【完結】大人のための艦隊これくしょん    作:モルトキ

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メインヒロイン登場です。どうか、艦娘たちと提督たちが歩む未来を見守ってあげてください。

※艦娘の性格等、独自解釈があります。ご注意ください。




ついに艦娘を持てることになった渋谷少佐。ところが担当することになった艦娘は、彼の予想を大きく裏切ることになる。


第五話 ラバウルの新提督

 

 

 

 ニューブリテン島は、かつて独逸帝国の植民地だったが、第一次大戦でドイツが敗北して以来、オーストラリアにより委任統治されていた。取り残されていたオーストラリア系住民とは早々に和睦を結び、少なくとも陸地に脅威は無くなった。軍部はラバウルに大規模な泊地を建設した。ゆくゆくはトラック泊地に停泊中の連合艦隊旗艦・大和率いる大艦隊を迎え入れ、ニューギニア侵攻が行われると専らの噂だった。

 渋谷は、ラバウル港の外れにある艦娘宿舎に赴いていた。かつてオーストラリアの一部だったニューブリテン準州が建設した木造校舎。それを接収したのだ。渋谷はその建物をラバウル鎮守府と名付けた。これで渋谷も艦娘を率いる提督として一国一城の主となったわけだが、その足取りは重かった。なにせ、前線に出来ている艦娘は、ほぼ全員がラバウルの中心部にある泊地司令部に居住しているからである。なぜ自分の艦娘だけが、このような寂れた地に追いやられているのか、理解に苦しむとともに憤りも覚えた。

 しかし、すぐに渋谷は思い知ることになる。普通ならばありえない辞令がくだった理由を。

 時刻は正午。担当する艦娘とは、教室を改造した作戦会議室で待ち合わせのはずだった。しかし、待てど暮らせど彼女は現れない。時計の針が二時を回った頃、業を煮やした渋谷は、自らの足で校舎内を捜しまわった。

 彼女を見つけたのは、さらに一時間が経過してからだった。

 校舎の外、太平洋を一望できる丘の上で、彼女は眠っていた。柔らかな下草に背中をゆだね、潮風に包まれた髪がたゆたう。人目見ただけで、彼女が人間ではないことを理解する。衣服の独特なデザインもそうだが、なにより彼女は奔放だった。仮にも上官との顔合わせを放り出し、まだ脅威の渦巻く海を目前にして堂々と昼寝など、ふつうの人間には不可能だ。

 その奔放さが、彼女を艦娘たらしめていた。

「起きろ」

 軽く肩を揺する。細くて柔らかい茶髪が指をくすぐる。娘は不機嫌そうに唸り声をあげ、鷹揚に上半身を起こした。

「んだよ、誰だ、あんた?」

 眠たげに目を擦りながら娘は言った。

「俺は渋谷礼輔少佐だ。きみの教育を担当することになった」

 渋谷が名乗ると、娘は不機嫌そうにこちらを見つめた。そして、ふと顔を歪ませると小馬鹿にしたような、それでいて自嘲ともつかない複雑な笑みを浮かべる。

「あたしは摩耶ってんだ。ま、短い間だろうけどよろしくな、提督」

 犬歯を剥き出しにして横柄に笑う。『短い間』という言葉に、侮蔑と失望と諦観が垣間見えていた。恫喝のなかに悲しみが滲む、渋谷が未だかつて見たことのない笑い方だった。

 重巡洋艦・摩耶。一介の少佐が、いきなり重巡クラスの指揮をとる。ありえない幸運だ、と最初は思った。しかし今は納得していた。彼女は相当の難物だ。一六、七歳くらいに見える娘を前に、渋谷は早くも気持ちが押し負けていた。

 

 問題児。

 摩耶を一言で表すなら、これほど型に嵌る言葉はないだろう。摩耶の教育を始めて一週間で、憔悴した渋谷は思った。なにせ言うことを聞かない。戦術については講義を受ければ理解は早いくせに、机に伏せって寝ているか、ひどいときには校舎外に脱走した。少女の外見をした相手を殴るのも忍びなく、提督として言うことを聞かせる術を持たないまま時間が過ぎていった。

