Black Bullet 〜Lotus of mud〜   作:やすけん

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第3話

試合を終えた蓮は即座に着替え、報酬をひったくるように貰うと地下闘技場を後にする。

 

地上へと繋がる関係者専用の階段を上り、地下よりは涼しい夜の冷気に体を晒した。

 

火照った体に適度な風を感じながら、蓮は空を見上げた。頭上では、満月が煌々と輝いている。

 

「今日の月は赤いな……」

 

蓮は更に(こうべ)を巡らす。

 

彼方では、煌びやかな輝きを放つ街並みが望める。蓮の帰る場所、東京エリアだ。限られた領土で活動領域を広げようとほとんどの建物が競うように高層化している。エリア中央へ向かうほど建物群の密度が高まり、比例するように建物自体の高さも増していく。離れて見れば、街全体のシルエットが富士山のように見える。

 

だがその反対、蓮から見れば約10マイル(16km)後方にはなにかの冗談のように巨大な壁が(そび)え立っている。縦に1.618km、横に1kmという規模をほこるその金属塊は『モノリス』と呼ばれる物だ。モノリスは東京エリアを囲むように等間隔で設置されており、ガストレアの侵入を防ぐ役割を担っている。

 

ガストレアーー突如として地球上に出現し、瞬く間に世界を蹂躙(じゅうりん)した人類の天敵。そのガストレアの唯一の弱点は、バラニウムという金属の発する磁場。故に人類はバラニウムで巨大な壁を作り、その中に閉じこもり辛くも生き残った。

 

今日(こんにち)、人類の平穏はこのモノリスに守られているのだ。

 

蓮はモノリスの奥へ目を凝らしてみた。

 

ガストレアの住処となり、人間が立ち入る事が出来なくなった『未踏査領域(みとうさりょういき)』が延々と広がっている。鬱蒼(うっそう)と茂る木々の隙間から赤い光点がポツポツと垣間見える。彼らガストレアの共通点、赤く発光する目がこちら側ーー東京エリアを伺っているようだ。

 

「……」

 

蓮はガストレアから、ぞろぞろと地下から出て来た群衆へ目を向けた。

 

関係者専用の出入り口から見て、一般用の出入り口は一段低い所に設けられている。今日来た人々を俯瞰(ふかん)できるこの場所を、蓮は気に入っている。誰もかれもが仕立てのいい服を着込み、高級車に乗り込んでいく。

 

……あ、そうだ。

 

蓮はふと思い出したように携帯電話を取り出した。ある所からの不在着信の件数が新たに更新されているがそれは無視し、他の所へ電話をかける。呼び出し音が鳴る前に、相手は電話に応答した。

 

「あぁもしもし、(らん)か? 」

 

明るく快活な声が返ってくる。

 

『は〜いもしもし〜お兄ちゃんですか〜?』

 

「これから帰るからな。ごはん食べたか?」

 

『うん』

 

「風呂は?」

 

『もうバッチリ!』

 

「注射は?」

 

『んっ? え〜とバッチリです』

 

「……」

 

『はい嘘でした〜! えへへ……』

 

「ダメだぞ、毎日欠かさないこと。そうじゃなきゃ……」

 

『わかってるってわかってるって〜』

 

「うん、そうだと信じるよ。宿題もやっとくんだぞ」

 

『ははは〜……』

 

「じゃあ、また後でね」

 

『は〜い』

 

携帯電話をズボンのポケットへ押し込み、蓮は家の方向へ歩き出した。

 

徐々に高級車達も発進しつつある。このまま何事もなく家に帰って、いつものように床につき翌朝を迎える。今や当たり前と化した日常風景だ。

 

蓮は考える。もしも今日の帰り道に不慮の事故にあった時、俺は今日という日を有効に使えたか? 明日が無くとも、いい人生だったと言って死ねるか? と。

 

同時に、人々の呑気な顔を見て、こんな事を考えている俺は少しおかしいのかな? とも思う。

 

「ま……俺の頭じゃ考えても分かんねぇな」

 

