【完結】大人のための艦隊これくしょん    作:モルトキ

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これは艦隊これくしょんの二次創作小説です。

※別の世界の大日本帝国が、真珠湾開戦直前に深海棲艦と邂逅し、国の生き残りをかけて艦娘とともに太平洋戦争を戦う物語です。よって、艦娘の轟沈、人間の死など多く含みます。


※オリジナル要素を多々含みます。
 
 彼女たちは何者なのか。どこから来たのか。どこに向かうのか。
 艦娘と深海棲艦の根本となる事柄について、作中にて深く掘り下げていきます。
 ゆくゆくは彼女たちの存在に最終的な結論が与えられます。

 艦娘は、メンタルモデル方式を採用しています。
 戦闘は、実物の艦をもって行われます。


※舞台は、現実世界と同じ地形・地名となっています。

※誤字、脱字は生温かい目で読み流してください。



感想、批判、大募集! 分かりにくかったところ、軍事的に誤りがあるところなど、どんどん教えてください!


第一話 運命の邂逅

 天気晴朗ナレドモ波高シ。

 択捉島の単冠湾泊地を出港してから四日。山口多聞少将は、艦橋の戦闘指揮所から夜の太平洋を眺めていた。煌めく星が映りそうだった海は、外洋へ繰り出すほど、その荒々しい本性を少しずつ覗かせ始める。ここは東経一七〇度海域。護衛の駆逐艦に囲まれながら波をかきわけ進むのは、第二航空戦隊を率いる正規空母百龍。山口少将は、自らが乗る百龍、そして僚艦の正規空母・寧龍から構成される第二航空戦隊の指揮官だった。

「敵影なし。航行は予定どおりですな」

 百龍艦長、加来止男大佐が定時報告を伝える。山口は空と海を睥睨しながら黙って頷いた。攻撃目標地であるハワイ真珠湾まで、あと八日。せめてそれまでは、眼前に広がる果てしない大自然が穏やかであることを祈った。

「普通に考えれば、資源貧乏な我々が狙うのは南方海域だ。さすがのアメリカさんも、この攻撃は想定しちゃいまい」

 堅く結ばれた唇をほぐし、山口は言った。即時開戦には終始反対であった山口の心境を考えるに、加来大佐は何も言葉を返せなかった。

 なぜ正規空母六隻の大艦隊が、地政学上、ほぼ無価値と言っていいハワイくんだりまで出撃しているのか。この作戦に至る発端は、およそ三カ月前にさかのぼる。

 

 準備が先か、決意が先か。

 一九四一年八月二十一日。参謀本部は重大な決断を前にして、意見の食い違いを露呈していた。アメリカより波及した最悪の世界恐慌は、極東の小さな島国をあっという間に暗黒へと飲み込んだ。恐慌の元凶でありながら、米大統領は何をとち狂ったのか、まっさきに自国と植民地との貿易から他国を締め出した。自由貿易の総帥として世界中に「自由」を強いたアメリカが、あろうことか自ら自由であることを否定し、身勝手な保護貿易を始めた。これは世界経済に対する背信行為だった。怒り狂ったイギリス、フランス、オランダなど、植民地を「持てる国」は、アメリカにならってブロック経済に移行した。

 西欧列強に追いつけ追い越せ。そのスローガンを未だに刷新できない極東の島国が、大規模な植民地など持っているはずもない。帝国は世界経済から締め出された。経済は水の流れのようなものである。循環するからこそ、その中で多様な生物が生きていける。さしずめ今の状況は、過酷な炎天下に取り残された水たまりのようなものだ。いずれ干上がるのを待つしかない。だというのに国内の政治家たちは、愚かなミジンコのように、その場で右往左往するだけだ。

