Black Bullet 〜Lotus of mud〜   作:やすけん

11 / 16
第11話

 

ジェリーは居室に戻り作戦を練る。

 

過去、ジェリーはアメリカ陸軍特殊作戦コマンド傘下の部隊に所属していた。その部隊の標語は3S。

Surprise(奇襲), Speed(速攻), Success(勝利)

 

何事も迅速かつ確実に。相手の意表を突き、反撃の隙を与えない。それが部隊で培った戦闘ノウハウ。それともう1つ特殊戦技教導隊で培ったスキル–––作戦立案から撤退までを単独で行うよう訓練された独立工作員(シングルトン)の技量。

 

これらを発揮すれば、パガトリーから逃れるのは不可能ではない。

 

ジェリーは過去実際に敵陣の中央まで潜入し、その部隊の指揮者及びその者の次級者も暗殺し、一糸乱れぬ軍隊を烏合の衆へと一瞬にして変えたことがある。

 

全方向を敵に囲まれての脱出も不可能ではない。

 

だが当時は単独であったため行動の制限は無かった。今回は蓮とクラリウスも連れて脱出しなければならない。

 

加えてCompel Madman Make Process(強制狂人作成過程)後の人間は回復までに幾ばくかの時間を要してしまう。

 

恐らく想像もつかないイレギュラーが発生するだろう。

 

そしてこの作戦を決行するにあたり、確保しなければならない事項が2つある。

 

1つはクラリウスの説得。それともう1つ、特戦隊の同期の協力だ。

 

まずはその同期に連絡を取ってみよう。

 

ジェリーは携帯端末を取り出し、記憶していた電話番号を入力。呼び出しのコール音がマイクを通じて空間を彷徨う。

 

30秒コールを続けたが相手は出なかった。

 

ジェリーは端末を操作し発信を止める。

 

だがこの程度は予期していた事態だ。知らない番号からの着信に応答しないのは一般人とて同じだろう。

 

すぐにジェリーは再び番号を入力するとコール音を鳴らす。最初は2回。次に4回。最後に2回。

 

簡単なSOSコールだ。

 

果たして次で応答するか……。

 

手元に電話を持っているのならこのサインに気付き恐らくは応答するだろう。だが持っていなければ応答のしようもない。

 

ジェリーは相手の顔を思い浮かべながらリダイヤルした。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

石動(いするぎ)八夜懿(やよい)神童神威(しんどうかむい)は東京エリアに降り立った。

 

背には巨大なリュック。左手にはボストンバック。もう片方の手にはガンケース。市街地迷彩の戦闘服を着込み、油膜が張ってテカテカと光るタクティカルブーツ(半長靴)を履いた2人組は忙しなく腕時計をチェックしている。

 

「おい神威。迎えの時間は?」

 

「3分前です」

 

「…………遅えな」

 

石動は周りを見渡す。早朝の爽やかな日差しが路面を照らす中、歩行者や自動車がひっきりなしに駆け回っている。

 

通勤ラッシュ。多くの人間が交錯する時間帯。その中で軍人色を全面に醸し出す2人は浮いて仕方がない。綺麗に人々は彼らを迂回し日常へと帰る。

 

ミリタリーオタクにしては目つきがヤバすぎる2人。石動は長身でガッシリとした体躯をしていて頭髪はGIカットで短く刈り込んである。ありふれた軍人然としているが彼の1番特徴的なのが左目だ。シベリアンハスキーのようにブルーグレーに変色している瞳。虹彩異色症(こうさいいしょくしょう)のため、彼は左右の瞳の色が違うのだ。異色の瞳は北方の冷気を放ち、見る者に戦慄を与える。

 

神威も同等頑強な印象を与える体躯だ。だがしなやかさを兼ね備え柔軟性に富んでいそうな佇まいをしている。少し長めの白髪をたなびかせながら、辺りを睥睨(へいげい)している。

 

「大方あれでしょう–––」

 

「–––柑奈(かんな)だな」

 

「ええ。柑奈ちゃんが『むぎゅぎゅー』とか言いながら遅らせてるんでしょう」

 

「全く……成長しねぇなあいつは」

 

石動はどうしたものかと思案する。が、この格好で街中を歩くのは色々と面倒だ。ここは迎えの車が来るまで待機しかない。

 

「神威」

 

「はい」

 

「暇だ」

 

「暇ですね」

 

「……」

 

「……」

 

石動はチラッと神威を見やる。

 