「そういえば、おまえの艦体を見ないのだが、どこにある?」

 戦史の講義を諦めて放り出し、摩耶の隣に座って雑談する。さいわい、ここには食事や清掃担当の雇われ職員しかいない。上官も週一程度しか足を運んでこないので気が楽ではあった。

「ラバウルの港にあるよ。あたしが離れたら動かせないからな」

 忌々しげに摩耶は答える。顕体は、一定以上艦から離れると艦を操れなくなる。およそ五〇メートルで火器管制が効かなくなり、八〇メートルで操舵不能。一〇〇も離れたら機関が停止する。摩耶は自分の艦体と物理的な距離を取らされることで、いわば無力化されたことになる。

 彼女はかつて、パラオにて軽空母「龍驤」「千歳」「瑞鳳」を中心とした第一一航空艦隊に所属していた。しかし演習中に指揮官ともめ、乗艦していた大佐を殴り倒し、甲板から海へ投げ捨てるという事件が発生。それ以来、前線の泊地を転々とするものの、やはり自らに乗艦する指揮官と馴染めず、懲罰房行きのごとく、この地に押し込められた。とはいえ、重巡一隻は貴重な戦力である。なんとか彼女を更生させようと、艦娘顕現について深い因果を持つ渋谷をあてがったのだ。

「嫌な野郎だったんだよ」

 摩耶は当時の状況を語る。

「あたしが話かけても、まともに取り合おうとしないんだぜ。このあたし自身も兵器と同じ扱いなんだ。人間に使われる機械。『演習方針に口を出すな』って、そればっかでさ。いい加減ムカついたからぶん殴ってやった」

 摩耶は言った。もし普通の軍人ならば懲戒処分ものの言い草だった。しかし、乱暴ながら摩耶の言葉には無視してはならない何かを渋谷は感じていた。講義を行うのは摩耶の気が向いたときのみに留めた。もともと好奇心旺盛な娘なので、海戦戦術の講義には積極的に参加し、ふたりで兵棋演習を行うまでになった。そのほかの時間は、ひらすら会話や外出にあてた。勤務時間中に艦娘をともなっての外出は指揮権の濫用であり処罰の対象だったが、摩耶の艦体を押さえたことで油断しているのか見張りが少ないのをいいことに、一般市民に変装してラバウルの街まで繰り出したりもした。そういう時間、渋谷はひたすら摩耶と会話した。言葉を交わすごとに、彼女が半ば拘禁扱いされるほど性格に難があるとは思えなくなった。

 ここに艦はない。いるのは、少し生意気で口の悪い娘がひとり。次第に渋谷は、摩耶を艦娘とは思わなくなっていた。本土を発つ前、塚本の助言が頭をかすめたが、せめて陸にいる間は、彼女と人間らしい交流をしたいと思った。

「なあ、提督」

 着任してから二週間が経った頃。夕暮れ時の海岸沿いを散歩しながら、ふと摩耶が尋ねる。

「なんで、あたしたちはヒトの形をしてるんだろうな」

 思わず渋谷は足を止める。ようやく、摩耶の本心に触れた気がした。

「あたしだって、人間のために戦いたいって気持ちはあるんだ。こいつらを守りたい。けど、戦うことで守るなら、別にあたし自身が人間みたいじゃなくてもいいはずだ。ただの軍艦、兵器でいい。何も感じず何も考えず、撃てと言われたら撃ち、進めと言われた方向に進む。それでいいじゃんか」

 そう言って、摩耶は砂浜の石を蹴り飛ばす。

「こんなことして、足が痛むこともないのに」

「おまえたちのことは、俺もよく分からない」摩耶の隣に立ち、渋谷は言った。「まだ分からないことだらけだ。おまえたちがどこから来たのか。何者なのか。どこへ行くのか。まだ何一つ分からない。でも、おまえたちと話して、おまえたちの船に乗り一緒に戦って、気づいたこともある。皆、良い子なんだよ。個性的だから軍隊という組織には向いていないかもしれない。でも、皆、人間のために敵と戦ってくれる。うまく言えないが、きみたちがヒトの姿をしているのは、より人間に寄り添うためじゃないか」

