Black Bullet 〜Lotus of mud〜   作:やすけん

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第2話

必要最低限の物しかおいていない簡素なオフィス。

 

そこに1人でぽつねんと座っている男がいる。

 

名を、漆原半蔵(うるしばらはんぞう)という。

 

漆原民間警備会社の社長なのだが、住居兼事務所の社長席で日がな一日この調子だ。

 

市場に並ぶ魚のような目で宙を睨み、その(てい)はまな板の鯉のように微動だにしていない。

 

哀愁漂うその背中、死神も引くほどの不幸面が、人を寄せ付けないのかもしれない。

 

時が止まっていると錯覚する程の静寂を、ただ無為に過ごしている。

 

貧乏神がしてやったり顏で「ざまぁみろ」と言っているのが分かるほどだ。

 

だがその時、珍しく電話の着信音がその静寂を切り裂いた。

 

「はいッ‼︎ お電話ありがとうございます。漆原民間警備会社です」

 

先ほどの死人のような形相から一転。食らいつくように電話に出た半蔵。水を得た魚のように生き生きと電話応答し出した。

 

「あの〜もしもし? もしもし……ん?」

 

電話のディスプレイを見ると、通話時間がカウントされていない。デスクトップのまま待機している。

 

「……とうとう、幻聴を聞くほどになったか」

 

ドッカと腰を下ろし、半蔵はなよなよと萎んでいった。青菜に塩とはよく言った物だ。

 

「あぁ〜……仕事を下さい」

 

誰に言うでもなく、半蔵は呟く。

 

「しょうがないわよね、そんな不幸面じゃ」

 

「ッ‼︎」

 

不意に後ろから声が聞こえ、半蔵は暴れ馬よろしく飛び上がった。

 

振り向けば1人の女性が立っていた。ショートカットの片側を編み込んで後ろへ流し、反対側は毛先だけを朱に染め顔半分が隠れるように垂らしている。切れ長で鋭利な瞳にすっと通った鼻筋。薄いが肉付きのいい唇に八頭身の肢体。魅惑的なボディラインを浮き彫りにする黒い長袖ワンピースを着込み、革のニーハイブーツでその長く美しい脚を隠している。

 

この世の雄たちを楽に骨抜きに出来る美貌を持つ彼女だが、その背に大太刀と片手に日本刀を持っている事から何を生業にしているかが一目瞭然だ。

 

だが半蔵はいつも思う。美女と日本刀。これはまだ許せるが、ロックンローラーがギターの代わりに日本刀を持つのはどうかと思う、と。

 

「なんだ、お前か……」

 

「久しぶりに会ってそれは無いんじゃない? だから仕事無いのよ」

 

棘のある美しさを持った麗人(れいじん)は腰に手を当て胸を張り言い切った。たわわに実った果実のその存在感に、半蔵は目のやり場に困ってしまった。

 

「相も変わらずはしたない体をしている。とりあえず、そのけしからん太ももをしまえ‼︎」

 

半蔵はワンピースとニーハイブーツの間に垣間見える太ももを指差し叫ぶ。黒ずくめの服装により、彼女の肌の白さが強調されている。そのコントラストが艶かしく、男の注意を誘う。

 

「どの太ももよ?」

 

麗人は半蔵の目の前で机の上に腰を落ち着かせると、これ見よがしにゆっくりとその脚を絡ませた。半蔵はすんでのところで視線を外し、秘宝の泉を守る精霊の姿を見ようとしなかった。

 

「……今日は何の用だ。また茶化しに来たのか?」

 

視線を合わそうとせず、半蔵は本題を切り出した。

 

「いいえ、新入りさんがいるらしいじゃない? どんな子か見に来たのよ」

 

「生憎だな、蓮なら今はいない」

 

「蓮君ね……そう、それは残念ね」

 

「で?」

 

麗人はゆっくりと、長い脚を組み替える。

 

「何よ? 幼馴染の顔を見に来たではダメなの?」

 

「業界屈指のMSS(Momoi Security Service)所属のお前が、こんな辺鄙(へんぴ)な所に居を構える俺様の所に何用があって来ようか? 新人がどんな奴かなんて、嫌味にしか感じられんな」

 

「あら……可哀想に。今日は本当に仕事の依頼があって来たのに、それを嫌味と言って蹴るのね?」

 

半蔵の動きがピタリと止まり、ぎこちなく首を動かすと麗人を見返した。目には媚びにも似た色がうかがえる。

 

「……いやぁ、いやいやいやまさか。そうとは言ってないですよ燈咲刀(ひさと)さん」

 

