現在の最前線、55層は氷雪地帯なのだとか。
聞けば、吹雪が荒れる中で、氷雪系のモンスターが苦もなく飛び回る、少しばかりプレイヤー泣かせなエリア。
アルゴさんの攻略本によると、その氷雪地帯にはイベントボスたるドラゴン系のモンスターが出てくるらしく、そのモンスターからドロップするアイテムは、それはそれは美しい、青白いダイヤの様なインゴットらしい。
そんなインゴットで装飾品を作れたら…、なんて、乙女チックな事を考えてみたものの、そんな遊び半分でイベントボスに挑むような愚か者はこのSAOに存在しない……。
「は?インゴット?」
「そうなの!比企谷さんはこの噂を知ってた?」
フローリアの一角、お空に星々が輝く頃に、私と彼の密会は始まった。
彼はいつも、プレイヤーの少なくなる時間、夜が深まるこの時間にココへ現れ、花を数秒眺めることを日課にしているらしい。
今日も今日とて現れた彼を捕まえ、いつものベンチで下らないお話をする。心が休まる唯一の休息時間なのだ。
「…55層、ドラゴン系のモンスター。んー、それは強そうだな」
「強いに決まってるよ!でも、攻略組の”キリトさん”って方がソロで倒したんだって」
「なに?まじか…。あいつ、イベントボスとはいえ、ソロでボス攻略してきたのかよ」
「比企谷さんもソロで倒せるの?」
「むー。似たようなドラゴンと55層で戦ったが、イベントボスって程強くはなかったな…」
彼は腕を組みながら首をひねった。
ちらりと見える腰に添えたダガーが
、前に見た赤黒い物から変わっている。
それは青白く、どこか神秘的な美しさを放っていて、申し訳ないけど比企谷さんの雰囲気にはそぐわない。
「…ん?なんだよ」
「え、いや、その武器、比企谷さんのイメージと違うなぁって…」
「失礼な奴。…ま、それには俺も同感だよ」
曖昧に笑いながら。
彼は物悲しげにそのダガーを見つめた。
時折見せるその表情に、大人びた1人の男性を彷彿とさせる。
「サチさんの防具も変わってるな…。コンバートか?」
「あ、うん…。盾役に…、って、結構前からコンバートの打診は受けてたんだけどね…」
「…ふむ」
「…血盟騎士団のアスナさんみたいに、私も強かったら…」
「……」
彼の前では弱音ばかり。
安心感がそうさせるのか、この場ではどんな本音もポロポロと溢れてしまう。
ふと、彼が困ったような顔で小さく呟いた。
「…あんまり、強くなり過ぎるのも考え物だがな」
「…?」
「…。そのアスナさんってのも、内心ビビってんじゃねえの?」
「そ、そうなのかなぁ…」
「…あぁ、きっと誰も居ない所では怖くて震えて泣いてるはずだ」
血盟騎士団のアスナさん、今じゃ閃光のアスナとまで呼ばれるそのプレイヤーも、私のように夜の訪れを怯えたりするのだろうか。
暗い空が怖くて、毛布に包まり震えることがあるのだろうか。
…少なくとも、こうして優しい彼に甘えたりはしないだろう。
弱い私には、夜を乗り切る勇気が無いから、自然と彼の姿を探して、頼って、甘えてしまう。
ゆっくりと、私は彼の肩に頭を乗せようと身体を傾ける。
しかし……。
ごちんっ!と、私の頭はベンチに打つかった。
「…痛い…」
「ん?え、何、どうした?」
「…それはコッチのセリフです。どうしていきなり立ち上がるの?」
「へ、いや…、あそこに蝶々が居たから捕まえようと…」
「…子供じゃないんだから。蝶々ごときではしゃがないでよ」
私は仕切り直しとばかり、身体をピンと伸ばして彼に席へ着くように促した。
「ご、ごほん。…ここに座りなさい」
「は?」
「い、いいから!」
「ふむ…」
ノロノロと席に再度腰を下ろし、彼は何事かと不思議そうな目で私を見つめる。
ぽすんと、私は勢いよく彼にもたれかかると、頭を乗っけようと思った肩をスルリと通り過ぎ、そのまま彼の膝へと着地……。
「っ!ち、違う違う!肩に!肩に!」
「…え、ちょ、なに?眠いのか?」
彼は呆れ顏で私を覗く。
思わずして起きた膝枕は、少しだけ子供っぽかったけど、何よりも暖かい彼の体温を強く感じることができる。
…あ、これはこれで良い。
「…膝枕、お母さんにやってもらって以来…。結構クセになるかも…」
「急にトチ狂うなよ。こっちは身動き取れなくて辛いっての」
恥ずかしそうに頬を染める彼の顔がとても近い。
普段の冷静さはカケラも無く、普通な彼はどこか可愛らしい。
「もうちょっと…。このままで。…ん、休んでないで頭も撫でて」
「なんだコイツ」