「分かんねえよ」

 そう言って、今度は石を掴む摩耶。思いきり振りかぶって海へと投げた。空を切る石は、海面で何度も跳躍する。十五回ほど水面を弾き、信じられないくらい遠くまで飛んだ。

「何のために、こんな器用な手がついてるってんだよ。こいつで人間を殴るくらいしか使わなかったのに」

「例えばの話」渋谷の口調が真剣になる。「今は戦うべき相手がいる。深海棲艦だ。奴等は人類じゃないから、おまえが奴等を何匹沈めたところで嬉しく思えど悲しむことはないだろう。しかし、兵器は本来、人間が人間を殺すために作られたものだ。深海棲艦が出現する前は、我々の敵はアメリカ合衆国という国だった。戦争をすれば、当然、我々の火力はアメリカの兵士たちを殺すために使われる。もし深海棲艦との戦いが終わり、海の封鎖が解かれたら、ふたたび日本はアメリカと敵対するだろう。そうなったとき、おまえはどうだ。命令されるがまま、人間を殺せるか?」

 渋谷の言葉を受け、「ふざっけんな!」と激昂する摩耶。

「あたしは人間を殺すために、ここにいるんじゃない! おまえらのお国事情なんか知ったこっちゃねえよ」

「抵抗するだろう? どんなに心優しく忠誠心の強い艦娘であっても、人間を殺すとなれば必ず悩み苦しむはずだ。それができるのは、おまえたちが人間と変わらない心を持っているからだ。おまえたちが人間の姿をしているのは、ただ兵器として存在するだけではなく、心を持ったひとりの人間として、自分で考えて行動を決めるためだ。そう俺は思っている」

 こんなことを言っては軍人失格だろう。大日本帝国を脅かすアメリカを援護するかのような発言。しかし、摩耶の前では軍人である前にひとりの人間だった。人間としては少し幼い少女を先導しなければならない大人なのだ。摩耶は黙って渋谷の言葉を聞いていた。そして、ようやく年相応な微笑みを浮かべる。

「おまえ、変わってるな」

「学生時代からよく言われた。だが安心しろ。俺以上に変わってる奴が、あと五人はいる」

「そっか。おまえみたいな奴の下なら、あたしもまともに戦えたのかな」

 その笑顔に、一抹の寂しさが混じった。彼女は高雄型重巡の三番艦だと聞いた。姉の高雄、愛宕、妹の鳥海も、訓練を受けて前線に配備される予定だ。きっと羨ましくもあり、姉妹たちに引け目も感じているのだろう。

「安心しろ。俺は、おまえの提督だ。依然として我が軍の状況は厳しい。なにせ深海棲艦は物量が違う。必ず戦いに参加するときはくる。そうなったら、おまえの姉妹以上におまえを活躍させてやる」

「大口叩きやがって。この摩耶様を動かすんだ、惨めな戦いは許さねえからな!」

 そう言って走り出す摩耶。渋谷は慌てて追いかける。いつもより顔が赤く見えたのは、きっと夕陽のせいだろう。そういうことにしておいた。

 

 

 本土より、恐ろしい知らせが南方前線にまで波及してきたのは、その翌日だった。

 

 

 名指揮官の戦死。

 正規空母一、重巡三の大部隊から、駆逐艦のみを率いて本土を守った英雄、白峰晴瀬中佐の戦死が明らかとなった。敵艦隊の攻撃を受け、白峰中佐が乗艦する旗艦「吹雪」、麾下の駆逐艦「霰」轟沈。「陽炎」「霞」小破。七日に渡り吹雪が轟沈したと見られる海域にて捜索が行われたが中佐は発見されず、軍令部は正式に殉職を発表した。今回の奇襲で、太平洋側にも強力な深海棲艦が出現すると明らかになり、各鎮守府は即応戦力としての艦娘の配置を再検討するとともに、沿岸部に対艦砲の配備を進めると発表した。

 白峰中佐は、ウェーク島攻略における奇跡の反攻作戦を指揮した名指揮官。軍令部は彼の二階級特進を発表、少将に任じた。

 

 

