会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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会いましょう、カシュガルで。<1>

大日本帝国は、没落の道を辿らんとする国家であった。

人類同士が微笑ましくも殴りあえていた大戦から発生したレンドリース法による債務、

植民地が大戦の煽りを受け独立など、続くBETAによる侵攻がなくとも何れは没落していたと言われる大英帝国。

彼の国より海軍の血を分けてもらい、以前は同盟を組んでいた国と似たりよったりの運命を辿るのは歴史の皮肉であろうか。

大陸での手ひどい敗戦と、未だ凝り固まっている旧軍閥に、犬猿の仲を極める各軍。

そして本土侵攻と国内にハイヴ建設を許してしまうという負け続きの状況の中。

国連基地を誘致しアメリカと強力なパイプを持ち、国際派と知られるも度々独裁者と批判される真の愛国者、榊 是親総理大臣。

彼の要請の元、交渉団に参加していた日本人たちがいた。

 

榊総理は知っていたのだ。

これから先、例え日本がBETA戦争を生き残ったとしても、かつてのような栄光を取り戻せないということを。

工業力は疎開したとはいえ、本土侵攻を許し、あまつさえ国内にハイヴを抱えるようになってしまったこの現状。

だからこそ突如飛び込んできた和平交渉に全力を発するべく、工場群が疎開し関わりの深いアジア諸国へとアメリカと路線を同じくし、この交渉に向ける強力な支援を行った。

宇宙からの目を持っているのは何もアメリカだけではなかったのだ。

各国がバラバラに無駄足を踏みながらも、しかし互いに手を取り合うようにし、この時、各国はBETAの声のもとに皆同じ行動を開始していたのである。

もちろん頭の硬い者は疑いを持って動けず、タカ派はこれをチャンスだと考えオフレコで兵器の増産を行なう。

またハト派は到底、現実不可能と思われる理論を脳内で組み立てていた。

しかしそれでも家族、国、人類、ひいては世界を守ろうと各自に必死なだけなのだ。

 

そういった事情を裏に繰り広げながら、アメリカを除いて最も注目視された中での日本の参加であった。

その参加人数は、アメリカに次いで多い。

当然である。BETAが対人類の交渉に使った言語は、その始まりを除き全て日本語であったことも関係した。

また、この交渉にはアメリカからも知日派として活動していたものが幾人か参加している。

交渉に使われる日本語の文体などを当然のように分析した者たちが、この文章を書く者は”極めて”日本語ネイティブである可能性が高いと判断したためである。

そこにはある種の希望があった。

その相手──恐らく交渉に於いてBETA側の代表となるモノに人間的、もしくは民族的な要素が存在するなら、それに対し有効な人材をぶつける用意をアメリカは持ち合わせていたのだ。

未だ世界に残る最大にして、ほぼ無傷の覇権国家の余裕がそこにはあった。

何もかもが手探りな交渉の中で、対日本国外交のノウハウが使用できる”かもしれない”というのは、当時の米国にとって実に大きな希望だったのである。

 

そして一時は根も葉もない問い合わせの連絡ラッシュを行われ、研究に対する脅迫まで受けた香月夕呼は魔女の根城(横浜基地地下)で腐っていた。

本当に関係がなかったために国連横浜基地住まいの魔女はブチギレ、国連と米国を相手取り暴露合戦に及ばんとする一悶着も在った。

対し世論も、あの魔女がこんな回りくどく、効果的でないことをやるわけがないと落ち着いた。

彼女が交渉団に参加しようとする動きも在ったが、絶対に駄目だ、と言わんばかりに国連、アメリカ双方の協力者たちは必死に彼女を止めた。

この時、交渉団は志願制で、なおかつ片道である可能性が想定されていたのだ。

交渉が決裂し、沈黙が破られてしまった場合を考慮し、アメリカはマスドライバーを使って残存するG弾の大半を各ハイヴの上空に許可で待機させていたのだ。

これもまた諜報員たちの尊い犠牲のもとに取り付けられたものである。

そんな危なっかしい交渉に人類最高級の頭脳を向かわせてしまい、結果的にそれが失われてしまったら希望は潰えたも同然になってしまう、と。

その影で、G元素伝いに”ある人物の脳”が幸せな夢を見ながら死に向かおうとしている事に気づかなかったのは誤算ではあったものの、香月本人からすればいい迷惑であった。

だが後に彼女の理論の証明を、その迷惑の発端がしてくれたのだから骨折り損とならず、

長年のライフワークを超えた香月夕呼博士はある物を開発し、歴史の教科書に幾度も名前を刻む研究者となったのは、また別の話である。

 

