救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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劇幕

 

 

 

 

 

 

 

『嘘ついたら婚約届けに印鑑を押してもらうからね?』

 

 

そう言った結城の顔は、どこかいつもよりもだらしなく綻び、柔らかそうに膨らむ頬は赤らむように熱を帯びていた。

 

あいつの言う通りに、少しくらいグイグイ来てもらわないと、俺の重く分厚い照れと言う名の蓋は開いてくれないのも事実。

ただまぁ、別に既成事実を作らなくったって、俺からちゃんと言おうと思ってたし。

 

いや本当に…。

 

 

「……むぅ」

 

 

そう思いつつ、俺は埃臭い灰色の世界で、赤く染まる夕暮れの空を見上げながらからだを熱くさせる。

 

この物騒な世界で考えるようなことじゃないな。

 

耳を澄ませば数キロ先から銃声が聞こえてくる。

もう本戦が開始して数時間は経っている頃合いだ。

 

ふと、そんな赤い空を漂う奇妙な機械が目に入る。

15分に1度、衛星電波を飛ばしてプレイヤーの場所をマップに表示させるサテライトスキャン端末である。

 

……ふむ。

身を隠すか。

 

バサリと、俺は黒いローブで頭まで隠す。

 

ピーピーピー

 

端末から記されるプレイヤーの位置。

そこには6名のプレイヤーの位置と名前がマップに表示された。

 

で、このマップに()()()()()()()()俺を含めて7名と…。

 

随分と減ったもんだな。

 

ローマ字表記のプレイヤー名にザザの名前は無い。

流石に別ネームで参戦してるか…。

 

だとしたら、どいつがザザだ?

 

少なくとも、早期敗退なんて事はないだろうけど…。

 

 

「…あと少しプレイヤーが減ったら働こうかな」

 

 

へへ、こうして機会を伺ってから美味しい所を頂く。

 

これがPoHこと八幡のやり方なのだ。

 

結局さ、こういう戦い方が一番なんだよ。

 

結城みたいにGPSを片手に猪突猛進するようなやり方じゃダメ。

物事を客観的に見て、落ち着いて美味い所だけを吸い取る。

勝ちたきゃさ、待ち続けろ…。

待てど油断するな。

チャンスはいつだってそこに転がってるんだから。

 

 

……。

 

 

ふと、俺の足元に転がっていた一本の鉄パイプ。

それを拾い上げるや、どこからともなく湧き上がる不思議な興奮。

 

なんだろ…、ガキの頃から鉄パイプ片手に不良を叩きのめす妄想に明け暮れていたせいか、鉄パイプを持つだけですごく興奮する。

 

この荒れくれた世紀末のような世界と鉄パイプ…。

 

最強の組み合わせですね。

 

 

「よっ、ほっ、せい…」

 

 

鉄パイプをぶんぶんぶんと振り回してみるも、スキル補助の無い腕には負担が大きく、3.4度で手首に疲労を感じ始めてしまった。

 

なんだよ、鉄パイプってクソだな…。

 

重いし、グリップも切れ味も悪い。

 

あ、そうだ、この空洞部に毒針を仕込んで、吹き矢の要領で戦闘中に飛ばすってのは…。

 

 

「…毒針がねえよ。…ふむ、使いようが無いな」

 

 

なんの気もなく拾い上げた鉄パイプで、これまたなんの気もなく砂埃舞う地面に落書きを始める。

 

ガリガリと音を立てながら描かれる落書き。

 

BoB本戦中とは思えない静かなその場所で、俺は鉄パイプ片手に広大な砂漠と言う名のキャンパスに落書きを始めたのだ。

 

 

 

「♪〜」

 

 

 

 

 

ーーーーーー☆

 

 

 

 

 

「……なぁ、なんでPoHの奴はサテライトスキャンってのに引っかからないんだ?」

 

「俺に聞くなよ」

 

 

ネットビューイングを映す大型モニターから少し離れたカウンターで、アルコールを煽りながら赤く頬を染めたクラインさんがエギルさんに尋ねた。

 

もちろん、エギルさんとてその答えが分かるはずもなく。

 

その場に居る誰もが、彼の繰り出す疑問に頭を悩ませた。

 

ふと、左腕を由比ヶ浜さんに掴まれている雪ノ下さんが静かに口を開く。

 

 

「…彼がサテライト・スキャンを逃れるスキルを持っている、っていうのはどうかしら…」

 

「ん〜、それは違う気がしますけど…」

 

「む。一色さん、私の推測にチャチャを入れる気?それじゃあ貴方の意見を聞こうかしら。この私を唸らせるほどの完璧な理論に基づいた意見をね?」

 

