Black Bullet 〜Lotus of mud〜   作:やすけん

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頑張れジェリー。

頑張れ什卧。

皆さんの応援が

彼らの力になります^ ^


第13話

『パガトリー』司令兼『バルドュール』首領、五翔会4枚羽構成員ハングドマン(吊るされた男)は情報小隊からたった今上がった報告書を睨むようにして読む。

 

白髪混じりの頭髪、長身痩躯で壮年のハングドマンがいる部屋は中央司令室。パガトリーの中枢部だ。正面には巨大なELパネルが備えられており、他の壁面にはプラネタリウムのように監視カメラの映像や循環装置の作動状態などが所狭しとモニタリングされている。

 

「おい。これは本当なんだろうな?」

 

ハングドマンは低く、爬虫類を思わせる冷酷な眼で相手を射抜き、有無を言わさない口調で問う。それに報告書を持ってきた構成員は冷や汗を垂らしながら答える。

 

「は、はい。間違いありません。ヴェーヌスは『スレイブドッグス』のヴァジュラ・ヤクシャ(金剛夜叉明王)の居室に行っています。中で何が行われたかは分かりませんが、何かしらのアクションを起こす可能性が高いです」

 

ハングドマンは思考する。組織は一緒だが命令系統が違う『スレイブドッグス』に『バルドュール』の人間が用があるはずがない。

 

「ヴァジュラ・ヤクシャはタキ・ラージャの弟子だったか?」

 

「はい」

 

「ふむ……」

 

ハングドマンはジェリーの事をよく知っている。なぜなら、ハングドマンのかつてのコードネームは『クリムゾンフォッグ(深紅の濃霧)』。『ロイヤルミスト』と並び称されるCQCの名手。某国大統領を誘拐し、軍隊の包囲網さえ潜り抜け国際裁判所まで護送した張本人。ハングドマンの舌には3つの心臓をジャグリングしているジョーカーが彫ってある。

 

「あるいはジェリー坊やは、ヴァジュラ・ヤクシャの身上把握に行っていたのかもしれんな」

 

「……はい?」

 

「どちらでもいいが。以降、ジェリー坊やに不審な動きは?」

 

「以降ヴェーヌスは自らの居室にて待機しております」

 

「……そうか」

 

ハングドマンはゆっくりと報告書から視線を監視カメラのモニター画面へと移す。

 

ジェリー・ペレロ。『ロイヤルミスト』の識別コードを与えられ、現在は『ヴェーヌス』として五翔会に籍を置く……か。奴は昔から下らない事にこだわるところがあった。今回のナンバー57を回収した事で何か奴に心境の変化が起こるような要因はあったか……?

 

ハングドマンはジェリー、什卧、仁のデータを閲覧し、共通項を見つけていく。

 

四聖什卧(ししゅうじゅうが)。天穹式格闘術免許皆伝者。風嵐八重(かざらしやえ)の自由と引き換えに『スレイブドッグス』に加入か………ふむ。

 

瀧華仁。什卧の師匠にして今回のナンバー57を匿っていた忌まわしきクソッタレ。

 

仁は在籍時にはジェリーと親しくしていた。親友と言って過言ではない程の仲であったとハングドマンは推測する。その仁はナンバー50以降の『純正スレイブドッグス』開発において生命を冒涜すると言い猛反発。結果、ドッグス達が1人でに歩けるまで成長したならば子供達を解放して匿った。

 

仁は裏切る時、ジェリーらに相談はしなかったのか?

 

その可能性は低い。

 

していなかったとしても、恐らくは什卧、ジェリー共に仁が裏切る事を感付いていたはずだ。参加しなかった両者には重要な共通項がある。それはクラリウスと八重の存在だ。守るべき者の存在が足枷となり、奴らは動けなかったに違いない。

 

となるとだ。今更行動を起こす理由がナンバー57の回収なのか?

 

50から70までの純正『ドッグス』はあっけからんと回収されていった。その中で全然足跡が分からなかったのが60と57だった。

 

60は先日回収され、57は昨日回収されている。

 

仁の死は、結局無駄だったのだ。その事を身に染みて分からないほど、2人も馬鹿じゃないはず。

 

ハングドマンの頭の中では、ジェリー達がここで行動を起こす必要性が見つからなかった。だが同時に、ジェリーがわざわざ什卧の元まで”歩いて”行く必要性も見つからなかった。

 

このパガトリーは巨大だ。区画が1つ違えば内線を使用するのが常とされている。

 

それをわざわざ、”歩いて”……。

 

ハングドマンは脇腹に吊るしてあるシースからスローイングナイフを1本抜くとペンを回すようにクルクルと器用に指の間を滑らしていく。

 

こういう時、ジェリーや什卧。関係人物ばかりに焦点を当てすぎて忘れてしまっている事項が存在する。1度縛りをとき、ハングドマンは新たに点ではなく局面としてジェリーの行動を見る。

 

ふと、ハングドマンの脳内で、ある1つのキーワードが浮かんだ。

 

–––『特殊戦技教導隊』–––

 

ここは日本。そして日本人で特戦隊出身者と言えば……。

 

もしもそいつに連絡を取ったというのはらば、五翔会を裏切ろうという動機にも納得のいく説明が出来る。

 

ハングドマンはオペレーターに指示を出す。

 

「ジェリーの通信端末の発信履歴をチェックしろ」

 

「了解」

 

オペレーターは淀みなくキーボードをタイピングしていく。

 

メインモニターにはジェリーのIDが表示された通信端末のデスクトップが映し出される。

 

そして、1人でに画面上ではコマンドが実行されていきとうとう発信履歴を画面一杯に映し出した。

 

「何かしら細工がされた痕跡があります」

 

「復元しろ」

 

「了解」

 

再びオペレーターはキーボードを叩きだす。

 

そして画面には『データ復元中』の文字と共にパラメータが表示された。やがてそのパラメータが満たされれば、登録されていない番号が1件現れた。

 

ハングドマンはボソボソとその番号を口にしてみた。

 

やはりか! ジェリーッ!