 これまで幾度とない戦いを経て国家を支え、国家の中核をなしてきた軍部にとって、民主制は乾涸びかけたミジンコのごとき無力な存在に映った。

 民主政治の不安定。そして政治の機微を知る由もない、気まぐれな民衆。帝国建国以前より上からの改革に従うだけだった彼らは、ただ目先の利益と、目に見える成果だけを求める。それら二つの要素が重なり、軍部は台頭し、支持された。批判されることのない権力は、必ず腐敗し暴走する。二・二六の悲劇、柳条湖事件、満州国建国、国連脱退。暴力と死の化身たる軍部によって突き動かされる国家は、名目上「平和」を愛する世界諸国に嫌われた。世界恐慌の傷が癒えきらぬうちに、アメリカ・オランダによって鉄と石油の供給を断たれた。

 このまま座して待っていても、一億の臣民が干からびるのは明らかだった。大日本帝国は、もはやちっぽけな水たまりである。ならば水たまりの外へ、遠大なる大洋へ活路を求めねばならない。陸軍、海軍ともに、その意志は開戦へと傾きつつあった。

「我が国の重油貯蓄は、わずか一カ月分です」

 大本営会議の席で、永野修身軍令部総長は静かに告げた。巨大な機械を動かすのに必要な重油は、いわば戦争の命であり、ひいては国家の血液である。その重油が、ひと月しかもたない。これでは戦う以前の問題だった。さらに問題は重油だけではない。半固体機械油は約三カ月、軽油に至っては三分の一カ月しか貯蔵量がない。あらゆる面で物資の不足は致命的だった。

 ゆえに、開戦に際しては慎重に慎重を期さねばならぬ。これが海軍の総意だった。どこを、いつ、どのように、いつまでに攻めるかを決め、それに応じて少ない資源を効率よく割り振る。宣戦の決意はいつでもできる。今は準備が大切だ、と。

 だが、陸軍の意見は真逆だった。戦う以外に道はないのなら、まず軍全体が必勝の信念を固める必要がある。準備は戦いの過程で進めればよい。それに、一刻を争うのは資源の確保である。マレーを支配するイギリスでは、すでに帝国の開戦意欲を嗅ぎつけ、一日あたり四〇〇〇人の兵力増強を進めている。時間が経てば経つほど不利になる。

「一日の待機は、一滴の血を多からしむ!」

 東条英機大将は、持ち前の甲高い声を張り上げた。

 陸軍の主張は即時開戦。しかし海軍としても、陸軍の大声に屈することは今後の関係に引け目を残しかねない。そこで資材部は、戦争の要となる油の計算に心血を注いだ。石油の場合、保有量は八四〇万キロリットル、その七割は軍需用。国産石油、人造石油では、それぞれ年四〇~五〇万キロリットルしか生産できない。民需用を、一八〇万として軍需用から回してやりくりしても、三年後、すなわち一九四四年には民需用とともに供給不能に陥る。

 石油全般について、軍部内で深い造詣を持つ者は少なかった。かの俊英と名高き山本五十六連合艦隊司令長官であっても、石油に関しては全くの素人だった。海軍はこの数字を見て、開戦の決意をした。

 資源を得る、という作戦上の目的に対し、まず確保すべきは南方地域である。イギリス、オランダ、アメリカ等、海洋列強国家の支配から、それらの地域を奪い取らねばならない。だが現時点で、太平洋地域において真っ向から衝突しているのはアメリカである。莫大な工業力・資源を持つアメリカが、まるで鋼鉄の波のごとき大艦隊、大部隊を南方にぶつけてくる。それは何より帝国にとって恐怖であった。そこで海軍は、米艦隊を太平洋に出させないことを、戦争勝利への第一手として研究した。

 そして決定されたのが、今回のハワイ空襲である。真珠湾に集中している米太平洋艦隊を叩く予定だった。

 そのために編成されたのが、第一航空艦隊。通称、南雲機動部隊である。

 

第一航空艦隊 

 第一航空戦隊 霧龍 雲州 

 第二航空戦隊 百龍 寧龍 

 第五航空戦隊 梅鶴 悠鶴

 

 奇襲という軍事的・政治的な危険を冒してでも、米軍の太平洋展開の出鼻をくじく。それが成功したのち、南雲忠一中将が率いる第一航空戦隊、第五航空戦隊は佐世保に帰投する。山口少将率いる第二航空戦隊は、帰投途中で列を解き、太平洋戦線の足がかりとなるウェーク島攻略に向かう手筈だった。