「神威君のすべらない話。始め〜」

 

「……」

 

神威は石動に一瞥くれると続けた。

 

「ある男は全身どこを押しても痛みが走ると言って病院へ行った。そして医者にその症状を伝え診察が始まった」

 

「まて神威。もうオチは分かった」

 

「医者は言った『膝を押してみてよ』と」

 

「無視かよ」

 

「男は『痛いです』と答えた。次に医者は『こめかみを押さえてみて』と言った。男は『痛いです』と答えた」

 

「……」

 

「最後に医者は『お腹押してみて』と言った。男は『いた、イタタタッ』と答えた。医者は言った。『指の骨折ですね』と」

 

「……」

 

「面白くないですか?」

 

「……ヒネリが足らんな、ヒネリが。オリジナリティーも無い。それは普通にネットに転がっているネタだ」

 

「こういう無茶ぶりをする輩がこの業界には多いので、常にこういったネタは仕込んでおかなければなりません。何年もやってたら、そりゃあネタなんか思いつかなくなりますよ」

 

「だからってお前はGoogleを使うのか?」

 

「僕はYahooです」

 

「……」

 

「……」

 

2人の間に静寂が漂う。

 

「じゃあ、あれですね。僕の教官が言っていた一言を披露しましょう」

 

「よし来い」

 

「『夫婦喧嘩と(ふすま)はハメれば直る』です」

 

「あのな神威。その教官俺も知ってるわ……」

 

再び訪れる沈静。そして、一向に現れそうにない迎え。

 

「神威。迎えの時間から–––」

 

「–––6分です」

 

「そうか……」

 

あれから3分しか経っていないのか。

 

「どうしてこう時間にルーズなのかね神威君」

 

「今日の迎えは確か燈咲刀(ひさと)さんですよ」

 

「あいつか。じゃあ来ねぇはずだ」

 

「来ないか、ずっといるか」

 

「だな」

 

2人は何気ない風を装い周りを観察していく。

 

「奴の事だ。浮いている俺たちを放置してどうせほくそ笑んでるんだろう」

 

「あぁ、見つけました。向かいのビルの3階。スタバのテラス席右から3番目の席でこちらに背を向けてます」

 

「ほぉ」

 

「化粧してるふりして背後の僕たちを鏡で見てますね」

 

「ほぉ」

 

「どうします? 撃ち抜いてやりましょうか?」

 

「いや、もう気付いた事に気付いてるだろう」

 

「気付いた事に気付いている……」

 

「あぁ。気付いた事に気付いたはずだ」

 

そう2人が会話していたら、実際燈咲刀は席を立ち建物内へと消えていった。やがてそのビルの地下駐車場から1台の車が現れる。何を言おう石動の愛車なので一目で分かる。

 

軍用車両の高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)を民間様に再設計したハマーH1スラントバックという車両。デチューンとなるため性能は軍用ハンヴィーに劣るが、石動はそれにカスタムにカスタムを重ね最新型ハンヴィーに勝るとも劣らない物を作った。対物ライフルの弾丸も弾く厚さ200mmの特殊防弾ガラス。パンクしないゴムチューブタイヤ。超合金製の装甲。驚くほどに重量が増してしまうがそれを補って余りあるハイパワーエンジン。時代に逆行して燃費は劣悪だが、どんな不整地も突っ切れる様に設計されている。

 

エンジン音を轟かせながら接近する石動特製ハンヴィー。運転席にはロックンロールな麗人(れいじん)の姿が確認できる。

 

石動は不機嫌さを隠そうともせずに燈咲刀を迎えた。

 

「遅せぇよ」

 

「だってあなた達、浮いてるんだもん。少しは晒し者にしたくなるでしょう」

 

「わけわかんねーよ」

 

2人は文句を言いつつ、荷物をハンヴィーへ積載していく。

 

「よし。どけ」

 

積載を終えると石動は鋭く一喝。その一言に燈咲刀は大人しく従い、後部座席へと移る。

 

神威も同じく後部座席に腰を落ち着かせる。

 

石動は運転席につき、シフトレバーをドライブにする。

 

と、そこで助手席に1人の少女が座っている事に気づく。窓に頭をもたらせ、うたた寝をしている少女。

 

「柑奈。付いてきてたのか」

 

「ん〜? 呼んだぁ?」

 