 

「おい! 至急『アポカリプスナイツ(黙示録の4騎士)』に出動を要請しろッ。他の奴らは施設を破壊しかねん。ヴァイスリッター(白騎士)だ。直ちにジェリーを拘束するよう指示。並びに『スレイブドッグス』のナンバー”50”涅哩底王(ねいりちおう)ラークシャサ(羅刹天)』を什卧の元へ遣わせ! 殺しても構わんッ」

 

ハングドマンは歯を剥き唸る。

 

あの番号は『リジッドフォース』のコンフォメーションナンバーだ。

 

『リジッドフォース』–––石動八夜懿(いするぎやよい)と言えば今や五翔会に仇名す機械化兵士の天敵と言って過言ではない。

 

SMS(Supervise Mechanization Soldier)機関の対機械化兵士専用兵装『ジャッジメントライトニング(裁きの雷)』を装備した特戦隊出身者。

 

最強の助っ人を得たつもりかジェリー? よもやお前が裏切るとはな。裏切り者に容赦などしない。

 

ジェリージェリージェリー……。

 

ハングドマンは口角を異様に吊り上げ、奇声を上げて嗤う。

 

「ひっひっひッ! ひゃっはっはっはっはッ! ジェリー坊や! お前の大切なモノを、お前の目の前でズタズタに切り刻んでやるッ! お前が発狂するまで、痛めつけてやる! 傷物にしてやる!」

 

ハングドマンは顔に鬼面の冷笑を貼り付けたまま、自身もジェリーの居室へと向かう。

 

 

※ ※ ※

 

 

時刻は14時00分。

 

ジェリーは居室内で入念な準備運動をする。しっかりと反動をつけてストレッチをすれば、筋肉は3%稼働効率が上がるとされている。いざという時動かない体では瞬く間に死のループにはまってしまうため、こういった予備運動を疎かにする者は案外早く死ぬ傾向にある。何がどう作用するか予想出来ない戦場では、日頃からの錬成の如何により命運が別れる。

 

そうして、充分に体が温まったところでスーパーソルジャーヒューエルバー、チョコテイストという長ったらしい名前の携行食を口にしてクラリウスが淹れてくれたコーヒーを飲む。

 

コーヒーは眠気を覚ます効果もあるが、運動の30分前に飲めば集中力が向上する効果が確認されている。

 

もっとも、作戦開始はもっと後。構成員の殆どが寝静まる夜中だ。これはコーヒーブレイクに過ぎない。

 

先程の運動も装具の重みを体に馴染ませる為にした行為だ。ある程度負荷に慣れさせた状態から運動するのと、突然負荷を掛けて運動をするのとではスタミナの消費に大きな違いを生む。

 

最悪五翔会側にこちらの意図が露呈している場合、即刻刺客が送られて来るだろう。物心両面、非常事態に備えるのは悪い事ではない。

 

ジェリーはクラリウス用に作られた専用の寝具を撫でる。

 

何かのおふざけか、クラリウスはいつも棺で眠っている。そして眠る時間帯はいつも太陽が昇っている昼間だ。

 

彼女は体内に宿す因子の影響により、夜行性–––夜に活発に動ける様になる。

 

デスクに腰を委託し、楽な姿勢で立つジェリーはしばし瞳を閉じる。

 

時計の秒針が刻む音がうるさく聞こえる程の静寂。

 

今はハッキリと頭も冴え寝る事など出来ないが、こういったこまめな休息が長時間動ける様にする大事な要因となってくる。

 

ただ静かに、ジェリーは秒針が刻む音を聞いていた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

同時刻。

 

四聖什卧(ししゅうじゅうが)は眼を覚ました。

 

朝方、ジェリーが居室へ来て去って以降、夜決行される脱出のため什卧は仮眠を取った。

 

半覚醒の什卧は洗面台に赴き顔を冷水で洗う。

 

タオルで水滴を拭うと、軽食を摂る。

 

淡々と日常動作をこなしながら、意識を徐々に脱出へむけ集中させていく。

 

瞑想の姿勢を取り、精神統一。体の各筋肉群に即座に動作に移れるよう気を巡らせる。

 

そして、天穹式格闘術の型の演練に入る。空間動作で、仮想敵に鋭い蹴りを放ち、骨よ砕けよと突きを放つ。

 

生理的極限を追求した各個動作に直ぐに息は上がり、汗が滝のように噴き出す。

 

一通りの動作が終われば、什卧の体のコンディションは最高の状態まで達した。発汗後の処置をして、衣服を取り替える。動きやすさを重視しつつ各所に保護の名目で獣毛が付けられているオリジナルの戦闘服を着用する。

 

首回りに(たてがみ)のように獣毛があしらわれた紺地のコスチューム。右腕の前腕部には狼の体内から腕を突き出したように頭が縫い付けられ、左肩から尻尾が垂れるように、まるで狼が肩をまたがり寝そべっているようにデザインされた物だ。

 

什卧は大きな試合などは必ずこの服装で挑んでいた。

 

武術会では『蒼黒の餓狼』というあて名を与えられた畏怖される武人。

 

