俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
店を出て少し歩いたところにあるベンチに俺達は座って休憩している。
結局、5着ほど試着して買ったのは最初のノースリーブと2番目のジーンズだけであとは全部元の位置に返していた。
雪乃の中で何か基準があるらしい。
「ふぅ……疲れた」
「貴方も私も体力無いものね」
運動はテニス以外授業の体育でしかしていないという俺達に体力という概念はないに等しいくらいにひ弱なので10分ほど歩き続けただけでかなり疲れてしまう。
まぁ、毎日というほど放課後に折り紙折って外国語の本を一緒に読んでいれば体力も上がらないわな。
「このあとお昼でもどうかしら。小町ちゃんも誘って」
「小町からさっきメール着てもう帰ってるって」
「でしょう……そうなの」
「おい、今の一言はなんだ」
「あら、何のこと?」
小首を傾げて可愛く言っているが今の俺には通用せん! リアルに小町と雪乃の間に見えない秘密条約が交わされているような気がしてたまらないぞ……女子は怖いな。
とは言ってももうお昼も良い時間……流石に腹が減ってくる。確かこの近くの区画にフードコートがあったよな。そこで昼飯でも食うか。この前の短期バイトで小遣いは稼げたし。
「雪乃。そこのフードコートで昼飯でも食うか」
「そうね。ちょうどお腹も空いたし」
ということでフードコートへ向かおうとしたその時、悪寒のようなものが走り、全身に鳥肌が立ったので慌てて周囲を見渡すが怪しいものは何もない。
「どうしたの? 八幡」
「いや…………気のせいか」
今の悪寒……明らかに俺の本能がサイレンを鳴らしていた証拠……まさかな。
俺の本能が危険であるとサイレンを鳴らすほどの人物と言えばあの人しかいないが年齢的に今は大学生なので講義で忙しいだろうからここにはいるはずがない……と信じたいがあの人、雪の以上に頭いいし、金も持ってるから暇そうにしてるのは簡単に思いつくんだよな~…………嫌な予感がする。
とりあえずその嫌な予感は片隅に置き、雪乃と共にフードコートへと向かうと休日と言う事もあってかカップルや家族連れで賑わっていた。
「……とりあえず買うだけ買ってさっきのベンチで食べるか」
「それがよさそうね」
フードコートでホットドックを買った後、先程のベンチに戻り、そこでお昼を済ませることにした。
ん、流石はフードコートのホットドック。お客が好きそうなスパイス濃い目の味にしてるわ……でもさっきの悪寒はちょっと見逃せないな……いるはずないよな。
ホットドックを食べながら周囲を見渡すがやはり目的の人物はいない。
まぁ、いないのがいいんだけど……あの人だけは苦手だ。雪乃程親しくないくせにズカズカ入ってくるし、親父みたいに社交辞令の笑顔しか浮かべないし。
「ってあれ!? 俺のホットドックがない」
かぶりつこうとした時に空を切ったので慌てて袋を見てみるとさっきまであったホットドックの姿が無かった。
落としたかと思い、足元を見てみるがどこにも落ちた形跡はない。
「んー美味しい!」
「…………はぁ」
「姉さん」
「やっほー! 雪乃ちゃん! 八幡!」
俺の背後には笑みを浮かべながら俺のホットドックを食べている雪乃の姉である陽乃さんがいた。
「なんで俺のホットドック食ってるんすか」
「お腹空いたし~。そこにあったからかな。あ、間接キスしちゃったね~」
「別に嬉しかないです」
「連れないな~。ところで……デートか? デートだな~」
そう言いながら肘で俺の背中を突いてくる。
「痛いです」
「姉さん、何か用かしら。いつものように用がないなら帰ってくれるかしら」
「ん~。雪乃ちゃんのイケず。2人の姿が見えたからちょっと来ただけだよ」
陽乃さんは雪乃の睨みを華麗に避け、相変わらず笑みを浮かべながら雪乃と喋っていく。
相変わらずこの姉妹の関係性はイマイチわからない。俺と小町みたいに睨みあってもそこには冗談が混じっているんだがこの2人にはそれがない。睨みあえば純粋に負の感情しかない。
ホットドックを食べきると陽乃さんは指に着いたパン粉を払う。
「ご馳走様でした。雪乃ちゃん、ちゃんと夏休みには実家に帰ってくるんだよ」
「……姉さんには関係ないでしょ」
「関係あるよ~。だってお母さん、まだ雪乃ちゃんの1人暮らしに納得してないし」
そのフレーズが出された瞬間、雪乃の表情が強張り、拳が強く握られる。
これも分からない。どこか雪乃は母親と対面したり喋っている時、いつも顔が強張っている。
家の事情……その一言だけでは片づけるにはとても大きな何かを感じる。