 ラバウル泊地の司令部にて、部内新聞を読んでいた渋谷は愕然とした。先ほど摩耶の艦体を戻してくれないかと意見具申し、ようやく許可を得られて喜んでいたところだった。あまりに突然の、戦友の訃報。白峰の名は前線の基地にも轟いており、彼を知る誰もが早すぎる死を嘆いた。しかし、軍令部の古狸たちは、その死さえも戦意高揚の燃料に利用した。白峰を忘れるな。深海棲艦を打ち倒せ。悲しみのあとには、あちこちで力強い声があがった。

 だが渋谷は、むしろ怒りにも似た鬱屈を感じていた。なぜ白峰は、たったひとりで出撃しなければならなかったのか。おそらく上の命令を待っている暇もなかったのだろう。太平洋側の深海棲艦を甘く見て、緊急事態の対策を疎かにしていた軍令部の失態だ。しかし、その責任については、ほぼ触れることなく、ただ戦死者を神格化して前線の軍人たちを焚きつけているだけだ。

「やっぱり駄目だったのかよ」

 気づけば、すぐ傍に摩耶がいた。彼女の不安そうな顔を見て、ようやく渋谷の思考は現実に帰ってきた。今日渋谷は、摩耶の艦体を使用できるよう意見具申に来ていた。ともに出頭した摩耶に対して、上官の前では余計なことは喋らず、大人しく立っているだけでいい、何を言われても、それは提督である自分が受け止める、そう事前に言い聞かせていた。結果、ラバウル泊地整備の責任者である南田中将は、先ほど渋谷を呼出し、摩耶の艦体による訓練と演習参加を認めた。ただし、その際には必ず渋谷が直接摩耶に乗艦し、何か問題があれば全ての責任を取るという条件つきだった。

「いいや、交渉は成立だ。鎮守府近海も臨時用のドックとして開発されることが決まった。おまえの艦体も演習に参加できるぞ」

 渋谷は言った。ほんとかよ、とはしゃぐ摩耶。しかし、どうしても声と顔が強張ってしまう。

「大丈夫か? 上の馬鹿どもに何か言われたのか」

 心配そうに摩耶が尋ねた。隠しておく必要はない。部下に心理的負担をかけては提督失格だ。渋谷は友人の戦死を打ち明けた。摩耶は静かに聞いていた。

「本土は今頃、大騒ぎだろうな」

 鎮守府に帰る途中、摩耶が呟く。

 白峰の戦死もそうだが、ショッキングな出来事はもう一つあった。艦娘の初轟沈である。たった駆逐艦二隻の犠牲で本土を守ったとあって、白峰と駆逐隊の名誉は保たれたが、それでも喪失した艦娘の同僚たちは悲嘆にくれているはずだ。

「普通の艦なら、別に他が沈もうが機能に差が出ることはない。でも、あたしたちは心を持ってる。姉妹が沈んだら、きっとあたしも冷静じゃいられない」

 そこが艦娘の弱点だ。摩耶は言った。仲間と連携すればするほど強くなり、逆に喪えば一気に弱体化する。轟沈の悲しみは時の流れが癒してくれるだろうが、これから戦場は激しさを増す。轟沈する艦娘は、さらに増えるだろう。いちいち悲しみに暮れて戦えなくなれば、あっという間に深海棲艦の餌食になる。

「霞、大丈夫かな」

 摩耶が呟く。

 

 ニューギニア島周辺を調べていた偵察機から連絡があったのは、ちょうど白峰少将の訃報がラバウルに届いた日だった。ニューギニアの南方、ポートモレスビー港付近に、少なくとも戦艦三、重巡四、軽巡四、軽母二の大部隊。さらに島の北側にも空母と戦艦を中心とした大規模な機動部隊が控えているとのことだった。これを受けて軍令部は、南方決戦として一大戦力をラバウルに集結させることを決断した。

 ニューギニアを奪取できれば念願の石油が手に入る。ラバウルに集う人間は、皆が腕まくりをして東の海にいるだろう深海棲艦に睨みをきかせる。敵は東にあり。そう信じる人間たちは、ただのひとりとして遥か西の空、ソロモン海に舞う不気味な影に気づかなかった。

 