服を纏うと同時に什卧の目から飢えた狼のように一切の慈悲の光が取り払われる。擦れた目つきとなり、既に戦闘モードへとマインドは切り替えられた。

 

研ぎ澄まされた感覚。自らの存在を水体化し、周りに溶け込ませる様に周囲の状況を把握する。

 

天穹式格闘術、琉染霞解津(るせんかげつ)

 

だからこそ、什卧は接近する邪気にいち早く気づいた。

 

扉の向こうから破壊と滅亡に囚われた魔物の気配。

 

途端、破壊音と共に什卧の視界に急速に扉が迫り来る。

 

それを伏せる事で回避した什卧は、目の前に現れた人物を見て眼光を鋭くする。

 

年は17、18と言った所だろうか。首から下をハイセンスな漆黒の鎧に身を包み、鬼のように烈火に燃える長髪をたなびかせる1人の刺客。羅刹天の図像を忠実に再現している少年は下卑た笑みを浮かべる。

 

「よおオッサン。自己紹介はいいだろ? お前を連れて来いって言われてんだ。大人しくしててくれよ」

 

少年は悠然と什卧へと歩いてくる。

 

その少年の首筋には五芒星(ペンタグラム)の刻印に、中央には『50』の文字。

 

什卧は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

『ラウンドナンバー』との遭遇。49番までで1番強いのは『ラウンドナンバー』たる什卧だ。だが『ラウンドナンバー』同士ならば単純に数が多い方が強い。50と60、70には、什卧は絶対に勝てないようになっている。

 

ナンバー50。名は五薀盛苦(ごうんじょうく)。コードネームは西南を守護する十二天の1人、羅刹天(らせつてん)の原名『ラークシャサ』。破壊と滅亡を司る神だ。

 

ならばと什卧は先手必勝と攻撃を仕掛ける。

 

「天穹式格闘術・剛式隷下(ごうしきれいか)–––『綴螺栓血(つづらせんけつ)』ッ!」

 

指を伸ばした貫手による連続刺突を繰り出す。ガストレアの体皮を軽く突き破る程の威力を秘めた貫手による連撃。1発でもマトモに食らえば相手は死んだも同然だ。

 

だがラークシャサは表情1つ変える事なく連撃をかいくぐる。無数に見える程高速の突きを的確に見切り必要最低限の動作で回避しつつ什卧の懐まで忍び込む。

 

「下位ナンバーが、粋がるんじゃねぇ」

 

そう吐き捨て、余裕綽々と貫手をキャッチしてしまう。

 

「くッ‼︎」

 

什卧とて、上位のナンバーと戦うのはこれが初だ。まさかこれ程までに力の差があるのか。

 

だが、諦める訳にはいかない。ここで敗れるような事があれば、八重はどうなる?

 

什卧は掴まれている手を捻った。捻りながら相手のホールドから逃れ、全霊を持ってラークシャサの心臓を射抜かんと強引に貫手を突き出す。

 

だが敵の方が上手のようだ。ラークシャサは半身になり貫手を躱す動作に少しアクセントを加えて什卧を壁に放り投げる。

 

自らの勢いに加算されるラークシャサの体捌きによる運動エネルギー。什卧は受け身を取るべく体を反転させる。全身にのし掛かるズシリとした衝撃。辛うじて受け身を取った什卧だが、視界には間髪入れずに拳が迫る。

 

前転し回避運動を取る。が、拳打は僅かに掠ってしまう。

 

刹那、什卧は全身がバラバラになるんじゃないかと危惧する程の振動を感じる。

 

ちッ! 『超振動デバイス』か。

 

僅かに掠ったにも関わらず、触れられた左腕の上腕三頭筋の付近はゴッソリと抉られてしまっている。四肢の指先にはビリビリと振動の余韻が感覚として残っている。

 

一方、ラークシャサの目標を失った拳打は壁に激突。大量の粉塵を空間にブチまけながら、さながら掘削機のようにズブズブと壁にめり込んでいく。

 

そして、ブオオンという振動音を轟かせると、壁が一気に瓦解する。

 

部屋中に粉塵が蔓延し、視界が効かなくなる。

 

什卧は腰を低く落とし、利き腕を前へ突き出す防御特化の『雲集霧散(うんしゅうむさん)の構え』をとった。

 

そして、琉染霞解津(るせんかげつ)により全身をレーダーとして相手の動向を探る。

 

だが、相手は格下相手に小癪な手は不要とばかりに真正面から堂々と現れた。

 

「抵抗するなって。それがお前のためだぞ夜叉吉」

 

「……」

 

恐るべき純正『ドッグス』。まさに戦闘の為だけに造られた者が、これ程に強大で強力な存在になろうとは……。

 

だが、退路などない。

 

什卧も、機械化兵士としての能力を解放する。

 

「『アークハイフレクンシー(弧を描く高周波)』」

 

指先がチカチカと閃光を放つ。すると什卧の両手から蜃気楼が立ちのぼる。

 

「はん! オッサンがどんだけ頑張った所で、序列の壁は越えられ無いぜ」

 

「ほざけガキが。俺はまだ28だ。オッサン呼ばわりしてんじゃねぇ。年長者を敬わねぇとどうなるか、人生の厳しさをお前に教えてやるよ」

 

「はははッ! 人生の厳しさだってぇ? ––––」

 

その後もラークシャサは喋り続ける。だが什卧は耳を貸さずに攻撃を仕掛ける。

 

(はし)れ! 『ハイフレクンシー』ッ!」

 

什卧はラークシャサに向けてまるで下手投げで何かを投げつけるように腕を振り上げた。

 

