救いは犠牲を伴って   作:ルコ

47 / 70
狂気と不安

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ギルドホームでの出来事だった。

 

昼のミーティングとは名ばかりの、昼休みのような間延びした時間に、ケイタは立ち上がり、こう宣言した。

 

 

「そろそろ中層で狩るのを止めないか?」

 

 

ケイタの言葉に、ギルドのメンバーは一瞬言葉を詰まらせたが、彼のレベルが示す45という数字が、その沈黙を和らげる。

 

テツオはニヤリと笑い、ケイタの背中を軽く叩くと、自らの剣を天へと掲げた。

 

 

「それは上に行くってことで良いんだよな?」

 

「あぁ。だがもちろん、最前線に行こうってわけじゃない。今後、主要な狩場を40層前後に上げようと思ってるんだ」

 

 

20層から30層をフラフラと狩場にしていた私達にとって、最前線が55層となろうが、40層とは一種の高い壁であった。

 

安全を重視した狩りには限度があり、レベル上げ、コル稼ぎ、共に停滞していたのも事実だ。

 

ただ、それには必ずリスクが伴う。

 

 

「遊び半分で上の層へ行こうだなんて思っちゃいない。…だから、みんなにもそれなりの覚悟をしてほしいんだ」

 

 

身振り手振りに話すケイタの目は真剣そのもの。

 

攻略組への憧れや尊敬で言っているわけじゃない。

この先のことを見据えるのであらば、戦力は少なからず高い方が身の為だと、彼は続ける。

 

 

「…こればかりは俺1人の権限では決められない。だから多数決を取ろうと思う。…満場一致の場合のみ、上の層へ進出する。いいか?」

 

 

鼓動が一つ、二つと私の胸を強く打った。

 

不安の渦が次第に大きくなっていき、まるで私の心を飲み込んでいくよう。

 

思わず胸の前で握った両の手は、血が通っているとは思えない程に冷たかった。

 

あぁ、血は通ってないんだよね。

 

私たちの身体は仮想空間で作り上げられた虚像なんだから…。

 

 

ふと、彼の顔が頭に浮かぶ。

 

 

私たちは虚像。

 

それなのに、どうしてあなたの手はあんなに暖かいの?

 

 

「サチ」

 

「…っ!…な、なに?」

 

「いや、後はサチだけなんだけど…」

 

 

ケイタが困ったように私を見つめていた。

 

ボーッとしていた私は周りを見渡す。

 

賛成の意を表明している全員の挙手に、私は顔を歪める。

 

 

 

 

「…わ、私は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び回る剣戟音とモンスターの叫び声。

 

迷宮に蔓延した霧が周囲の視界を悪くする。

 

獰猛にこちらを睨む人型のリザードの口からは粗い息が吐き出されていた。

 

HPが少なくなっている証拠だ。

 

最期の悪足掻きとばかりに、モンスターは波打ったギザキザの短剣を大きく振り被る。

 

 

「シャーーーっ!!」

 

「っ!…きゃっ!」

 

 

ガンっ!

 

と、私が恐怖のあまりに盾を前に向けると、モンスターの振り下ろした短剣と偶々打つかった。

 

 

「サチ!スイッチ!」

 

 

ケイタの掛け声と同時に、テツオとササマルが前に飛び出しモンスターに斬りかかると、頭から真っ二つに斬られたモンスターがエフェクトとなり消えていく。

 

 

「ふぅ…。やっと死んだか」

 

「疲れたー!やっぱ堅いなぁ」

 

「あぁ、それにアルゴリズムも少し違う」

 

 

テツオとダッカーが一息つきながら武器を仕舞うと、ササマルがステータスを確認しながら会話に加わった。

 

 

「だけどexpもコルも桁違いだよ。やっぱり、こっちの方が効率は良さそうだな」

 

 

薄暗い迷宮はジメジメとした不快な湿気を私の肌に感じさせる。

 

ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカーのやり取りを遠巻きに見ながら、私は先ほど倒したモンスターが振り上げた短剣の剣先を思い出していた。

 

制御されたシステムは、憎悪や嫌悪を表すこと無く私に斬りかかってくる。

 

背中を襲う冷たい悪寒は、今も尚残っていた。

 

 

鳥肌が止まらない。

 

震えるほどに心が凍えている。

 

 

「……っ」

 

 

両の手で身体を強く抱き締めるも、暖かさを感じることはなかった。

 

 

忘れてしまいそうになる。

 

 

彼の体温を。

 

 

優しさを。

 

 

「サチ?…おい、サチ。大丈夫か?」

 

「っ!…だ、大丈夫だよ…」

 

「そうか。よし、この先にセーフティゾーンがあるからそこで休憩しよう」

 

 

ケイタの号令に皆んなが続いた。

 

セーフティゾーンへと向かって歩き行く彼らの背中に私は黙って付いていく。

 

モノクロになる世界で、抱えきれない不安は今にも破裂してしまいそう。

 

 

「……っ!…?」

 

 

ゾクっと。

 

身体の芯から震えあがるような感覚。

 

……誰かに、見られてた?

 

振り返り、周りを見渡してみるも、そこには長く続く道以外に何も無い。

 

 

「……」

 

 

「おーい!サチー!置いてくぞー!」

 

 

「っ、あ、うん…」

 

 

 

 

…何かの気のせい?

 

モンスターだとしたらエンカウントした時点で襲ってくるし、低レベルとはいえ私の索敵スキルには何も引っかからなかった。

 

私は勘違いだと割り切って、その場を後にする。

 

少し早足なのは底知れない怖さを感じたからか。

 

 

 

少なくとも

 

 

 

この時の私に、”赤眼の狂気”が近づいているとは分かるはずもなかった。

 

 

 

刻一刻と

 

 

 

血に飢えたエストックが

 

 

 

私の胸を貫く時が近づいている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









赤眼に刺されてサチは死ぬ。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。