俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love   作:kue

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第二十三話

 夏休み……それは学生にとっては最強にして最高の長期休みであり、ダイエットして心機一転を図ろうとするもの、彼女が出来てデートを積み重ねて新学期が始まる頃には大人の男のワンステップを踏み出した哀れな男などが大量生産されるこの時期、俺は汗水垂らしながらキュー・キューっと空気入れをまるで心臓マッサージをするかのように押している。

 何故かって?

「お兄ちゃん遅いよ~」

「お前あとで覚えてろよ」

「雪姉に結衣さんとお兄ちゃんがデートしてたってこと言っちゃうぞ」

「おーし! 待ってろ我が妹よ! もう少しでビニールプールが膨らみ切るからな!」

 そう、俺は兄でありながら妹に脅迫されているのである。悲しいかな……以前、由比ヶ浜と一緒に遊んだときのことをどうやら小町に目撃されたらしく、夏休みに入って以来、こうして奴隷のようにこき使われているのだ。こんな暑い時間、誰だって外に出るよりも冷たいエアコンに当たっていたい。だがこの小町はなんと俺にビニールプールを膨らませろという重労働を押し付けたのだ! あり得ない。

「ほれ、出来たぞ」

「わーい!」

 小町は満面の笑みを浮かべながら冷たい水が入れられている子供用ビニールプールに飛び込み、暑い日差しによって熱せられた体を冷やす。

 たっく。急に物置からビニールプールを持ってきて膨らませてっていうから何かと思えば……友達誘って市民プールにでも行きゃいいのに。俺と違って友達いるんだし。

「……ていうかさ」

「なに?」

「室内でビニールプールしなくてもいいだろ」

 そう。さっきまでの話を聞いていればてっきり外でやっているかと思うが実は嘘だ。これこそ陳述トリック……あまりにも稚拙すぎてトリックでも何でもないけどな。

「え~いいじゃん」

「風呂に水張ればいいだろ」

「お風呂のお水は冷たすぎるの! ビニールプールのお水がちょうどいいんだよ。お兄ちゃん分かってないな~」

 分かってないのはお前だ。その水は風呂から引いてきたんだぞ。だが小町の言う事はちょっとわかる。何故か水風呂に入った時とビニールプールに入った時の水の冷たさに差があるように感じるよな。

 ていうかリビングでプールって……どうせあの甘々な両親のことだから許したんだろうけど。

「水零すなよ」

「分かってるって。小町そこまでドジっ子じゃないし」

 そう言い、小町はビニールプールの端に足を乗せて伸びるが踵から普通に水が滴り落ちてフローリングが徐々に濡れていく。

 バカだ…………やはり俺の妹はバカである。

 とりあえずこんなおバカな妹を放置し、家を出て暑い日差しが照り付ける中を本屋に向けて歩いていく。

 そろそろ受験も迫っていることだし、頭いいとこの大学の赤本でも買って解きはじめるか……大体入試の範囲なんてどこも似たようなところだし。

「…………そこにいるのは分かっているぞ、出て来い」

「ふっ。流石は八幡だな。我と戦い続けているだけのことはある。では尋常に!」

「乗ってやったからジュース奢ってくれ」

「モハハハハハ! 笑止! そのようなこと…………そんな冷たい目で見んといてください」

 ジトーっと生暖かい目で見ていたらあっという間に落ちてしまった。

 豆腐メンタルは健在ってか。

「で、なんで俺の後つけ回してたんだよ」

「うむ。八幡。我が前回、原稿を持ち込んだのは覚えているな?」

「血みどろになった原稿な」

「う、うむ。新作が出来たからまた読んでほしいのだ」

 断りたいが……どうせこれから暇だし付き合ってやるか。

「別に構わないけど」

「うむ! では早速八幡の家に行こうぞ!」

「なんでだよ。そこらへんの図書館でいいだろ」

 そんなわけで近くにある図書館に入り、エアコンがガンガン聞いている中で開いている椅子に座り、材木座の原稿に目を通す。

 材木座はやけに自信満々の表情だが…………な、なんだかな~。

 前回の失敗は一応は受け入れたらしく、無駄な倒置法だったり、最後らへんのかぶっている文章も減ったし、何より誤字・誤用は少なくなったのは十分に評価できると思う……思うんだが。

「なあ、この作品の主人公さ……俺そっくりなのは気のせいか」

 名前こそ違えど主人公の性格はボッチで可愛い幼馴染がいてお悩み相談部なる部活に入っており、ある日突然異能が目覚めて魔の手から可愛い幼馴染を護るために日夜奮闘する……。

「そ、それは八幡の気のせいではないか?」

「お悩み相談部って明らかに奉仕部だろ。ていうかお団子ヘアーでちょっとアホっぽいこの第2ヒロインは明らかに由比ヶ浜だろうし、この可愛くてみんなの高嶺の花だけどちょっと辛辣な言葉を吐きつけるヒロインなんかどこからどう見ても雪乃だろうが」

