会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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そして冷水を、地球へと

『彼ら』を待っていたのは、レーザーによる歓迎ではなかった。

大気圏の厚い層を突き降り、まず初めに彼らの視界に映ったのはハイヴの地表構造物、モニュメントである。

BETAはこの天に伸びるバベルの成り損ないで、追跡不能な深宇宙の何処ぞへと地球の資源を送り出していることを知られている。

そしてH1、オリジナルハイヴの全容が肉眼で確認されるにしたがってどよめきはいよいよ大きくなる。

地球に降り立ったBETAが、初めて作り上げた巣はその初期の何倍以上にも地下深くまで広がっているだろう。

地球上における全ての悪夢の源であり、誰もがコレを破壊することができなかった。

当時、強大な軍事力を誇り米国と対立状態にあったソビエト連邦、そして中国ですらも。

イデオロギーでタッグを組んだ二国は、最初は航空優勢の元、事態を有利に進行させていた

しかし人類は、光線属腫という航空機に対する天敵の出現によって瞬く間に劣勢に傾けられた天秤を未だに治すことはできていない。

そんなBETAたちが吐き出される巨大な地下茎構造を、宗教者は地獄へと繋がっていると言って憚らなかった。

そして、そこから本来、航空機や砲弾などに照射されるであろうレーザーによる迎撃はない。

いっそ照射してくれて蒸発さえしてしまえば、こんな難しい事などなかったかも知れないと不謹慎に思うものがいないわけでもなかった。

聳え立ったモニュメントから脇に目を移すと地表に並ぶ幾つもの文字が見えたことだろう。

それらは総て人類の言葉であり、紛れも無く意味があった。

全ての始まりとなったHello Worldなどという文字とともに、交渉に使用された痕跡がカシュガルの大地に広がっていた

”沈黙”の前であるならたちの悪い冗談みたいな状況だと、誰かが言った。

どんなSFだって、こんな支離滅裂で馬鹿げた展開の物は出版できないだろうと。

人類側が総力を賭けてBETAとの会話を行おうとした計画を知っているものは、そうして皆一様に表情を曇らせた。

オルタネイティヴ計画。あの時、BETAが答えていなかった理由が、どうしてもわからないのだ。

それができていれば今回のような和平なんぞ、最初から意味なく終わっていた話題であったはずなのに――。

この種族による絶滅戦争がなければ、人類の大半は未だに地球の支配者たる繁栄を行っているのかも知れなかった。

彼らの空想やシミュレーションに浸る時間は、そうして終へと近づいていく。

高度を下げるにつれBETAが均したと言われる滑走路が、過食の荒野に一筋の道を描いているのが見えてきていた。

誘導灯はなかった、光線級ならぬ照明級を置かれるよりマシと米政府が判断したためである。

降下艇は滑走路にその身を預け、そこまですることのない地上への着陸を行う。

ガクガクとした振動は在ったが、元は強襲降下用に設計された降下艇である。

この程度のことは機体の耐久性が抑えこみ、万全の状態で降り立った。

パイロットもこの時、信じられないといった気持ちで汗を拭ったのだ。

 

ありえない状況だった、いや今に至る全てが異常だと、誰もが思った

レーザーによる迎撃は行われず、無事に機体は73年以来、前人未到のカシュガルへ『彼ら』は降り立ったのである。

 

「神よ……」

 

誰かが呟いた、誰もがそう喚いてもおかしくなかった、

神だろうと仏だろうとアッラーだろうと、彼らは自ら信じる超常的な対象に語りかけたかった

これは現実なのか、幻なのか。

今見えている現実は大気圏途中に迎撃を受け霧散した、自分の脳細胞が創りだした幻覚ではないのかと

だが時は1秒ずつ進み、理解は深まっていく。紛れも無くこれらは現実であり今起こっているのだ

彼らは皆聡明であったし、優秀であったからこそここに居るのだ。

今や教育を万民に授けられる世界は何処にもない中で、育ったインテリジェンス・エリートたちは己の責務を果たそうとしていた。

 

