会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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こんにちは、新世界

「すこしまってくださいな」

 

彼女に、そう言ってから思い出す。

これはログの再生とも言える。

こうなってから色々わかったが、抱いていた感情すらも記録を参照することによって、正確に過去の自分をエミュレートできるのだから面白い。

まるで伊藤計劃のハーモニーみたいだった。

この体は人間の感情というものもきっとデータ扱いしてんだな、うん。

今じゃ便利でいいねと思うが、わりかし人間の魂を蔑ろにしてる行為で昔は好きじゃなかった。

まあ、端的に言えば慣れたのだ。

全世界で生きているものは”良くない”ことに結構居た。

本来であれば、この確認はかなり気の滅入る作業だったのだろうな。

ゲロ吐きまくってたかもしれん、感情の振れ幅が冷めていて助かった。

円形の筒に収められた人だったもの、そこにはいくつかの維持装置があるだけで精神がおかしくなるのは当然といえた。

体温と言う物が発生しえないはずの体であっても、どこか寒々としたものを感じてしまった

まるで実験室の白いネズミを見るような、どちらかと言えばこれは棚に詰められたホルマリン漬けか

まさしくそのものなのだろう、この体のかつての主にとっては

これらは多少特徴的な鉱石標本みたいにでも捉えていたのかもしれない

本編だとどうだったかな、パンチ力が強いヒロインの末路を思い出そうとする。

何だか駄目みたいだ、ああ、もう色々と思い出せない。

きっと、どりるみるきぃぱんちでもされれば頭も晴れるだろうに……。

俺の知識というのはすっかり錆びついている、残ってるのはくだらない知識ばかり。

歯もないのに歯がゆいとは、まったく笑えもしない。

俺は、何をすべきなんだろうな。

物言わぬ下僕たち、愛すべきかわからない作業機械たちは何も答えちゃくれない。

全て一人で決めろ

そう言われたかのような気持ちが、俺を際限なく駆り立てる。

何かやらなければ、きっと俺は気が狂う。

いや、もう狂ってるかもしれないが何かやってれば気が紛れるはずだ。

 

沸騰する感情に呼応したのか、うにょうにょと触手が蠢いて視線を横切った。

 

うおっ!相変わらずキメェな!

 

まあこれが今は俺の体だけど、おかげで少し冷静になった。

 

まず真っ先に死のうとは当然思った。

何もかも投げ出しちまえばそりゃとても楽なことだからだ。

しかし、そうしたらどうなるのだろう。

それを考えるとないはずの頭が重くなった。

命令を失った連中が暴走しだしたら?

自らの中にある、心地よいものがその考えに反旗を翻しているように思えた

それをしたら確かに楽ではある、魅力的だ、投げ出しちゃえと心の中の悪魔は言っていた。

だが偵察情報は、それを覚ますぐらい苦い現実を叩きつけてくる

この世界で今日も人々は、戦いながら確かに生きている

戦術機に乗ったり、戦車に乗ったり、砲を撃ってたりしていた。

後方に浸透させた奴らからの情報は人々の営みが未だ続いていることを見せた。

帝都がキラキラしていた、あれが首都なんだなと世界の相違に悲しくもなった。

それらは俺の選択次第で、すべて灰燼に帰すこともできなくはない。

 

アホか?

 

頭に浮かぶ空恐ろしい考えを即座に否定する

俺は、虐殺者になるつもりはない

だからといって聖人になるつもりもない

じゃあどうするんだと言うのなら、全部を軟着陸させるだけだ。

きっと俺に出来る方法はそれだけ。

誰もが幸せになる”あいとゆうきのおとぎばなし”などないのだ。

なんならこの俺がいる時点で、ハッピーエンドなんぞどこにもない。

どうやったって不幸な登場人?物がここにいるんだから。

ずっと悲劇の物体として酔っていたいが、そうは問屋は卸さない。

俺がSTOPを掛けなければ人は無駄に死ぬことになる、それは嫌だと思った。

 

