救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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色を一つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、ゆっくりと。

 

時間の経過と同時に私の心は凍っていく。

 

赤眼を持った男の背中を追いながら。

 

揺らいだ視界には何も映らない。

 

ここが何層なのか、それさえも分からぬままに私は歩き続ける。

 

ギルドを退団した私の後を追ってこれる人は居ない。

 

これでいい。

 

これでいいんだ。

 

 

臆して隠れて騙されて、彼に裏切られ……。

 

 

美しく色鮮やかに広がるお花畑で話したことも全て嘘だったんだ。

 

 

向けてくれた優しさも。

 

 

 

撫でてくれた手の平の暖かさも。

 

 

 

全部、私を利用するために偽った彼の悪意だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

フローリアは今日もカップルで賑わっている。

 

デートだと言うのにごつい防具を身に付けているのは自らのレベルを誇示するためか。

 

ベンチを1人で独占することに少々申し訳なさを感じつつ、俺はゆらゆらと揺れる転移門をチラリと覗く。

 

 

遅いな…。

 

 

いつもならそろそろ来る頃だが。

 

 

「……」

 

 

チクリと嫌な予感が頭をよぎる。

 

いや、昨夜に会って話したときに、今日はダンジョンに向かわないと言っていた。

あの様子なら1人でダンジョンに向かうってことも無いはずだ。

 

 

「…心配のし過ぎか?」

 

 

ココに来ないってだけで、彼女の安否を気にするのは少しばかり過保護過ぎるかもしれない。

 

ただ、彼女の危うさも日々感じていることから、この予感を頭に残しつつ安眠に就くことなんて出来ない。

 

 

ふと、転移門の揺らぎが強くなり、そこから数名のプレイヤーが慌てて飛び出してきた。

 

各々が息を荒げながらフローリアを駆け回る。

 

 

「い、居たか!?」

 

「居ない…」

 

「おい!ケイタ!本当にサチはココに良く来てたのか!?」

 

 

1人を除いて見覚えがあった。

 

あの慌て様に、俺は思わず溜息を吐いてしまう。

 

 

なんで嫌な予感ばかり当たるんだよ。

 

 

俺はその場から立ち上がり、彼らの元へと近寄る。

 

少なくとも、好感は持たれていないだろうが情報くらい教えてくれるだろう。

 

 

 

黙り込むってんなら

 

斬り刻んででも口を割らせるつもりだが。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、ここがおまえの死に場所だ」

 

 

男は抑揚の無い声で話し掛ける。

 

いつの間にダンジョンの最奧にまで辿り着いていたのだろう。

 

その場所は、ダンジョンでは珍しい屋外エリアになっていた。

 

セーフティゾーンなのか、それとも偶然か、そこにモンスターは現れない。

 

ただ、突き抜ける夜空と広がる空間は、どこか”学校の屋上”を頭に浮かばせた。

 

 

男はゆっくりと私に近寄ってくる。

 

手に持ったエストックの剣先がゆらりゆらりと彷徨った。

 

 

斬られる、その瞬間に比企谷さんとベンチでお話をしていた思い出が頭をよぎる。

 

どうして。

 

どうしてあんな酷い人のことを思い出してしまうの?

 

 

彼の事を思い出すと心が暖かくなるのはなぜだろう。

 

 

彼の事を思い出すと涙が出てくるのはなぜだろう。

 

 

彼の事を思い出すと、生きたくなるのはなぜだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

『か、回復結晶を買いに行ったきり、サチが戻らなくて…。そしたら、ギルドの退団申請が…』

 

 

ケイタと呼ばれるプレイヤーの言葉を思い出す。

 

回復結晶を買いに行った店で聞いた話だと、サチさんはそこで回復結晶をしっかりと購入していたらしい。

 

 

俺はサチさんが最後に見られたと言う店の前で辺りを見渡す。

 

残された痕跡など、幾多のプレイヤーが踏みしめた雪の足跡くらいだろう。

 

夜が始まるこの時刻に、街中を歩きまわるプレイヤーは少ない。

 

俺は索敵スキルを発動させ、彼女の足跡を追った。

 

 

店の前から繋がる彼女の軌跡は路地へと入り、奥へ奥へと進んでいく。

 

早歩き程度だった俺の脚も、今じゃ全力に近い速度で踏み出されていた。

 

 

「…っ?」

 

 

行き着く先には何もなく。

 

壁に囲まれた袋小路は物悲しく俺の登場を待ち構えた。

 

彼女の足跡はここで一旦止まっている。

 

ここで何をしていたのか、何のためにここへ来たのか。

 

それよりも気になることが一つ…。

 

 

彼女の背中を追うように残されたもう1人の足跡は誰の物だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

エストックに光が宿る。

 

スキルの発動に伴い光出したソレを振り上げ、赤い眼のプレイヤーはゆらりと身体を動かした。

 

