会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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会いましょう、カシュガルで。<3>

 まず初めにその変化を捉えたのは改大和級戦艦『加賀』より射出された無人観測機だった。

 他艦より発った観測機と同じく各々に決められたルートを進み、佐渡ヶ島ハイヴを──甲21号目標を取り囲むように展開するという監視網の内の一機であった。

 『加賀』の航空担当は無駄だと知りながらも、日本帝国人らしくクソ真面目に甲21号の監視という義務を果たそうとしていた。

 彼自身はその努力を光線級という絶対的な空の支配者に踏みにじられると考えていたが、そうはならない。

 実際の所、観測機たちは彼らの諦めを打ち破り決められたルートを悠々と進み続け、照射圏内に突入していたのだ。

 そして光線級が射程内に入った航空機を撃墜しないというあまりの異常事態に担当者は目を白黒させながらも義務を全うする。

 何より『加賀』は、三番砲塔を潰して航空機格納庫を増設したという性質上、他艦に負けていられないという気持ちが航空担当にあった。

 このような時でこそ活躍しなければ。そう思う彼の気持ちは無人機たちが征く支配下の佐渡ヶ島に聳え立ったハイヴへと向いていた。

 

 そのおかげだったのかもしれない。

 彼が一番最初に甲21号に生じた変化に気がついた。

 ハイヴの根本に当たる部分、通常ならばBETAが津波のように吐き出される場は閑散としていたが、そこで何かが蠢いたのをセンサーと彼の目は逃さなかった。

 最初は何らかのノイズ、もしくはBETAの迎撃行動を予測していた彼は驚愕に目を見開いた。

 そして、かの物体の姿を見た時、彼がある程度の平静を取り戻すまで数秒間を必要とした。

 息がしばし止まる。呼吸すら忘れてしまう程の衝撃に襲われていることに彼は気づけなかったのだ。

 

「あれはっ……あれは戦術機か……!?」

 

 我に返った瞬間、震える肺胞より絞り出すように呟いたのも無理はなかった。

 モニターの中に見えるものが、自らの正気を疑うような光景が広がっていたからだ。

 実際の大きさを無視するのならば、その風景は木の根元より這い出た小人が立ち上がる姿を彼に連想させた。

 むろん木とは佐渡ヶ島ハイヴであり、小人とはBETAである。

 BETAは約18mであり、ハイヴは約300mのフェイズ4だった。

 そしてBETAは、戦術機に酷似したシルエットを持っていた――。

 

 非公式のニックネームとして、そのBETAに各国の監視部隊が与えた名は巨人級。

 この艦隊の帝国軍の兵士たちは例外を除き知るすべもないが、カシュガル周辺に出現した個体以上にその巨人級は洗練された姿を持っていただろう。

 より戦術機らしくなった姿は、見る者に戦車級や突撃級を連想させる色彩によって明確な形を露わにしていた。

 頭部ならびに胴体には突撃級の堅牢な前面部を装甲として鎧のように纏い、より鋭角的な形に近づいている。

 要撃級が幾多もの戦術機を屠ってきた特徴的な前腕を模しているかのごとく、鉄槌のように発達した両腕を持つ。

 両足は今なお前線で活躍している第三世代型戦術機を彷彿とさせる様な可動の邪魔にならない程度の装甲が施されていた。

 そこに既存するBETAのような生理的嫌悪感を感じさせるような要素は一切ない。

 BETA側の戦術機。そう思わせる姿を堂々と見せつけながら佇んでいた。

 

 だからこそ、その姿は強烈かつ異常であった。

 映像が呼び水となったように『信濃』の戦闘指揮所(CIC)に満たされていた来るべき時を待つ息を潜めるような空気は一斉に変化した。

  声にもならない呼吸の波が、モニターを中心に波紋を描くかのごとく広がっていった。

 来るべき奪還と決戦の日まで鍛えられてきた海の勇士たちが動揺しているのだ。

 確かに部分的にならば人間のパーツを模したBETAは存在していた。

 それらは余りにも生理的嫌悪感を与える姿だったため情報統制されるほどだった。

 見るものに戦う前から恐怖心を与えかねないからだ。

 BETAとは、彼らにとっての敵とは悍ましき異形の代名詞だった。

 だからこそ明らかに人型を象ったBETAは彼らに衝撃を与えるには十分すぎる代物だった。

 ましてやそれが人類の切り札の一つである戦術機と似通っているのなら尚の事だ。

 そんな戸惑いと混乱の後に、自らの職種を全うしようと兵士たちが現実に負けじと声を上げ始める。

 訓練の賜物だった。人材資源に乏しくなってしまった帝国の現状として、それは安倍にとって喜ぶべきことであったが彼自身それどころではない。

 続々と上がり始めた観測結果を聞き取りながら、安倍は先程まで困惑に固まっていた目線を瞬かせる。

 あくまで兵を動揺させないために平静を装おうとも、内心は機嫌の悪い日本海を思わせるほどに複雑なうねりを見せ始めていた。

 

「……!」

 