すると、蜃気楼が粉塵を切り裂き亀裂を発生させながら床面を駆け抜ける。一気呵成にラークシャサまで伸びると足元から肩までを怒涛の勢いで駆け上がった。

 

蜃気楼が舐めたラークシャサの右半身の鎧が、スッパリと綺麗に斬り裂かれる。数瞬後、帯たたしい量の鮮血がそこから噴射され、ラークシャサの顔に驚愕の色がこびりつく。

 

什卧は今がチャンスと攻撃特化の『天壌無窮の構え』へ移行する。

 

ラークシャサの右半身から噴き出す血液。ならば奴は今右側の視界が無いも同然。

 

什卧は華麗な足捌きで瞬く間に死角に躍り出る。

 

「天穹式格闘術・剛式隷下–––『荒魔如幻掌(あらましきげんしょう)』ッ」

 

什卧は血飛沫を上げる傷口へ向け、掌打を繰り出す。

 

ラークシャサから見れば蜃気楼を上げる什卧の必滅(ひつめつ)の掌打が、血のカーテンを突き破り突如として出現する形となる。

 

だが果たして–––。

 

ラークシャサは体を捻る。それは野生の感か生存本能か。什卧の顔に大量の血液が降りかかる。そこに生まれた一瞬の(ひる)み。

 

不完全となった掌打が、本来狙うべき地点から大きく逸れ

鎧の脇腹にヒット。什卧の能力、『アークハイフレクンシー』の前に鎧など無意味だが、そのワンクッションが結果としてラークシャサに防御の時間を与えてしまう。

 

僅かに、肉体へと届かなかった掌打。

 

鎧を裂く間に、ラークシャサが什卧の手首をガッチリと掴んでいた。

 

これが極まっていたならば、結果は違っていたものになっただろう。

 

相手の油断を突き、一気に攻め立てる。奇襲ならば、実力が上の者にも勝てる可能性があった。

 

だが、奇襲は失敗した。もう相手は油断などすまい。

 

1度のチャンスをモノに出来なかったのが什卧の敗因だ。

 

ラークシャサは什卧のこめかみへ拳をねじ込む。

 

頭を逸らしガラ空きとなった腹部に深々と膝を叩き込む。

 

今度はくの字になり、後頭部を露わにした所で両手を組んだハンマーを打ち下ろす。

 

荒々しくも的確に急所を射抜くラークシャサの打撃に、什卧の意識は儚くも断ち切られてしまう。

 

「ったく。手間掛けさせんなっつっただろうがクソが!」

 

ラークシャサは力が抜けた什卧を担ぐと部屋を後にした。

 

 

※ ※ ※

 

 

ジェリーは静かに目を開けた。

 

何故なら、ノックもせず、音も無しに入って来る無礼者が現れたからだ。何気ない動作を装いながら棺に錠をかけクラリウスが出てこれないようにする。

 

ジェリーの脳裏には”失敗”の2文字が浮かんでいた。

 

だがそんな事はおくびにも顔に出さず、相手を確認する。

 

ブロンドの綺麗な髪を肩まで伸ばしたハンサムな白人。ファッションモデルのように、白のライダースジャケットを上手く着こなしたオシャレさんだ。ジェリーと同じような雰囲気を放っている。

 

だがジェリーはそのハンサムな白人を見てため息をつかざるを得なかった。

 

何を言おう彼こそ、ジェリーが遭遇を恐れた『アポカリプスナイツ(黙示録の4騎士)』の1人。第1騎士、ヴァイスリッター(白騎士)だ。

 

「何のようだヴァイスリッター?」

 

ジェリーは平然を装い問う。

 

「何のよう、か。それはお前自身の格好を見てみれば分かると俺は思うが……どうだ?」

 

「これか? 俺はこれからCQBの訓練でもしようと思って準備していたんだが、問題だったか?」

 

「CQBの訓練をする事に問題はない。その技量をますます磨こうとする姿勢は高く評価する」

 

「それはどうも」

 

「だが、組織に仇名そうとするその姿勢は、粛清の対象だ」

 

ジェリーはアカデミー賞を受賞出来るほどの演技で、怪訝な表情と適切な間を作り会話を続ける。

 

「……何の事だ?」

 

「貴様の理解など得る必要は無い。裏切り者には死をもって償ってもらうのが、組織の掟だ」

 

このヴァイスリッターは冗談が通じないストイックな男だ。ジェリーが何を言おうが命令を実行する。最初から、交渉の余地はない。

 

一瞬だけ、無音の空間が生まれた。

 

コードネーム、ヴァイスリッター。本名はヴィクトール(勝者)ライヒナール(敗者)というドイツ人。対テロ特殊部隊出身で、彼は潜入任務中に1度身分がばれた事があるという。21人に取り囲まれたが、彼はその体1つでその死地を潜り抜けたという伝説を持っている。人体構造を知り尽くした体術のエキスパート。デコピン1撃で人を殺せるという噂が飛び回る程、彼は格闘戦が強い。近づかれたならばほぼ最後。敗北–––死を意味する。

 

2人が動くは同時だった。

 

一挙に銃を構えるジェリーに、一気に間合いを詰めようとするヴァイスリッター。

 

セーフティからフルオートに親指で切り替え。狙いなど付けずに相手を近づけないためだけにデタラメに弾幕を張る。

 

暴れる銃口を制御しつつ、連発しながらジェリーは狙いをヴァイスリッターへと向けていく。

 

当のヴァイスリッターはそんなジェリーの意図を予め予測していたのか、銃声がしても最初は動じずに真っ直ぐ突撃。相手が照準しだしたところを見極め回避運動をとりはじめる。

