それは小さな冒険でした。
知らない土地での冒険。
世界が広がったように思えた。
魔法少女リリカルなのはFはじまります
身に付いた習慣というものはそうそう忘れることもなく、いつものように早く起きてしまった。
隣に目を移すと、はやての布団は畳の上に移動していた。当の本人はというと、猫のように丸まっている。少し寒いのかもしれないと思い、布団をかける。途端に表情が緩んだことからやはり寒かったのだろう。
布団をたたみ、起こしてしまわないようにそっと襖を開ける。
着替えを済ませて外に出ると、濃い朝靄がかかっていた。
体を動かし終えて汗を流すために温泉に入る。
朝風呂はやはり気持ちがいい。
峰々からそろそろと太陽が顔を出そうとしている時間帯でだれもいない。貸切状態というのも相まっているだろう。
足を伸ばして筋肉をほぐすと体の芯まで暖かくなってくる。
結局上がるまで誰も入ってこなかった。
それからはやてが起きたのは一時間後だった。
◇◇◇◇◇
目が覚めると隣の布団はきちんとたたまれていて人の気配がなかった。
士郎さん、と呼んでみると隣の部屋から答える声があった。
襖の間から光が少し漏れていたが、その光が増したことで目が開けてられなくなる。明るさにも慣れて、薄目を開けると士郎さんがこちらにやってくるところだった。
士郎さんに名前を呼ばれて、私が答えるまもなくヒョイと持ち上げられた。扱いに対して度々提言しているが、それが改善されたことはない。もはや諦めすら入ってきている。
そうしてわたしが士郎さんに抱えられて座布団の上に座らされる。
食事まではあと一時間弱ほどあるらしいので、ゆっくりとテレビを見ていることにした。
ザ・朝食とでも呼べるべきものを食した。
美味しかった。
10時くらいまでごろごろと過ごして出かけることとなった。
近くの神社でお祭りをしているという話を聞いたからだ。
この連休中にするというのもなんらかの意図があるのかもしれないけど、そんな大人の事情は関係ないので楽しむとします。
温泉街の石畳を士郎さんが歩く。そしてわたしはその士郎さんに抱えられている。
お祭りならば相応の人がいるだろうから邪魔にならないようにという配慮からだ。
石畳がそのまま古いものに変わり、周りには屋台が見えてきた。それから石畳は山の方へ続いていく。広めの年代を感じさせる階段を上っていくと広い境内に人、人。階段の下にも人がたくさんいた。
士郎さんはイカ焼きを、そしてわたしはリンゴ飴を買ってベンチに座る。
お祭り特有の喧騒もここまではほとんどこない。
わたし達のようにベンチに座って眺めている人もちらほらと見受けられる。
リンゴ飴をぺろぺろと舐めながら士郎さんを見上げると、イカと格闘していた。
わたしの視線に気がついたのか、
「ん?」
とこちらに言葉を投げかけてきた。
何でもない、と答えてから再びお祭りに目を移す。
一際大きな歓声が聞こえてきたので何かと思うが、ここからでは何も見えない。
士郎さんに連れられて行くと、そこでは弓を引いている人の姿が見えた。
豪奢な服装のおじいさんが弓を構え、矢を番え、そして間を置いて放たられ矢。タン、と軽い音を響かせて的に命中する。
そして起こる歓声。
気がつくと、わたしも拍手をしていた。
士郎さんも拍手をしていた。
その人は礼をして去っていく。
そして的が取り替えられ、新しい的がいくつか用意される。
と、今度は明らかに私服で弓を持つのが初めてですよ、みたいな人たちがやってきて思い思いに弓を引いていく。ほとんどは中たらないけど、時々中たることもある。そうすると割れんばかりの拍手が送られる。
中には地元の学校で弓を引いてそうな中高生の姿も見える。もちろん、そういう人はよく中たる。そして拍手。
「ほへー、すごいね」
「お祭りだからこんな余興もやっているんだろうな」
「士郎さんはせんの?」
「俺か?