 巨人級BETA。

 安倍は、そんな存在が出現し始めていたことを知っている数少ない日本帝国軍人の一人だった。

 それらは初めは噂にすぎない、幻のような存在だった。

 沈黙と呼ばれる異常現象と、姿形が多少なりとも判明したことがその幻に実像をもたせていた。

 それ以前ならば人間型(ヒトガタ)のBETAなど大方戦術機を誤認したなどのよくある戦場の霧が生み出した与太話として切り捨てていただろう。

 巨人級の情報と監視網への露出が増えていくに連れて情報は精度を上げ、流出し始めた。

 だからこそ、彼は知っていた。

 ある意図によって合衆国や帝国の諜報が結託して流したものであったが、安倍には知るまでもなかったが。

 現在の彼にとって最も重要なのはこの巨人級が、艦隊の脅威となりえるか、である。

 この『信濃』を始めとする戦艦群は帝国にとっての替えの効かない海上打撃力であり、切り札だ。

 もし人材とともに失うことが万が一にもあれば、帝国はもう二度と立ち上がることはできない。

 大陸のBETA群の本土侵攻によって失われたものは余りにも多種多様だったからだ。

 工業力、人材、資金、資材。ありとあらゆる種類の国家としての血液が流れすぎた。

 何より帝国はあの侵攻によって国内に2つのハイヴを短期間で建設されるという途方もない苦境に立たされた。

 そして今も侵攻の足がかりとなってしまった関西地方は打撃から完全に立ち直れていない。

 だからこそ佐渡ヶ島の奪還を悲願としている海軍、いや帝国総軍にとって戦艦は無くてはならない貴重な戦力となった。

 故に今回のあまりにも大規模で不可解な『監視』任務への疑念が強まる。

 監視というにしては余りにもその戦力は破格であった。

 帝国の海上打撃戦力が集結してると言ったほうがいい様相を示している。 

 しかし真の目的が佐渡ヶ島の奪還であるのなら、戦術機母艦や潜水母艦などの上陸部隊が存在しないことはおかしい。

 これではまるで間引き作戦のようだが、肝心のBETAの動向と言えば巨人級を出して以降、沈黙を保っている。

 

 何もかもが中途半端だった。

 ただ、この計画の中で明確にされていると言えば次の事柄である。 

 もしBETAが攻撃行動を見せようものなら安倍ら艦長たち、そして艦隊司令部はありとあらゆる艦艇の砲弾やロケットを持って応射する権利が認められていた事だ。

 そう応射である、先制攻撃ではない。まずこの時点でおかしい。

 それがこの任務における安倍の最大の疑問だ。

 ハイヴにはBETAが存在し、各艦はすでに対レーザー弾頭を装填している。

 BETAが群れだってハイヴから出現し、光線級が観測機を落とせば即座に艦隊は持てる火力の全てを持って義務を全うできるだろう。

 だが戦闘は始まらない。条件が満たされない限り艦隊は動けないのだ。

  箸を手にして食事を前にしながらお預けをくらっているようなものだ。

 巨人級は何かを待つように全身をハイヴの外に曝け出し、基地前の衛兵のごとく微動だにしない。

 かの有名な学者が提唱した時間の理をそのままなぞるように10秒が1時間にも感じられるような睨み合い(人類側の一方的な認識であったが)が続いた。

 長期戦になる可能性を考え、安倍が艦隊司令部との連絡を考えた時だった。

 

「艦長、BETAに動きがっ!」

「何!?」

 

 BETAの動向に注意を払っていた戦闘指揮所(CIC)に緊迫した声が唐突に響く。

 すでにモニターの中では、巨人級が器用に体を動かし始めていた。

 重たげにその右腕に当たる部分を翳すように伸ばし、そして──。

 

 観測機に向けて、さよなら、とでも言うようにゆっくりと手を振りはじめた。

 

 その動きはまるで中に人間が入っているかのように滑らかで更なる動揺が艦内を走り抜ける。

 それらを見た安倍は思わず目元を抑えた。

 いよいよ目眩を起こして転倒しかねなかったからである

 

 

 話は日本帝国海軍の艦艇より遥か西、カシュガルの地下深くへと戻る。

 佐渡ヶ島ハイヴの沖合と似たような光景は、世界各地に存在するハイヴの眼前でも繰り広げられていた。

 世界中の最前線に急遽派遣された艦隊や陸上部隊、そしてそれらを構成する兵士たちの役割はとっくのとうに決められていたのだ。

 全ては『保険』である。各国の上層部はそれを了承して、彼らを任につかせていた。

 もし土壇場での裏切りがあれば即座にBETAへと突きつけられる刃としての役割を期待してのことだ。

 当然のごとく、反対意見は無数にあった。

 代表的なもので言えば、BETAが何らかの新型兵器の使用に踏み切れば各国の有力な部隊が一網打尽にされかねない、という物だった。

 確かにそれはあり得る未来の一つでもあった。実際そうなれば人類は敗走への坂道を転がり落ちていくだろう。

 かといって配備しないというわけにもいかない。

 前線に存在するハイヴから無傷のBETA群が大量に進出すれば、それこそハイヴに面している国家は破滅する。

 日本、ソ連、あるいはEUや東南アジア諸国が崩れれば、あとはなし崩し的に人類が滅びることは目に見えていた。

 そういった理由から彼らは招集され、彼らは睨み合いを続けていたのだ。

 

 そうして、ついに交渉の日と相成った。

 契約はカシュガルの荒野に記され、ついには人類側の代表たちの前で履行を待つのみとなる。

 

「そう、これが貴方がた人類への最初の贈り物となります」

 

 固唾を呑んで見守る者たちの視線の中で重脳級BETA、自らをあ号と呼称する奇怪な怪物が蛇のような触手を撓らせ謳った。

あ号の背後には交渉団が設置したモニターに映るありとあらゆる国の領土に突き立てられたハイヴの姿が躍っている。

 

 時を同じくして、それから起こる全ての事柄を安倍は生涯忘れることができなかった。

 ハイヴより遠く離れた海上でも感じられるほどに、凄まじい地響きとともに。


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