救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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ーGGO編ー
秋の始まり


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び回る情報を一つ一つ精査していく。

 

それは途方もないパズルを解いていくかのようだ。

 

あいつなら……、茅場なら。

 

 

”迷わずに”

 

 

涼しい顔をして組み立てていくことだろう。

 

ムカつくが、あいつは天才の類なわけで。

 

 

”今”

 

 

俺が寝ずに作成しているプログラムなんて、片手間に完成させてしまうだろう。

 

 

”矛盾だらけの”

 

 

このプログラムでさえ、あいつの前では小学生の解く算数ドリルみたいのものなんだ。

 

 

”世界を”

 

 

変えた、茅場の功績は、今もこうして、エンジニアの頭を悩ませ、自らの凡庸さを感じさせる。

 

……む、またわけの分からんエラーが出てる…。

 

あー、もう止めだ止めだ。

 

俺はPCデスクにうつ伏せになり視界を閉じる。

 

暗闇には慣れていた。

 

 

”その手で”

 

 

先の見えない道を歩み続けた2年間を決して忘れることはないだろう。

 

PCの明かりが眩しいな…。

 

むくりと顔を上げPCの電源を落とすために手を伸ばす。

だが、指がAltキーとF4キーに触れる瞬間、デスクトップの真ん中にメールの受信を知らせるアイコンが光った。

 

あぁ、煩わしい…。

時刻はam2:00。

技術開発部の研究室には、俺を除く社員の姿は見えない。

主任は働き者ですね。などと笑顔で研究室を出て行った同僚の顔を思い出しながら、俺はたった今届いたメールを開く。

 

「こんな時間に誰だよ…、ん?」

 

開いたメールに唖然とする。

所々が文字化けし、内容が読み取れない文面には何らかのウィルスが仕込まれているのではないかと疑った。

 

 

from ^2:tの

 

*:6÷%〆=・・5」

÷:ね、g(ewt・86$

」>%ー撃ち放て。

 

 

 

「…なんだこれ。サーバーのバグか?」

 

ひとまず自らのPCにウィルスが侵入していないことを確認し、その文面の文字化け部以外に読める所を読み解く。

 

 

「撃ち放て……」

 

 

なんのこった…。

疲労困憊な頭に変な物を送りつけないでくれ。

俺は再度眠りにつくために、そのメールを深く読み解くこともなく閉じた。

 

寝よう…。

 

泥のように。

 

嫌な予感が頭を過ぎりつつも、俺は瞳を閉じ直す。

明日は…、もう今日か。今日はアイツと約束があるのだから、寝不足で瞳を腐らせては申し訳ない。

 

え?既に腐ってるって?

 

てへぺろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷くん。遅刻した理由は?」

 

「……寝坊。すまん」

 

 

駆け足で向かった待ち合わせの場所には、般若の如く怒りを表情に出す1人の女性が既に到着していた。

 

待ち合わせ時間に目を覚ました俺は、着の身着のままに研究室を飛び出し、謝罪のメールを打ちながら慌てて電車に乗り込んだのだ。

 

冬が近いこの時期に、Tシャツの上に白衣を羽織るだけと言う、薄着過ぎる格好が周囲の視線を集めてしまう。

 

 

「サンダル!半ズボン!白衣!?……き、キミはデートをする気があるのかな?」

 

「逆におまえはお洒落だな。子供の癖に」

 

「一つしか変わらないでしょ!!」

 

 

結城様はご立腹のようです。

 

あまり大きな声を出さないで貰いたい。

ヘンテコな格好の男に、釣り合いが取れないほどの美少女。

目立つ要素がありすぎるんだよ。

 

 

「バッカ、おまえ。どっかの科学都市ではシスターの格好やら巫女服やら露出多めなジーンズやらで出歩く人たちも居るんだぜ?それに比べれば、俺なんて少しタイムリープしそうな気の良い兄ちゃんにしか見えんだろ」

 

「うわー、饒舌ー。ほんと、言い訳する時だけは良く喋るよね」

 

「ぐぬぬ」

 

 

結城は腕を組みながら呆れ顔で俺を睨んだ。

周囲の雑踏に負けない程の舌打ちもしつつ、彼女は俺に向かって指を向ける。

 

 

「それに、肌が少し荒れてるよ。どうせ、また会社で寝泊まりしてるんでしょ」

 

「ふふ。週に5回だけな?」

 

「泊まりすぎです!!」

 

 

レイピアでも振り回しそうな剣幕だな。

 

ふと、俺はぷんぷんと怒る結城の身体を見つめる。

 

脚の筋肉、腕の筋肉、腰回りと首回りの肉付き、俺の眼が確かなら健全な身体に戻りつつあるようだ。

いや、少しばかり痩せ過ぎだと感じるのは男である俺の主観であろう。

つもりは、結城の身体は同年代の女性ならではの正常な物なのだ。

 

 

「もう3年も経つんだな…」

 

 

ふわりと呟いた言葉は秋風に飛ばされ消えていく。

澄み渡る晴空には薄い雲が1つ。

その雲から茅場がこちらを眺めているんじゃなかろうかと錯覚しつつも、俺は目前で小言を吐き続ける彼女の頭を軽く撫でた。

 

 