蓮は自身の考えを一笑に付すと、帰路を急いだ。

 

だが、一般用の駐車場で呟かれた一言に、足を止めた。

 

「おい‼︎ 月が落ちてくるぞっ‼︎」

 

そんなバカなーー蓮はそう思いながらも男の指差す方向へ目を向けた。

 

「そんな……バカな」

 

確かに、赤い光点が蓮たちのいる所へ向かって凄まじい勢いで落下して来ている。それはそれで脅威だが、その光点は月ではない。今日の空模様は曇りだった。月など見える筈もなかったのだ。

 

赤い光点が近づくにつれ付近に黒い影が浮かび上がり、そのシルエットが浮き上がる。左右に広がる対の翼、長い首と尾。その正体は……

 

「ガ……ガストレアだーッ‼︎」

 

1人の男性の叫びにより、その場に混沌がぶちまけられた。我先にと駆け出す人々だが、互いに衝突しあい結果的に足を引っ張り合っている。蜂の巣を突いたように騒がしい駐車場に、巨大な影は激突した。

 

莫大な騒音に頭が潰されるような痛みを感じ、加え大きな振動によって立っていられなくなり蓮は片膝を着く。彼のすぐ後ろに黒塗りのセダンが落下した。

 

巻き上がる粉塵により、視界は(まま)ならない。だがその中においてもハッキリと落ちてきた赤い光点だけは視認できる。

 

女の絶叫が、男の断末魔が、赤い光点が動く度発せられる。蓮は一目散に逃げようと考えた。現に既に走り出していた。しかし、すぐに立ち止まると振り返り、眼光鋭く赤い光点を睨んだ。そして、即座にそこへ目掛け走っていく。

 

蓮は粉塵をかき分け異形の生物、ガストレアの眼前に躍り出た。

 

長く大きな(あぎと)が黒服の男性に差し迫るという時に間一髪、間に入り込み拳法の捌きによりその軌道をずらした。

 

「逃げろッ‼︎」

 

「ひ……あっ……」

 

助けられた男性は、状況が飲み込めないようだ。まさに今、理不尽な命の危機に対面し、死を覚悟した時に助けられたのだ。腰が抜け、立ち上がることも出来ない。

 

「さっさと走れッ‼︎」

 

蓮は男を無理矢理立たせようとする。だが目の前の脅威(ガストレア)はそれを大人しく待ってくれない。

 

ガストレアは全身をよじり怒りの咆哮を上げると、長い尻尾を鞭のようにしならせ水平に薙いだ。周囲に漂う砂塵を吹き飛ばす程の風圧を発生させ、尻尾は蓮たちに迫る。

 

蓮にとって、この程度の攻撃は朝飯前に避けることが出来る。縄跳びよろしく跳び越えるつもりでいた。だが、冷静にタイミングを伺っていると、背後で悲鳴が発せられた。

 

後ろの黒服に、これを避けることは不可能だった。

 

蓮の心臓が大きく跳ね上がる。

 

……しまった‼︎

 

蓮は迷った。人間相手なら捌きは十中八九(じゅっちゅうはっく)成功する。だがガストレア相手に試したことは無い。先ほどは運良く成功したが、これを確実に捌けるかは自信がなかった。

 

ならば……剛体法を持って防ぐしかない。

 

蓮は不得意としているが、今はやるしかない。全身の関節を締め、筋肉を硬直させる。地中深くまで根を張るように足を踏ん張りガストレアの尾打に備える。これを耐え切れなかったら、黒服の死は濃厚だ。最悪、自身も無事ではない。

 

「……つッ‼︎」

 

だが果たして、蓮にこれを受け止める事は出来なかった。

 

インパクトと共に吹き飛ぶ蓮の体は、1度地面にぶつかるがバウンドして宙を舞い、再び地面に打ち付けられ2回3回と転がりようやく止まった。

 