「はい。まずGGO内ではSAOやALOのレベル制とは違いスキル制が採用されています。いわゆる能力構成と言うものですね。6つの能力値を振り分け、それに応じた技能(スキル)を身につける訳です。さらには、プレイヤー各々のステ振りから便宜的にアタッカー、タンク、スカウト等とクラス名として呼称するそうです。その中でも、ほんの数人しか存在しないと言われる超レアクラス、スナイパー…。この方達ですらもサテライト・スキャンを回避することは出来ません。つまり、先輩はスキルで逃れているわけではなく、レアアイテム、もしくは地形的な特殊効果を利用していると推測するのが普通でしょう」

 

「……な、なるほど…。つまりはどういう事かしら?」

 

 

悔しげに、いろはさんの説明を1割も理解出来なかった雪ノ下さんが、私に向かって説明を求める。

 

いや、そんな拳を震わせるほど悔しがらなくても…。

 

 

「えっと、つまりは…、比企谷くんが一生懸命頑張ってるって事だよ!」

 

「なるほど。比企谷くんは頑張っているのね」

 

「ヒッキー頑張ってるんだね!」

 

 

うんうん。比企谷くんは頑張ってる。

そう結論付けた私たちに、懇切丁寧な説明をしたいろはさんは呆れたように溜息を吐いているけど気にしない。

 

ゆっくりと、私はいろはさんから目をそらすようにモニターは目を向けると、そこにはサテライト・スキャンには引っかからないくせに、やたらと中継に抜かれる比企谷くんが映し出されていた。

 

相変わらずのアホ毛を生やしながら、埃の舞う荒廃した世界に似つかわしくない黒いローブを風に揺らしている。

 

……ん?鉄パイプを持って何をしているのかな?

 

 

「何かを描いている?」

 

 

雪ノ下さんの呟き通りに、比企谷くんは鉄パイプの先端を地面に擦り付けてガリガリガリと、何やら描いているようだった。

 

 

「あれ?あの形って相合い傘じゃないですか?」

 

「懐かしい〜。私もよく描いたなぁ。え、えへへ、もちろん隣にはヒッキーで」

 

「結衣先輩、その年齢でまだ相合い傘とか描いてるんですね…」

 

 

おいオッパイおばけ、後でその話詳しく。

何度も言うけど、比企谷くんは私の旦那なんですからね?

メンヘラ彼女舐めんなよ?

 

 

「先輩も、本戦中に何を気楽な…」

 

「まぁ、PoHらしいと言えばPoHらしいがよ」

 

 

そう言いながら、クラインさんは小さく笑ってアルコールを傾けた。

案外心配性であるクラインさんも、比企谷くんの様子を見て安心したのだろう。

 

画面の中には()()()()()()ように緩んだ比企谷くん。

 

 

SAOでボスと対峙していた彼の顔でもない。

 

ALOで須郷へ剣を向けていた彼の顔でもない。

 

BoB予選中に見せていた切羽詰まった顔でもない。

 

 

恐らく、彼はもう()()を解決したのだろう。

私や、雪ノ下さんに結衣さん、いろはさんにリズやシリカちゃん、クラインさんとエギルさんにも黙って、彼が直面していた問題を、彼はまた1人で……。

 

また1人で、誰かの事を守っていたのかな。

 

 

「…もう怯えてない。いつもの比企谷くんだ。…私が好きになった、いつもの比企谷くん」

 

 

そんな風に、口からポロリと溢れた私の想いを悟ったように、画面の中でボロボロなローブを羽織る彼が小さく笑った。

笑うと言っても、少しだけ口元を上げるだけの小さな仕草。

 

それでも、私は比企谷くんの事をたくさん知っているから。

 

私にだけ分かる、私の大好きな彼の仕草に嬉しく思ってしまうんだ。

 

 

「みなさん、このメンヘラ女、ナレーションベースに本音を語ってますよ」

 

「!?」

 

「結城さん?そういうのは心にしまっておいてね?理解ある私はともかく、由比ヶ浜さんや一色さんは嫉妬で狂い死んでしまうから」

 

 

と言いながら、見た事がない程の眼圧で私を睨みつける雪ノ下さん。

 

よ、よ、嫁が旦那の事を心配して何が悪いの!?

 

言っておきますけど、後は比企谷印の捺印をするだけで完成する魔法の紙が私のポッケにたたまれているんですからね!!

 

どれ、愛のためにこの雌ギツネ供を殲滅してやろうかしら……

 

 

と、和やかな雰囲気が包む店内に、一発の銃撃音が轟いた。

 

 

パーーーーーッン!!

 

 

もちろん、その音の正体はモニターに接続されたスピーカーから響いた物だ。

 

どうやらGGOのネットビューイングは、プレイヤーの声は届かないくせに、銃撃音だけはリアルに視聴者へ届けてくれるらしい。

 

 

ふわりとした柔らかい空気に走る緊張。

 

 

その音と同時に、私たちはモニターの中で鉄パイプを握る彼の姿へ注視した。

 

 

 

 

「っ、頑張って…。私の未来の旦那様…」

 

 

 

 

「「「おまえ今なんつった?」」」

 

 

 

 

 

 


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