 

1分毎700発のペースで弾丸を吐き出すKAC 6x35mm PDW。弾丸の初速は1秒で739m。銃口の延長線上に身をおけば回避する暇などなく弾丸は体を損傷させるだろう。

 

これは素手のヴァイスリッターが不利に思えるが、銃も弾が無限にある訳ではない。

 

30発入りマガジンを撃ち尽くすのにかかる時間は約2.5秒。

 

その間持ちこたえれば、必然ジェリーはリロードをしなければならない。

 

この最初のマガジンをいかに上手く使うかが、勝負の命運を分かつと言っても過言ではない。

 

ジェリーが2.5秒の間に1発でも当てるか、ヴァイスリッターが2.5秒避け切るか。

 

軍配はどちらに、勝利の女神はどちらに微笑む。

 

ジェリーは刮目し、ヴァイスリッターの動きを追う。視線を追尾する形でKAC 6x35mm PDWの銃口が振られる。

 

床や壁を穿つ弾丸。飛び散る破片。だがまだ1発もヴァイスリッターには被弾していない。

 

とうとう、ジェリーが持つマシンガンはすべての弾丸を吐き出し終え、新たな弾を寄越せとスライドを解放した。

 

ジェリーは即座にリロードの動作へ移る。だが僅かにヴァイスリッターが次手に移るのが早かった。

 

ジェリーが人差し指をトリガーからマガジンのリリースボタンまでに移動する間でヴァイスリッターは既に両者の腕が届くクロスレンジに体を侵入させていた。

 

一巻の終わりか? デコピン1撃で人を殺せる人間に接近を許して活路はあるだろうか? 自らも接近戦においての自信はあるが果たして結果はどうだろうか?

 

ヴァイスリッターがその魔手をジェリーへと差し伸ばす。

 

リロードは確実に間に合わない。銃を捨てて格闘戦に移行するか? いや、それも間に合わない。

 

ならばここにおける最善の行動とは何か?

 

この最初のマガジンをどう使う(凌ぐ)かが、勝利の命運を分かつ。

 

両者共に理解する所だ。

 

ならばとジェリーは永遠とも思える刹那に思考を巡らす。

 

独立工作員(シングルトン)はほどんどの物を現地調達して任務を続行していく。何事も創意工夫が必要だ。定番や定石に囚われてはならない。

 

マガジンは、ただ弾を込めるだけの箱ではない。

 

時に凶器として役に立つ。

 

ジェリーはリリースボタンを押しながら、マガジンを弾き出すために銃を勢い良く傾ける。

 

映画などでは視覚的に派手に見せるためにマガジンを豪快に抜き飛ばして荒々しく装填する場面が多々見られるが、マガジンも無料(タダ)ではない。銃と同じように大切に扱う。現実世界では使い終わったマガジンはダンプポーチという大きな吊り袋にまとめて突っ込み持ち帰るのが定石だ。

 

故に、ヴァイスリッターはジェリーがこのカードを切ることが予想できただろうか?

 

型破りな行動にヴァイスリッターは意表を突かれた。弾き出され勢いよく飛来するマガジンを顔面に受け、怯んだ。

 

ジェリーはその隙を突き右手でレッグホルスターからナイトホークガバメントをドロウ。実戦での使用を念頭において開発されたナイトホークガバメントは確実に撃てるための即応性を重視している。

 

即座に銃手の要望に応え、45ACP弾丸を全弾吐き尽くし、その全てを敵に命中させた。

 

ストッピングパワーに優れる45ACP弾を受け、1発につき1歩後退していくヴァイスリッター。

 

距離が開いた。

 

ジェリーは『インフィニティ・アイギス』を駆使。斥力フィールドを発生させ、それをそのままヴァイスリッターへぶち当てる。

 

「『グランドシュナイダー』ッ!」

 

ジェリーの周囲に発生した蒼白のドーム。それは規模を拡大していきヴァイスリッターへ突撃。圧倒。殺到する斥力と壁に挟みうちにされたヴァイスリッターの骨肉がブチバキと異音を発する。

 

このまますり潰す!

 

ジェリーは『アイギス』の出力を上げる。

 

蒼白の燐光が部屋一体を呑み込む。

 

壁を押し砕き、尚も破壊せしめようと拡張し続けるフィールドをジェリーは引っ込める。同時に神速でKAC 6x35mm PDWのリロードを実行。さらにタクティカルベストからM67破片手榴弾を取り出し投擲出来るように安全レバーを止めている安全ピンの二股に割れている部分を摘み1本に束ねる。

 

そしてストックを脇に挟む抱え撃ちという姿勢で粉塵の中に弾丸をばら撒いていく。

 

乱射をしながらジェリーはM67破片手榴弾の安全ピンを口で抜き取り投擲。飛んでいく手榴弾から安全レバーがしっかり離れたことを視認し3秒カウントする。

 

1.2……–––数えながらもジェリーは弾幕を張り続ける。弾が尽きれば間髪入れない神業のリロード。相手をその場に(はりつけ)にする。

 

––––3。同時にジェリーはフィールドを展開。襲い来る魔速の破片を確実に弾きながらマガジンチェンジ。白煙を上げる程に加熱された銃身部。保持しているフォアグリップにまで伝わるその熱は、明らかな限界設計を超えた使用に銃が悲鳴をあげている証拠だ。

 

それまでの使用をして、ヴァイスリッターは倒せただろうか。

 

ジェリーは耳を澄ます。何故か下の階の人間の騒然とした話し声が聞こえてきた。

 

M67破片手榴弾は破裂した際に四散する破片で人体を破損させる兵器だ。床や壁を壊す程の爆発力は持っていない。ならば何故下の階からの声が聞こえるのか?