全細胞が焼けるような痛みを訴えている。蓮はまず四肢の動作を確認した。なんとか千切れたりはしていないようだ。だが、生傷は沢山ある筈だ。体の至る所で粘着質な液体が肌を這う不快感がしている。頭の中もバーテンダーにシェイクされたような状況になっていたが、蓮は片目を辛うじて開け、黒服の安否を確かめた。

 

まず目に入ったのはガストレアの姿だった。巻き起こっていた砂のカーテンでその全貌は見えなかったが、今はハッキリと分かる。鷹の胴体に、キングコブラの頭と尻尾がくっついている。さながら伝説上の生物コカトリスの様な姿だ。

 

そのコカトリスと蓮の中間位置に黒服は転がっていた。目は虚ろで四肢は子供に弄ばれた針金の様にデタラメな形に変形している。

 

ダルマ状態となった黒服にコカトリスはゆっくりと近づくと、口を裂けんばかりに開いた。捕食するのかと思われたが、口内に備わる鋭利で醜悪な毒牙2本を、黒服の体に深々と突き入れた。

 

すると今度は黒服の(まなじり)が裂けんばかりに開かれる。口内からは血が止めどなく溢れ出し、苦悶の顔を蓮へと向けている。

 

ゴボゴボという、水中で息をしたような音が黒服から発せられた。恐らく「助けて」とでも言っているのだろう。

 

……クソッ‼︎ クソがッ‼︎

 

蓮は黒服を助けようと動こうとする。だが肝心な体は言うことを聞かない。遂には動くなと言わんばかりに激痛を訴えるに至る。

 

「くッ‼︎ ……バカ野郎が。何のために、今まで戦って来たんだよ。このバカ野郎がッ‼︎」

 

蓮は喝を入れるために叫ぶ。例えそれに伴い気絶しそうな程の激痛が殺到しようとも。亀の歩くような速度だが、徐々に体を起こし始めた。

 

「オッサン、今……助けてやんよ」

 

よろよろと立ち上がった蓮だが、足元は泥酔者のようにおぼつかない。今にも倒れてしまいそうだ。届くはずもないのに、黒服に手を伸ばした。

 

再び、ゴボゴボという音が聞こえた。それを合図とするかのように、黒服の顔から徐々に血の気が失せていく。

 

「オッサン……オッサン、諦めんな」

 

最後は自分に言い聞かす様に、蓮は呟く。だが、黒服はロウソクの火が消えるように、急に動かなくなった。瞳孔が拡大し、呼吸をしていないのが蓮にも分かった。

 

……クソ

 

コカトリスは黒服を解放し、蛇の頭から鷹の雄叫びを上げる。途端、黒服の目が赤く染まり、生気とは違う輝きが宿る。

 

ーー 形象崩壊 ーー

 

顔じゅうに血管が浮き出で、体内で何かが激しく蠢き出した。沸騰する水のように、黒服の背中が波打つ。瞬転、風船の様に膨れ上がると、爆ぜた。体の中と表をひっくり返す様に大量の血潮を撒き散らしながら赤目の生物が出てきた。

 

シーっというその種特有の音を発しながら、酷薄な目で蓮を見据えている。体皮を満遍(まんべん)なく埋め尽くす鱗に、(とぐろ)を巻くほどの長い体を持つ生物といえば、この世に答えは1つしかないだろう。

 

だがその種でも最強と(うた)われるブラックマンバがガストレア化し、その姿を現した。

 

……ちっとも笑えねぇ

 

蓮はこの世でやり残した事がないか考えた。1つ、確実にやり残していることがある。他には、個人的にやりたい事が山ほどある。

 

……俺はまだ何もやっちゃいねぇ。こんな所で死ねるかってんだッ‼︎

 

下らない理由かも知れない。他人が聞いたら笑うかもしれない。それでも蓮には、それだけで十分だった。

 

体は止めろと言う。だがそれでは何も解決しない。心が前に向いている限り、蓮は進む。

 

重い腕を上げ、ファイティングポーズを取った。霞む視界で、精一杯2匹のガストレアの動きを追う。

 

……今こそアレを

 

蓮は決心するが、そうこうしている内に、ブラックマンバが攻撃を仕掛けてきた。文字通り瞬く間にだ。蓮が(まばた)きをすればそのまま黄泉(よみ)へと続く入り口、ブラックマンバの黒い口内が眼前に迫っていた。蓮は咄嗟に右腕を差し出し防御の構えを取った。

 

耳元で巨大な物体が擦過する音が聞こえた。次いで硬質な金属を鋭い毒牙が貫く快音。最後は、ブラックマンバの苦痛とも取れるシューという呻き。

 

……ん?