 だが、山口少将はこの作戦に不満だった。果たしてハワイの艦隊を叩いた結果、時間稼ぎになるとして、それが太平洋戦争の最終の決を、大日本帝国の勝利という形で与えることができるのだろうか。例え予定通りに敵空母を殲滅できたとしても、三年もあればアメリカは戦力を立て直してくる。ならば、このハワイ奇襲作戦は、序盤の戦闘を有利に進めるための対症療法にしかならない。アメリカにさらなる深手を負わせたいなら、せめてパナマ運河を破壊すべきだ。アメリカの工業力は五大湖周辺に集中している。戦争のための工業力を太平洋側に移すためには、船舶による大量輸送が必要である。その最短ルートがパナマ運河経由なのだ。しかして、パナマ運河を通行不能にまで破壊すれば、アメリカの太平洋進出は一気に遅れる。その隙をついて、日本は手早く南方地域を攻略するべきだ。そう山口は主張した。しかし、その意見をやすやすと実行に組み込めるほど、帝国に技術もなければ先見の明も乏しかった。空母、艦船の航行能力では、ハワイを攻めるのが限界だった。

 

 このまま進めば奇襲は成功するだろう。山口の軍人としての勘が、そう告げている。だが、このまま進み続けた「先」を夢想すれば、行けば行くほど道のりの先に暗雲が立ち込めてくるのである。

 鬱屈した予感を追い払おうと、山口は強く瞼を閉じる。とにかく今は目の前の機動作戦に集中せねばならない。百龍、寧龍に乗艦する一六〇〇名からの士官、兵の命を預かる提督としての使命だ。

 暗雲を吹き飛ばしてくれ。

 秘めた覚悟にそう唱え、彼は目を開く。

 その瞬間、彼の鼓膜を打ったのは、まぎれもない覚醒の音だった。

 聞き間違えようのない砲音。幾夜も議論を重ね、「ありえない」と判断したはずの、夜間の砲音だった。反射的に山口は艦橋の窓にしがみつく。水平線に目をこらすと、夜の闇よりさらに濃い漆黒が、身をかがめるようにのっぺりと海面にへばりついている。先行するのは、南雲中将率いる第一航空戦隊だ。その黒い姿に、ぽつ、ぽつと色が灯る。血を零したように赤い斑点が増えていく。

 不吉な赤が水平線に踊った。

「全艦警戒! 状況を報告せよ!」

 ガラスを震わせるほどの咆哮を放つ山口。つづいて慌ただしい足音とともに、参謀たちが指揮所に集結する。

「報告! 先行する護衛駆逐艦が接敵。攻撃を受けています。敵は霧龍、雲州に狭叉砲撃をかけている模様」

「被害は?」

 山口が問うた。

「通信連絡が混乱しています。ですが、少なくとも霧龍は飛行甲板損害」

「敵勢力は如何なる?」

「報告では、少なくとも軽巡二、駆逐四。近接戦闘。接敵する前線部隊との距離、約七〇〇〇」

 報告を聞き、山口は即座に状況判断をまとめる。敵の編成を見るに、奇襲・撹乱が目的だろう。旗艦が少なくとも小破。そもそも敵に発見された以上、こちらの奇襲は成立しない。この時点で真珠湾作戦は失敗した。この闇夜では、必殺の艦載機も無力。積極的反撃は無意味だ。

「即座に海域を離脱する。右回頭。第八戦隊の重巡二をしんがりへ」

 山口は、空母の被害を最小限に留める選択をした。敵勢力の全貌をつかめない状況では、追撃はあまりに危険である。回頭し終えた百龍の両脇を、二隻の重巡が走っていく。これが正しい選択であるはずだ。

 しかし、どうしても拭いきれない違和感が、命令を発すべき舌先にこびりついていた。

 皆が口を揃えて「敵」と叫ぶが、これは本当にアメリカの部隊なのか。小規模艦隊で大部隊に突っ込み、あまつさえ火砲による夜戦を試みるなど、あまりに「らしくない」戦術だった。むしろ幼稚とさえ言える。何か意図があるのだろうか。だが、その疑問に答えをくれる存在は、この艦上にはいない。

