俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
翌日の1時間目と2時間目の休み時間、俺は怪しまれない程度に目線をキョロキョロと動かし、教室の連中の様子を伺っていた。
教室は普段と同じような雰囲気だがどこか、嫌な空気が漂っている。この空気は小学生の時に毎日、嫌というほど感じ、嗅いだ匂いだ。
恐怖……端的に言い表せばそんな空気がフワフワと風船の様に教室を漂っている。戸部のことを知っている隼人グループの連中はいつも通りだが戸部をうるさい奴としか認識していない他の連中の視線は一瞬だけ戸部に向けられると何事もなかったかのように元に戻る。
人は恐怖を抱いている対象が近くにいればそっちの方を向いてしまうという面白い性質がある。ヤンキーに絡まれた時、やけに奴らと目が合うのはその所為だ。いわゆる怖いもの見たさだな。
俺は昨日の雪乃のアドバイスを頭に置き、クラスの連中の顔を1人1人確かめていく。
…………つっても全員、同じような顔してるけどな。
「ヒッキー♪」
「あ?」
やけに上機嫌の由比ヶ浜が俺のところにやってくる。
「凄い情報手に入れちゃった」
「…………」
「ちょっと、その疑いの眼差しは何なの!?」
「いや、悪い。ついな」
「ついって酷くない? まぁ、いいや」
いいんかい。
「あのチェーンメールあるじゃん。実はさ、送られてきたメルアドが2つあったの!」
「…………ほ~。それは凄いな~」
「あ、あれ? 微妙な感じ?」
特に凄い情報でもないな…………待てよ。
「そのメルアドの送り主なんてわからないよな」
「そりゃね。知らないメルアドがから来たし」
……知らないメルアドから来たってことは送ってきた奴はこのクラスのほとんどの奴らの連絡先を知ってるってことなのか? 今更、高校生にもなって面白半分でチェーンメールを他人に送る奴なんていないだろうし、そもそも知らないメルアドから来たら大体は削除するよな……。
「なあ、1つ聞いていいか」
「いいよ」
「その……メルアドとかって教室の連中で交換とかしたのか?」
「全員じゃないけどあたしはほとんどの人と交換したけど……ヒッキー以外は」
まあな。ていうかメルアドなんて連絡帳に数件しか入ってないし、親と小町と雪乃のメルアドさえ知っておけばこの人生、生きていけるも同然だ。ボッチの俺はな。
「だ、だからさ……そ、そのヒッキーのアドレス教えてほしいなっていうか知りたいっていうか」
由比ヶ浜は恥ずかしそうに頬を少し赤くし、モジモジしながらそう言ってきたのでポケットからスマホを取り出し、俺のメルアドを画面に表示させて由比ヶ浜に渡した。
「ほれ。これが俺のアドレス」
「オ、オッケー!」
由比ヶ浜は俺からスマホを受け取ると嬉々とした表情で慣れた手つきで指を動かしてボタンを押していく。
ほとんどのメアド知ってるって利点何もないだろ。間違って女友達に送るはずのコテコテの絵文字だらけのメールを男子にまちがって送信したなんてこと起きた時には恥ずかしくて悶えるぞ。ソースは俺。
中学の時、奇跡的にメアドを女子と交換したのだがそのまま1回もメールせずに放置していたんだよ。そしたらちょうどその子の名前が”か”から始まる子だったんだ。んで今までか行には小町しかなかったから勘違いしてイタズラ用の恥かしいメールを…………送っちゃったんだよな、これが。いや~女子って怖いね! 次の日には噂になっちゃった! ちなみに全文は思い出すのさえ恥ずかしい。
それにしても……。
「お前の携帯凄いな。トラックかよ」
「なんで? 可愛いじゃん」
コテコテのデコレーション装飾に加えてジャラジャラぬいぐるみストラップつけているせいでやけに重そうに感じる。
「完了!」
そう言われ、スマホを返されると画面に☆☆ゆい☆☆とどう見てもスパムメールのタイトルにしか見えない名前が連絡帳の一番上に表示されている。
……ミスって削除しそうだ。
「これでこのクラスのメアドコンプしちゃった」
「…………ちょ、たんま。お前なんて言った」
「へ? だからこのクラスのメアドコンプしちゃったって」
メアドのコンプ…………確かチェーンメールの送られてきたアドレスは登録されていないメルアド……。
「由比ヶ浜。そのチェーンメール、見せてくれないか」
「え、うん。いいけど」