「まぁ、ちゃんと雪乃ちゃんは考えて行動する子って知ってるから何も心配してないけどね。じゃね!」
そう言い、向こうで待たせているらしい集団の中に入り、去っていく。
……年々怪しさが増すおかしな人だな。
「ごめんなさい。また姉さんが」
「いいよ別に。もう慣れた」
ホットドックを食べたことは許さんがな。
「その……一口食べる?」
「い、良いって別に。もう腹も膨れたし」
「そう……姉さんとだけ間接キスするのね」
これ見よがしに聞こえるように雪乃はボソッとどころかハッキリと呟いた。
「……ハァ」
雪乃の手首を掴み、ホットドックをこちらに向けて食べている途中の部分をパクリと一齧りする。
「ん、やっぱり美味いな」
「……ふふっ。そうね」
雪乃は小さく笑みを浮かべながらホットドックを食べきった。
やっぱりなんか俺操られている気がする…………こ、このままでは威厳が……いや、もう威厳もくそもないんだがせめて男としての威厳は欲しい! 何か……何か雪乃にドカン! と衝撃を与えられることは……そうだ。
「雪乃、ちょっとトイレ行ってくる」
「ええ、分かったわ」
そう言い、雪乃から離れて少し歩いたところにあるジュエリーショップに入る。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなものをお探しですか?」
「え、あ、いや……その彼女にプレゼントと言いますか」
「そうですか。ごゆっくりどうぞ」
そう言い、スーツを着た店員は去っていく。
おい、露骨すぎるだろ。金落とす奴にはつきっきりで落とさない奴にはご自由にって……いや、そんなもんだがよ……ていうか高いなおい。
一番安いのでも2万円って……この前の3日間での短期バイトで稼げたのは2万と6000円ほど……とりあえずこれでいいか。
商品を購入し、ポケットに突っ込んで雪乃のもとへと向かっていると雪乃に話しかけている見知らぬイケメンの男が見えた。
…………ナンパか。まあ雪乃くらい可愛かったらナンパの1回や2回くらいはあるか。
「雪乃」
「…………え? もしかして彼氏?」
「ええ。さっき言っていた彼氏です」
そう言いながら雪乃は俺の腕に抱き付いてくる。
イケメンは俺の頭のてっぺんから足のつま先まで値踏みするように見てさらに驚きの色を強めてみてくるがため息をついてどこかへと去っていった。
…………まぁ、そうなるわな。雪乃は美少女、でも俺は? 顔はちょっと良い。でもそれだけ。格好良く髪を整えることなんてできないし、服だって適当だ…………仮にここに立っていたのが隼人だったら……あの男は素直に諦めて帰っただろうか……。
「大丈夫か?」
「ええ。少ししつこかったけれど……そろそろ帰りましょうか」
「そうだな」
バスを乗り継ぎ、少し歩いてようやく雪乃の住んでいるタワーマンションの前に到着した。
「今日はありがとう」
「気にすんな。このくらいだったらいつでも言ってくれ」
「そうね……また今度、遊びに行きましょ」
そう言ってエントランスへと入ろうとする雪乃の手を掴むと驚いた表情で雪乃がこちらを振り向いてくる。
「八幡?」
「あ、あのな…………こ、これ」
ショッピングモールで購入したあれが入っている小さな箱をポケットから取り出して手渡すと少し驚いた表情をしながらも雪乃は丁寧に包装用紙を剥がし、箱を開けると途端に彼女の顔に笑みが溢れた。
俺が購入したのは2万円ほどのネックレス。家が金持ちの雪乃ならもっとこれ以上の値段がするネックレスとかつけたことありそうだから不安だけどな。
「これって」
「その、なんだ…………プレゼント……たまにはこういうのも良いだろ」
特に今日が何かの記念日なわけではない。別にこんな日に買わずに貯金しておいて雪乃の誕生日にでも買ってやれば済む話なんだがたまには男しての尊厳を保ちたいというか発揮したいというか。
「どう?」
雪乃の首で輝いているネックレスは彼女自身が綺麗なことあって余計に綺麗に見える。
「似合ってる」
「ありがとう、八幡…………やっぱり貴方も男なのね」
「へ?」
「…………少しドキッとしたわ…………八幡、少し目を瞑って」
「あ、あぁ」
彼女の言う通りに目を瞑った数秒後、俺の頬に柔らかいものが一瞬だけ当たった。
………………っっっっっ!
何が頬に当たったのかを理解した瞬間、心臓がバクバク音を立てて鼓動を上げ、たちまち恥ずかしさから顔が赤くなってくる。
「お、おま!」
「ふふっ……八幡、顔真っ赤よ」
そう言う雪乃も少々、顔が赤い。
「じゃあ、またね。八幡」
そう言い、雪乃はエントランスへと入っていった。
…………欲しい。