BoB本戦。
約束通りに、雪ノ下さん扮するハルノンは本戦を棄権したと本戦待機場にアナウンスで流れる。
それを聞いてか、近くに居た出場プレイヤーらしき男が「魔王が地獄へ帰ったか?」などと言って胸を撫で下ろしていた。
…本当にあの人ってどこの世界でも職業が魔王なんだな。
そう思いながら、俺は本戦出場者リストに目を通す。
雪ノ下さんを除いた29名のリストにザザの文字は無い。
リストに一通り目を通すと、アナウンスによるルール説明が改めて行われていた。
本戦出場者29名によるバトルロワイアルは広範囲のフィールドへランダムに配置されてから始まるらしい。
さらにはサテライト・スキャン端末を持たされた全プレイヤーは、スパイ衛星により指定時間のみ居場所がマップに映し出されるのだとか。
…そういえば、前に結城から貰った腕時計。シンプルなデザインの割に少し重いと思っていたが…、ま、まさか……。
現実に戻ったら時計を分解しようと考えつつ、俺は指示に従い本戦のための準備を始めた。
準備と言っても、銃に弾丸が入っているかを確認するだけ。
他の出場者に比べて随分と貧相な装備に身を包む俺は、バトルスタート時の良い的になるかもしれない。
巨大モニターに映し出されたカウント数が徐々に0へと近づいていく。
それでも、ここまで踊らされたのだから、最後くらいは度肝を抜いてやろう。
そう思いながら、死んでも死なないバトルロワイアルは、大きな鐘の音と同時に開始した。
ーーーーー☆
BoB本戦の開始と同時に、映像をネット中継する大形モニターを前にしたいつものメンバーは静かに息を飲んだ。
エギルさんが用意してくれたビールをぐびぐびと飲み込むクラインさんが、小まめに整えていると言う髭を片手でなぞりながら、モニターに映った比企谷くんを見つけるや1人で盛り上がる。
「おっ!いつもの憎たらしい顔じゃねえか!こりゃ憑き物が落ちたか?」
クラインさんの言う通りに、予選時に見せていたような、切羽詰まった表情はもう無い。
どこか、面倒だと言いながらも進んで面倒事に首を突っ込むいつもの彼みたいな。そんな感じ。
「ほうほう。ルールはバトルロワイアルみたいですね」
「バトルロワイヤルかー。私はロイヤルホストの方が好きだなぁ」
「そうですねー。誰か結衣先輩にお薬の処方をお願いしまーす」
いろはさんと結衣さんの座るソファーの後ろに、少しだけ心配そうな表情を浮かべる雪ノ下さんが黙ってモニター見守っている。
ふと、スマホを弄っていたリズが良いものを見つけたと全員の注目を集めた。
「これ、優勝予想オッズみたいよ?」
リズのスマホには、本戦出場者リストがずらりと並ぶ。
さらに、各プレイヤー名の横にはオッズらしい数字が。
PoHの名前の横に記された数字。
「えー!ヒッキー1.1しかないの!?あんなに強いんだから100レベくらいだと思ってたし!」
「由比ヶ浜さん。ちょっと黙っていてくれる?できれば5時間くらい」
「ゆきのん酷い!?」
1.1の数字は全出場者の中でトップだ。
予選時に見せた優勝候補者であるハルノンさんとの戦いがその数字を叩き出しているらしい。
謎の殺し屋
スネーカー
ホロウ・アサシン
ネット上で様々な呼ばれ方をする彼の話題が優勝予想スレッドを駆け巡る。
…な、なんか自分の彼氏が話題の中心になっているのは心地が良いわね。
「ほぇ〜、おっずってレベルとは違うんだ。じゃあこの、1.6って書いてある…、ん?すたーべん?って人も強いの?」
「あははー、これはスティーブンって読むんですよ」
「…違うわ。Sterben…、ステルベン、ドイツ語で死を意味する医療用語ね」
雪ノ下さんの丁寧な解説に、分かっていなそうな顔をする結衣さんと、恥ずかしさからか顔を赤くするいろはさんが小さく頷いた。
ステルベン…。
ふんっ!キザったらしい名前ね!
絶対にナルシストで自信過剰な人だわ。
ドイツ語も知ってるぜ?って暗に意味した自己主張。
気に入らないわ!比企谷くん、このステルベンってのを真っ先に殺しちゃって!
なんて、モニターへ見向きもせずにワイヤワイヤと騒いでいると、BoB本戦の特有ルールである、サテライト・スキャンを知らせる音に驚かされる。
「…1回目のサテライト・スキャンか。……ん?PoHが居ないぞ?」
「お!あの野郎、脱落したか!?」
なんで喜んでのよ赤髭。
私はクラインさんをキッと睨み、改めてモニターを眺める。
マップに表示された光の点が各プレイヤーを示しており、その点の下にはプレイヤーネームが表示されていた。
「わ、私、間違い探しには定評があるけど、確かにヒッキーの名前が無いような…」
ゆ、結衣さん、間違い探しに定評があるんだ…。
全員が比企谷くんの敗退に溜息を吐く中、私は画面の右横に映し出される生存者数に目を向けた。
29/30と表示されたソレ。
「…違う。まだ誰も敗退してない!」
「確かに生存者数はスタート時と変わらないわね」
知っていましたけど?と言わんばかりに、雪ノ下さんは焦りを見せぬ態度で語る。
さっきまであたふたしてたクセに…。
「あの野郎、生存者が少なくなるまでどこかに隠れるつもりか?」
「いやいや、もしかしたら先輩の影が薄過ぎて、衛星が捉えられなかっただけじゃないですか?」
「ぷっ!それあるー!」
クラインさんといろはさんが好き勝手に野次を入れる中、結衣さんだけは心配そうな表情のままに画面を見つめ続けていた。
両の手を胸の前でギュッと結ぶ姿がどこか幼気で、ほんの少しだけ彼女の比企谷くんに対する本気を覗き見てしまったような。
「…なんか結衣さんが正ヒロインみたいになってる」
「ふぇ!?あ、あすなっち、何言ってんだし!」
「その儚げな表情とかズルい」
「ぅぅ、し、心配してただけじゃん!」
「言っておくけど、比企谷くんは私の夫になるんだからね」
「っ!へ、へぇ、そうなんだぁ…。あー、でもアレだよね。ヒッキーって胸が大きい人が好きなんだよねー」
「「おまえ今なんつった?」」
「うぇ!?ゆ、ゆきのんまで!?」
この牛乳女マジで泣かす。
胸のデカさが戦力の決定的差ではないということを教えてやらねば。
と、雪ノ下さんを含めた三つ巴の睨み合いを繰り広げる中、画面の中の銃撃戦は着々と進んでいく。
相変わらず、比企谷くんは姿を画面にまったく見せないが、薄暗い所でせこせこと生き延びているだろう。
先程まで野次を飛ばしていたいろはさんとクラインさんも、シリカちゃんやリズも、エギルさんも、おそらく比企谷くんが負けるなんてまったく考えていない。
ここに居る人達は、皆んな彼の強さを目の当たりにしているから。
あの死線を苦もなく歩く彼を知っているから。
「私の夫を倒したければ、茅場晶彦か魔王でも連れて来なさいっての」