少女–––天羽柑奈(あもうかんな)は寝ぼけ眼で石動を見やると、口の端からヨダレを垂らす。蜂蜜色のロングヘアーに半眼で開いている瞳は碧色。見た目は可愛いらしいが、見ての通り行儀はよろしくない。ズルズルと汚い音を立てヨダレを啜ると口元を拭う。拭うが手が下がる動作と連動し彼女の瞳も閉じていく。やがてコクっと頭が垂れ、鼻風船を膨らませる柑奈。

 

「何しに来たんだ、お前」

 

「何しにって……ん〜、う〜ん……?」

 

「いい。もうそのまま寝てろ」

 

「ん〜ん……んん…………」

 

唸り声が途絶えたのを見計らい石動はアクセルペダルを踏もうとするも–––

 

「–––あぁああ! 思い出したッ! 石動さん。ケータイ貸して!」

 

突然跳ね起きる柑奈。石動は慣れたものなのか特段驚く様な仕草もせずに黙って携帯端末を渡した。

 

「あのね、あのね。今日からね『私的制裁(してきせいさい)ペナルティーズ』のアプリが配信されるのッ」

 

ナマケモノのような態度から一変。別人のように目をパッチリと開け嬉々として説明する柑奈だが石動にはその『私的制裁ペナルティーズ』が何なのかさっぱりだ。

 

「もうね、昨日からね、たっっのしみでさぁ〜。夜も眠れなかったんだから!」

 

柑奈は慣れた手つきで暗証番号を入力するとアプリをダウンロードする。データの読み込み中柑奈は上機嫌に鼻歌を歌う。恐らくはその『ペナルティーズ』のテーマソングだろう。

 

「今日も制裁、明日も制裁、毎日制裁ペナルティーズ♬」

 

隣で聞いていて恐ろしくなるが子供にウケているので内容は可愛い物なのだろう。

 

その内柑奈から「おぉッ」「うぉおお」「すげー!」等感嘆の声が聞こえ出す。

 

「柑奈。電話とかかかって来たら直ぐに渡すんだぞ」

 

「わぁってるってわぁってるって」

 

「ふんふふ〜ん♬」と上機嫌の柑奈を尻目に石動は今度こそ車を発進させる。目的地はMomoi(M) Security(S) Service(S)本社ビルだ。

 

「とりあえず2人ともお疲れ様だったわね」

 

道中、燈咲刀がそう話題を切り出した。

 

「ニューヨークエリアはどうだった?」

 

「どうっつったってな。観光じゃねぇし。クソ野郎のせいではるばる海越えて仕事させられたんだよ。本当、クソ野郎のせいだ」

 

「あらそう」

 

神威は腕を組み瞳を閉じている。「僕は会話には参加しません」の意思表示だ。

 

「で、そのクソ野郎はちゃんと仕留めたの?」

 

「仕留めなきゃ帰ってこねぇよ。とっくにくたばってる」

 

「そいつ、どんな奴だったのよ」

 

「いちいちうるせぇな。教えねぇよ」

 

「いいじゃない減るもんじゃなし。どうせ道すがら暇だし教えてよ」

 

「ヤケを起こしそうだった機械化兵士をぶっ殺した。わざわざニューヨークまで行ってな。満足か?」

 

「もっと詳細によ」

 

「報告書上げるから、それでも読んでろ」

 

「本当、あなたって釣れないわよね」

 

「クールと呼ぶんだ」

 

「あなたのは冷たいって言うのよ」

 

隣で柑奈は「いぇ〜いSレアゲッツ〜」とはしゃいでいる。

 

その後もやれ「敵将ドクサイシャーを制裁なのだ〜」等ハイテンションでゲームをプレイしていた。

 

だが走り出してそう間も無く1件の着信が来る。

 

「あ〜良いとこなのに〜。石動さん電話〜」

 

と携帯端末を渡そうとする。石動はディスプレイを一瞥するが、表記されているのは登録されていない番号だった。

 

「知らん番号だ。出なくていい」

 

「うえぇ〜い」

 

柑奈は1秒も惜しいのか早く諦めろと言わんばかりに画面を睨み付けている。

 

「やっと終わったかぁ。さ、続き続き」

 

と、柑奈は座席に座り直しプレイを再開させようとするが–––

 

「–––あぁああ! まただッ」

 

再びの着信が柑奈のプレイを阻害する。だが今回は2回だけ呼び出し音が鳴っただけだった。

 

「あ、終わった」「うぇええ! またあ⁉︎」「チョット長かったなぁ」「ねぇこれイタズラ〜⁉︎」

 

