救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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前説と定説

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きたら連絡下さい?

 

それならば、俺はココで寝続けようじゃないか。

惰眠を貪ることには定評がある。

どうせ碌でもないことになるんだからこれは見なかったことにして…。

 

と、スマホをポケットへしまい直そうした時に、それは業火の地獄へと誘う鐘の如く、俺の手のひらで小刻みに震えた。

 

 

 

雪ノ下さんーーーーー

 

 

おはよ。

私はなんでも知っている。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

あらら。

こりゃ参ったね。

赤目とかよりもこっちの方が怖いんだもの。

 

俺は震える指をどうにか動かしメッセージへ返信をする。

 

 

 

比企谷ーーーーーー

 

起きました。

 

ーーーーーーーーー

 

 

それを送信した瞬間に、スマホはメッセージの受信ではなく着信を知らせた。

 

ほんとにホラーの領域だよぉ…。

 

スマホをこのまま壁に投げつけて壊してしまえばどれだけ心が楽になるのか。

そう考えながらも俺は律儀にスマホの通話ボタンをタップした。

 

 

「…はい」

 

『おはよ』

 

「おはようございます」

 

『それじゃ、今からウチに来て』

 

「…あ、あの、ちょっと昨日から不眠不休で戦ってまして」

 

『私もね、不眠不休で戦ってたの。しかも最後には辱められて殺されちゃったんだから』

 

「…」

 

『来て』

 

「はい」

 

 

地獄からの通話を終え、俺は天に顔を向け小さく祈るように手を握った。

 

できることなら、この世の不条理をあの人に、雪ノ下さんに与えて下さい。

 

それがダメなら雪ノ下さんをどこか悪意の無い世界へ転生させて、この世界軸の人間に幸せを……。

 

なんて。

 

それは流石に、転生先の世界に悪いか…。

 

 

俺はシャワーを浴びるために、とぼとぼと部屋を出るのだった。

 

 

 

 

…………

……

.

.

 

 

 

 

一度訪れたマンション。

相変わらず独り暮らしには大きすぎる部屋が並ぶそこで、俺は通されたリビングのソファーへ素直に座る。

 

粗茶ですがと出された紅茶を傾けながら、ジト目で俺を睨む雪ノ下さんと視線を合わせぬように室内を見渡した。

 

 

「相変わらずセンスの良いお部屋で。む?あの絵はなんか有名な人が描いたっぽい絵ですか?ラッセン?ラッセンが好きなんですか?」

 

「…あの絵は雪乃ちゃんが幼稚園児の頃に描いた絵よ」

 

「なるほど。緻密で繊細な所が雪ノ下らしい。お。あの壺は良い感じっすね。きっと有名な巨匠が作ったんでしょう?」

 

「その壺は雪乃ちゃんが小学生の時に作ったやつ」

 

「ほぅ。…うん、美味しい。この紅茶、イギリスとかフランスとかその辺の茶葉ですか?」

 

「この茶葉は雪乃ちゃんがこの前持ってきてくれたの」

 

 

雪乃ちゃん、多才過ぎるでしょ。

 

俺の話題に乗るつもりが無いのか、雪ノ下さんは話を続ける素振りさえも見せずに紅茶を傾け続けた。

呼ばれた理由にはなんとなく察しが付くが…。

 

 

「…はぁ。例の件、口約束とは言え守ってもらいますよ」

 

「ふん。雪ノ下 陽乃に二言は無いわ」

 

 

二言が無いのならなぜ俺を呼んだ?

なんて言えばこの御機嫌斜めな雪ノ下さんはきっと怒り狂って街を壊し暴れることだろう。

俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み、なんとなく紅茶を傾けながら難し気な表情を浮かべてみた。

 

互いに無言が続く。

 

紅茶を飲み終えそうになった時、その静寂は雪ノ下さんによって破かれた。

 

 

「…私の心配はそんなに邪魔?」

 

「…。心配が邪魔になることなんてありませんよ」

 

「でも、キミは私との約束を破ってばっか」

 

「それは…」

 

 

約束を破って…。

その言葉が、病院の屋上で見せた彼女の涙と抱擁を思い出させる。

 