 一九四二年十二月。

 木造校舎の鎮守府の周りには、着々と飛行場が建設されていく。さらに港湾も整備され、艦隊が停泊することも可能となった。ラバウルは現地人にとっても最大の商業都市であり、あまり大規模な艦隊を入港させて、オーストラリア系住民や兵士の警戒心を煽ってもまずい。そこで、中心部から少し離れたこの場所に、新たな軍港が建設されることになった。摩耶とふたりきりだった木造鎮守府にも、艦載機搭乗員たちが訓練のために宿泊することが決まった。賑やかになると喜ぶ渋谷をよそに、摩耶は少し不機嫌になった。まだ人間を信用しきっていない様子だった。

 そんなおり、ラバウル司令部から渋谷のもとに電報が届いた。

 ついに、このときが来た。前線に集中していく戦力を見て、渋谷は気が引き締まる思いだった。その詳細を眺めていると、渋谷は駆逐隊司令官の欄に驚くべき名前を見つけた。

 

 ニューギニア島制圧部隊、ラバウル第二軍港に入港予定。艦娘、海軍艦混成部隊。

 

 連合艦隊 司令長官 山本五十六大将

  第一戦隊    司令長官直卒

           戦艦「大和」「長門」「陸奥」

  第三水雷戦隊  橋本信太郎少将

           軽巡「川内」

   第一一駆逐隊 幾田サヲトメ中佐

           駆逐「叢雲」「白雪」「初雪」「深雪」

   第一九駆逐隊 大江賢治大佐

           駆逐艦「磯波」「浦波」「敷波」「綾波」

  空母隊     梅谷薫大佐

           軽母「鳳翔」「千代田」

   油槽艦

           「鳴戸丸」「東栄丸」

 

第一艦隊 司令長官 高須四郎中将

  第二戦隊    司令長官直卒

           戦艦「扶桑」「山城」

  第九戦隊    岸福治少将

           軽巡「北上」「大井」

  第二四駆逐隊  平井泰次大佐

           駆逐「海風」「江風」

  第二○駆逐隊  山田雄二大佐

           駆逐「天霧」「朝霧」「夕霧」「白雲」

   油槽艦

           「さくらめんて丸」「東亜丸」

 

 第二艦隊 司令長官 近藤信竹中将

  第四戦隊第一小隊 司令長官直卒

            重巡「愛宕」「鳥海」

  第五戦隊    高木武雄中将

            重巡「妙高」「羽黒」

  第三戦隊第一小隊 三川軍一中将

            戦艦「金剛」「比叡」

第七戦隊    栗田健男中将

            重巡「最上」「三隅」「鈴谷」「熊野」

  第二水雷戦隊  田中頼三少将

            軽巡「神通」

   第一五駆逐隊 佐藤寅二郎大佐

            駆逐「黒潮」「親潮」

   第一六駆逐隊 塚本信吾少佐

            駆逐「初風」雪風」「天津風」「時津風」

  第一一航空戦隊 藤田類太郎少将

            軽母「千歳」

            駆逐「早潮」

            工作艦「明石」

   油槽艦 

           「玄洋丸」「佐多丸」「鶴見丸」 

 

 

 

 

 山本大将自ら、トラック泊地に停泊している戦艦・大和を中心とした連合艦隊を率いて前線に出撃するらしい。横須賀急襲を受け、軍令部は大和をトラックから横須賀に戻そうとしたこともあったが、本人が断固拒否したと噂に聞いた。陸上の対艦砲の整備が進んできたこともあり、軍令部は大和を前線に送り、変わりに妹の武蔵をトラックに配置した。しかし渋谷にとって何より驚愕なのは、顔見知りの二人の提督までが、いきなりラバウルまで出向いてくることだった。

 白峰の敵討ちのつもりか。前線に出る予定だった塚本はともかく、幾田の参戦は私怨が絡んでいるとしか思えない。幾田は白峰亡き今、女性士官を含めた海軍全体に求心力を有する偶像だ。救国のために立ち上がった英雄として、政財界のみならず国民の支持も厚い彼女である。良き広告塔を、わざわざ軍令部が危険な前線に出すとは考えにくい。

 それ以外にも、駆逐隊の編成はおかしなところが目だった。幾田麾下の第二、第三駆逐隊のメンバーは参加せず、秘書艦の叢雲だけを旗艦として据えている。塚本も、一番信頼できる漣を連れていないあたり、何か意図がありそうだった。

