会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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あらひと

その場にいた人々の最終目的は、事前に決められた内容の再確認にすぎなかった。

現時点で全地球BETAの代表者にして窓口を名乗るあ号は、人類に対して再三に渡って宣告していた。

 

『我々がここに集まる目的は、戦争を終わらせることである』と。

 

あ号が取った手段は苛烈かつ、象徴的だった。

地球上におけるありとあらゆる国家に面したハイヴを、自らの合図で倒壊させるというものだ。

この行為については当然、ハイヴ倒壊が発生する国家に対して事前通告が米国を通じて成されていた。

前線の沈黙をBETA側の交渉者が引き起こしているという事実があればこそ、この時の人類は戦闘行動を控えていたのだから。

もし全世界規模でBETAが活動を再開したと観測されてしまえば、人類側もあ号側も全ての計算がご破産になる可能性が生まれるのを認識していた。

互いに実弾を装填した銃を向けあっているのだ、鳥が鳴いてでも、唐草が舞っても撃ちかねない。

この時、互いの利害は一致していた。

 

あ号側は、自らが突然背負い込んでしまったありとあらゆるカルマの精算を行って、今は存在しない両肩を軽くしたかった。

人類側は概ねの総意として、自らの種の存続を賭けたこの余りにも長い戦いにいい加減耐えきれなくなっていたためだった。でなければ他の惑星に移住し、地球に最後っ屁とばかりに極大のG弾をぶっ放す計画が存在するわけがない。

故に合意は成り立った、こうしてあ号による前線ハイヴの自主倒壊が始まったわけである。

通知されていた全てのハイヴが倒壊する様をじっくりと見せられた交渉団は一様に言葉を失ったかに見えた。

もし、それらを正攻法で破壊するとなれば、どれだけの人命と時間を代償として支払わなければいけなかったかを考えて。

それが口約束の末に、恐ろしくあっさりと破壊されてしまったのだ。

だが立ち直りの早いものも当然いる、外交官はタフで無いといけないのだから当然だ。

たとえ祖国の国旗が目の前で踏みにじられたとしても、国益を優先して相手を阿るものだ。

それが宇宙人相手であろうとも変わりない、地球の命運はある意味彼らも握っていた。

 

「武器を手に持ったまま、交渉はできないと私は考えております」

「同意いたします、Mrあ号」

 

あ号の言葉に寄り添うような発言をしたのは、この地の頭上にG弾を何時でも発射できる態勢を維持している国の大使であった。

手に持っているのではなく頭上に突きつけているのだから矛盾はしない。

無論、彼はその事を知っている上で発言している、舌はかつての宗主国のようにいくらあっても良いものだし、交渉が決裂に至った際は主を裏切ることになり、分厚い本のお約束による復活ができようもない事を踏まえても、彼は潔く散るつもりだった。

 

「ですが例えみなさんが何らかの手段を用意していたとしても、私はそれを非難する事はできません、この場合BETAというものは地球に忍び込んだ強盗のようなものなのですから、自衛権は当然皆様にあります、それに従って私は劣化ウランで蜂の巣にされても仕方がない」

 

会談の場に、ピリついた緊張が走った。

この場にいる各々も、アメリカの究極的最終手段については知らされていたからだ。

ある意味で、これはあ号なりの場を和ませようとした自虐ジョークであったが米国大使の背中には冷や汗が伝った。

内心で毒づく。

 

(やはりコイツは人類や社会そのものに詳しすぎる、本当にBETAなのか)

 

どうもこのBETAの代表者というものは、人類側の情報もかなり正確な度合いで掴んでいると判明したのは事前交渉の時からだった。

カシュガルの荒野で展開された史上初の異星人文通であったが、内容はすべて日本語で行われた事も知っていた。彼もそれらを読んでいた。

沈黙とその発見から作られた国防総省内C案件研究室では日夜その文章の分析、執筆した存在の心理状態の推察が行われていたが、どれも驚くべき結果が報告されていた。

異星人との総力を上げた戦争中であろうとも文章というコミュニケーション手段に対する研究は進められていたが、異星人とも戦っている中でも、人類同士での諍いが起こりうる限り、そういったアプローチをする研究は無駄とは見なされなかった(無論、人材や余裕があるアメリカであるから出来たことではあるが)

その結果産まれたプロファイリングによれば、この文章を書いたのは日本帝国人の武家ではない裕福な階級の庶子の可能性が高いということだった。

おおよそ戦いや義務を果たしたことのない子供とも、それは言いかえられる。

誰も馬鹿げたものだと否定できなかった、今まで地球人を殺してきた異星人がいきなり和平を持ち込んできたのだったから最初から狂っている。

ずっと前からおとぎばなしと現実の境界は揺らぎを見せ始め、じわじわと現実が腐りだしていたのだ。

 

大使は太平洋の防波堤の哀れな住人たちとの付き合いがあったが、その結果に対してはどうしても違和感を拭いきれなかった。

確かに概ねはそれを認めたくなるような物であったが、同時に何かが致命的にズレているという感覚も味わっていた。

でなければあ号はCIAの行っていた幾つかの諜報作戦を潰す様な意味深なリークを行っていないだろう。

あまりにも大々的にそれは行われてしまったために、米国諜報機関は後手後手に回らざる負えず、一部では幹部の更迭すら起こった。

本来であれば暗黙の了解のもとに行われていた濡れ仕事が、あろうことか大地に巨大な文字を刻み、宇宙から誰でも見ることができるようになってしまったからだ。

公文書の情報公開どころではない。

様々な国と外交問題にすら発展しかけたが、大幅な譲歩や交渉が為され何とか収まっている。

それ故に、この激変の中で抱き続けていた疑問は大きく膨れ上がっていた。

 

奴は、何だ? 