 

やがて消えゆく粉塵。ジェリーは隙なく銃を構えながらヴァイスリッターの生死を確認する。

 

だがそこで足元に大量の”砂”が堆積しているのを見咎め頭をフル稼働させる。

 

ヴァイスリッターの機械化能力……。

 

アポカリプスナイツのそもそもの設計思想はDual Deity Ability(重複する神の力)。機械化能力を2つ以上装備する事。

 

奴は接近戦仕様の機械化兵士。詳細は何だったか。

 

壁を砂にする能力とは。

 

ジェリーに思い当たる節はなかった。未知なる集団アポカリプスナイツ。『スレイブドッグス』とは違う『バルドュール』勢の新世界創造計画への足掛かり的存在。

 

視線を巡らせば、床には人が通れそうなサイズの穴が開けられており下のフロアまで繋がっていた。下は研究ラボだ。化学薬品のツンとする匂いが部屋にまで漂ってくる。

 

立ったままその中を覗く。穴の直下にはやはり砂が小山を築いていた。

 

ヴァイスリッターの能力の1つは物を砂に分解する能力と見て間違いない。そんな能力を人体に駆使すれば、一体どんな効果をもたらすのだろうか? 絶対に接近を許せない。

 

ジェリーは穴からラボへと降り立つ。

 

ラボ内ではヴァイスリッターが仁王立ちとなり出口を塞いでいる。そこを通せと研究員は急かしているようだ。

 

一体どういう状況なのか? それは次の瞬間にわかった。

 

ヴァイスリッターは研究員を1人残さず殺す。

 

詰め寄ってきた研究員を喉輪に捉える。変化は直ぐに始まった。まるでアイスクリームが溶けるように研究員の首から上が溶けていく。それも尋常ではないスピードで。ドロドロのヘドロとなった人肉がボトボトと床に積もっていく。

 

研究ラボには、形容しがたい異臭が漂った。

 

残りの研究員が逃げる暇も与えず、ヴァイスリッターは視認すら困難な鋭い毒針の様な突きを繰り出していく。貫かれた人間は突かれた箇所を中心にどんどんと人肉ヘドロへと成り果てていく。

 

「きっ……貴様! 何故関係のない研究員を……?」

 

「俺たちナイツの能力は極秘になっている。知ってしまった者は死をもって黙秘してもらう事になっている」

 

「な……ッ! そんな理由で」

 

「掟は掟だ。少しでも寛容しようものなら、それは掟たり得ない」

 

「単細胞が!」

 

「本来ならばお前にも死んでもらう所だがな、今は捕獲しろという命令だ。良かったなジェリー。まだ死ねないぞ」

 

「ほざけッ!」

 

構え、照準、撃発。最初からヴァイスリッターの眉間へと狙いを定めフルオートでKAC 6x35mm PDWを連射する。

 

がしかし着弾点を的確に見切っているヴァイスリッターは手で眉間を守る。音速を超えた弾丸はだが、掌に当たると砂へと分解され周りに霧散していく。

 

「分かっただろうジェリー。そんなオモチャは『アナライザー』たる俺には通用しない。有象無象の限りなく、俺の前では全てが意味を成さない」

 

ジェリーは焦燥に駆られた。『インフィニティ・アイギス』をフル活用すれば恐らくはこのヴァイスリッターを退ける事は可能だろう。だがその先。この白騎士よりも強い存在が3人も控えているとすると、想像以上の難局を迎える事になりそうだ。

 

「大人しく投降するか。ジェリー?」

 

ヴァイスリッターは抑揚なく、事務的に尋ねる。

 

ジェリーはKAC 6x35mm PDWのスリングを肩から外し、床に置く。

 

この行動にはヴァイスリッターも驚いたのか目を丸くする。

 

「そうだ。それがお前のためだ。こんな所で無駄な時間と労力を働く事はない」

 

「黙れ」

 

「……何だと?」

 

「俺はクラリウスに、自分自身に誓った。何者にも屈しないと。どんな強敵だろうと粉砕すると。こんな所で、立ち止まるわけにはいかない。悪いがなヴァイスリッター。勝つのは俺だ」

 

ジェリーはタクティカルベルトに吊るされているナイフシースからカランビットナイフを引き抜く。

 

カランビットナイフは東南アジアで生まれた鋭く湾曲した両刃のナイフの事だ。グリップエンドに指を通すリングがあるのも特徴で、それを応用した技法は多岐にわたる。ネコ科に見られる鉤爪のような刃は「突き刺してから引き裂く」結果をもたらすため傷が深く大きくなりやすい。

 

特殊な形状ゆえ技術が習熟していなければ武器としては機能しないという欠点もあるが、今のジェリーとは無縁の話だ。

 

人差し指をリングに通し、逆手に持つ。そうして他の装具を全て取り外す。

 

「俺を相手に格闘で挑むか。面白い。『ロイヤルミスト』と称されるほどの腕前、見せてみろ」

 

「望むところだ。身を持って学ぶがいい。悪夢とは何なのかをな」

 

ジェリーはカランビットナイフを持つ右手を前に両手でデッドクロスを作り肉薄する。

 

ヴァイスリッターは純粋に自らの格闘の技量を発揮しようと機械化能力を収める。肩幅よりやや広くスタンスを取り膝にたわみをつけ弾力を持たせる。脱力した状態の腕を胸の前で構え凶眼で対角のジェリーを睨む。