 

蓮は茫然自失と立ち尽くした。何が起きたのかはっきり言って分からない。

 

対ショック姿勢を取り攻撃に備えたが、視界の隅から突然車が猛烈な速度で飛んできた。それはブラックマンバの口内に吸い込まれるようにしてぶつかると、勢いそのまま15mはあろうかという大蛇を彼方へ吹き飛ばした。その風圧に飲まれコカトリスも羽毛のように宙高く巻き上げられた。尋常ならざる力だ。何故自分だけは平気なのだろうか? 幻でも見ているのだろうか。

 

「あ……あの、す……すいません。怪我……ないですか?」

 

その時、突然背後から声を掛けられ、蓮は振り返った。天使のような穏やかで温かみを感じられる声音だった。とうとう自分も死後の世界に来たのかと疑ったが、その人物は目が合うと、まるでそれが罪だと言わんばかりにフッと視線を外した。この場に似つかわしくない奇妙な出で立ちから一応、その人物が天使でないことだけはわかる。

 

頭に乗せているシルクハットのせいで顔は見えないが、白いレースの付いた青のケープ。腰と膝でキュッと締まっているふんわりとした紺碧(こんぺき)の半ズボン。白のハイソックスにエナメル質の黒いローファー。俗に王子系と言われる格好の少女が立っていた。手にはステッキを持っている。

 

顔を伏せたまま、彼女は問う。

 

「どこか……悪いんですか?」

 

悪いんですかも何も、全身傷だらけだ。そうだ、まだ体のあちこちが痛んでいる。自分がまだ生きていることを確信すると、対面の少女にしっかりと目を見て話せと言いたくなってきたがそこはグッと堪え返事をする。

 

「一応、無事だけど……」

 

「そうですか! よかった〜」

 

パァッと花が満開で咲くように少女は笑った。ナチュラルな茶髪をボブショートにまとめ、片目に医療用のアイパッチを貼っていた。それを蓮が視認したのと同時に笑顔は急に何処へと消え失せ、顔を俯かせる。そうなると、全く顔が見えない。極度の人見知りの様だ。

 

「あの……君は?」

 

「あ? え? あ、私?」

 

「うん、君」

 

「は、はい……何ですか?」

 

「いや、君はあの……えっと……」

 

「私が?」

 

「……」

 

一向に進展しない会話に困った蓮は周囲を見回す。大人の姿はない。この子は一体何者なのだろう?

 

「あれ。あの車って君がやってくれたの?」

 

少女はシルクハットをついと上げると即座に伏せる。

 

「はぁ〜、アレですよね。多分……私です」

 

「た……多分?」

 

「そうなんです。そうなんですけど……今はそれどころじゃないです」

 

少女は蓮を中心に円を描くように大きく迂回してガストレアと蓮の間に立った。どれだけ警戒されているのだろう?

 

「あの……心配しないで、大丈夫……大丈夫、だから」

 

恐らく蓮に言っているのだろうがブツブツと呟くため、その殆どが聞き取れない。

 

こんな子が本当に戦えるのだろうか? あのガストレア達と。もし出来なかったら、それはもう……絶望的だ。

 

そんな蓮の疑問があっさりと覆るのは、そう間もない。

 

やっとの事で車を吐き出したブラックマンバは、怒りの双眸(そうぼう)で王子系女子を捉えると体をうねらせ、距離を詰める。その様子をコカトリスは大人しく見ている。

 

「大丈夫ですから」

 