「敵艦見ゆ!」

 その叫びで、模糊とした疑念は霧消した。

「左三時方向!」

 窓に張り付く参謀たち。目視でも、わずかに見てとれる水平線上の異物。おそらく軽巡二。

「最大船速!」

 山口は叫んだ。まだ距離はある。魚雷を撃ち込まれる前に、空母だけでも海域を離脱しなければならない。だが指示を飛ばした直後、正面の海に水柱が上がる。ひとつ、ふたつ。大海原が抉られ、弾け飛ぶ音は砲音に勝る恐怖だった。やはり同じだ。砲撃戦を試みようとしている。散らばもろとも。反撃の危険など何も考えていない攻撃一辺倒の戦術。死を克服できるのは狂人だけだ。

 アメリカは狂ったのか。

 参謀たちの視線が、疑念と恐れを湛えて遥か彼方の敵影に注がれる。すさまじい衝撃とともに、護衛の駆逐艦の艦尾が吹き飛ぶ。闇夜の不意打ちを受けた友軍は恐慌状態に陥り、まだ反撃の気配は見えない。

 しかし次の瞬間、彼らの表情と視線が、さらなる疑問で歪む。

「何が起こっているのだ……」

 加来大佐が呟く。突如として敵艦が炎を噴き、傾く。どうやら雷撃を受けたらしい。しかし当然ながら、この海域に友軍など展開していない。あれよあれよという間に、二隻の敵艦がゆっくりと傾斜を強め、音もなく波間に飲まれていく。

「あっ! 艦影見えます」

 報告が飛ぶと同時に、全員が目を皿のようにしていた。敵艦が海中に没した地点、そのさらに南西方向。豆粒ほどの小さな影が見える。二、三隻だろうか。距離から察するに、駆逐艦級の船であるらしい。

「得体のしれない船に襲われ、得体のしれない船に救われた。この状況を、どう理解すればいいのか」

 不確定要素の多すぎる戦場にて、山口は苦脳する。指揮官の疑問に対し、誰も答えを出せぬまま参謀たちは慌ただしく情報を集めていた。

「旗艦より入電! 敵軽巡級二隻、および駆逐艦四隻、撃沈。その際、不明の勢力から雷撃による援護があった模様」

 この報告で、ふたたび指揮所は騒然となった。まず思い当たったのが同盟国である独逸の艦隊である。しかし、このような極東の海に艦隊を出す理由がない。そもそも独逸はアメリカに宣戦布告さえしていない。

「無線を使ってもいい、不明艦に対し応答を呼びかけよ。ただし返答が如何なるものであっても観測は怠るな」

 山口の指示により、無線封鎖は破られた。いまだ距離をとりつつ様子を窺っているだろう謎の艦に対し、ただちに接触が試みられる。

 大方の予想に反して、返答はすぐに得られた。

 

「我 貴艦 ニ 味方 セリ」

 

 たった一文。まるで年端もいかぬ子どもが打ったような平電文だった。しかし、まごうことなき日本語である。敵の奇襲を受け、闇夜の中で死の恐怖を彷徨い続けた艦隊にとって、これ以上望むべき返答はなかった。山口少将は安堵の溜息をつく。すぐに無線通信を繋ぐよう指示した。

「援護に感謝する。我は大日本帝国海軍、第一航空艦隊所属、第二航空戦隊。貴艦隊の所属を問う」

 だが、この質問に対する返答は、さらに艦上の人間たちを混乱させた。

 

「所属ナシ。我ラ駆逐艦五隻、太平洋上ニ孤立ス。貴艦隊ニヨル救助ヲ要請ス」

 