と三々に渡り柑奈は喚いた。だが隣の石動にはそのパターンが何なのか即座に分かった。後ろの神威も『SOS』のシグナルパターンに体を強張らせた。

 

「石動さん」

 

「ああ」

 

石動は柑奈から携帯端末を奪う。

 

「柑奈。これから仕事だ」

 

「ええ⁉︎ ほんとーに?」

 

尚も柑奈は抗議の声を上げようとするが、それを着信音が遮った。

 

石動は即座に応答の文字をタッチする。そして、耳を澄ましながらハンヴィーを路肩に止める。

 

「………」

 

『………』

 

向こうから音は一切無い。石動は訝しみながらも耳を傾け続ける。そして数秒後、トントンと机を叩く音が聞こえ出す。それは不規則、または規則的に鳴り、あるいは引っ掻くように継続した音を発っした。

 

モールス信号。それも特殊戦技教導隊でしか使われない特定秘密コードの物だった。

 

パターンを脳内で解析。内容は『命令下達。識別コードを言え』だ。

 

石動の脳裏にある人物の顔が思い浮かんだ。

 

日常上品で華のある容姿、挙措(きょそ)でありながら戦場では大量の血の雨を降らせる白人の男性。CQCの名手。彼と交錯したものは体から血の霧を噴射する事になる。皮肉を込めて与えられた識別コードは『ロイヤルミスト』。

 

一体何の用だと言うのか?

 

「識別コード『リジッドフォース』コンフォメーションナンバー787136」

 

『識別コード「ロイヤルミスト」コンフォメーションナンバー136787』

 

ここから更に合言葉の確認がある。合言葉はプラス4。相手の言った数字に4をプラスし答えれば同じ部隊の人間だった事が分かる。

 

『7』

 

「11」

 

『3』

 

「7」

 

合致。予断は許されないが相手は十中八九ジェリーで間違いない。だが突然の連絡、しかもそれがSOSだと言うことに石動は一抹の不安を覚える。恐らくは、これから屍体の山を築く事になりそうだ。

 

「ジェリーか? 久しぶりじゃないか。安心しろ。この回線は盗聴されていない。要件を言え」

 

『石動。助けてほしい。明日の0100(マルヒトマルマル)(午前1時)、中央制御機構のビルに来てくれないか?』

 

「いきなりなんだってんだ? 呑みに行くのに財布でも無くしたのかよ? 俺を財布代わりにすんじゃねぇ」

 

『石動。お前は、自らの正義を遂げるために、世界を敵に回せるか?』

 

石動は迷う事なく即答する。

 

「当たり前だ。俺は俺の信念に基づき行動している。それを曲げようとする奴は誰だろうと–––」

 

『–––何人だろうとぶっ飛ばす。か?』

 

「そういうこった」

 

『石動……』

 

「気にするな。お前がこれから何をするのかは知らんが、あのジェリー・ヴェルサーチ・ペレロの成すことを疑ったりはしないさ。俺たちの”絆”は」

 

『神だろうと断ち切れない』

 

We're of the bonds will die hard in God(俺たちの絆は神だろうと断ち切れない)

 

特殊戦技教導隊の厳しい訓練を乗り越えるために同期で一致団結した過去が回想される。1人で克服するには、余りにも苛酷だった訓練。互いに励ましあう同期がいたからこそ、乗り越えられた物がある。死地の中、培った絆は神でも断ち切れない。自らの技量を駆使し、凄惨な戦場から生きて帰る。平等に弾は飛んできて、平等に死ぬ可能性を秘めた戦場。神は何もしてくれない。運もクソもへったくれも無い。信じられるのは仲間と自分だけだ。

 

「分かった。俺はお前を全力でサポートする。何が必要だ?」

 

『そうだな……相手にするのは機械化兵士達だ。機動力と火力が要求される』

 

「機械化兵士か……望むところだ」

 

『やけに自信がありそうだな』

 

「最近はその手の奴らを相手取ってやってるからな。心配いらんさ。神威もいるしな」

 

『ほう、サイレントディザスター(無音の災厄)も居るのか。心強い』

 

「お前の状況はよく分からんが恐らく一言では言い表せまい。お前を救出した後、詳しい事は聞く」

 

『俺は”親子のマトリョーシカ”をプレゼントに持っていくよ。そのつもりでいてくれ』

 

親子のマトリョーシカ–––子供1人、大人1人。

 

「分かった。楽しみに待ってるよ」

 

『石動。お前が戦友(とも)で良かった』

 

