魔法少女リリカルなのはF   作:ごんけ

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それは大きな分岐点でした。

人は知らないうちにその取捨選択をします。

きっとそれはわたしが気がつかなくて、他の誰もが気がつかなくて。

それでもその選択をした人はその責任を負います。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



024話

 

 

 今日も天気はいい。

 

「外を掃いてきます」

 

「お願いします」

 

 昼の混雑する時間も終わり、店内にゆっくりとした時間が再び流れ出す。

 店の前に少し水をまいて砂が舞い上がらないように掃いていく。所要時間は5分もかからなかった。撤収するという時に、小さな、驚きというか困惑というかそういった声が聞こえてきた。

 見渡せば、女の子が電柱に手をついていた。貧血でも起こしているのだろうか。

 

「大丈夫か?」

 

 反応が鈍い。

 

「おーい」

 

 と今度は目の前で右手を左右に振る。それで女の子は気がついたのかこちらをみてきた。

 血色がいいとは言えない顔。そして日に光に鮮やかに映える金の髪。優しそうな、怯えているような瞳。病人めいた顔以外は先日のフェイトとか名乗った女の子のものだった。十中八九、そのフェイトだと思う。

 

「だ、大丈夫です」

 

 消え入りそうな綺麗な声が響く。そして再び下を向く。

 

「本当に大丈夫?」

 

 次の瞬間には顔を上げて

 

「はい、本当に大丈夫です」

 

 と明らかにこちらに心配させたくない、とでもいうような返事をした。

 そんな子供を置いておくなんてできるわけもない。

 

「そんな顔で大丈夫と言われても、はいそうですか、とは言えないな」

 

 しかし、どうしたもんか。

 とそこにきゅるきゅると可愛らしい音がした。

 赤くなった顔をまたまた下に向ける。先日のような刃物の切先のような剣呑さは全くない。

 血色の悪さ、腹の虫、それが意味するところは一つしかない。

 

「少しいいかな」

 

 何か小さな声が聞こえてきたけど、無視して手を取って歩く。

 店まではすぐそこなので、箒やらはそのままにして中に入った。

 

 森口さんがちょっと困ったような顔をしている。

 誘拐とかじゃありませんからね。

 

「すみません、俺の知り合いです」

 

「そうですか、ゆっくりしていってください」

 

 俺には困ったような顔を、フェイトには朗らかな顔を向けるという実に器用なことをやってのける。

 

 はやてがいつも座っている場所に案内し、紅茶を淹れる。

 

「あの、お金持っていません……」

 

 小さい体をさらに小さくし、消え入るような声で絞り出すように言ってくる。

 元からそんなことは考えていない。俺の偽善だ。

 

「大きな声では言えないけど、俺からのおごり」

 

「ありがとうございます」

 

 その言葉が背中から聞こえてきた。

 

 さくっとオムライスを作って目の前に出してあげる。

 

「これも」

 

 どうしようか迷っているのか、ちょっと微笑ましい

 

「食べていいよ」

 

 そう言うと、おずおずとスプーンで掬って口へと運ぶ。

 

 はぁっ、と顔が輝いたような気がした。表情は変化してなくて気のせいかとも思ったが、次の一言を聞いて胸の中が暖かくなった気がした。

 

「美味しい……」

 

 無意識につぶやいたのかもしれない。聞き取れるか聞き取れないかくらいの言葉だった。でも、それはちゃんと俺に聞こえた。

 

 ぱくぱくと美味しそうに食べきった。

 それだけ美味しそうに食べたなら作った甲斐があるというものだ。

 

 フェイトが席を立ったので、先導して外に出た。

 森口さんにありがとうございますと言っていた。きちんとしたいい子だということがわかる。

 

「ありがとうございました」

 

 きちんとご飯を食べるように言った。いい子だ、それ故にどうしてジュエルシードを集めているのか気になる。だが、私利私欲の為ではないだろう。そういう必死さではないのだ。少し考えた。

 こちらに背を向けて歩いている姿に声をかけていた。

 

「俺が持っていても使わないから」

 

 ポケットに手を入れて、ジュエルシードを差し出す。

 