んー」
悩んどる悩んどる。
参加するだけで何かしらもらえるらしいし、中れば更に何かもらえるらしい。
「士郎さんが弓引くところ見たいなー」
「あー、まぁいいか」
頭をゴシゴシ掻きながら受付まで歩いていく。
受付のお姉さんに用紙をもらって、書き上げるのを見る。
わたしは士郎さんがするのを受付のお姉さんの隣で見ることになった。
士郎さんは弓と矢を借りて現れた。
矢は全部で二本。
士郎さんが礼をした瞬間、音が消えた。
あれほどの喧騒が嘘のように無音。
わたし感覚的なものかもしれない。
一本は弓に番え、もう一本は右手の薬指と小指でもっている。
弓が上げられ、引かれる。
タン。
もう一度、タン。
気がつくと、今まで以上の喧騒に包まれていた。さっきまでのはきっとわたしが集中していた為にそう感じたんだろう。そう自分で納得していると、弓を返し終えた士郎さんがやってきた。
「どうだった?」
「うん、すごかった」
なんて言ったらいいのかわからないけど、とにかくすごかった。これ以外の言葉が浮かばない頭を少し恨めしく思ってしまうほどに。
「そうか」
士郎さんは笑顔をしていた。
「うん」
「はい、これ」
と受付のお姉さんは足元のダンボールから袋を取り出して渡してくれた。
士郎さんに渡された袋を見ていると、士郎さんはそれを渡してくれた。
袋をじーっと見たあとに士郎さんを見ると、苦笑しながら開けていいよ、と言ってくれた。
そこまで言われたら開けるしかないと思ってびりびりと袋を破く。中にあったのは10 cmくらいの矢。
「破魔矢と言ってですね、簡単に説明すると悪い気とかそういったものを打ち破る矢なんですよ」
横にいたお姉さんが説明してくれた。
「そんなわけで、持っているといいことがあるというわけじゃないんだけど、少なくとも悪いことにはならないってことかな」
「うーん、わかったようなわからないような」
「とりあえずここにいると邪魔になるだろうから移動しようか」
「うん」
お姉さんにお礼を言ってその場から離れる。
再び屋台制覇に向けて動き出したわたしたちは人だかりの前に立ち止まる。どこもかしこも人だらけだけど、そこだけは密度が違った。士郎さんがかきわけて覗き込むと、そこには鮮やかなピンクに近いオレンジ色の髪の毛をした女性が至極真剣な表情で水の張った桶を凝視していた。
「士郎さん、あの人……」
「ヨーヨー釣りか。
でも、あそこまで真剣にしている人は初めて見るな」
士郎さんも呆気にとられているのかどうなのか。私は少なくともこういう事に熱を上げるということが今までなかったのでなんとも言い難い。というか、その人は実に下手であるようで、おじさんにお金を渡しては挑戦を繰り返していた。おじさんは見かねてヨーヨーを渡そうとするのだけれども、断固としてそれを受け取らずに挑戦している姿は次第に人を集めたようだ。
わたしたちが見ている間にも何回も失敗して、どうやってもとれなくておじさんからヨーヨーをもらっていた。さすがに気の毒には思ったけど、屋台でそこまでお金を使うのも豪胆やな。
「すごく目立ってるな」
「さっきの士郎さんもやで」
「えー」
「弓もそうだけど、ここは海鳴市と違って髪の色が極端に黒じゃない人は珍しいんじゃないかなって邪推するわ」
「あー、そういえばそうだよなー。
観光客は確かにいるけど、橙色の髪の毛とか珍しいよなぁ」
そう言って右手で髪をいじる。髪の毛が短くて自分では見ることができないんだろうけども。
「そういう意味であの人も士郎さんも目立ってたと思う」
それからすこし屋台を見てから旅館に戻った。
あんまり食べると夕食が食べれなくなるぞって言われた。
士郎さんの言っていた家族風呂に入ることができた。
総檜らしく、独特の香りが充満している。また、大きな一枚の窓からは外の様子がよく見えた。反対に向こうから見られるんじゃないかという心配もあるが、そこは心配無用。なんとマジックミラーになっているのでしたー、ジャジャン!
新緑の時期のここからの景色はいいけど、やっぱり紅葉時期はもっといいんじゃないかとも思う。といっても始まらないことだけど。
「何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「ううん。なんでもない。
ただ秋とかも紅葉がきれいに見えるんじゃないかなーっと」
「ああ。
そうだな。どちらかというと広葉樹が中心だからさぞ紅葉はすばらしいんじゃないか?」
「そう思う?」
「ああ」
「じゃあ、また来ようね」
「そうだな」
士郎さんは外を向いて言った。
たぶん、紅葉したらどんな景色になるのか想像しているんじゃないかな。
「ふぅ」
お湯加減もちょうどよくてとろけてしまいそう。
「なあ、はやて」
「なーに?」
「フルーツ牛乳でも買っていくか」
「え?ほんと?
ありがとう!」
さっとあがってフルーツ牛乳を飲んでみた。
のどに絡みつく甘さ。なんというか、甘い。とてつもなく甘い。だけど、それがいい!