 

大使が、あるいはこの場にいるものがその様に考え頭を悩ませている内に、別のものが手を挙げる。

日本交渉団に参加していた一人の老人であった。

普段は穏やかな表情を浮かべているであろう表情筋は、自身が抱える感情に耐えきれないのかその動きを止めていた。

帝都大学に籍を置く碩学と名高い教授である、民間側のオブザーバーとしての参加であったが発言権自体は存在していた。

この交渉では、通常の外交交渉に存在する理のようなものが存在していなかった。

そもそも異星人との講和会談自体、どの様な人類にとっても初であったために通常の外交交渉のルールは適用されず、むしろ現在進行形で作られていると言ったほうが良い有様だ。

あ号とのすり合わせによってそのようなことが起こっていた。あ号がそれを望んだという面も存在する。

実際の所、様々な立場の色々な国の人間がこの場に集まることが、自らの目的と合致するとして選んでいた。

あ号は、小柄であった老人の言葉に対してその身を振るような仕草をした。

どうぞと促していると理解できたものは少数だった、人々にはこの小柄な老人が怪物に立ち向かう勇者のようにも見えている。

広々としたホールで、教授の表情と同じく平坦な声が響く。

 

「ありがとうございます、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」

「はい」

 

静かながらも凛と通る、学生たちに言って聞かせているであろうソレにあ号は頷いた。

 

「何故……何故、今だったのでしょうか?」

 

疑問は、余りにも重い思念によって絞り出されたものだった。

言外にそれは責めているとも取られかねないものではあったが、発言にそれを思わせるような含みはない。

純粋な疑問だった、なぜ、今なのか。

今、このBETAが戦争を止めるというのなら、何処かでそうすべきポイントが有ったのではないかと老人は言う。

歴史と破壊に埋もれた火星、月、カシュガル、カナダ、ユーラシア全域、東南アジア、横浜の戦いで。

地球を蹂躙し尽くし、人類という種全体を絞め殺そうとしていた矢先に戦争を止めると吹聴する異星人が何故、今から和平を望むのか。

人々はこの異星人の直接の言葉を欲していた。

 

「それが、私に出来る最善かつ最速の策であったからです」

 

まもなくして、あ号はスラスラと語りだした。

先程と同じくいささかの波も立てない穏やかな口調で。

 

「私が目覚めた時、状況は壊滅的でした、すでに地球の半分を呑み込んだエイリアンの親玉としてここに居たのです」

 

いかなる感情が動いているのか、触手を揺らめかせながら言う。

幾人かのものが、この時のあ号の言動に違和感を抱き始めた。

 

「貴方がたがBETAと呼称している地球上の群体は瞬時に私の掌握下となり、すぐにあらゆる戦闘行為を停止させました、死人が発生するのを防ぐための処置として」

 

白けた雰囲気が漂った、当然である。

人類の総死者数は天文学的に通じる数字にまで膨れ上がっている現状で、この化け物は人命を尊重するようなことを言い放った。

最速であるといいながらも何もかもが致命的に遅く、矛盾している。

あ号はその雰囲気を感じ取ったのか触手を収め、侮蔑、軽蔑、怒り、悲しみに満ちた人びとを見渡す。

その虚無のような青色を湛えた瞳が、何かに震えた。

 

「私がBETA全体のコントロール権を握ったから、というだけです、あまりに遅きに失すると批判されるでしょうが、私自身もそう思っています、これは遅すぎた」

「……早めることは出来なかったのでしょうか」

「出来なかったでしょうね、あの時までの私は、私ではありませんでしたから」

「それは……」

 

どういう意味でしょうか?という言葉が続くのを誰もが思い浮かべ、呑み込んだ。

ゆっくりと天を仰ぐ様な仕草を、あ号はホールの中央で見せたからだ。

違和感の籠もった人びとの視線が、ただ中央に位置するあ号の一点に穴が開くほどに集中する。

あ号の言葉は何処までも平坦な抑揚で、彼らの耳に届くことになった。

 

 

 

「ある時、このあ号と呼称するBETAの中に一つの意識が芽生えました、それは一人の人間としての意識です、以来私は人間として最低限の為すべきことを為そうと考えました、それがこの和平交渉となります、つまるところ、私は並行宇宙の人間の記憶を持った、ただの作業機械なのです」

 

 

 

今度こそ現実が崩れ落ちたかのように、ホール内の時間が止まった。

誰かの持っていた鉛筆が音を立て、2つになって転がった事を除いて。

 

 

 

 

 


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