 それがジュエルシードだとわかった瞬間にフェイトの表情が一変した。睨むように、隙なくこちらを伺っている。

 さっと身を翻して走って行く様に声はかけられなかった。

 

 

 走っている。

 魔術を使って気付かれずに、そして速く。

 

「派手にやってるな」

 

 半径500 mはありそうな巨大な結界が構築されていた。

 中の空間は外と時間の流れ・位相がズレているようで、魔術の才能のない人は感知できないだろう。本当に魔法のようだ。でもまあ昨日言った事が功を奏したのか、それともただ単に被害を出さないためか。どちらでもいい。見守ることにしよう。

 

 結界自体にはすんなり入ることができた。

 見つめる先では空中で先日の女の子達が争っていた。

 

 大きな道路が交差するところにジュエルシードと呼ばれる魔力結晶は浮かんでいた。先刻のように魔力が迸っているわけでもないので何らかの方法を用いて封印はしたものの、その所持において両名が争っているということは明白であった。

 

 白い女の子、なのはは先日の戦闘よりも技術において大きな進歩が見られた。どういう原理かはわからないが、これほどの短期間での成長には目を見張るものがあるように感じる。それとも、この世界の人間ではこれくらいの成長は当たり前なのだろうか?

 やはりというべきか、魔法を含めての戦闘技術においても黒い魔法を使う女の子、フェイトの方がまだ高みにいるようだ。時折他のところに意識を向けての戦いですら、なのはを押している状態だ。

 しかし、ここにきてそれが仇となり、なのはに砲撃を撃たれる。

 

 睨み合った二人だったが、それもすぐに終わった。

 

 直接ジュエルシードを得るということだろう。

 

 二人の魔法の杖、がジュエルシードを挟んでぶつかりあった。

 途端に溢れ出る魔力。今までの魔力の量とは一線を画す、今までの魔力が霞んでしまうほどの。

 

「くっ……」

 

 ここにいても魔力に当てられてしまう。

 あの子達でさえ危ないだろう。

 

 ならば!

 

 記憶にはないが、記録にあるその真紅の槍。

 

「投影、開始」

 

 それは自分に言い聞かせる言葉。

 

「I am the bone of my sword」

 

 それは己を一つの剣とする魔法の言葉。

 

 ビシッと視界に亀裂が入った。

 いや、割れたのは俺のナニカ。

 

 手先や唇、頭といった毛細血管が弾ける。

 鼻血がつーっとたれてくるのがわかる。

 一番ひどいのは左手だ。薬指の爪は弾け飛び、すべての指先からは血が滴る。腕は内出血をし、青紫色になり、ところどころ地が滲んでいる。

 

 過ぎたるものだ、やめろ!と内で叫ばれる。

 元より無茶は承知。それでも無茶を通さなければならない時がある。そう、この前の世界でもきっといつだってはじめがあった。ならばできない道理はない!

 

 きっとそれは一瞬にもみたないことだったのだろう。

 

 視界に弾け飛ばされるフェイトとなのはを見た。

 

 左手には血よりも濃い朱の長槍。

 名を“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”と。

 

 右手に持ち替え、弓を投影し、全身を隈なく強化する。滴っていた血液が今では跡形もない。身に余る強化の代償は則ち血液。

 

 ぎりぎりと弓がしなり、間を措かずして放たれた。

 

 音の壁を破り、一秒もかからずしてジュエルシードを貫き、投影を破棄した。

 

 結果を見るまでもなく、その場をそそくさと立ち去った。

 

 人気のない公園の水道を使い、腕やその他もろもろの血痕を洗い流す。だが、左手は予想以上にひどいことになっていた。このまま帰るわけにもいかない。中指から小指までの爪が剥がれていてちょっと嫌な光景である。

 包帯を投影し、手から腕までぐるぐる巻きにして電話をかけた。

 

 怪我をしてしまったので、少しお店を休ませてほしいというもの。

 

 つい最近まで旅行に行っていて、迷惑をかけてしまったのに。しかし、怪我をした手で料理を作るわけにも行かない。

 

 森口さんは了承してくれた。頭が上がらない。

 

 さて、残す問題ははやてにこの怪我のことをどう説明するかだった。

 

 

 昨晩ははやてに正座をさせられて足が痛かった。

 