 この電信が届いた直後、相手との無線通信が開かれた。山口提督は自ら通信機を握った。

「第二航空戦隊司令官、山口多聞少将である。貴艦隊の詳細を問いたい」

「……あの、すいません。わたしたちも戦闘を終えたばかりで混乱していて」

 山口は目を見開いた。これは何かの冗談か。無線機のざらつく機械音が形づくるのは、まぎれもない幼い少女の声音だった。

「失礼。貴艦の長と話をさせてくれないか」

「ええと、わたしが一応、この艦の主です。名前は、吹雪といいます」

 無線機を通し、たどたどしい口調で艦長が答える。

 もう何も驚くまい。山口は諦めることで思考を透明に保った。

「わたしの他にも、あと四人、この海域で戦っていました。どうか陸まで先導願います」

 ほっとしたような、少し震えた声で吹雪は言った。山口はしばらく逡巡したのち、彼女らの同行を許可した。旗艦である霧龍との連絡が取れない以上、第一航空艦隊の司令は自分である。山口の決断は早かった。

 

 この戦闘で、旗艦・霧龍、雲州が大破、機関停止。南雲中将以下乗組員たちは、援護に入った重巡洋艦に収容された。水雷部隊の駆逐艦が二隻ほど小破に追い込まれた。第一航空戦隊の空母二隻は雷撃処分と決まった。開戦序盤で、あまりに手痛い損害である。物質的消耗はもちろん、敵の出鼻をくじくつもりが逆に鼻っ柱をへし折られたとあっては、士気の低下が何より懸念された。

 謎の艦たちは、つかず離れず一定の距離を保ちながら艦隊に追随してくる。警戒は怠らなかったものの、おかげで命拾いしたとあって兵たちの間では救世主として早くも噂になっていた。

「佐世保に帰投したら、報告が山ほどありますな」

 加来大佐が苦笑混じりに言った。軍令部の石頭たちを納得させるには、百万言を費やしても無駄であるような気がした。

「ともあれ、被害がこの程度で収まったのは、不幸中の幸いというべきか」

 山口は言った。空母二隻を喪ったが、人的被害は少ない。とくに猛訓練をつんだベテランの飛行機乗りたちを消耗せずにすんだことは何よりの行幸だった。それもこれも、あの謎の少女艦長が率いる艦隊のおかげである。彼女らの助けなしには、この第二航空戦隊も無事ではすまなかっただろう。

 山口多聞に立ち込めていた暗雲は、その道のりごと完全に消し飛ばされていた。それは、大日本帝国が新たな歴史の岐路に立つ、おそらく最後の機会であろう。戦略家としての彼の本能は感じ取っていた。

 

 奇襲より十一日後、艦隊は佐世保港に帰投した。その際、鎮守府の軍人たちは、当初予定になかった駆逐艦と思しき艦船五隻に度肝を抜かれた。その外見は、帝国海軍の駆逐艦によく似ている。しかし、艤装の細部、艦首の形などが微妙に異なっており、該当する艦型は存在しない。厳重な警戒態勢のなか、ゆっくりと港に進入する駆逐艦たち。敵対意志が無いことを示すため砲は俯角をかかげているが、拾われたばかりの野良猫のようなピリピリとした空気を、その優美な艦体に纏っている。碇を下ろした謎の艦船から乗組員が上陸する。

 タラップを降りてくる、五人の人影。

 幼い少女が、五隻の船から、それぞれたった一人ずつ。軍人たちは気の抜けた顔で彼女たちを見守ることしかできない。目の前の光景が事実なら、少女ひとりが艦船一隻を操舵していたことになる。

「綺麗だ」

 警戒に当たっていた若い士官が呟く。外見は水兵が着用するセーラー服に近い。しかし、そのデザインは意匠に溢れている。異国情緒とでも言うべきか。少女たちの整った貌によく映える。ここの場にいる者は、皆目を奪われていた。少女たちの異質さは畏敬に転換され、まるで海の女神のような心象を与えた。

 

 漣

 五月雨

 電

 叢雲

 吹雪

 

 幼い少女たちは名乗った。自らを艦船の名称で。

 一九四一年一二月一日。人類と、のちに『艦娘』と呼ばれる自然の摂理を超越した存在との、初めての邂逅であった。

 それは、人類が歴史上初めて、人類以外の敵と戦うことになる、かつてない戦争の幕開けでもあったのだ。

 


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