少女は振り返り、強い光を宿した瞳で蓮を見据え、暖かい包容力を宿した笑みを浮かべた。

 

何が大丈夫なのだろうか? とてもそうとは思えない。

 

蓮がガストレアへ向け歩みを始めようとしたその時、少女の左目を隠すアイパッチから赤い光が漏れ出した。それを彼女は荒々しく毟り取ると、下からは灼熱色の瞳が姿を現した。右目はその左目に呼応するかの如く、淵だけが三日月の形で赤く染まっている。途端、聖母のような笑みが狂気を宿した引きつった笑みへと瞬時に変わった。

 

ーー 呪われた子供たち ーー

 

「なんだテメェ、さっさと逃げろよ雄が。はっきり言って邪魔なんだよ。情けねぇ間抜け面してねぇでさっさと帰んな」

 

変わったのは表情だけではない。言葉遣いから動作まで全くの別人のようだ。蓮は突然の変貌に呆気に取られてしまう。

 

「……え?」

 

「え? じゃねぇ。邪魔だからすっこんでろつってんだ」

 

「……う、うん」

 

ふんっとバカにしたように蓮の事を鼻で笑うと、少女はガストレアーーブラックマンバに正対する。すると、ブラックマンバは動きを止めた。後ろに控えるコカトリスも同様だ。

 

蓮も感じ取った。悪寒がする程の濃密な殺気。少女から発せられる純粋な殺意が、蜃気楼のように景色を歪ませる。

 

凄まじい気当たりに、ガストレアも物怖じしている。

 

「なんだよ雑魚が。しょーがねーな」

 

さも退屈そうに少女は呟いた。同時に、ステッキを操作する。すると、長さが2m程になり、先端から刃が飛び出した。

 

それを地面に突き立て、悠然とガストレアへと歩いて行く。だが、少女が進んだ分、ガストレアが後退する。

 

「ちっ」と舌打ちが聞こえた時、突風が巻き起こった。少女の姿はかき消え、瞬時にブラックマンバの頭の直下に移動していた。拳を振り上げ直上の顎へ拳をめり込ませる。その衝撃で打ち上げられた頭について行くように跳躍し、蹴りをお見舞い。ブラックマンバは頭部を地面にめり込ませ悶絶している。だがそんな相手の都合などお構いなしに、少女はブラックマンバの頭部を抱えるように掴むとリフトアップ。それをバカ力で持ち上げ飛翔すると、先ほど打ち付けた槍にバスケットボールのダンクシュートをするように強か叩きつけた。

 

結果、ブラックマンバの目と目の間から槍が触覚のように飛び出してきた。脳を破壊されたことにより、ブラックマンバは絶命した。

 

この殺し方はモズの早贄(はやにえ)に似ている。訳もなく生物を枝に串刺しにする。彼女は……

 

「あたしゃモデル・シュライク(モズ)のイニシエーターだ。ついでに気も短い。こうなりたくなかったら、さっさと帰んな坊や」

 

驚異の戦闘力だが年下の、それも女の子に坊や呼ばわりされて黙っている男はいない。

 

「君……」

 

「おい喋んな。雄の分際で生意気だな」

 

「そういう君は、小さいのに気が強いね」

 

「あッ?」

 

明らかな怒りの色を目に浮かびあがらせ少女は蓮を睨む。

 

「ちっせえから何だってんだ? あッ? おい雄が。テメェが股にぶら下げてるチンケなモノよりあたしゃ社会の役に立つんだぜ」

 

「どこでそんな言葉遣い覚えたの?」

 

少女は片眉を吊り上げ、怪訝な表情を作った。

 

「うん? 空っぽのお(つむ)で考えてみな」

 

「うん。こんな世の中だし、仕方ないのかな」

 

「抽象的すぎてそれじゃ分かんねぇよ」

 

「ああごめん。まだ子供だから、分かんないよね」

 

「あッ⁈ 余程串刺しにされてぇようだな」

 

「生きていくために、他の命を奪うことは避けられない。特に君たちのような特異な存在は。君たちは生きていくために、どんなクズでもそれが人間なら守らなければならない。辛い経験をしてきたんだね」