「いい子ね半蔵ちゃん。そのままお姉様とか付けたら仕事の説明してあげてもいいわよ」

 

「何ッ⁈」

 

「じゃあこの話は無し」

 

「待て待て待て。よし……言ってやろう。言ってやろうとも。貴様のような奴をお姉様と言ってやろうとも」

 

燈咲刀と呼ばれた麗人は膝の上に重ねていた両手のうち一方で頬杖をつくと、指を動かし先を促す。お利口な飼い犬に芸を仕込むかのようだ。

 

「燈咲刀おねぇ、燈咲刀おねぇ……」

 

「どうしたのかしら? 喉から手が出るほど仕事が欲しかったんじゃないの? 私をお姉様と言えばそれで大口の仕事が入るのよ」

 

「燈咲刀おねぇ……燈咲刀のクソ野郎‼︎ 何でお前がその説明に来るんだよチクショウッ」

 

「あなた、今月の収入はいくらよ?」

 

「お前には関係ない‼︎」

 

「妹の黒羽(くろは)ちゃんを養えるのはあなただけなのよ。ひもじい思いをさせたいの?」

 

「……この悪魔め。お前といい逆鬼(さかき)といい、どうしてMSSには性格の悪い奴らしかいないんだ? 金を持つとみんなそうなるのか。ならば俺は金などいらん‼︎ ひもじくても人間としての教養を学べるなら、今のままでいい‼︎」

 

「黒羽ちゃん言ってたなぁ〜。新しい靴が欲しいって」

 

「何……ッ⁈」

 

「子供ってね、思ってるより敏感なのよ。あなたの経済状態を察して、おねだりするのも我慢してるの。健気ね」

 

「お、お前……それは本当か?」

 

「ええ本当よ」

 

一瞬だけ逡巡を覗かせた半蔵だが、即座に眼光を鋭くさせると勢いよく言い放った。

 

「……燈咲刀お姉様、仕事を下さいッ‼︎」

 

「よろしい。ならば次は……」

 

燈咲刀は組んでいる脚を解き右脚をピンと伸ばし半蔵の首筋に突きつける。

 

ブーツ()でも舐めて貰おうかしらね」

 

「あッ⁈ ふざけるな‼︎ 貴様の脚な……ど……」

 

半蔵は見てしまった。燈咲刀の雪のように白い脚と脚の隙間に住み、生命の泉を守る精霊の姿を。その精霊の体に宿る一筋の……

 

ーーヒヒーンッ‼︎ーー

 

突如として半蔵の脳内で馬の(いななき)が聞こえた。暴れる愛馬を落ち着かせようと、半蔵は深呼吸を繰り返す。だが、焦れば焦るほど、比例するように愛馬はジャジャ馬と化していく。

 

半蔵は急いで椅子に座り脚を組んだ。愛馬の暴走を相手に知られる訳にはいかない。視線を不自然に天井へ向けながら会話を続ける。

 

「え? ナニを舐めろだって?」

 

「なんか変なイントネーションだけど……」

 

半蔵はひとつ咳払いをした。

 

「何を舐めろだって?」

 

「ブーツを舐めなさい」

 

ぱしっと突き付けられているブーツを(はた)き、半蔵は真っ直ぐ燈咲刀を見返した。

 

「しょうがない。黒羽のためだ……」

 

「本当、男ってバカなんだから……」

 

半蔵は燈咲刀の前で跪き四つん這いになると、ゆっくりと口をブーツへと近づけていく。

 

その時、

 

「ただいまー」

 

扉が開き、ランドセルを背負った少女が入ってきた。10歳ほどの瓜実顔の可憐な少女だ。長く艶のある黒髪が別の生き物のように彼女の後を追って宙を泳いでいる。

 

「あら黒羽ちゃん。お邪魔してるわよ」

 

「あっ、暁峰(あかみね)さん、と……」

 

黒羽は燈咲刀を認めて満面の笑みを作るが、兄の姿を見て表情を凍らせた。気まずい沈黙が、室内に充満した。半蔵の逞しい愛馬も、即座にロバのように小型化した。

 

「兄者……何してるの?」

 

半蔵は飛び上がり弁明する。

 

「違う‼︎ 違うぞ黒羽‼︎ これはお前のために……」

 

「何が私のためよ⁈ そんなの信じられると思ってるの?」

 

明らかな狼狽の色を覗かせ、半蔵は語る。

 

「お〜〜れ〜はいつでもお前のために……」

 

「素直に白状なさい」

 

