魔法少女リリカルなのはF   作:ごんけ

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それは久しぶりの雨でした。

雨は降って次の日もその次の日も。

でも、雨はそんなに嫌いやない。

陰鬱とした気持ちもすべて流してくれる気がする。

そんで、その後には瑞々しい生命の息吹が感じることができるから。

魔法少女リリカルなのはFはじまります


017話

 

 

 ザー

 ザー

 

 ノイズのように雨は降り注ぐ。

 空を仰げば、曇天の雲からは止め処なく水が落ち、大地の穢れを流そうとしている。

 

 視線を戻すと辺りにはまだ火が燻っており、硝煙とタンパク質の焼ける嫌な臭いが覆っている。

 

 

 既に探し回って、探し回って、それでも生きている者はいなかった。

 

 紛争。

 

 一言で言ってしまえばそれだけ。

 

 その言葉だけでどれだけの人が死んだのだろう。

 

 歩くたびに無数の傷口から血が流れる。

 服は自分の血なのか他人の血なのかわからないが、血が固まり黒く変色している。

 

 パチパチッ

 

 燃えていた木がはじけた。

 この雨だから直に火も消えてしまうだろう。

 

 それを一瞥して、再び歩みを進める。

 

 地獄のようなそれ。

 

 

 声が聞こえた。

 本当に小さな、聞こえたことが信じられないくらいに。

 

 声がした方へ走る。

 常人からしたら走るなんてことはできない体。

 それでも鞭打って走る。

 

 見つけた男性は私よりも少し年上に見えた。

 

 口をパクパク動かしている。たぶん、伝えたいことがあるのだろうと耳を近づける。

 目の光は失われつつあり、こちらを見ているのかそれとも虚空を見ているのか。

 

 奥さんと子供がまだ家の中にいるらしい。

 紡がれるあまりにもか細い言葉。

 

 彼自身、下半身が潰されここまで生きていたのが奇跡的だった。。

 それでも刻一刻と彼の生命は失われつつあった。

 

 彼を潰していたもの、それは小さな家だった。

 

 彼以外の生存者は絶望的。

 

「ああ、まかせてくれ。

きっと助け出してみせる」

 

 その言葉は彼に聞こえたのか、少し首が動き、こちらを見た。気がした。

 

 絶望的ではあるが、生存していないということが確定しているわけではない。

 いや、きっと私はわかっている。彼以外の生存者はいないということを。

 それでも、彼の望みを聞き届けないわけには行かなかった。

 

「少し待っていてくれ」

 

 私は家だったものから人を探すべく手を動かした。

 

 ほんの数分したころだろうか、車が止まる音がした。

 

 顔を上げると、この国の軍服を着た者たちが車から降りてくるところだった。

 丁度よかった。

 彼の望みのためにも彼らに手伝ってもらおう。

 

 走り出して、彼らのほうへ向かう。

 

 彼らは私を見るなり、銃を突きつけてきた。

 それをお構いなしに歩みを進める。

 

 と、後ろでパンッと乾いた音がした。

 

 振り向く。

 先程、彼と話した所に複数の人が立っていた。

 

 彼の方へ歩いていく。

 後ろから何か声がするが、雑音でしかない。

 

 前方の男たちは何をするでもなく、ニヤニヤしていた。

 

 彼の顔には絶望が張り付いており、頭の半分がなくなっていた。

 

 膝を突く。

 そっと彼の瞼を閉じた。どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 曰く、彼に家族はすでに死んでおり、彼もすぐに死ぬことを伝えたらしい。

 彼の絶望の表情はそれだった。

 

 わかっていたことだった。

 

 この一帯は反政府組織の構成員とその家族しか住んでいなかった。

 

 独裁国家であるこの国では人の命は銃弾一発ほどの価値しかない。

 

 ここの誰かを救うことで、誰かはこの国の誰かの命を奪うだろう。

 それならば、いっそ、このままだれも助けない方がいい。

 

 だが果たして生かされている人は本当に人と呼べるのだろうか。

 いつも何かに怯え笑顔はない。

 

 ゴリッとライフルが額にこすり付けられる。

 さきほど撃ったばかりでまだ暖かさが残るそれは彼の体と同じように熱が奪われつつあった。

 

 どうしようもなかった。

 それでも助けたかった。

 

 笑顔でいて欲しかった。

 

 私の望んだのは間違っても彼のような絶望に彩られた顔ではなかった。

 

 どちらにも正義はあった。

 

 さらに強くライフルが押し付けられた。

 

 

 

「ぁ」

 

 気がつくと、目の前には怯えた表情のはやての姿があった。

 

 泣きながらごめんなさいと言い続けるはやてをどうやって慰めようかと考える。

 いや、全部俺が悪いんだけど。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 雨音で目を覚ます。

 

 ぽたぽた。

 

 何故か士郎さんもわたしと一緒に寝ていた。

 

 なんやろ、額に第三の目とか瞼に目を描くとかしたくなるのは。

 

 士郎さんはわたしの足元の付近で仰向けになってなって寝ている。

 鋭い人やから、ゆっくり動いて。

 

 気がつく。

 寝ながら本を読んでいた。

 

 その本はちゃんと閉じられておかれている。士郎さんやな。

 

 少し時間はかかったけど、じゃーん、手にはマジック。

 もちろん、水性マジックや。油性マジックを使うとか鬼畜やからな。

 

 眉間に少ししわが寄っているようやけど、まぁあんまりいい夢をみとらんのやろうな。

 