 

「っ!」

 

 

目にも留まらぬ速さで振り下ろされたエストックに、私は思わず目を閉じる。

 

鈍い痛みが肩から伝わった。

 

赤いエフェクトが空へとゆっくり消えていく。

 

身体を巡る血が冷めるように、お腹の奥底から震えが湧き出した。

 

 

「…くくく。この感じ…、怯えに目を震わせるプレイヤーの姿…」

 

「…っ、はぁ、はぁはぁ」

 

 

意気揚々と、まるで始めてモンスターを狩った初心者のように、赤い眼の男は恍惚と身体を震わせる。

 

 

「現実となんら変わらない肉を斬る感触…。これだ…、これだっ!俺の求めていた欲望はっ!!」

 

 

叫ばれた言葉と同時にエストックが私の左足を貫いた。

 

私に見向きもせずに、エストックは確実に私を捉える。

 

 

心が大きく揺れていた。

 

涙はすでに流れている。

 

不安に覆われた優しい思い出が、一つ、一つと黒くなるみたい。

 

 

……て、

 

 

………けて。

 

 

 

 

……助けて…。

 

 

 

 

 

「……助けて…、比企谷さん」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

冷たい風が暴風の如く身体に当たる。

 

今日は風が強い。

 

風に飛ばされた雲が空を大きく横切ると、見え隠れする月光に俺の影が小さく現れる。

 

途絶えた足跡は無情にも俺の足を止めた。

 

手掛かりは何も無い。

 

ただ、無意識の内に動き出した俺の足は転移門へと向かっている。

 

不安に駆られる…?

 

違う、彼女が俺を呼んだから。

 

 

 

……助けて…、比企谷さん

 

 

 

プログラミングによって形成されるこの世界に、そんなオカルトじみた現象があるわけがない。

 

それでも確かに、俺の耳には、頭には、脳には…、彼女の声が届いたんだ。

 

 

街中を猛スピードで駆け抜ける俺に彼女の居場所なんて分からない。

 

ただ、分からないのに俺の足は止まることなくどこかへ向かう。

 

 

 

久し振りだな、人を探すのは。

 

あの時も、恐怖から逃げ出したアホを屋上まで探しに行ったっけか。

 

 

 

はぁ…。

 

 

サチさんに感じた不確かな違和感を、今更になって理解できた。

 

 

揺れる本心に嘘をつきながら、いつ壊れてもおかしくない心を持った危なっかしい少女。

 

小さな外力に寄って簡単に傾く本心を隠すその姿。

 

周りに不信感を抱きつつも離れようとしない。

 

 

 

……サチさんはあいつに似てるんだ。

 

 

 

周りが支えなくちゃ立つことすら出来ない。

 

 

不出来な自らを1番嫌うあいつに。

 

 

 

「…相模に似てる…、なんて言ったらサチさんに失礼か」

 

 

 

 

 

 

……………

………

……

.

.

.

.

.

 

 

 

 

 

 

月明かりに照らされながら、悪魔のように赤い眼を光らせる。

 

肩を、脚を、腕を…、楽しむように私の身体をゆっくりと斬りつける悪魔の顔は、仮面によって隠されながらも生き生きとしている様子が伺えた。

 

 

「くくくくく。良い…。良いな、その顔」

 

「…っ」

 

「焦燥に駆られた顔も捨てがたいが、絶望に屈したその顔も悪くない」

 

「…わ、私は…」

 

「…生きたくなったのだろ?」

 

「…っ!」

 

「死を覚悟したつもりで俺に付いてきながら、頭にこびり付いた記憶が蘇る度に死を遠ざけてしまう」

 

 

図星だ。

 

デスゲームに閉じ込められた不安と、彼に裏切られた絶望が混ざり合い、私の中で大きく膨らんだ。

 

それを破裂させるように、目の前に立つ赤眼の悪魔が私にエストックを向ける。

 

 

死んでしまいたい。

 

 

そう思ってここに立っていたはずなのに……。

 

 

 

「感情とは常に揺れ動く。…おまえのように弱い人間の感情をどう傾けようとも造作無いんだよ」

 

「なにを…」

 

「死にたいと思いながら生き長らえようとするその姿が滑稽だ」

 

「っ…、ぁ」

 

 

赤眼の悪魔から表情が消えた。

 

 

 

「だが…」

 

 

 

エストックに力が込められる。

 

 

 

「もう飽きた」

 

 

 

そして、そのエストックは。

 

 

感情を持たないそのエストックは。

 

 

眩い光と共に私へ向かって突き抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

ふわりとーーー

 

 

 

 

優しい風と甘い香り。

 

 

 

 

 

暖かなソレは、私に向かうエストックを弾きながら、ゆっくりと、ゆっくりと。

 

 

 

 

 

私に色を取り戻させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見つけた。サチさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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