「待てジェリー。それはこれから死ぬ奴のセリフだぞ。死亡フラグってヤツだ」

 

『セオリーなんか関係ない。俺たちは成すべきことを成す。ただ、それだけだ』

 

「そうだな」

 

『厳しい戦いになるだろう。すまん』

 

「気にするなって言ってんだろうが。俺はそういう危険な事でしか飯が食えないような(ろく)でなしだ」

 

『本音でもないことを』

 

「とりあえずはアレだな。ぶっつけ本音。臨機応変に–––」

 

『–––事に臨んでくれ』

 

「了解。リジッドフォース、通信終わり(アウト)

 

『ロイヤルミスト、通信終わり(アウト)

 

携帯端末を耳から離し、石動は神威に言う。

 

「ハードなミッションになるだろう。充電忘れんなよ」

 

神威はそれに言葉ではなく酷薄な笑みで応えた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

ジェリーは石動の存在に心から感謝した。

 

加えて神威、サイレントディザスターも作戦に加わってくれると言う。

 

これで状況が好転するわけではないが生存の可能性は充分に出てきた。

 

今一度ジェリーは脅威になる構成員をリストアップする。

 

『バルドュール』の中枢要員。

 

ハングドマン(吊られた男)

 

エクスバイエ(抜け殻)

 

『バルドュール』隷属組織『アポカリプスナイツ(黙示録の4騎士)

 

ヴァイスリッター(白騎士)

 

ロートシュトーラル(赤騎士)

 

ライデンルーフ(黒騎士)

 

オルクスシュプリンガー(蒼白の騎士)

 

これらの誰かと出会えばその場で作戦は終了してしまうだろう。

 

『スレイブドックス』

 

キリのいい10.20.30……と言った『ラウンドナンバー』に出くわすのは禁物だ。

 

だがジェリーはそこではて、と思い至る。

 

そういえば、ナンバー『40』ヴァジュラ・ヤクシャ(金剛夜叉明王)のコードネームを与えられた四聖什卧(ししゅうじゅうが)、彼は確か……。瀧華仁–––タキ・ラージャ(愛染明王)の弟子だったはずだ。

 

1度、話してみる価値はありそうだ。

 

ジェリーはヴァジュラ・ヤクシャと恐れられる男の部屋へと足を運ぶ。広大な施設なので通常用がある人物には内線で連絡するのが常だが、今回の会話は決して聞かれてはならない。この組織、どこでどんな奴が聞き耳を立てているかわからない。1番確実なのが、直接会って会話する事だ。

 

数10分かけパガトリー内を歩き目的の部屋へとたどり着く。

 

轟々と燃え盛る炎を背後に従えた忿怒(ふんぬ)の表情の金剛夜叉明王が描かれた扉を前にジェリーは決意を固くする。本来人々に人喰いとして恐れられた魔神が、大日如来(だいにちにょらい)の威徳により善に目覚め、悪人のみを食うようになった。

 

『敵や悪を喰らい尽くして善を護る、聖なる力の神』それが金剛夜叉明王だ。

 

四聖什卧(ししゅうじゅうが)。コードネーム通りの男ならば力を貸してくれるはず……。

 

ジェリーは扉を2回ノックして入室する。

 

「ヴァジュラ・ヤクシャ。ヴェーヌスだ」

 

「ん?」

 

什卧は馬の(たてがみ)のような頭髪(前髪から後ろにいくにつれ長くなっていく)で、首回りに獣の毛皮があしらわれた衣装を身に纏っている。眼光鋭く、まさしく背後に業火を従えているかのように威圧感が凄まじい。

 

「なんだ?」

 

什卧は突然の来客に驚く様子もなく平坦な声音で問いかける。

 

「お前はタキ・ラージャの弟子だったな」

 

「あぁ、そうだが。それが?」

 

「今、ラボにはタキラージャが命を賭して守った者が囚われているが、お前はどう思う?」

 

「ふん。査定か?」

 

「質問に質問を返すなドックス。どう思う?」

 

「ふむ」と什卧は一呼吸置くと答える。

 

「仁さんは拳の師であり人生の師でもある。その仁さんが命を賭してまで守った者を守らないのは、弟子失格かね?」

 

「さぁな。それはお前の正義に問え」

 

「悲しいかな……俺がどう抗ったところで、そいつを助ける事など出来んだろうさ………」

 

「それは力があればやってやるという事か?」

 

「ふふ……裏切り者の末路は(みな)が知るところ。そんな愚かな者は居まいて」

 

