最近、彼氏が冷たいのだが…。
そんなまとめサイトを見つけ、私は何の気なしにそれを閲覧する。
曰く、仕事と言って会う時間が確保出来ない…、そう言いながらも、彼がプレイするオンラインゲームのプレイ時間は着実に増えているのだとか。
まったく、彼女よりもゲームを優先するなんて。
そんな男、私なら許せないわね。
それに引き換え私の彼氏は命を張る程に私を愛してくれている。
いつだって私を守ってくれて、何かと面倒だと溜息を吐きつつも、いざとなるとキリッとした瞳と美しい剣さばきで私を救ってくれんだから。
最近なんて、幼かった顔立ちも整い、精悍で落ち着いた雰囲気がまた私の心を擽るのだ。
さてと、明日は休日だし彼に連絡をしようかしら。
ちょっと手の込んだお弁当なんて作って、陽の当たる場所でピクニックなんか出来たら幸せ…。
へへ。
さてと、とっとと寂しがりやな彼に連絡をしてやりますか。
トゥルルルー。
トゥル…。
「あ!比企谷くん?」
『ん。どうした?』
「えへへ、明日はお休みでしょ?だから、2人でどこか行きたいなぁって」
『だめだ。明日は用事がある』
「……ふぉ?」
『だからまた今度な。それじゃ』
「ちょ、ちょっと待って!!そんなわけない!そんなわけないじゃない!!比企谷くんに用事があるわけない!!」
『…俺にだって用事くらいあるわ』
「も、もしかして、またお仕事?」
『あ?まぁ、仕事っちゃ仕事か…』
「?」
『明日、GGOのBoBの予選があるんだわ』
GGO…、BoB…?
何の話か分からぬまま、彼はそれじゃぁとだけ言い残し、電話を切った。
切られた電話を暫く眺めながら、私は彼の言うGGOとBoBをネットで検索する。
ガンゲイル・オンライン…。
「……」
わ、私の彼氏が彼女よりもゲームを優先する件について…。
ーーーーー☆
相変わらずの埃っぽさ。
屈強な男どもの中で、彼女は悠々とした態度で予選の模様が流れるモニターを眺めていた。
ヘカートを傍らに起きながら、俺を見つけて手招きをする。
「やっはろー。比企谷くん、緊張でもしてるのかな?」
「それが遺言でよろしいんですか?」
「そのセリフ、そのまま君に返しちゃう」
パチンとウィンクをしながら、彼女は自分の腰掛けるソファーの隣に俺を促した。
「…さて、このCブロックが終わったら、遂に私達の出番だよ」
「ほぅ」
「ルールは確認した?」
「してないです。でも大丈夫です。俺の目的はあくまで悪魔退治なので。…あ、上手いこと言っちゃいましたね。俺」
「全然上手くないし。君とはそろそろ話し合わなきゃいけないみたいだね」
雪ノ下さんは呆れたように俺の見つめながら、ざっとしたルール説明をし始めた。
要は、同グループ30名の総当り戦らしく、1対1を繰り返した結果で上位2名が本線に出場できるのだとか。
……ふと思う。
すげぇ面倒そうだな。
「ふふ。君が勝とうが負けようが、必ず私達は戦うことになるんだよ」
随分な自信だなコイツ。
銃のデカさが戦力に比例するわけではない事を思い知らせてやる。
「それじゃ、私は少し集中したいから席を外すわね。…次に会う時には容赦しないから」
「…ふん。人の不幸を食べて育った悪魔が…、俺が必ず血祭りにあげてやりますよ」
「……わ、私だって傷つくんだからね?」
そう言って、雪ノ下さんは雑踏へと消えていった。
途端に包まれる静寂に、やる事を無くした俺は何の気なしにモニターを眺める。
GGOの戦闘模様は、スニーキングが基本となるらしい。
日頃からスネークと化している俺にはお似合いな戦闘だ。
ーーなんて。
それは柔く浅い冗談を考えている時に、突如として現れた。
背中を刺すような冷たい感覚。
実感ではなく、直感が悲鳴を上げるように。
ヒンヤリとした何かが、どこからか俺を睨んでいる。
そんな感じ。
「……っ」
久しく感じていなかったコレは、恨みや妬みを超えた殺意そのもの。
席を立ち上がり、俺は周囲へ目を凝らすも、その根源らしき物は見つからない。
ーー次はお前を必ず殺す。どこに行こうが必ずーー
頭で反芻する濁った声と赤い視線。
いや、そんな訳が無い。
アイツが居る訳が無い。
なぜならアイツは、生還して間も無くに特別な収監施設へと送られたのだから。
そんな奴が、のうのうと仮想空間に現れる訳が無い…。
……。
菊岡さんは言っていた。
仮想空間内殺人の情報を集めてくれと。
GGO内で雪ノ下さんに出会い、いくばくか、その依頼の事を軽視していた気がする。
俺は鼻っから菊岡さんの話を否定した。
仮想空間での殺人が現実とリンクする筈がないと。
無意識に、自分を蚊帳の外に置いていた。