「…なによ?」

 

「…。いや、虚像じゃないか確認しただけ」

 

「は?そんなわけないじゃない」

 

 

つんけんと言い放ちながらも、結城は俺の腕を払おうとしない。

気持ち良さそうに目を細める彼女がそこに居て、暖かい温もりを持ち、感情豊かな表情を見せる。

 

あぁ、やっぱりここは現実なんだな。と実感しつつも、この可愛らしい彼女がまた消えてしまうんじゃないかと不安になってしまう。

 

出来ることなら、俺の手が届く範囲にずっと居てくれよ。

 

なんて、切に願いながら、俺は結城の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

「…まったく、世話が焼けるぜ」

 

「それ、遅刻したキミが言うセリフじゃないよね」

 

 

 

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

 

 

ようやくに結城の怒りが収まり、気温に反して薄着な俺の身を思ってくれたのか、彼女は喫茶店に入ろうと提案した。

 

それは良い。

 

温い所に椅子が有り、頼めばコーヒーも持って来てくれる。

しかも砂糖とミルクは自由に入れ放題ときた。

 

最高ですね。

 

 

白衣をなびかせ歩くこと数分、結城が普段から良く訪れると言う喫茶店に到着した。

 

都心部にも関わらず閑静な店構えをした小洒落たその店は、扉を開けるや小気味良いベルの音と同時にコーヒーの豊満な香りが立ち込める。

さほど多くない席数と静かに流れるクラッシックミュージック。

俺の想像したチェーンな喫茶店とは違い、独特なメニュー表に、インスタントコーヒーの数倍はする値段が書かれていた。

 

 

「コーヒー1杯が1000円って…」

 

「比企谷くんの奢りだからね」

 

「おまえは水でも飲んどけ」

 

「すいませーん。ブレンドとミルフィーユ、あとフロランタンも」

 

 

なんですかね、フロランタンって。

俺の目が確かなら、それって、この1200円のヤツですか?

 

白衣のポケットに詰め込んだお金の金額を確かめつつ、俺も後に続きブレンドを注文する。

店員が明らかに俺の格好を見て不思議がっていたが、されは研究員の宿命であろう。

 

 

間もなくして運ばれてきたブレンドには、申し訳なさそうにスティック砂糖が1本だけ備え付けられていた。

 

いやいや君ねぇ、これじゃぁ苦くて飲めないから。

 

 

「……はい、私はお砂糖使わないからあげるわよ」

 

「お、サンキュー。ただ、欲を言うならあと3本は必要だな」

 

「身体壊すよ」

 

「構わん。…で?学校はどうよ?」

 

「…構わんくないわよ。別にキミに心配されるほどコミュニケーション能力は低くないし」

 

「嘘つけ」

 

「嘘じゃないわよ!!…それに、学年は違うけど、雪乃さんや結衣さんとも放課後は良くお茶するんだから」

 

 

へぇ…、と、気の抜けた相槌を入れながら、俺は結城の話に耳を傾けた。

結城達は、俺が留学している間にSAO生存者の更生機関学校を卒業し、今では一般の大学に通っている。

 

まさか、由比ヶ浜まで大学に受かるとは…。

 

 

「本当は、比企谷くんも大学に行きたかったんじゃないの?」

 

「は?あっちで大検取ってるのに行く意味無いだろ」

 

「…違うよ。…高校生活の続きを送りたいって、キミは思わないの?」

 

「…ふむ」

 

 

高校生活ってのもだいぶ昔の事に感じるな。

いや、実際に5年も前の事なんだが…。

 

 

例えば、あの時に俺たちがナーヴギアを被っていなかったら。

 

SAOに閉じ込められることもなく、何の変化もない生活を続けていたら、俺たち奉仕部はどうなっていたのだろうか。

それこそ、仮想世界を創造するよりも難しい想像に違いない。

幾つにも分岐した未来のルートで、俺たちはSAOに閉じ込められるルートを選択したのだから。

知らない未来のルートを想像することなんて出来やしないのだ。

 

 

それに…。

 

 

「……悪くなかったよ。このルートも」

 

「ルート?」

 

「…SAOに閉じ込められなかったら、結城とも出会えなかったろ。俺は知らない世界の想像よりも、今の世界の未来の続きこそ送りたいって思うよ」

 

「っ、きゅ、急に何よ!…それって私と会えたから満足だってこと!?すごく嬉しくて照れちゃうけどありがとう!!」

 

 

……あぁ、そういえば一色のバカとも友達になったんだったな。

ほんと悪影響しか与えないヤツだ。

 

結城は頬を赤くしながらコーヒーカップを傾ける。

 

そんな姿を白衣の男が微笑みながら見つめているのだ。

 

……いつ警察に通報されてもおかしくないわな。

 

 

すると、白衣の内ポケットに入れてあったスマホが震えだす。

 

 

「ん?メールか…」

 

 

それを取り出し、俺は結城に一言断りを入れ、スマホを確認した。

 

そこには1通のメールが受信されており、アカウントから社内メールが転送されてきたの物だと気がつく。

 

 

 

 

 

from 菊岡誠二郎

 

お疲れ様。比企谷くん。

 

お休み中に済まないね。

少し話したいことがあるんだけど、明日、時間は作れないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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