ともあれ、あと数日で幾田、塚本はラバウル泊地に到着する。その際、ゆっくり話を聞くつもりでいた。木造鎮守府のすぐ隣には、高級参謀が集う作戦本部の建物が急ピッチで建てられている。連合艦隊の司令部はあくまで大和だが、念のため陸地にも意思決定機関を設けていた。艦娘の宿舎兼交流所は鎮守府となる予定なので、かつての横須賀急襲の教訓を踏まえた立地となる。

幾田とは、きっちり話をしなければならない。艦娘たちを個人的な感情で動かしてはならない。提督としての本能が、そう渋谷に告げていた。

 

ところが、渋谷の腹積もりは、あっさりと覆された。そこからは、もう眠る暇もなかった。鎮守府の責任者として、艦娘たちの居住区を整備し、連合艦隊の誇り高き戦艦たちを迎える準備を進めた。さらに渋谷は、ラバウルにおける艦娘交流会の仕切り役も押しつけられた。ほうぼうに走り回っている間、摩耶は少し不機嫌だった。

戦時下であるので、派手な出迎えは不要。山本長官じきじきの言葉はラバウルにも届いていたが、それを真に受けて礼を失すれば、今後の作戦立案や艦娘の運用に齟齬をきたしかねない。

渋谷の水面下での努力もあり、連合艦隊の入港は無事に終わった。居並ぶ軍人に混じり、渋谷は初めて戦艦娘の姿を仰ぎ見る。それは海を進む鋼鉄の城だった。連合艦隊旗艦・大和。司令部を守る無数の対空火砲、そして人類が扱える代物とは思えない、四六センチ三連装砲。彼女こそが海軍の象徴であり、進む先々で戦場に希望をふりまく帝国の雄姿なのだと、渋谷は思った。彼女に寄り添うように、両舷をかためる長門と陸奥。これだけの戦力があれば、もはや海に敵はない。軍人たちは皆、一様に彼女たちを讃えた。

 しかし、渋谷には見とれている時間もなかった。あとはお偉方に任せて、自分の任務を果たさねばならない。他の艦娘より一足さきに、鎮守府に着任した娘らがいた。教室を改造した会議室に、彼女たちは整列していた。

渋谷が率いることになる、新たな艦たち。

 念願かなっての駆逐隊。だが、やはり彼に与えられる隊は前例を打ち破る構成をしていた。

 

 第七駆逐隊「朧」「曙」「潮」「漣」

       通常なら四隻編成の駆逐隊だが、彼女たちに加え、

      「陽炎」「不知火」「霞」

 

 計七隻の駆逐艦たち。これが渋谷に与えられた第七駆逐隊の全貌であった。

「第七駆逐隊、着任しました!」

 ぴしりと敬礼して口上を述べたのは、個性豊かな陽炎型駆逐艦の一番艦、陽炎だった。

「これより七駆の指揮をとる、渋谷礼輔少佐だ。貴艦らの着任を歓迎する」

 敬礼を返しつつ、渋谷は新しい部下たちを観察する。これは手ごわい。摩耶と並ぶ有名人、「曙」と「霞」がいる。明らかに目つきが他の艦娘と違ってトゲトゲしい。いよいよ自分の艦隊は、問題児処理場の様相を呈してきた。渋谷は心のなかで溜息をついた。

「今日はこれで解散。各時、宿舎を確認したあと、自分たちの部屋割を決めておくように。そうだ、漣は残ってくれ」

 他の艦娘たちが退出するのを見届ける。潮と曙が、少し心配そうに漣に目くばせしていた。ひとり残された漣は、伏し目がちに渋谷を見ていた。

「提督」

 意を決したように漣は言った。

「たぶん、疑問にお思いでしょう。なぜわたしが第七駆逐隊に編入され、あまつさえあなたの指揮下に入ったのか」

「ああ。辞令を見た時、塚本とはよく話をしなければならないと思っていた」

「その必要はありません。わたしは、わたしの意志でここにいるのです」

 漣は語る。自らが仰ぎ見る塚本信吾という男は、信頼に足る提督であること。しかし、個人的な崇拝で駆逐艦たちの和を乱すことはできない。なにより、自身が第七駆逐隊の一員として戦うことを望んだ。漣は新たな提督に告げる。