怨念だとか、オカルトを信じるつもりはないけど、少しは注意するべきか…。
後悔しても遅いのだが、俺はPoHの名を持ってこの場に居るのだ。
少なからず、もしも
ーーーーーー☆
いつもの集合場所はいつものメンバーで賑わっていた。
カウンター席にはクラインさんがアルコールを傾けながら座り、その目前にはエギルさんが佇んでいた。
店内に設置されたソファーとボックス席には結城さんと由比ヶ浜さん、そしてリズさんにシリカさんが陣取っている。
「ゆきのーん。ゆきのんもこっちに座るといいよ」
そう言って、由比ヶ浜さんは自らの隣をポンポンと叩いた。
「おっくれましたー!でもみなさん、お酒の差し入れがあるので歓喜せよ!!」
遅れて到着した一色さんがドアを乱暴に開ける。
両手に持ったスーパーの袋をクラインさんに投げつけると、由比ヶ浜さんの隣へと飛び座った。
む…、そこは私のために開けられたスペースなのだけれど。
「あ、クラインさん。私、ピーチハイで」
「あ、あいよ…」
気押されるままに、クラインさんはスーパーの袋から取り出したピーチハイの缶を氷の入ったグラスに注ぐ。
それを見て、ため息を吐きながらエギルさんが店内のモニターに電源を付けた。
「ほら、おまえら。そろそろ始まるぞ」
「キタキタ!それにしても初めてじゃない?あれ以来、ヒッキーが仮想空間にダイヴするのって」
由比ヶ浜さんの言う通り、この数年、完全現実主義として生きていた彼が仮想空間に再度潜るなんて…。
みんながみんな不思議がるように、彼はSAOから生還後、さらには留学から帰ってきた後ですら、仮想空間に潜ろうとしなかった。
いや、仕事上、止む無しに潜ることはあったのだろうけど…。
「私達に内緒で…、しかもGGOってプロがいるって事で有名なゲームだよね?」
「へ?あすなっちも聞いてなかったの?」
誰にも言わないで…。
解せないわね。
「流石の先輩もGGOじゃ負けちゃうんじゃないですか?」
「ぷぷ、アイツが負ける姿なんて中々見れたもんじゃないわね。エギルー!これ録画できる!?」
一色さんとリズさんによるモニターへの野次を聞きながら、私もカウンターに腰掛け注視する。
銃で撃ち合うGGOの戦闘には興味無いけれど、彼の戦闘には興味があるから。
守られてばかりで、思えば彼の戦闘を見た事が無いなんて、口が滑っても言えたことじゃない。
「あ!ヒッキーが映ったよ!!」
その言葉に、全員の視線がモニターへと集まった。
ボロボロな黒のローブに身を包み、顔をフードで深く覆ったプレイヤー。
【PoH】の名が記されたプレイヤーは、バトルフィールドと呼ばれる荒野のステージでゆらりと佇む。
素人でも分かるくらいに、彼は無防備にもただただ佇んでいた。
右手に持たれた黒い銃を、構えるわけでもなく手に余らす。
まるでボールペンを指で回すように、彼は銃を手の中で遊ばせた。
「…ダガーじゃないのか」
クラインさんが小さく呟く。
GGOの戦闘とはこんなに静かなものなのか、そう思っている矢先に、モニター越しにも伝わる、胸を震わせるような大きな銃声が轟いた。
ローブを翻しながら悠々とソレを避ける彼。
ふわりと着地するや、土埃を舞い上がらせる程に地面を蹴り上げ駆け出した。
瞬く間に、戦闘相手との距離が0に近づく。
驚愕に目を開ける相手プレイヤーは、手持ちの大きな銃を何度も撃つがソレが当たることはない。
当たらないと察するや、胸元から小さな銃を取り出し、乱発に威嚇させ移動を試みようとする。
走り出したプレイヤーの脚がガクリと折れるーーー
ーーー正確に言えば、右脚が丸ごと
「な、どうして…。先輩は剣なんて持ってないのに…」
「……」
恐らく私達よりも驚いているであろう、当の脚を斬り落とされたプレイヤーは、驚きを隠せぬままに周囲を慌てて見渡す。
見渡すも、プレイヤーに彼の姿を視認することは出来ない。
ゆるりと。
静かに。
背後から頭へ突きつけられた銃に、驚嘆に包まれていたプレイヤーの目は諦めるように閉じられた。
winnerの文字と、息切れ一つしていない比企谷くんの生存が、その戦闘に終わりを告げる。
……。
「…あ、相変わらず敵の背後を取るのが上手いな。PoHのやろう」
「相手さんにしてみりゃ恐怖でしかねえだろうな」
冷や汗を垂らしながら、クラインさんとエギルさんがモニターを呆れたように眺めていた。
……。
今の戦闘を見て、彼が恐ろしく強いということは分かった。
その強さが私達を守り、結城さんを救い、デスゲームを終わらせてくれたと、頭では理解している。
しているのに……。
私は、どこか彼の姿に…。
「……なんか、ヒッキー怖い」
怖さを感じてしまった。