その時、誰かが窓の外を指す、共に地響きが機体を揺らした。

最も信じがたい現実というものが闊歩するのだから、その驚愕というのも計り知れない。

心臓の鼓動が途切れるようなリズムで、巨大な何者かが迫ってくるように感じられただろう。

戦術機の歩行音を思い出したものもいる。

窓の外から迫ってくる。それは巨大な人型だった。

18mほどもある巨人、そのシルエットは戦術機とは全く異なっていた。

現在存在している国で使われているどの戦術機でもない異形。言うなれば第三世代機のように人間に近い形状を持っている。

ジャンプユニットは当然のごとくオミットされ、各国戦術機に通ずるところは一つもない。

どことなく有機的な5本指の手足に、突撃級の前面を思いださせるような装甲が胸に当たる部分に貼り付けられていた。

目はない、口もない、鋭角なシルエットだけで構成された頭部のデザインは何処かにセンスの匂いが漂っている。

騎士甲冑を連想させるような頭を、平行に保ちながら進みゆく巨体は目線をくぎ付けにするだけの現実を伴っていた。

呼ぶならば巨人級、監視部隊の非公式名称はタイタンであった。

ヒトでありながら人ではないもの。

沈黙の日以降、カシュガル周辺で観測されていた名称未定の人型BETA。それが艇に向かってくるのだった。

パニックになることはない、それが来るのは予定に組み込まれていたのだ

片時も、彼らは目を離すことができなかった。一体だけであったが途方も無い圧迫感がある

雲霞のごとく押し寄せるBETAの群れよりも、それは恐ろしく、そして一種の神々しさすらあった。

神話に登場する巨人たちの末裔である様な姿を見て、そのとき彼らは改めて思った。

自らの目で、どこかで何かが取り返しの付かないほどに変質していたことがハッキリとわかってしまった。

一方、艇に急造で拵えられた貨物デッキでは作業が進められている。

自由の名の元に、戦時管制下での可能な限り自由な報道を行う政府の子飼い記者たちがカメラの維持を行っていたのだった。

志願制ではあったが、それに志願した人数は要請を行った人数より多かったという、政府としてはゾッとしない話の元、集められた選り抜きの者たちだ。

そして、そこに備えられたカメラと通信施設は刻一刻と迫る新型BETAの偉容を移し世界各国へと配信していた。

それらは全て、交渉によってBETA側の要望をアメリカ側が通したことが原因だった。

この会談の日までに、地球上に残る全国家へとこの情報を伝えるべしと。

ある種の丸投げに近い、場への混乱は全く考慮されてないという、はた迷惑な手法であった。

大統領と幾らかの者達はソレを容認した。

もし要求が通らないとわかった、言葉を解するBETAが人類に対する戦術行動を取り始めた時、

彼らはG弾の集中投下をためらわないだろう。

そんなことをしてしまえばせっかく向こうから申し出てきた和平交渉が全て無駄となってしまう。

幾らかの打算と国益が在るとはいえ、この時、米大統領とその他議員たちは最良の行動を行った。

 

もちろんアメリカが誇る世界中に広がった諜報網は、合衆国への忠誠と誓いの元、この任へと442連隊よろしく当たって砕ける。

彼らアメリカ人は自由と正義への道を切り開くためだったら自他国のために血を流すことを厭わないのだ。

そして、諜報網は死に体寸前の状態で、各国政府へとゴリ押しをすすめたのだ。

近くはまず米国国内に在る亡命政府群である。次に最も近く、そして信頼の置けないソビエト・アラスカ。

太平洋を挟んで今は利害の一致する上では、かけがえのないパートナーと”なってしまった”日本帝国。

その他、政情も安定しない後方国家群へと。

この件が終わったら、ある組織の長を務めるものは権力を投げ捨ててでも席から降りたいと漏らすようになっていた。

幸いなことに、この諜報戦と言うのも愚かな工作は、一定以上の戦果と微量な出血を齎した。

出血というのは胃袋に穴が空き病院送りとなった(もしくはその他ストレス障害)本国勤めや他国に筋をもつエリートたちのことである。

彼らには後に勲章が授けられることとなった、平和の礎となった者達に感謝しない国家は存在しないのである。

さて、こうなったからにはちゃんと責任をとれとでも言うように、組織に属する何名かの者もこの映像を見ていた。

 

一方、ロビー活動を続ける企業家や今も兵器を生産し続け繁栄の時を謳歌している軍需産業も例外なく付き合わされる。

この問題は、国だけに留められる物ではなかったのだ。

今やビッグパワーを持つことになった企業家たちは、この問題を乗り越え、もしくは利用しようと噛ましに来たのである。

戦乱の中、成り上がってきた者達はこの期に及んでしぶとく生き汚い。予想できない流れではなかった。

この新たな劇薬の波に、商人としてのアメリカンスピリットが疼いていたのは当然であろう。

予想を立てていたとしても、やはりこうして場は混沌を極めるしかなかったのは急場の連続によって政府機能が低下したためだった。

それらを通した、通さないの激闘の後、大統領その他、数名の者たちが窶れた様子で、希望という胃薬を呑みながら円卓を囲み、この映像を眺めていたのは言うまでもない。

もしここでBETAたちが攻撃を仕掛けてくるのならと――息を飲んでいたタカ派の者も偉容には呆然と見るしか無い。

常駐戦場待機状態であったアメリカ各軍はこの日に合わせて、ドゥームズデイやアルマゲドンの始まりに怯えていたがついぞ出番がやってくることがなかった。

G弾は軌道上にあげられるだけで済んでいたのが、地球にとって一番うれしいことなのかも知れなかった。

もちろん、それら一部始終の目を担うべき、宇宙軍は例外であったけれども。

 

 

地表に降り立った『彼ら』は、和平交渉団であった。その構成は多種多様である。

世界各国の、手や足や指となりうる人材たちが長いテストの末、送り込まれたのである。

武器の持ち込みはもちろん禁止されている。

それにはBETAも同じく武装はないといった旨の条件の提示が為されていた。

巨体で人間を殺せるではないか、その映像を見ても冷静な精神を保って心中でツッコミを入れる者達もいたが、

これから行われるであろう、笑う気にもなれない愚者の和平交渉に対して自らの平静を保てるかわからないと不安を感じ始めていた。


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