由比ヶ浜からやけに重い携帯を預かり、送られてきたチェーンメールの最後の部分を見てみる。
…………少なくともフリーメールじゃないな……ふっ。伊達に雪乃を目指して勉強してきてないな。
「由比ヶ浜」
「どったの?」
「少し頼みたいことがある」
その翌日の放課後、俺達奉仕部のメンバーに加えて隼人の4人は下駄箱でターゲットの男子がやってくるのをじっと待っていた。
昨日由比ヶ浜に頼んだことはチェーンメールが来たらメーリングリストでクラスの連中全員に空メールを打ってくれというもの。これをやった時にメーラー・ダエモンさんとかいう外国人からメールが来たやつさえつかんでしまえばこれで推理ごっこは終了だ。
「にしても良く思いついたよね~。あたしこんなの思いつかなかった」
「今回はたまたま運が良かったんだよ。フリーメールを使われていたら枝分かれするメールの道筋をたどんなきゃいけなかったからな」
まぁ、今回は首謀者の知識が足りなかったというわけだ……お、来たな。
そんなことを考えていると階段から2人の男子が降りてきたので俺と隼人がそいつらの前に立つとえらい不思議そうな顔をして俺の方を見てくる。
「ちょっといいかな」
「え、えっと葉山君だっけ? 何か用かな?」
おい、俺の名前は……って知らないか。
「まあね……単刀直入に言うよ……もうチェーンメール送るのは止めてくれないか」
隼人がそう言うと一瞬、2人は眉をひくつかせる。
「チェ、チェーンメール? なんのことだよ」
「俺たちそんなの知らないんだけど」
まぁ、そりゃそうだ。知らないアドレスから来れば大抵は内容も見ずに削除する。
「あのさぁ……別に証拠もなしに言ってるわけじゃねえんだよ。こっちは証拠があるからそう言ってんの」
「はぁ? 何言ってんのお前」
おい、さっきまでの隼人に対するしおらしい態度はどこへ消えた。なんで俺にだけそんな余裕というか高圧的な態度に変わるんですかねぇ。まぁ良いや。どうせそんなもんだし。
「お前ら今日さ。俺から空メール着た?」
「はぁ? 空メール?」
鬱陶しそうな感じでそう言いながらも2人はポケットから携帯を取り出して確認する。
「着てねえけど」
「それがなんなの? 俺ら早く帰りたいんだけど」
「あ、そう。着てないのか…………実はさ、今日もチェーンメール着たんだけど実はその時にクラス全員に空メール送ったわけよ。ほとんどの奴から返信が来たんだけど……お前ら2人だけ返信帰ってきてないんだよね」
「だからなに?」
まだ気づいてないのか……それとも気づいていないふりをして俺達を誤魔化そうとしているのか。
「だからさ……なんでお前らだけエラーで返ってきたんだろうなって話なんだよ。他の奴らからは返信が返ってきたのになんでお前らだけ返ってこないのか……答えは簡単だ。お前らがチェーンメール送る時にその時だけ、メアドを変えたんだ。だからお前たちだけエラーで返ってきたんだ」
「は、はぁ? 何言ってんのお前。バカじゃねえの。そんなので俺達がチェーンメール送ったっていう証拠にはなんねえじゃん。なんなら送信履歴でも見るか?」
「んなもん削除してるだろ。でも確かめる方法は1つだけある……今ここでお前たちにメール送ってメールが受信されなかったらこっち側のミスだ。でも……お前たちに届いたら……分かるよな?」
届いた場合、何故送った時間帯だけメールアドレスが違うと言う事でエラー返信が返ってきたのかという不審点が残り、こいつらが犯人であると一気に近づく。
連絡帳を開き、あらかじめこいつらの名前に変更してある由比ヶ浜宛のメールアドレスに空メールを送る準備をし、こいつらに画面を見せる。
「じゃあ、今から空メール送るわ」
「も、もしも違ったらどうすんだよ」
「違ったら? 土下座でも何でもしてやるよ」
そう言い、送信ボタンを押すとメールが送られている様子が画面に表示され、その数秒後に俺のでも隼人のでもない着信音が鳴り響く。
その瞬間、2人の表情が一気に絶望の色に変化した。
「今送ったら無事に届いた……じゃあなんでチェーンメールが来てすぐはお前達に届かなかったんだろうな」
「どうしてあんな戸部を貶めるようなことを送ったんだ」
2人にそう尋ねる隼人の声は低く、表情は普段通りだけど纏っている雰囲気は明らかに怒りの色に染まっている。
「そ、それは…………」