だから状況把握のためにも真っ先に作業機械共に作業の停止を伝達。

これがファースト・トップ・オーダーだった。

全世界トップシェアを誇る大企業BETA鉱業はこうして完全に操業停止。

作業機械が謎の現象で大量破損してるからね、仕方ないね。

つづけて無期限の休止のオーダー。

作業機械たちはそれぞれの基地に帰って、そこで無期限休眠状態にはいる。

作業基地が幾つか大変なことになってるからね、仕方ないね。

そして宇宙のどこかにある謎座標への打ち上げの停止。

操業停止で物資がないからね、仕方ないね。

 

体を支配する作業してぇという衝動に、こういう適当なでっちあげで対処できるのだ。

何というガバプログラム、宇宙it土方の悲哀を感じますね。

 

なんだか同年代より先に、自分がきたない大人になってしまった気がした。

 

まあ、ひとまずはこうして、俺は当面の時間を稼いだ。

人類だっていきなりBETAが出てくるのをやめたからいきなりハイヴ攻略の時間だああああ!なんてならんやろという考えもある。

全く、全く、なんで俺が人類のことをこんなにも考えないといけないのだろうとぐるぐると思考が堂々巡りした。

別に人類愛に目覚めたわけじゃないし、どっちかというと俺は人類が嫌いだった。

置いてきてしまった、父さんに母さんに飼い犬のボンら家族は愛していたけれども、それはそれだ。

もしかしたら……もしかしたならば、神様って奴が俺みたいな人間嫌いなやつを懲らしめるためにこんな体にしたかもしれないな。

恥を知りなさいッ!人間嫌いなどとはッ!!BETAになって心をまっすぐにして来るのですねッ!みたいな、だとしたら火の鳥よりもヒデェ神様だ。

不意に昔の人々が突然の不幸や天災を神様のせいにしてた時も、こうだったのかもと思うと笑えてきた。

こんな場所で信仰に目覚めたら、それはきっとすごく皮肉的だな。

場所はカシュガル、人類がオリジナルハイヴと呼ぶ宇宙人の巣の下でなんて。

教会だって立てられない、おまけになんと冒涜的な場所なのだろうか。

きっと信仰できるのは頭がタコの邪神ぐらいだろうな。

笑うという人間らしい行為を一頻りした後、俺はわざわざハイブの内壁に書いた言葉を見る。

タケミーを貫けるぐらい強い触手なのだからハイヴ内壁に傷をつけるぐらい簡単だった。

重脳級にこの機能いる?と思わなくもないが、ログを漁った感じ、ハイヴ展開初期にはコイツも頑張ったらしい。世知辛いな宇宙規模の単身赴任じゃん。

 

……思考が脱線したので、言葉に集中する事にした。

たまにこういう事がある、考えがあっちこっちにいくのだ。

推奨環境を逸脱したヒューマンなソフトウェアをぶっこんでるからだろうな。

とりあえず毎日頭がおかしくなりそうになると、この言葉を見つめて落ち着く。

現状何とかなってる。だけど、はやくはやくはやく人と話したい。

 

『我思う故に我あり』

 

そんな言葉が刻まれている。

元は何だっけ、哲学の言葉だったかな、いい言葉だよね。

日本語を忘れてしまわないためにも書いたんだった。

後なんかカッコいいし救われる気がしたからだ。

とりあえず俺は決意を新たにして、その下にあった言葉を見た。

 

『オルタネイティヴ Ⅵ』

 

それは俺の考えた、拙い計画だった。突貫もいい所だ。

これが実行されれば、空前絶後とんでもない原作レイプになるなと思う。

だがこの世界の人類は無駄に人を死ぬよりは歓迎してくれるはずだったから原作和姦だ。

今だって口があるんだったら叫びたいし、足があるんだったらそこらを跳ね回って頭を打ち付けて死にたいがそうはいかない

とりあえず、とりあえずだ。

死ぬとか生きるとか考える前に、俺はこれを実行してから自由になるんだ。

そうすりゃきっと自分自身に赦される、そんな気がしていた。

何とか全てを軟着陸させる、この世界のくだらない人死を幾つか減らして、せめて気持ちよく眠りにつくためにも。

 

刻まれた文字に、俺は誓う。

 

絶対に、この『オルタネイティヴⅥ』を成功させてやる……!!




ほぼ五年ぶりの伏線回収

11月24日2230更新予定

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