 

ナイフ術における初級では大きく9箇所の急所を教えられる。級が上がれば更に細かく全身の急所が入ってくるが根本は同じだ。大まかな急所は胴体付近で9箇所。1箇所でも押さえたならば出血多量で相手は死ぬ。

 

ジェリーは上段から首筋を狙いカランビットを滑空させる。半月型の刃が血を吸わせろと煌めきを放つ。

 

ヴァイスリッターはカランビットの軌道を読み、交差させた腕でジェリーの手首を絡め取ろうと両手を前に構えた。

 

それは、一瞬の出来事だった。

 

ジェリーのカランビットは軌道を変え、雷光よりも速い速度でヴァイスリッターの股をV字に切り裂いた。

 

そしてほぼ同時、ゼロコンマ数秒のズレでレバーにナイフを突き入れ強引に引き抜く。

 

相手にしてみれば、何が自分に起こっているのか理解出来ないだろう。

 

ヴァイスリッターは股の間にある太い血管を裂かれた事を自覚しておらず、ジェリーが上段からの袈裟斬りをフェイクにレバーへの刺突を繰り出したとまでしか知覚していないはずだ。

 

それほどまでに速いナイフ捌き。

 

ヴァイスリッターの白いライダースジャケットから覗く刺突痕からは赤黒い血がドクドクと溢れ出して来ている。

 

それはまるで涙のように伝っていき、太腿で赤い血と混ざりズボンに染みとして拡散していく。

 

ヴァイスリッターの眦がここに来て裂けんばかりに開かれた。脚を見て、レバー以外にも致命傷を負わされているのを認めたようだ。

 

「こッ……の!」

 

常に冷静沈着なヴァイスリッターの顔が憎悪で歪んだ。

 

「勝つのは、俺だ」

 

「掟に背くものには……死をもって…………償わせる」

 

脇腹からは止めどなく血が溢れている。失血で気を失うのも時間の問題だ。それでもヴァイスリッターは使命を果たそうと構えを取る。

 

「悪いな。まだ俺は死ねない」

 

ジェリーの電光石火の斬撃。腕を横薙ぎに胴体の真ん中を裂こうとする。ヴァイスリッターは紙一重に回避。カウンターで拳を繰り出そうとするが、腹部が熱を帯びているのを感じ大きく後ろに飛び退く。

 

視線を下せばライダースジャケットには新たな傷が付けられていた。真一文字に腹部を横断する裂傷。

 

正体は、エクステンデッド・グリップという技法。人差し指を通してあるリングでカランビットを回し、それで血肉を裂くという高等テクニックだ。実戦の中で繰り出せるジェリーは本物の達人だろう。紙一重で避けて安心出来ないのがカランビットの怖いところだ。紙一重では回転をさせれば充分に刃が届く範囲なのだ。

 

「く……ッ!」

 

ヴァイスリッターの顔に焦燥の色が浮かび上がる。

 

「越えさせてもらうぞ。お前の屍を!」

 

ジェリーは手を休める事なくカランビットを動かす。

 

ほぼ視認することすら叶わない亜光速の斬撃。ヴァイスリッターの防御の裏をかいくぐり、確実に急所を切り裂いていく。悪夢のような一方的な攻勢。

 

とうとう、膝から崩折れたヴァイスリッター。

 

瞳には轟々と燃える闘志を未だ残しているが、体は言う事を聞かないようだ。無言でジェリーを睨み上げる。早く殺せと言わんばかりに。

 

ジェリーはクルリとカランビットを回した。刃に付着していた血液が床、壁、天井と四方へ散る。

 

「……」

 

トドメの1撃を、この刃をヴァイスリッターの眼球に突き立ててやれば脳を破壊してこの勝負には片がつく。

 

ジェリーは腕を引き絞り突きを放つように刃を滑らせた。

 

–––その時。

 

上の階から棺が落下してきた。落ちた衝撃で蓋が開く。だが中にはクラリウスの姿は無かった。

 

背筋に氷塊を入れられたような寒気が、ジェリーを襲う。

 

まさか…………クラリウス……。

 

ジェリーの予感は当たってしまう。

 

力なく四肢を投げ出した状態のクラリウスが上から”投げられ”棺と激突する。彼女の体には至る所に裂傷があった。寝巻きの純白のネグリジェが赤黒く変色するほどに。

 

「クラリウスッ!!」

 

ジェリーは駆ける。一目散にクラリウスの安否を確かめに駆けた。

 

瞳を瞑った人形のようなクラリウスを抱き起こす。白磁の肌には赤くパックリと裂けた傷がやはり至る所にあった。だがジェリーが嘆息していたら、その傷は驚くべきスピードで修復されていった。

 

だがそれでもジェリーの怒り焦燥がない混ぜとなった激情は収まらなかった。

 

一体…………誰がこんな事を。クソ野郎!

 

と、突然顔面に衝撃。

 

ジェリーは頭を仰け反らせながら大きく吹き飛んだ。そして薬品がしまわれている棚と激突。けたたましい音を立てて割れ、落下するガラス達と混じり、ジェリーも地面に突っ伏した。

 

何が?

 

すると、クラリウスが一人でにムクッと起き上がったかと思えば、空中に浮いた。

 

だがそれはあまりにも不自然な姿勢だった。まるで誰かに首根っこを捕まれ力づくで”吊るされている”ような感じだった。

 

吊るされている…………ッ!