 

「は〜。生意気だが見込みあるな、お前。気に入ったぞ。綺麗事しか抜かさねぇボンクラは大ッ嫌いなんだ」

 

何故に先ほどから上から目線でモノを言われているのかは解せないが、この子の言っていることは共感できる。

 

「いいな坊主。俺も気に入ったぞ」

 

「……ッ⁈」

 

再びの背後からの呼びかけ。即座に振り返る蓮だが、目の前に現れた圧倒的な肉体を前に本能が警笛を鳴らした。思わずたたらを踏む。

 

相手は蓮に気取れる事なく真後ろに立っていた。丁度蓮の目の高さにテーブルのように広い胸板がある。人間版モノリスのような分厚い体を持った男は武人とも軍人とも取れない独特の雰囲気を醸し出していた。短く切り揃えられた頭髪は軍人のようで、顔つきは一切の妥協を許さず究極を追求する武人のようだ。鼻から左頬に掛けて横断する傷跡が彼の人生を語っている。だが一番特徴的なのが、果てのない宇宙を連想させる一対の瞳だ。この世の善も悪も全てを見て、経験し、それら全てを受け入れ理解したような瞳。

 

全体的に見て、大熊大厳(おおくまたいげん)の方が体はデカい。だが内から溢れる気迫の桁が違う。それが実体よりも男を大きく見せている。

 

蓮が物怖じしていると、少女がバカにしたような小言を言った。

 

「おう。究極の脳筋様のお出ましだ」

 

これはこの男性に向けられているようだ。

 

「相変わらず足が速いなお前は。運動会じゃねぇんだからそんなに張り切らなくてもいいんだよ」

 

「運動会じゃ銭は貰えねぇから張り切るだけ損だ。これは仕事で銭が出るから張り切るだけの価値はある」

 

「その通り! 流石は俺のイニシエーターだ」

 

蓮の頭越しに会話は続けられる。

 

「お前が仕込んだんだ」

 

「そうかもな〜。でもお前は元々口が悪かった。俺と出会ってからは悪知恵を働かせるようになった。ということは、俺がその損得勘定を仕込んだんだな」

 

「そう言ってんだろうが。本当に脳みそまで筋肉で出来てんのか?」

 

「そうだな。こないだなんか医者にそう断言された」

 

「医者に言われなくとも二言三言交わせばはっきり分かる」

 

「……そこまで言うか。おじさんショックだわ」

 

「まだ29だろうが」

 

「そうだったっけな〜」

 

へへっと軽い調子で笑うと巨躯の男は歩き出した。少女の隣まで歩いて行くと振り返り蓮を見据える。

 

「君に興味がある。あの鳥野郎を仕留めたら、ちょっと時間くれないか?」

 

「別にいいけど……」

 

「よし。ならちょっと待ってろ。あんな鳥野郎、すぐに料理してやる」

 

体躯に相応しいダイナミックなランニングフォームで男はコカトリスへ突撃していく。その背に迷いや怯えは一切ない。が、彼は武器を何も持っていない。まさか二重因子のガストレアを素手で殺そうと言うのか。

 

それを迎え撃つコカトリスは首のエラと翼を広げ体を大きく見せようとしている。威嚇だ。それでも男は止まらない。自身の5倍はあろうかという巨大生物(ガストレア)に向かい走り続ける。

 

コカトリスは口を開き、その毒牙を晒した。そして蛇の俊敏性をもって、それを男の体に穿たんと首を伸び上げる。

 

牙の切っ先が触れるか否かという時、男は羽毛が舞うようにふわりとターンを決めた。一瞬前まで男が立っていた地面が代わりにコブラの牙の餌食となっている。

 

……あの足運び、武術家か?