俺的にいちいち入ってくる戸部が鬱陶しかったんだろう。確かに馴れ馴れしい戸部の性格もあれだけどそんな理由だけでこんな屑みたいなチェーンメールを送る方がもっとあれだ。
もう俺達は高校生なんだし。
2人の様子を見て隼人は小さくため息をつく。
「もうこんなことは止めてくれ。戸部に文句があるんだったらこんな卑怯な手なんて使わずに他のやり方で戸部にそれを伝えてほしい。確かにあいつはちょっと馴れ馴れしいとこがあるけど君たちがチェーンメールで書き連ねたような最低なことはしない。戸部には俺から言っておくから…………もうこんなことは本当に止めてくれ」
吐き出すようにそう言う隼人の声は本当に心の底から言っているように聞こえる……いや、言っているんだろう。過去の出来事で散々、チェーンメールっていうやつの最悪な面を見てきたからな。雪乃の言う通り、チェーンメールなんてものはそいつの尊厳を踏みつぶすもの…………。
「ごめん……」
「悪かった……」
そう言うと2人は頭を軽く下げる。
「分かってくれたらそれでいいんだ…………でも、もしも今度こんなことをやったら……その時は容赦しない」
悲しそうな声から一転、怒りに塗れた声と表情をしながら隼人は2人に突き刺した。
2人はもう一度、頭を下げるとそそくさとこの場から去っていった。
「ふぅ…………」
「てっきり一発でも殴るかと思ったけどな」
「殴らないよ…………手をあげたらそいつらと一緒になる」
「あっそ」
「助かったよ、八幡」
「俺よりもクラス全員とメアド交換した由比ヶ浜に言えよ」
そう言うと下駄箱の陰に隠れていた雪乃と由比ヶ浜が出てきた。
今回の一番の功労者は由比ヶ浜であるといっても過言じゃない。由比ヶ浜が全員とメアドを交換していなかったらこんな短時間でスピード解決なんてできなかったしな。
「結衣、ありがとな」
「う、ううん! あたしは別にメールしか送ってないし! この案を考えたヒッキーの方が」
「由比ヶ浜さん。そこは素直に受け取っておきなさい」
雪乃にそう言われ、由比ヶ浜は恥ずかしそうにしながらも隼人のお礼を受け取った。
「やっとスッキリしたよ……あ、そうだ。八幡」
「あ?」
「俺まだ班組めてないからよかったら組まないか?」
「マジか……別にいいけど」
「ありがと。じゃ、また明日」
そう言い、隼人はイケメン爽やかスマイルを浮かべながらこの場から去っていった。
「じゃああたしたちも帰ろっか」
「そうね……由比ヶ浜さん、先に帰っててくれないかしら。部室の鍵は後で私が返しておくから」
「オッケー! じゃあまた明日! ゆきのん! ヒッキー!」
由比ヶ浜は笑顔を浮かべながら小走りで部室へカバンを取りに行った。
「じゃ、俺たちも帰るか」
「……八幡」
雪乃に呼ばれ、振り返った瞬間、彼女に突然抱き付かれた。
…………な、な、な、なななななななんだいきなり!? ていうかここまだ学校だからこんな格好、誰かに見られたら雪乃にまたマイナスな噂が!
「ど、どうしたんだよ」
「…………八幡。どうして貴方はそうやって自分を犠牲にしようとするの?」
「…………」
「あの時はちゃんとメールが受信されたからよかったけれどもしも由比ヶ浜さんの携帯に不具合が起きてメールが送れなかったとしたら……貴方は彼らに土下座したでしょ。それで彼らの笑いのネタになっていた……いくら失敗しない自信があるからって……自分を犠牲にしようとしないで」
…………俺はあの時、雪乃と自分を犠牲にして誰かを救うのはもう止めると約束した……それなのに俺はまたいつもの癖で自分を引き合いに出してしまった……。
「悪かった…………お前との約束破って」
そう言いながら俺は雪乃の頭を軽くポンポンと叩きながら撫でる。
「今回は結果的によかったから許すわ…………でも」
「お、おい」
いきなり雪乃が顔を上げたかと思えばその白くて綺麗な手で俺の顔を包み込むとまるでキスするかのように顔を近づけ、鼻が当たる距離で話す。
「今度やったら…………八幡の教室で一緒にお昼ご飯を食べるわ」
…………こいつ、もしかして気づいてるのか……俺が評判を気にしてること……。
「あぁ、分かった……もう自分を引き合いに出したりなんかしない。約束する」
「そう……約束よ、八幡」
至近距離からの雪乃の笑みを食らい、俺の心臓はまた心筋梗塞一歩手前まで行ったのだった。