お子様なわたしの舌にはこれくらいの甘さはどうということはないんや。
士郎さんは牛乳を飲んでいたから、一口あげてみた。と、眉をひそめる。
「おいしいはおいしいんだけどなぁ」
ちょーっと士郎さんには甘すぎるようだ。
そのまま返してもらってから一気にあおる。
あー、おいしい。
部屋に戻るとこれまた豪華な夕食が用意されていた。
夕食を食べ終わってごろごろしていたら、いつの間にか夜になっていて、そのまま就寝することになった。
◇◇◇◇◇
はやてと祭りに来て済し崩し的に弓を引くこととなった。
案内されて行ったところには弓がいくつかおいてあった。
どうやら近くの学校の弓も貸し出されているらしい。
ちらちらと見ていって、カーボン製の並寸、18 kgの弓を選んだ。中には竹弓等もあったが、特に考えるでもなく手元の弓を選んだ。
弦を張り、少量のくすねをつける。使えなくなった弦で作ってある小さなわらじで丁寧に弦をこすり、弓を引く。うん、いい感じだ。
弓も丁寧に扱われているようで手入れが行き届いている。
かけは自分にあったものではないからできるだけ合うものを選んでつける。たぶん、学校の備品もあるんだろうけど、卒業生がそのまま寄付したものではないだろうか。それでも、こういう時に使われるためかちゃんと手入れがされているので硬くなりすぎているということもない。
的中粉、ギリ粉は置いてあるが、素引きしてみた感じでは使用しなくても大丈夫だろう。
棒矢を受け取り、巻藁に向かう。
巻藁は二つ置いてあった。一つは使用されているようだが、もう一つは使用されていないようなのでそこを使う。
実際に矢を番えて引いてみるとやはりかけに若干の違和感があるが、そこはどうしようもないだろう。棒矢を戻し、二本の矢を受け取る。
さて、出番だ。
射場に足を進める。といっても石畳の上ではあるのだが。
礼を一つし、的を見据える。
足踏みをし、胴造り。
矢のうち一つを番え、残りは右手の薬指と小指で握る。
もう一度的を見て弓を打ち起こし、引き分ける。
会ではすでに的に中っている。
矢が離れて、的を射抜く。
残心。
同じ動作をもう一度。
礼をして場を去る。
「どうだった?」
「うん、すごかった」
「そうか」
「はい、これ」
受付のお姉さんが袋を渡してくれた。
それをじーっと見つめるはやて。まぁ気になるんだろうな。
左右に揺らすとはやての顔も左右に揺れて面白い。お姉さんも笑っている。
はやてに渡して、開けていいよ、と言うとビリビリ袋を破った。
「破魔矢と言ってですね、簡単に説明すると悪い気とかそういったものを打ち破る矢なんですよ」
時期的には正月に縁起物とされるものだが、小さいことは言ってはいけない。それに、商品と言うか、副賞としてはこれ以上ないくらいに合っている。
「そんなわけで、持っているといいことがあるというわけじゃないんだけど、少なくとも悪いことにはならないってことかな」
「うーん、わかったようなわからないような」
しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「とりあえずここにいると邪魔になるだろうから移動しようか」
「うん」
お姉さんにはやてがお礼を言った。
その後は屋台を再び見て回った。
と、人だかりがあるのでなんだろうと思って覗き込んだ。
そこには桃色と橙色を足して割ったような髪の色をした女性がいた。そしてそこからでている魔力。
「士郎さん、あの人……」
はやての声ではっとなる。
そして、見ると真剣にヨーヨー釣りをしていた。
「ヨーヨー釣りか。
でも、あそこまで真剣にしている人は初めて見るな」
何回も百円をわたしてチャレンジしているが、釣れる気配はない。いや、何度か釣れそうにはなっていたけども。たぶん、あのままじゃ釣れないだろう。
最後にはおじさんからヨーヨーを受け取っていた。
「すごく目立ってるな」
「さっきの士郎さんもやで」
なんだと。
「えー」
「弓もそうだけど、ここは海鳴市と違って髪の色が極端に黒じゃない人は珍しいんじゃないかなって邪推するわ」
「あー、そういえばそうだよなー。
観光客は確かにいるけど、橙色の髪の毛とか珍しいよなぁ」
右手で髪をいじる。髪の毛が短くて見ることはできないんだけどさ。
「そういう意味であの人も士郎さんも目立ってたと思う」
気にはなるが、特に人を害そうというわけでもなさそうなので何もしない。
それ以上とくに変わったこともなく宿に戻った。
巻藁
藁を巻いた束。棒矢を使って2 m手前くらいから弓を引く。
棒矢
羽のついていない矢。
射法八節
足踏み・弓構え・胴造り・打起こし・引分け・会・離れ・残心からなる。
的中粉
押し手につける滑り止め。
ギリ粉
かけにつける滑り止め。
かけ
鹿の皮製の右手につけるもの。
素引き
矢を番えずに弓を引く行為。
くすね
弦を補強するもの。
私も弓道をやっています。
持っている弓の強さは18 kgです。
はやての感想はまんま私が高校の部活体験で初めて射を見たときの感想です。全国レベルの先輩の射はやはりすごいとしか言えませんでした。