 昨日に続いてジュエルシードが発動するとは。それもあるが、今日ははやてに一人で帰ってもらわないといけないな。連絡は大事である。

 

 電話はかけたが、帰ってからが怖い。

 今日も正座させられるんじゃないかという思いを断ち切り、疾走する。

 

 工場の一角で、人気はない。

 結界が張ってあるのが大きいが。

 

 今日も今日とて、二人の魔法少女?は元気にジュエルシードの取り合いをしている。ジュエルシードは既に封印された状態であった。

 昨日のことがあるから、ジュエルシードは相手を打ち負かせてから回収するようだ。

 

 二人がぶつかり合おうというその瞬間、その間に人が割って入っていた。

 その瞬間を見ることができなかったので何らかの方法で転移を行ったのだろう。恐ろしい程精密な座標指定である、狙ったものだとしたら。たぶん正しいはず。結界が解けていない、つまり強引な方法ではないのだろう。

 

「そこまでだ」

 

 二人の魔法少女の両手両足は魔法によって拘束されていた。

 素晴らしい速度である。二人が気を取られていたというのを除いても、二人よりは卓越した技術があるとみて間違いないだろう。

 

「時空管理局、執務官。クロノ・ハラオウンだ」

 

 空間にその証明といえるものが浮かんでいる。

 時空管理局、ユーノというフェレットもどきの話であれば管理世界を管理しているとか。ジュエルシードのような魔法古代遺失物の管理、そして次元犯罪者の取締。それらがあげられる。ただ、気になるのはここが管理外世界であるということだ。ユーノの話を信じれば。まぁ、この世界に魔術のような魔法技術がないのは俺自身が探しても見つけることができなかったことからも明らかであろう。

 であれば、ジュエルシードの回収ともしかしたらフェイト達の捕縛かもしれない。

 ユーノ自身は管理局に対して暗い感情を持ち得ていないからユーノ、なのはは除くが。

 

 しかしながら厄介なことになるのは間違いない。

 

 ある程度大きな、それも別の世界の組織。

 さて、どうでるのか。お手並み拝見といこうか。

 

 というか、俺バレてないよな。

 ……魔力に関して、ちょっと何か感じると言い訳していればいいだろう。ユーノとなのはに言えば多分、便乗してくれるはず、はず!

 

「事情を聞かせてもらおうか」

 

 いきなりストレートすぎる言葉に耳を疑う。二人共ぽかーんとしているじゃないか。スタンスの問題かもしれないが、空気を読んでない登場だな。だが、二人が打ち合う寸前という緊張した場面での捕縛は効果的だ。意識が目の前のことにしかいっていないから。俺でも何かしらのアクションをするならこの場面だっただろう。

 しかし。よほど自分に自信があるのか、それとも馬鹿なのか。相手が二人だけだと思っているのか? それとも、二人を捕縛しているから人質的な意味で安心しているのか。

 

 案の定、フェイトの使い魔が攻撃を仕掛けた。使い魔もフェイトが捕縛されているのによく強硬手段にもっていける。それだけ信頼しているということなのだろうか。

 

 撤退するという旨の言葉とともに更なる攻撃を仕掛けた。

 

 クロノと名乗った少年はなのはを庇うことで行動が制限されているようだ。

 

 フェイトはその隙に両手足を封じる魔法を解除した。

 それで撤退すればよかった。目の前のジュエルシードに目を奪われて時期を逸している。明らかに悪手だ。

 

 瞬時に弓と矢を投影して行動を見る。

 

 砂煙から魔法が迸った。

 

 素早く矢を射ること三度。

 二本の矢はフェイトに当たる魔法のみに中てる。衝突した瞬間に矢は粉々になり霧散して消えていく。クロノという少年の魔法の方も小規模な爆発をする。フェイトが至近距離の爆発に背中を押されたような形で倒れこみ、ジュエルシードを手にした。素早く跳躍するとアルフとともにどこかへ行った。

 全く、素晴らしい逃げ足だ。ただ、一瞬、目があった。その目には驚きもなければ何も映してはいないようだった。

 