 だけど、わたしのこの溢れ出す悪戯心はだれにも止められんで。

 

 キュポッ

 

 なかなか小気味よい音をさせよる。

 

 さてさて、士郎さんの額に。

 

 そーっと、手を伸ばして、マジックの先が額に触れた瞬間。

 

 ガシッっと手を掴まれて、無機質で空虚な目がわたしを捉えていた。

 何の感情もない、見ているだけで、どこまでも落ちていきそうな瞳。

 まるで、機械のような。

 

 それがあまりにも悲しくて怖くて泣き出してしまった。

 

「ごめんなさいごめんなさい」

 

 士郎さんは慌てているけど、お構いなしに謝る。

 

 士郎さんが怒っているなんて思っていない。

 でも、謝らなければならないと思った。

 

 士郎さんのあんな目は見たくない。

 

 こんな悪戯するんじゃなかった。

 

 士郎さんなのに士郎さんじゃない、そんなかんじ。

 

「はやて、悪かったって。

な、泣き止んでくれ」

 

 どうしたら泣き止んでくれるんだーっておろおろしてるけど、それでいつもの士郎さんに戻ったんだなってわかった。

 

 

 士郎さんお手製のプリンを食べつつ、プリンごときで泣き止むのもなんだかなぁっと思ってしまった。ゲンキンなやつと士郎さんに思われてしまいそうや。

 

 でも、おいしいから気にしない。

 

 さっきの士郎さんの表情は忘れてしまおう。

 

 しかし、雨はしとしとと降り続いている。

 

 しとしと。

 

 コトリ、とティーカップが置かれ、士郎さんを見る。

 

「ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 そう言うと、自分の席の前にもカップを置く。

 

 わたしは紅茶で士郎さんは珈琲だ。

 

「ん?

どうした?」

 

「なんでもない」

 

 士郎さんが新聞を読んでいたので、それを見ていただけ。

 

 再び視線を外に向けたところで、先程の景色が目に入ってくるだけで特別なことはない。

 

 空になったプリンのカップを見つめて、紅茶を口に含む。

 

 ほっと息を吐き出して本を開く。

 

 雨の音と紙の擦れる音だけがした。

 

 

 

「ふあぁー」

 

 大きく欠伸。

 

 次の日も雨が降っていた。

 

 士郎さんはお仕事に行くので、今日は一人で家で留守番をすることになる。

 雨の中を車椅子で外出するほど酔狂ではないつもりだ。暇は暇なんやけどね。

 

「どうせ夜遅くまで本読んでたんだろ」

 

「気になって眠れんかったんやからしょうがなくない?」

 

「それでも次の日に支障をきたすようではだめだと思うが。

何ならまだ寝ててもいいぞ」

 

「うー。

魅力的な提案やけど辞めとく」

 

「まだ結構早いぞ」

 

 時間はまだ6時にもなっていないので、早い時間帯だ。

 そんな時間に起きて食事の準備をしている士郎さんは何だと言いたい。

 

 欠伸を一つ。

 

 眠い目を擦りながら本を開く。これは自分で購入した本だ。

 あんまり本を購入することはないけど、偶には本を購入することもある。

 

「帰りに本を返却してこようか?」

 

「お願いできる?」

 

 借りていた本は読んでしまっていたので、言葉に甘えることにする。

 

「ああ。

あと、借りてきて欲しい本とかあるか?」

 

「うーん、まあそれはいいわ」

 

「そうか」

 

 バイトに行くついでだから、と本の返却をしてくれるらしい。図書館は喫茶店から目と鼻の先なので、本当についでなんだろう。

 

「ついでに昼飯も作っておくから」

 

 士郎さんは朝食を作っているので、一緒に昼食を作っておく算だからしい。それに対してわたしはうんと応える。

 

 本を読もう思ったけど、士郎さんが料理をしているので、わたしも料理に参加しようと思う。

 

「お昼は何にするん?」

 

「んー。

何がいいかな」

 

「唐揚げとかどう?」

 

「お弁当の定番ではあるなー」

 

 そんな話をしながら料理をしていった。

 

 

「それじゃ行ってきます」

 

 目立つ黄色の傘を持っている。

 わたしが使っていたものだ。士郎さんにはかなり小さい気がする。

 

 使えるものは使わないと、そう言っていた。

 

「いってらっしゃーい」

 

 かちゃん、と軽い音がして扉が閉められ士郎さんの後姿が消える。

 

 午前中のうちは勉強、と士郎さんと決めている。

 

 自分の部屋に行って勉強をしよう。

 問題集なんかは士郎さんが親切にも買ってくれている。

 

 車椅子を反転させて自分の部屋に向かう。

 

 電気をつけて机に向かう。

 

 外では相変わらず雨が降り続いていた。

 

 

 いくらか集中してやっていたおかげか、ある程度勉強がはかどったきがする。

 

 算数ドリルは直接答えを書くんじゃなくて、ノートにそれこそ何回も繰り返し解いているので答えを覚えてしまいそうだ。教科書は自分でさっさとすすめてわからなかったところを士郎さんに聞いている。

 

 教科書とノートを閉じて時計を確認すると、昼食にはまだ少し早い時間。とはいえ、きりのいいところなので今日はここまでにしておこう。

 

 早めの昼食を一人でとる。

 

 テレビを付けると、アナウンサーがやけに高い声で芸能ニュースを読み上げていた。

 

 それを聞き流し、空を見上げる。

 

 

 

 その翌日も翌々日も雨は降り続いた。

 

 





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