 

脳裏に、ある人物の笑みが浮かんだ。

 

すると、空間にクックックと誰かの笑い声が浮遊する。

 

クラリウスの付近の景色が歪んだ。その歪みはやがて人型を取り出していくと同時に徐々に姿が浮かび上がっていく。ジェリーがよく知る人物だ。

 

「ハングドマン!」

 

「よおよおジェリー坊や。相変わらず強いねぇナイフ」

 

「貴様ッ……!」

 

「クックック。何だ? このメスガキを痛めつけたのは、この俺だよ–––」

 

–––楽しかったぜぇ〜。子猫のように怯えた目で見上げんだよ。「やめて」って。それを無理矢理押さえ付けて切り刻んでやった。ひっひっひひひ! ヒャッヒャヒャッヒャ!

 

頭が真っ白になった。灼熱の怒気が頭からつま先までを駆け巡り全身を焦がした。気付けばカランビットで切りかかっていた。

 

だがハングドマンは亜光速の斬撃を容易く受け止めた。自身の愛用するフルセレーションナイフで。

 

「どおしたどおしたどおしたジェリージェリージェリー? 何をそんなに怒っているだ? ん?」

 

「てッ……めぇ……ぶっ殺してやる!」

 

「はははははははは! あのジェリーが! あのジェリーが! ぶっ殺してやるだってぇ? はははははははッ!」

 

バカも休み休み言え。

 

そう冷徹に吐き捨てたハングドマンの顔に、微笑は無かった。

 

鍔迫り合いの格好でナイフを突き合わしていた2人。ハングドマンはナイフを力の限り押す。その痩躯からは想像出来ない程の力でジェリーは押される。故にジェリーは必死に耐えようとした。だが、上に意識が行き過ぎてハングドマンの意図に気付くのが出来なかった。

 

膝を真正面から蹴られジェリーは片膝をついた。痛みに顔をしかめた瞬間には眉間にナイフの柄がブチ当てられた。

 

たたらを踏み後退するジェリーの額から鮮血が舞う。

 

「はっはっは! まだまだアマちゃんだなジェリー坊や」

 

「……クソが!」

 

「クソだよShitだよ肥溜めだよ。ははははは! ジェリー。俺はお前のそんな顔が見たかったんだよ。お前の整ったその顔が、憎悪に、苦痛に、歪む顔が見たかったんだ俺はッ!」

 

ジェリーはまだハングドマンが喋っている最中に渾身の踏み込みをした。

 

懐に入り、ジェリーはハングドマンの喉へカランビットを突き立てんと振り上げた。ハングドマンは呑気に笑みを浮かべながら先ほどまでジェリーがいた視点を見ていた。つまり、気付いていない。

 

刃が綺麗な弧を描きハングドマンの顎を捉え頭蓋の内側へその切っ先を食い込ませる。

 

そう確信した。

 

だが、振り上げようとした右腕は金縛りにあったかの如くビクともしない。

 

ハングドマンが、手首をガッシリホールドしていた。

 

ギョロッと目だけを動かし、ハングドマンは瞳の中にジェリーの整った顔を閉じ込める。

 

そして、口パクで告げた。

 

〔見・え・て・る・ぞ〕

 

そこでバキッという快音が耳朶を叩いた。同時に脇腹に激痛が走る。

 

視線を落とせば、ハングドマンの持っていたナイフが脇腹に刺さっていた。ハングドマンは肋骨の隙間を狙い刺突。刺したならばナイフを捻りあげ肋骨をへし折っていた。

 

痛みにドッと脂汗が噴き出す。

 

ハングドマンはジェリーの割れた額へ頭突きをお見舞いする。

 

鈍い音を轟かせ頭蓋と頭蓋は衝突した。ジェリーの脳内で星が散る。

 

「まだだぞジェリー。簡単に気を失うなよジェリー。もっとだよジェリー」

 

ハングドマンはもう一撃頭突きを敢行。同じ箇所へ前以上の力で頭を振り下ろす。自らの額も割れようが微笑を顔に張り付けたままハングドマンは舌を出して嗤う。

 

もはやジェリーに起死回生のチャンスは無かった。力も無かった。

 

ハングドマンはその後も徹底してジェリーを痛めつけた。

 

ジェリーが気を失うのにそう時間はかからなかった。

 

ハングドマンはジェリーを担ぎ上げるとヴァイスリッターに指示を出す。

 

「いつまで休んでいるつもりだ。もう治っただろう。お前はこのメスガキを連れて来い」

 

「了解」

 

「さぁ、これから楽しい、それは楽しい事が起こるな。ジェリー……可哀想になジェリー。目の前で大切な者が少しずつ削がれていくのはどんな気分なんだろうな? お前は何も出来ずに、ただ見ている事しか出来ないんだジェリー。本当に可哀想になぁ〜」

 

ハングドマンの股間は、異様な膨らみを見せていた。

 

「そうだな、他には……目の前で、お間の大切なメスガキを犯してやるぞ。 死んでも犯して犯して犯して、ホームレスにも喰わせてやろう。貪らせてやろう。目をくり抜いて穴を増やそう。穴という穴にブチ込ませてやろう」

 

ヨダレを垂らしてハングドマンは語る。

 

その後を、無表情のヴァイスリッターが付いていった。




あらあら

皆さんちゃんと応援しました?

ジェリー可哀想に……。

どうなるんですかね?


解説を入れると

什卧の能力はプラズマ切断の原理です。

ヴァイスリッターは超振動により分子間の結合を解いてしまうという能力です。

ハングドマンはマリオットインジェクションですね。

歪みきった世界で正義を貫こうとする男たち。

いつか彼らが報われる日が来る事を

一緒に祈りましょう。

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