「お前は、自らの正義を遂げる事より、自らの延命を願うか?」

 

「それも、むべなるかな……」

 

什卧は本心を隠すように顔を背けた。

 

「さっきから的を射ないな。結局のところ、お前はどうしたいんだ?」

 

「俺には守るべき者がいる。不治の病と言われた奇病を治せるのは五翔会しかない。ならば俺の答えはひとつだ」

 

「そうか。誇りのない服従に、俺は価値などないと思うがな」

 

什卧はその一言に、心を射抜かれたのか体がビクンと跳ね上がる。

 

「日本にも『四賢人』の1人、室戸菫(むろとすみれ)がいる。その病も、彼女なら治せるかもしれない」

 

「そうかね。それは考えた事が無かったな」

 

「お前のその守るべき者は、今は?」

 

「病自体は治っている。そして今は元気に学校にでも行ってる頃だろう。俺の自由を代償に、彼女には自由を得てもらった」

 

「そうか。お前の戦闘能力を欲するが故に、組織はお前の要求に応えたと。その見返りに、お前は五翔会の奴隷となった」

 

「……そうだ。『スレイブドックス』の50まではそんな奴らばかりさ」

 

ジェリーも『スレイブドックス』の概要は知っている。当初の1から50までは元人間だ。50から先がゼロから造られた人造人間、ホムンクルス。

 

「什卧。俺にも何者にも代えられないモノがある。自らの正義を全うするのに、理由など要らない」

 

「……」

 

什卧は話の方向性が見えず戸惑っているようだ。

 

「ヴァジュラ・ヤクシャ。お前は教令輪身(きょうりょうりんしん)、民衆を善なる道へと導く使命を帯びた明王の異名を与えられた男だろう? 襲い来る悪人は全て喰らい尽くせば良いではないか」

 

「ヴェーヌス……お前…………?」

 

「俺はやるぞ什卧。蓮を連れて五翔会を脱する」

 

「な……ッ⁈」

 

什卧の眦が裂けんばかりに開かれる。

 

「本気で言っているのかヴェーヌス。そんな事をしたらお前……」

 

「殺されるだろうな。だが言っただろう。俺にも譲れないモノがある。クラリウスが1人の人間として生きていける世界を、俺は造らなければならない」

 

「…………」

 

什卧は笑みを浮かべる。

 

「お前みたいなバカが、まだこの世にいたとはな。だがな、世の中善人ほど割りを食うんだ。この世はズル賢くて臆病な奴が長生きするように造られている」

 

「俺はそんな(ことわり)をひっくり返そうと言っているんだ。無謀だろうがなんだろうが、こうと決めたならやり遂げる」

 

「俺もそう言う熱い時期があった。ほとんどその場の勢いで俺は自由を五翔会に売った。後悔はしてないが、未練ならある。もう1度よく考えてみたらどうだ?」

 

「確かに、俺が五翔会を離反したらクラリウスは殺される危険に会う。だが俺は彼女に知ってほしい。自然の美しさや人の温かみを。今の彼女には戦いしかない。10歳の子供が、幸せが何なのかわからず、夢すら語れないこの世界は間違っていると思わないか?」

 

「この世界が腐っているのはとうの昔から分かっていただろう。今更だ、そんなことは」

 

「お前…………」

 

「仮に俺がお前に協力したとして、利益はあるのか?」

 

「笑って死ねる。自分の人生に意味を持たせられるか否かはそれまでに積み重ねた過程による」

 

「……重要だな。だが俺の身勝手で組織に相反した結果、他者の人生が日常から乖離(かいり)されてしまったらどうなる?」

 

「……」

 

「だから俺は組織に逆らうことが出来ない。俺は八重(やえ)を人質に取られているも同然だからな」

 

「八重。お前が守るべき者の名か」

 

「そうだ。勾田小学校に通うごくごく普通の女の子だよ。余命幾ばくもなかった彼女は、本来ならもうとっくに死んでいる。だが五翔会がいたおかげで、八重は今普通の生活を送れている」

 

「ではいづれ組織が本格的に始動した時はどうする? 武力による統治。そんな混沌を、お前や八重は望むのか? 仮初めにしても、人類はここまで復興した。それを再び、混迷の時代に逆戻りさせたいのか?」

 

「……」

 

「什卧。俺たちや八重が真に望む世界は、五翔会が目指している世界とは違うはずだ」

 

「……」

 