 

巨人級。

俄にそう呼ばれ始めたBETAはその巨体を屈め、荒涼とした大地に膝を折り曲げた形で正座を行った。

見上げるしかないまっすぐと伸ばした背筋は三階建てのビルと並んでも負けないほどである。

新たな動きに交渉団はどよめいた。しかし、すぐに収まることになる。

 

「和平交渉団御一行、ご案内……?」

 

何名かの日本語訳者が巨人の胸部装甲にあたる部分に書かれた文字に、気がついた。

整然とした日本語であった、まるで機械を通したかのように正確に刻印が胸部にある。

その意味を伝えられた交渉団の面々は、一様に顔をしかめた。

コメディアンが場にそぐわないジョークを言って滑った様な空気が荒野に漂う。

しかし、そうであろうともハイヴへ続く行進は始まった。

懸かる地球の命運を操作する立場にいるのは”我々”とこの地下にいるであろう交渉主だけである、と考えていたために。

降下艇から降ろされた軍用トラックに分乗し、彼らは巨人と一緒に巨大なモニュメントの、その根本にある部分へと進んだ。

彼らの奇妙な旅路(ストレンジ・ジャーニー)はこの時点を持ってしても、未だ序盤でしかなかったのである。

 

彼らは目に飛び込んでくる畏景に圧巻されるばかりであった、それも仕方ない。

およそ人間が自らの視界に収めきれないという建造物はこの時、人類社会にも無数に存在していたが、

ソレがあまりにも規格外すぎた故に誰であろうと気圧されてしまったのだ。

俯瞰した場合、巨人級がまるで木の”うろ”に住む小人のように見えただろう。

衛星写真や予想図よりも、遥かな巨大な構造物の下へと彼らを載せたトラックは潜っていくように思えた。

実際そのとおりであり、本来ネジ曲がり、複雑な経路を作っているはずの地下茎構造物はまっすぐに舗装されていたのだ。

快適であるとは言えなかったが、田舎道よりはマシという程に。

彼らが来ることを配慮してか、本来暗闇に浸っているはずの地下茎構造物には点々と明かりが灯っていた。

そして巨大な扉の前にたどり着く。

きつく締められた扉は閉じきった二枚貝を連想させる、そんな堅牢さをもっているように思えた。

道はそこで途切れていたが、同じく地下茎を降りてきた巨人級が扉の前に立つ。

トラックに乗った彼ら、交渉団の人間たちは身構えた。BETAは、拳を握って腕を振り上げたのだ。

そして巨人級は――。

 

その扉にノックを行った、二回ほど。

 

応えるようにくぐもった音が響くと扉は開き、空間は広がっていく、交渉団は今度こそ唖然とするしかなかった。

その場には木々が生えている、鬱蒼とした森が広がっていた。

何処からか鳥の鳴き声と水のせせらぎすら聞こえていた。

硝子のような透明な物体に覆われた道(それでもトラックが通れるほどの大きさ)が突如現れた森の間を通り抜けている。

木々に目を凝らすと、そこには虫が樹液を求めてひしめき合い、蝶が花の蜜を求めて漂うのを蜘蛛が巣を張って待ち受けている。

その自然的猥雑さに紛れ込むように獣が雄叫びを上げ、道にいる侵入者たち(交渉団)を尻目に駆けていった。

今、ここに広がっているのは地球上の大半の土地で、数多く失われてしまった風景の一つだ。

交渉材料の一つとして『彼』が作り上げた、かつての地球の姿の再現である。

一種の幻覚物質を警戒した科学者の一人が先走ろうとしたが、映像にも森は鮮明に写っている。

全ては事実としてそこにあった。彼らは道なりに、その先へと進んでいく。

地下数百メートルにある、かつての自然を閉じ込めた箱庭の中を――。

 