「だから、わたしは彼のもとを離れました。以後、わたしは第七駆逐隊所属の漣です。よろしくお願いします。渋谷提督」

 渋谷は了承するほかなかった。漣は確かな決意を固めてここにいる。そして第七駆逐隊は、彼女を仲間として気にかけている。ならば言うことはあるまい。漣は安心したように息を吐いた。

「勝手ながら、少し鎮守府の外に出てもよろしいでしょうか?」

「待ち合せか?」

「はい、すぐに戻りますので」

 渋谷が許可すると、漣は駆け足で部屋を出て行った。

 

 第七駆逐隊の艦体が停泊する港。駆逐艦・漣を眺めながら、塚本信吾少佐は煙草をふかしていた。

「煙草、やめたんじゃなかったんですか?」

 荒い息をつきながら、漣が尋ねた。どうやらここまで走ってきたらしい。

「吸わない理由もなくなったからな」

 空に向かって煙を吐く。立ち上る白い筋が宵闇に溶けていく。大湊にいる間、塚本は煙草を断っていた。始めて部下になった娘が、煙草の匂いを嫌がったからだ。

「第七駆逐隊への編入を許可してくださってありがとうございました」

 深く漣は頭を下げる。

「おまえが自分で決めた道だ。かつての仲間と戦いたいというなら、俺に止めることはできん。なにせおまえは艦だ」

 塚本は言った。提督として艦娘と触れ合うにつれ、彼女たちには前世の記憶らしきものがあることに気づいた。戦争の記憶だ。駆逐隊を構成するとき、彼女たちの意志を尊重した。その結果、まるで水が高きから低きに流れるかのごとく、まったく自然に艦娘のまとまりができた。今考えれば、それは前世からの因縁であり絆だったのだろう。戦争の経緯を辿れるほど明瞭な記憶こそ残っていなかったので軍令部に報告はしなかった。しかし、微かに残る記憶は、彼女たちを知る上で重要な手掛かりであるように思えた。

 漣もそうだ。まだ顔も合わせていないうちから、「潮」「曙」「朧」という駆逐艦を懐かしがり、彼女たちと隊を組みたいと申し出てきた。

 それを聞いたとき、塚本は何も言わず送り出そうと決めた。

「だから、俺のことは気にしなくていい」

「気にしないわけないじゃないですか」

 少し語尾が震えた。見れば、降ろした両の手を固く握りしめている。

「秘書がいなくなって大丈夫なんですか。あのお転婆たちを上手く扱えるんですか」

「おまえが心配することじゃない。俺は提督だ。自分の部下を扱えなくてどうする」突き放すように塚本は言った。「おまえが従うべき提督は渋谷礼輔だ。これからは、あいつと戦うことだけを考えろ。あいつは良い奴だが、甘っちょろいところがある。提督と艦娘の間に齟齬ができれば、沈むのはおまえたちだ。それを忘れるな」

 塚本は煙草を投げ捨てた。小さな火が夜の波間に消えた。

「仲間を大切にしろ。提督を大切にしろ。互いに切磋琢磨し、自分の仲間と上司を自分で育てろ。俺の秘書を務めた艦だ。必ずできる」

 それが餞だった。漣は顔をあげる。そこにはいつもの笑顔があった。しかし彼女の双眸にはうっすらと涙が溜まっていた。

「了解しました。駆逐艦・漣、渋谷提督のもとで頑張ります。きっと、塚本少佐の名に恥じぬ戦いをご覧にいれましょう」

 でも、忘れないでください。漣は続ける。

「わたしのご主人様は、あなただけです。これからもずっと!」

 漣は走り出す。その背中が見えなくなるまで塚本は見送った。

 さて宿舎に戻らねば。かしましい部下たちが待っている。それにしても、と塚本は思った。まだ子どももいないうちから、娘を嫁がせる親父のような気持ちを味わうことになるとは。

 戦いが終われば、もう一度、こんな気分を経験することができるのだろうか。果てしない水平線を見つめる。遠い本土に残した妻を思う。

 


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