「ブラックスワンプロジェクトが成功すれば、野にはバラニウムの耐性を持ったガストレアが解き放たれる。それで良いのか? 自分たちの安全が確保されていれば、他人などはどうなっても良いと言うのか? そんな碌でなしで、八重にどうやって顔向けするんだッ?」

 

「……」

 

「俺たちが今成すべき事は1つの筈だ。什卧」

 

「……」

 

「八重やクラリウスだけじゃない。多くの子供達の未来が、俺たちの行動に掛かっている。有志はまだ少ないが、外には俺に協力してくれるという奴らもいる。お前はどうする什卧? お前の正義に問え。ヴァジュラ・ヤクシャ(金剛夜叉明王)

 

「……」

 

ジェリーはしばし什卧を睨みつける。その視線を受けながら、什卧は頭の中で様々なシミュレーションを行っているように見える。

 

「八重の……安全は確保出来るのか?」

 

しばらくして、什卧は重く引き結んでいた唇を動かし、そう呟いた。

 

「生憎だが保証は出来ない。だが死力を尽くしてくれるだろう。『曲がらない力』と『無音の災厄』という異名を与えられる程の戦士が八重を保護する」

 

「金星の名は伊達ではないな。魔物も恐れる悪魔の面と、美しく輝く吉兆の星。両面を兼ね備えたお前を、羨望するよ」

 

「なにを言うかと思ったら。お前の名前の方が遥かに立派だよ」

 

「ふふ。ルシファーと金剛夜叉明王が手を組めばあるいは……」

 

「あるいはじゃない。俺たちはやるしかない」

 

「そうだな。だがジェリー。気を付けろ。大威徳明王–––ヴァジュラ・バイラヴァには絶対に接触するな。奴は『スレイブドッグス』の中でも別格だ」

 

「ナンバー『60』。六道降魔(りくどうごうま)か」

 

「そうだ。大威徳明王の六面六臂六脚にちなんで『666』の数字が著名な所に刻印されているらしい。そいつにだけは会わないことを、まぁ–––」

 

そこまで言って什卧は微笑む。

 

「–––神様にでも祈るんだな」

 

「俺はもうとっくの昔に神には愛想を尽かしちまったよ。戦場で信じられるのは自分と仲間だけさ」

 

「そうだな。俺もとうとう覚悟を決める時が来たようだな」

 

「一蓮托生。良い言葉だよな」

 

「ははッ。白人のお前が言うと、意味を履き違えてないか心配になる」

 

「心外だな」

 

「いやいや、悪かった。冗談だよ」

 

「じゃあ什卧。やってくれるか?」

 

「ああ」

 

「今日の夜には作戦を決行する。備えておいてくれ。また連絡する」

 

「わかった」

 

ジェリーと什卧は力強い光を眼光に宿して、互いを見つめあった。やがてコクっと頷くと、ジェリーは部屋を後にした。

 

 

※ ※ ※

 

 

 

ジェリーは自らの居室に戻るとクラリウスに全てを打ち明けた。それに対し様々な死地を越えてきた10歳児は、特段驚いた風もなく「そう」とだけ答える。

 

「クラリウス。お前は現状に満足しているか?」

 

そんな淡白なクラリウスに、ジェリーは詰問する。

 

「ええ、私は満足してるわよ」

 

それにツンと顎を尖らせ、クールにクラリウスは答える。

 

「……そうか」

 

ジェリーには適当な言葉が見つからない。クラリウスのためにジェリーがどれだけ尽力しても、それを彼女が望んでいなければそれはストーカー行為とさほど大差なくなってしまう。

 

「クラリウス…………世界はまだ輝きを失ってはいないし、人々も全員が全員、碌でなしなわけじゃない。お前はルーマニアで辛い体験をしただろうが、それがこの世の全てじゃない。それをお前にも知ってほしい」

 

『ルーマニア』というワードにピクンとクラリウスの体が跳ねる。直後から烈火の瞳をジェリーへ向け、きつく唇を引き結ぶ。

 

「もっと、色んな世界を見てほしい。色んな事を体験して、色んな事を考えてほしい」

 

「何でよ?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「何でよジェリーッ。どうしてあなたは血も繋がっていない私にそこまでしようとしてくれるのよッ?」

 

「お前達みたいな子供を守るのに、理由はいらないだろ」

 

「違うわよ! 私はもう……もう充分なのジェリー。あなたが居てくれるだけで」

 