これ以上、私に心配させないで。

 

涙ながらに叫ばれたその言葉を。

 

 

 

「…ねぇ、GGOで何を見たの?」

 

 

 

そっと、優しく。

彼女の呟きに俺は溜息を吐いた。

 

 

 

「…ちょっとSAOの亡霊を見ただけですよ」

 

「亡霊…」

 

 

ザザの事をどこまで話すべきか。

下手に隠しても、雪ノ下さんには晴れてしまうだろう。

それならば、関与されない程度に本当の事を伝えてしまった方がいいのかもしれない。

 

俺はゆっくりと、雪ノ下さんに思い出話を語り出した。

 

 

「…俺が殺し損ねた唯一のプレイヤーの話です」

 

 

 

 

 

 

ーーーー☆

 

 

 

 

 

 

私の彼氏が最近冷たい件について。

 

私の彼氏がゲームばかりで全然構ってくれません。

それも、廃人が続出するようなゲームにハマっているようです。

解せません。

彼がそんなゲームにハマるなんて…。

仕事人間で会社に寝泊まりばかりしている彼が、愛おしい私を放っておいてゲームに没頭している。

 

 

「…ふん!」

 

 

私は思わず枕を壁に投げつけていた。

バフんっ!と音を鳴らしながら、虚しく転がり落ちる枕。

この枕が比企谷くんなら追撃をするところだが、白地を悲しげに凹ませる枕に罪は無い。

 

時刻は23時を過ぎている。

だがしかし、この大きく空いた胸の喪失感を紛らわすにはお菓子が必要だ。

ふと、私はダッフルコートを羽織り財布を持つ。

 

コンビニへ行こうと部屋を出たところで

 

 

「明日奈。こんな時間にコートなんて着てどこへ行く気?」

 

 

目尻を釣り上げたお母さんと出くわした。

 

 

「ちょっとコンビニ」

 

「…比企谷さんの所に行くんじゃないでしょうね?」

 

「もう、こんな時間に会えるわけないでしょ?彼は学生じゃないの」

 

 

お母さんは私を怪訝そうに睨み付けた。

睨み付けたなんて言い方をすると語弊があるか。これが母の通常なのだから。

それでも、すくなからずお母さんが比企谷くんに良くない印象を持っているのは確かだ。

 

 

「言っておくけど、私の婚約者は私で決めるから」

 

「立場を考えなさい。2年も時間を無駄にした貴方に、これ以上遊べる時間なんてないの」

 

「ふん。いいもん。比企谷くんが養ってくれるし」

 

「くっ!明日奈…、彼に毒され過ぎよ…」

 

 

それは比企谷くんが留学先から帰ってきて、レクトの社員として働き始めた頃だった。

私はお母さんにお見合いの話を持ち出されたのだ。

それもレクトの土台を強くするための政略結婚。

頑なにお見合いをさせようとする母に、私はどうすることも出来ずに比企谷くんへ弱音を吐いてしまった。

 

 

『…命懸けで救った永久就職先が横取りされるのは避けたいな』

 

 

すると、既に研究開発部門で手に余る程の仕事を持っていた彼が、ふらーっと白衣のままで結城家を訪れたのだ。

 

 

『彰三氏と京子氏に話があります』

 

 

え!?

リアル娘さんを下さいキタ!?

と思いきや、なぜか私は家の外へと追い出され、数十分後に比企谷くんは、仕事があるからとだけ言い残して帰っていった。

 

何が話し合われたのかは知らないが、お父さんの呆れたようで嬉しいような曖昧な笑顔が印象的だった事を覚えている。

 

 

「……」

 

「明日奈、聞いてるの?」

 

「あ、うん…」

 

 

彼はいつも突然で、でもその突然にも誰かを守るための大義名分がある。

ひ弱そうな癖に芯だけは強い。

凛と剣を構えた姿も、柔和に微笑むだらしの無い姿も、彼の全てをさらけ出すように暖かな雰囲気を醸し出す。

 

ま、そこに惚れたんだけど…。

 

なんてね。

 

 

「…はぁ、恋は盲目ってやつね」

 

「?」

 

「ちょっと会いたくなったから比企谷くんの所に行ってきます」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 


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