 

彼らが第二の扉に辿り着くまでに、それほど時間はかからなかった。

大自然と無機質を区切るように作られた壁には、人類が創りだしたと思われるデザインの扉が不釣り合いに備えられている。

ノブには金具が使われており、一般家庭に在ってもおかしくない様相をオリジナルハイヴの地下に存在させていた。

もはや、そんなことに、交渉団は驚かなくなっていた――もちろん、この扉の向こう側の相手と対話するまでは。

扉の傍には規則正しく書かれた白線が、同数のトラックを止めるようにと主張している。

彼らは素直にトラックを降りて、ぞろぞろと扉の中に入っていく。

警戒するものもいたが、ここまで来てしまったら、という心理が働いていた。

先ほどとは違い、ただ広い空間が在った。言わばドーム状の天井が空を包む広間である。

周りを見渡していた彼らの視線を釘付けにしたのは、その中央にある物体であった。

台座には青白い物体が、その身をくねらせつつもこちらを真っ直ぐと見ている事に気がついたのだ。

その青白い物体と交渉団の間には、和風のテーブルと椅子があり、何とも奇妙な情景を描く。

何処からか声が、まるで拡声器を通ったように広間全体へと響いた。

 

「地球の皆さん、交渉団の皆さん、ご自由に着席をどうぞ

 私は皆さんがBETAと称する生物の一種であり、”この地球に存在する”全てのBETAを総括する者です

 重頭脳級”あ号”とお呼びください、ご足労いただき感謝いたします」

 

言葉が区切られると同時に、十数メートルに及ぶ巨体はその身を前方に傾け目線を下げた。

それが礼であると、何人かに理解されたのは幸いであった。

だが、この異星起源種とされる物が礼をしようとも横一列に並び席に座る十数人との間に広がっている精神的な溝は、マリアナのように底が見えない物だった。

三対の瞳、青き皮膚、それ以外を構築する全てが醜悪な蝋の塊ではないかと、礼を見つめた一人が思った。

今まで確認されていたBETAの何れにも合致しないその姿は、彼らに波乱を予想させるに値するものだ。

あまつさえ、それが言葉を発し、人間を丁重に迎え入れるというのだから。

誰も彼もが目を瞬かせ、食い入るようにそれを見つめ、翻訳された音声に耳を澄ませた。

 

「再三に渡り書きましたが、単刀直入に申し上げます

 この会談の目的は、 "地球BETA"と”人類”の和平にあります」

 

会場となっている地下広間に手際よく据え付けられたカメラを通じ、その姿と言葉は各国の中枢にも届けられる。

あ号の強い要請に答えたアメリカ政府が、力強い要請と非合法を尽くし構築した。

すべての国に現実を見せつけるための映像であった。

画面の向こうの人間たちが抱く感情はさまざまである。

憎しみに表情筋を歪めて、胸中でありとあらゆる呪詛を吐く者は多かった。

全人類が被った被害は、計り知れないほどの傷を地球上に残していた。

BETAとの接触が、この世界の全てを変えてしまうには十分以上の出血と惨劇を引き起こしていたのだ。

それが何をいまさら、なぜもっと早く出来なかったのだと、涙を流すものもいる。

だが国家を導く者達は、その先の言葉を想像する。

これから始まる一言一句が、自国、ひいては地球の命運を左右するものだと知っているために。

 

「また質問に関しては――」

 

一方的と言っていい会話が続く、予めソレらは文章として公開されていたことではあったが、

やはり人語を解しあまつさえスラスラと会話を始めようとする物体に彼らは固唾を呑んで次なる衝撃に備えるしかない。

交渉は、そんな”今”をもって始まろうとしていた。

 

 


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