ジェリーは当初、何かの聞き間違えかと思った。あの無愛想で鉄面皮のクラリウスがこんな事を言うのかと。

 

「ジェリー。毎日周囲を気にすることなく寝られて、寒さに凍えることのないこの生活に満足してる。これ以上の物を私は望まないわ。高望みしたら、この生活が崩れちゃうかもって思うの」

 

「……クラリウス」

 

ジェリーは言葉を発しようとするが、それをクラリウスは遮るようにまくし立てる。

 

「幸せって、人それぞれってこの本には書いてあるわ。多分私にとっての幸せって、この生活だと思うのよ」

 

「確かにな。幸せの形は人それぞれだろう」

 

「だったらジェリー。無理して動く事ないのよ」

 

「でもな、五翔会がこのまま肥大化していき、本格的に活動しだせば、世界は再び混沌に陥る。そうなれば、多くの人たちの日常が、幸せが、夢が潰えてしまうんだ。お前の幸せも同等だクラリウス」

 

「どうしてあなたっていつもそうやって自分の幸せを優先しようとしないのッ?」

 

「何ッ?」

 

クラリウスの突拍子もない質問に、思わず間抜けな声を出してしまう。ジェリーにとってすれば、これらは当たり前の行動なのだ。

 

「いつも誰かの為に身を粉にして戦って、あなたはボロボロじゃない。傷つくのはあなたなのよ。感謝されないどころか、挙げ句の果てには文句を言う人間だって居たはずなのに、あなたはどうしてそんなに馬鹿なのッ?」

 

「……」

 

「あなたがもし居なくなったら、私はまた1人よッ! お願いだから私をこんな穴倉に1人にしないで……」

 

クラリウスは感極まったのか、瞳を潤ませ声を震わせる。

 

「クラリウス……」

 

「私はもうあなたが傷つくのは見たくない」

 

嗚咽を漏らすクラリウスをジェリーは優しく抱きとめてやる。こうして直に触れれば、何ら10歳の少女と変わりない。すぐに壊れてしまいそうな程小さい体。

 

「クラリウス。俺はお前を絶対1人になんかしない。どんな敵だって粉砕して生還する。だからお前は、何も心配するな」

 

「本当?」

 

「あぁ本当だ。俺が今まで嘘を言った事あったか?」

 

クラリウスは両手をジェリーの背に回し首を横に振る。

 

「もう。私にはあなたしか居ないのジェリー。無理はしないで」

 

「ああ。約束するよ。必ず生きてここを出ようクラリウス。そして、平和な世界で、2人で暮らそう」

 

「うん」

 

ジェリーは一旦クラリウスを離し、顔を正面から見据えてやる。

 

「何て顔してるのよジェリー。あなたは悪くないわ。これから厳しい戦いが続くかもしれないけど、死ぬ時は一緒よ。どこまでだって、あなたにならついて行くわ」

 

「大丈夫だ。お前を危険な目には合わせたりはしない」

 

「私ね、何だか今なら言えそうだから言うね。私本当は、家族っていうのが羨ましいの。家族って何なのか知らないから…………だからいつか、それが分かる生活をしてみたいわ」

 

ジェリーの胸に、使命の重さが堆積していく。クラリウスの言葉を心胆に刻みつける。

 

お前は命に代えても守ってやる。

 

ジェリーは決意した。そして、覚悟を決めた。

 

何があろうとも倒れない。誰が相手だろうと倒す。

 

この手に、多くの人間の未来がかかっている。

 

そう思うと重圧に潰されそうになる。不意に吐き気がしてきた。だが、ジェリーは1人じゃない。什卧や石動、神威も協力してくれる。

 

パガトリーから蓮を連れて脱出出来るかが第1関門だ。クラリウスは極力戦闘には回したくない。そこまでは什卧とのバディによる活動になる。以降は石動と合流し退路を確保、尾行に注意しつつセーフハウスを探す。

 

行き当たりバッタリになってしまうがしょうがない。当座の目標は五翔会の追っ手を振り切る事になる。

 

ジェリーは時刻を確認し、脱出準備を始めた。

 




今回は長いですね。張り切っちゃいました。

次号からアクションが入っていければいいですね。

ジェリーとクラリウスがいい感じなので、引き裂いてやりたくなる読者様もいらっしゃるんじゃないでしょうか?

まぁ、そこは安心して読んでもらえばいいですよ。

ヒャッハーな感じになるんでね。

ええ、ええ、ええ。

では、また会う日まで
(´・Д・)」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。