが無くては前に進めないことに直面した場合、動くことが出来なくなってしまう事も考えられる。そうなったとき、人との繋がりが無くては誰かに助けを求めることもできない…………人間、この世界に生まれた瞬間から誰とも繋がっていない人間なんていないからな……」

 

 …………確かに先生の言う通りだ。たとえ友人が1人もいなかったとしても生きていくことはできるだろう……でも人と人との繋がりが完全に無くなってしまえばどうにもできない事態がある…………俺は幸運にも雪乃と出会い、そこから隼人や陽乃さんに出会えた……ならば彼女はどうだ?

 

「ヒントはあげた。あとは自分たちで考えたまえ、若人よ。私はもう寝る」

 

 そう言って煙草を灰皿に押し付けて火を消し、欠伸を噛みしめながら先生は去っていった。

 

「……八幡はどうするべきだと思う」

 隼人のその一言に全員の視線がこっちへ向けられる。

 

「…………俺も隼人の意見に賛成だ……悪意で孤立させられているわけじゃないしな…………ただ留美に話しかけたいって考えている子がいるのもまた事実…………」

 

 俺は目を瞑り、考える。

 確かに留美は孤立している。でもそれを彼女自身が望んでいる……だが今の状態で行けば確実と言っても差支えない確率で留美は突破することのできない壁にぶち当たる……その時、彼女は何もできないまま止まるしかない。

 だからと言って彼女に友人をつくることを無理強いすればそれはそれでまた新しい問題の種をまくことにもなってしまいかねない。

 

「……アドバイスくらいはするべきだろうな……この先のことも考えるのであれば」

 

 友人はいなくてもいい……ただ人との繋がりは持っておけと……。

「そうだな…………みんなもいいかな?」

 

 隼人がそう尋ねると誰も言葉を発さずに首を縦に振る。

「八幡、頼めるか?」

「あぁ……分かった」

 こうして俺たちのやけに重苦しい夕食は終わった。


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