「八幡……これは我の取材から成り立つ作品なのだよ」

「別に現実の設定を作品に投入するなとは言わないけど…………だが一つ共感できるところがあるとすればこの主人公が幼馴染に対して抱く劣等感だな」

「ハボホン。やはり我の取材力は随一だったというわけか」

「この32ページ目の主人公の台詞も分かる。『幼馴染は完璧でみんなからの評価は高いのにみんなからの評価が低い俺が傍にいていいのだろうか』っていう台詞とかな。分かるな~……いくら頑張っても幼馴染と同じ立ち位置につけなくて周りは幼馴染を誉めそやす……この40ページ目で主人公が幼馴染であることを知られて驚かれるところなんかもあるある。雪乃と俺が幼馴染だって言われたらみんなして驚いて逆に雪乃に変な噂とかたったりしてな……その時はもう1人の幼馴染の隼人が消したんだけど」

「…………なんかすまぬ」

「なんでお前が謝るんだよ……でもまあこの主人公に共感できんの俺くらいだろ。今時あんな可愛くて幼馴染の男のことをよく思ってくれている女の子なんていないぞ……一言、この作品に感想を付け加えるならば……このヒロイン超可愛いじゃねえか!」

「ほぅ」

「なんだよこの可愛いさ! 目を潤わせて上目づかいで抱き付いてくるってお前紙の上でしか知らないことよく書けたな! 材木座! ストーリーはこの際この主人公とヒロインのイチャイチャラブコメに変えろ! ていうか寧ろ変えてください! 材木座先生!」

「ムハハハ! そうかそうか! やはり我の紙の上での表現は最高であるか! よーし! このラノベ作家材木座義輝! 貴殿の望むイチャイチャラブコメを書いてやろう! 後で取材させてくれ!」

「もちろんっすよ!」

 俺達はガシッと今までにないくらいに固く握手を交わす。

「んんん!」

「「…………」」

 図書館の職員さんの痛烈な咳払いを食らい、俺達は少し嫌な予感をしながら周りを見渡してみると鬱陶しそうな表情でほとんどのお客さんが俺達を睨んでくる。

「「……」」

 俺たちは互いに顔を見合わせ、頷き合うとそそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺……今まで何してたんだっけ」

 思い出したくない黒い記憶に苛まれながらも材木座と分かれあと、近くにある結構大きめの書店に入り、赤本コーナーへ向かうと見覚えのある青みがかった黒髪をシュシュで一まとめにしている女子の後ろ姿が見えた。

 えっと確か…………あ、そうだ。川崎だ。大志の姉貴の……。

 川崎姉は赤本を手に取り、パラパラと中身を少し見るがどうやらお気に召さなかったらしく手に取った赤本を棚に戻し、すでに持っていた問題集をもってレジへと向かった。

 …………なんか今日はよく知り合いに会う日…………。

 ふと顔を赤本コーナーとは逆に向けると動物写真集コーナーで黒い帽子にサングラスという店員が警戒するほどのあからさまに怪しい恰好の雪乃の姿を見つけた。

 雪乃は周囲をキョロキョロと見渡し、恐る恐る猫の写真集を手に取ると1ページめくる度に顔を赤くしながら緩ませ、悶える。

 …………猫の写真を見て悶えている雪乃を見て悶えている俺は恐らく生粋の変態だろう。

「買えよ」

「っっ! は、八幡。い、いつから」

「最初から。あと怪しいからその格好やめろ」

「あ」

 黒い帽子とサングラスを取ると店員はそそくさと離れて仕事に戻る。

「そ、その……知り合いに見られるのは恥ずかしかったから」

「そんな怪しい恰好せずにいつもとは髪型変えるとかすりゃいいのに」

 雪乃は完璧超人であるように思われているが猫のことになると若干、穴ができる。幸い他人の目があるところでは俺がその穴を埋めているからいいけど……変な奴にそこに付け込まれても困る。

「八幡はここで何を?」

「赤本でも買ってやろうかと。そろそろ準備はじめた方が良い時期だしな」

「わ、私も元々はその理由だったの。でも猫の写真集が見えて」

 そう言いながら雪乃は本当に恥ずかしそうに顔を赤くして白いスカートの端をギュッと掴む。

 ……こ、こっちが悶え死にそうだ。

 もっと見ていたいがここで他人の目もあるので黒い帽子だけを彼女に被せる。

「ま、まぁなんだ……またカマクラ可愛がりに来いよ。あっちもお前のこと待ってるだろうし」

「そうね……かーきゅん……んん! カー君にもまた会いに行くわ。またね、八幡」

「あぁ、またな」


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