 

蓮は見事なまでの(せい)の動作に感服した。見た目からしてハイパワーによるゴリ押しタイプなのだが、男はなんでも高いレベルでこなすようだ。

 

その後も男はするり胴体の直下まで忍び込むと、優しく拳をコカトリスに添えた。そして鋭く「はッ‼︎」と気を発した。

 

拳の接触面になんら変化は見られなかった。だがその延長線上にあると思われるコカトリスの心臓から背中までのラインで、破壊が起きた。

 

男が気を発するのと同時に、コカトリスの心臓が背中から飛び出してきた。心臓に針と糸を仕込み、背中からそれを無理やり釣り上げたようなアクションだ。ガストレアの弱点は心臓と脳。いづれかを破壊すれば生命活動を停止する。本当に男は素手でコカトリスを料理してみせた。

 

……

 

蓮は言葉を無くす。目の前の少女も充分化け物じみた強さを持っているが、あの男は人間であるという点を加味すると途方もない強さの持ち主だ。相当に序列は高いはずだ。興味を持たれたことは嬉しく思うが、一体なぜ自分なのだろう?

 

「あんたら、相当強いな。そんな人たちが俺に何の用?」

 

「我々は戦闘能力は勿論だが、それよりも戦いに向かう姿勢を重視している。君の勇姿はずっと見させてもらっていた。ハッキリ言おう。一緒に働かないか?」

 

本当に直球で意思を伝えてくるこの男に、蓮はつい笑ってしまった。

 

「何かおかしかったか? 」

 

「スカウトって事か。いや、あんた程分かりやすい人はいないと思ってな。でも残念だったな。俺はもう民警のライセンスは持ってるし、会社に籍もある」

 

「ほ〜羨ましいな。そこは将来安泰だな。よかったらそこの名前を教えてくれないか?」

 

「漆原民間警備会社」

 

「「……」」

 

途端、男と少女は目を合わた。何か意思の疎通でもしているのだろうか? 終いには少女が吹き出した。「センスねぇな」そんな顔をしている。

 

「悪い事は言わん。あいつはロクでもないクズだ。棍が無けりゃ凡人以下の能力しか持っていない。俺たちのMSSに移籍したらどうだ?」

 

「悪いが半蔵さんには、拾ってもらった恩がある。それに俺の一存では決められない」

 

「それもそうだな」

 

「ところであんたは……?」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はMSSの民警部門に所属している逆鬼(さかき)だ。こっちが……」

 

ジェノサイダー(虐殺者)とか”(くれない)朱音(あかね)とか言われてるな。どっちも本名じゃねぇが、好きに呼ぶといい」

 

「逆鬼に朱音……そうか、あんたがあの逆鬼だったのか」

 

「俺の事、半蔵から聞いてるのか?」

 

「まぁ……常々。半蔵さんが地下闘技場連勝記録を更新しているときに不意に現れあっさりと止めると、そのまま半蔵さんの記録を抜いていき、途方も無い新記録を樹立したという。あまりの強さに闘技場の出入りも禁じられたとか」

 

「まぁ、だいたいそんな感じだな」

 

「……」

 

蓮は考えた。半蔵と共にいるより、この逆鬼と一緒にいたほうがより強くなれると。

 

「逆鬼さん。俺……俺はもっと強くなりたい。だからこの件を一度、半蔵さんに伝えてみます」

 

「あいつのことだ。絶対譲らねぇな」

 

「……そうかも知れません」

 

その時、遠くの方から1台車が接近して来ていた。それは蓮たちのすぐそばを通過するかと思いきや、突然つんのめるように急ブレーキをかけて停車した。中から見知った顔が現れた。噂をすれば何とやらだ。

 

「蓮、そんな奴と何やってんだ?」

 

「……半蔵さん」

 

「半蔵、お前に蓮はもったいねぇから俺たちMSSが引き抜いてやろうって話をしてたとこだよ」

 

「何ッ……‼︎」

 

空気が、凍りついた。

 

後ろに座っている燈咲刀がため息をついたのは言うまでもない。

 

 




何とか3話を敢行出来ました。

次はド派手にカマしてやろうと思ってます。

逆鬼vs半蔵

お楽しみに( ̄^ ̄)ゞ

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