 土煙が晴れると、魔法の杖?らしきごつごつしたモノをこちらに向けているクロノという少年が目に入った。

 もう一本の矢はこれ以上フェイトの向かないように、クロノという少年の足元、地面にあてた。

 

 およそ200 m先、なのははキョトンとした顔をしていた。

 

 先程の転移魔法を見る限り、この場から何事もなく立ち去るというのは難しいな。

 

 弓を下げ、弦を外す。

 それで向こうはこちらに向けた杖と思しきモノを俺から外した。

 

 そして何故かこちらになのはと共に飛んできていた。

 

 その少年が声を発する前に空間にウィンドウのようなものが展開され、現実では見ることがない緑の髪をした女性が姿を現した。

 

「クロノ執務官お疲れ様」

 

「すみません、艦長。少女のうち片方を逃してしまいました」

 

「ま、大丈夫よ。でね、ちょっと詳しい事情を聞きたいの。その子達をアースラまで案内してくれるかしら」

 

「了解」

 

 クロノという少年は淡々と述べているのに対して、その上官にあたりそうな艦長と呼ばれる女性は実に対照的であった。

 

「一方的に言われても俺はこの子達のように君についてはいかないぞ」

 

 クロノという少年の気配が変わる。

 

「どういう意味だ?」

 

「その言葉の通りだよ。なぜ君達の言う事を聞かなくてはならない?」

 

「僕達は管理局だぞ」

 

「それがどうした。国家で承認された機関だとでも? 生憎だが、俺はそのような組織は聞いたことがない」

 

「この前言ったじゃないですか」

 

 ユーノ、君は黙っていなさい。

 

「ほう、僕達のことを知っているようですね、なら」

 

「まぁそれはどこのユーノから聞いた。それを信じれば、とても信じられるような話ではないが、そういった組織もあるのだろう。だが、同時にこの世界が管理局の法の及ばない管理外世界だということも」

 

「しかし、現に僕があの女の子を拘束しようとしたのを邪魔したのは事実ですよね。それに、僕にまで攻撃した」

 

「俺の目には、背中を向けている女の子に対して危害を加えようとしていたようにしか見えないな」

 

 そこまで言うと、クロノも何か言いたそうにして口を開けたが再び閉じた。

 

「ちなみに、先程俺がとった行動だが、緊急避難、刑法37条。この国の法律に記されている。自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。これによれば俺はあの女の子の生命及び身体を脅かそうとするので矢を放っただけ。また、この弓とそちらの武器では脅威の度合いではそちらが上だろう。暴論ではあるが。実際に君自体には中たる軌道ではなかっただろう」

 

「結果論だ! あの土煙の中そんなことができるか!」

 

 なかなか熱くなっている。

 

「クロノ執務官」

 

 再び中空にウィンドウのようなものが開いていた。

 

「彼の言ったことは概ね正しそうだわ。確かに、私達はこの世界に干渉すべきではないのでしょう。しかし、ロストロギアによる被害を見過ごすことはできません。どうしてもお越し願えませんか?」

 

「しつこい女性は嫌われるぞ」

 

「仕方がないですね、クロノ執務官。彼のことは諦めましょう。魔導師でもないようですし。私達に強制することはできないわ。

では改めて二人をアースラまで案内してくれるかしら」

 

「はい」

 

「あと、ストーカーもやめていただきたい。俺はもう関わることもないだろう。餅は餅屋。君達がやってくれたらいい。それと、これも」

 

「これは!」

 

 ジュエルシードを見て驚いているようだ。

 

「歩いていたら見つけてね。案外落ちているものだな」

 

「そんな馬鹿な」

 

「そういうことだ。これを渡した意味がわからないわけではあるまい。また見つけることがあったら譲渡しよう。

ではな」

 

 穏便に事を運ぼうかとも思ったけど、ままならない。それもこれも、このクロノが悪いんじゃないか。そう思うと腹が立ってくる。

 それにこれで終わるとは思えない。当分は監視がつくだろう、その間は魔術を使えないようだ。

 

 と、バスに乗り込んで問題にぶつかった。いや、思い出した。

 はやてへの言い訳、それを万事こなさなければ明日の朝日は拝めないということだ。

 

 





本作品はフィクションであり、実在する法律、刑法とは一切関係ありません。


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