「燈咲刀、お前は黙ってろ。俺は……」

 

「兄者こそ黙ってなさい。この変態ッ‼︎ 弁明の余地なんか無いわこの変態ッ‼︎ 変態‼︎ 変態‼︎ 変態‼︎ 死んじまえッ」

 

ランドセルが凄まじい勢いで部屋を横断し、狙い誤らず半蔵の顔面へヒットした。半蔵はそのまま鼻血を勢いよく噴射しながら崩折れた。

 

「あー、スッキリしたわ」

 

「黒羽ちゃんやるぅ〜」

 

「暁峰さん、兄者のバカ野郎が失礼をしました」

 

「ふふ、いいって事よ」

 

黒羽はスタスタと半蔵の元へと歩み寄ると、顔を覗き込み頬を叩いた。

 

「おーいバカ兄者ー? 起きろー」

 

「半蔵、何惚けてるのよ。それが俗に言う賢者タイムってヤツ?」

 

「ケンジャタイム?」

 

「うん。男の人はね……」

 

半蔵は飛び上がり、燈咲刀の発言を遮った。

 

「あわわわーッ‼︎ 黒羽おかえり。早かったじゃないか⁈」

 

「何よ? 何が早いのよ? いつも通りよ」

 

「そうよ半蔵。早いのは……」

 

「おいッ‼︎ お前という奴はッ。児童の健全な発育に最も悪影響を与えるな。R18指定だ。暖簾(のれん)の内側に引っ込んでろ」

 

「兄者が言うんじゃないわよ。暁峰さんが何をしたってのよ? どーせ兄者が勝手にしたんじゃないの」

 

「バカを言うんじゃない」

 

「バカを言うんじゃない? どこのバカがそんな事を真顔で言ってるのよ? 棒術以外は何の取り柄もない兄者に、バカ呼ばわりされたくないわ」

 

半蔵はハッとした顔で凍りついた。妹の辛辣な言葉に深く心を抉られた。

 

「……」

 

「もうギブ?」

 

「……」

 

「ふん、バカね」

 

黒羽はプイッと髪を翻すとランドセルを拾い上げ、空いている机の上に置き教科書等を広げた。これから宿題でも始めるようだ。

 

半蔵はティッシュを丸めて鼻にねじ込むと、燈咲刀を睨み付けた。一方の燈咲刀はと言うと、唇の端を歪めて必死に笑いをこらえているようだった。

 

「……で、仕事は?」

 

「うん、そうね……うん」

 

「笑ってんじゃねぇ」

 

「いやぁ……えー、うふふ」

 

「こいつ……」

 

「大丈夫よ。後で正式にMSSから電話があるわ」

 

「そうか……て、えっ⁈ えッ⁈ 何それ? じゃあお前の言うこと聞かなくても良かったんじゃ……」

 

「端的に言うと、正解ね」

 

2人の会話に聞き耳を立てていた黒羽は、ここぞとばかりに半蔵へ追い討ちをかける。

 

「ほらバカ兄者。やっぱりあんたが勝手にした事じゃない」

 

「……」

 

半蔵、黙して語らず。

 

「あら、ちょっと失礼」

 

燈咲刀は半蔵の事などお構いなしに、携帯電話を取り出す。

 

「はい燈咲刀ですよ〜。……ええそうよ。……ふ〜ん、分かったわ。じゃあ今から漆原ペアを連れて32号モノリスへ向かうわ」

 

燈咲刀は携帯電話を仕舞うと、半蔵達へ向き直り指令を出した。

 

「これより漆原ペアには、32号モノリスへ急行してもらう。付近に出現したガストレアを駆逐するのが君たちの任務だ。私も同行する。半蔵、君の好きな逆鬼も来る」

 

「……ッ‼︎ そうか。因果だな」

 

「仲良くしなさいよ。あなた達は本当、子供なんだから」

 

「どうかな。あいつ次第だ」

 

「まぁとりあえず、現地へ赴くわよ。って言っても、すぐそこだけどね」

 

「よし黒羽ッ‼︎ 準備だ」

 

「はいはい」

 

2人は漆黒のマントを羽織った。半蔵は黒い棍を、黒羽は身の丈ほどもある大きなハサミを背負った。

 

漆原棍操術(うるしばらこんそうじゅつ)、参る」

 

颯爽とマントを翻す2人の後を、燈咲刀が付いていった。

 

 




1週間ぶりです。

半蔵、どうしようもないですね。はたして戦場で役に立つのでしょうか?

嫌な予感しかしないですね。

ガストレア相手に棒って……

バカね

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