救いは犠牲を伴って   作:ルコ

46 / 70
怖くて優しい夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在の最前線、55層は氷雪地帯なのだとか。

 

聞けば、吹雪が荒れる中で、氷雪系のモンスターが苦もなく飛び回る、少しばかりプレイヤー泣かせなエリア。

 

アルゴさんの攻略本によると、その氷雪地帯にはイベントボスたるドラゴン系のモンスターが出てくるらしく、そのモンスターからドロップするアイテムは、それはそれは美しい、青白いダイヤの様なインゴットらしい。

 

そんなインゴットで装飾品を作れたら…、なんて、乙女チックな事を考えてみたものの、そんな遊び半分でイベントボスに挑むような愚か者はこのSAOに存在しない……。

 

 

「は?インゴット?」

 

「そうなの!比企谷さんはこの噂を知ってた?」

 

 

フローリアの一角、お空に星々が輝く頃に、私と彼の密会は始まった。

 

彼はいつも、プレイヤーの少なくなる時間、夜が深まるこの時間にココへ現れ、花を数秒眺めることを日課にしているらしい。

 

今日も今日とて現れた彼を捕まえ、いつものベンチで下らないお話をする。心が休まる唯一の休息時間なのだ。

 

 

「…55層、ドラゴン系のモンスター。んー、それは強そうだな」

 

「強いに決まってるよ!でも、攻略組の”キリトさん”って方がソロで倒したんだって」

 

「なに?まじか…。あいつ、イベントボスとはいえ、ソロでボス攻略してきたのかよ」

 

「比企谷さんもソロで倒せるの?」

 

「むー。似たようなドラゴンと55層で戦ったが、イベントボスって程強くはなかったな…」

 

 

彼は腕を組みながら首をひねった。

 

ちらりと見える腰に添えたダガーが

、前に見た赤黒い物から変わっている。

 

それは青白く、どこか神秘的な美しさを放っていて、申し訳ないけど比企谷さんの雰囲気にはそぐわない。

 

 

「…ん?なんだよ」

 

「え、いや、その武器、比企谷さんのイメージと違うなぁって…」

 

「失礼な奴。…ま、それには俺も同感だよ」

 

 

曖昧に笑いながら。

彼は物悲しげにそのダガーを見つめた。

 

時折見せるその表情に、大人びた1人の男性を彷彿とさせる。

 

 

「サチさんの防具も変わってるな…。コンバートか?」

 

「あ、うん…。盾役に…、って、結構前からコンバートの打診は受けてたんだけどね…」

 

「…ふむ」

 

「…血盟騎士団のアスナさんみたいに、私も強かったら…」

 

「……」

 

 

彼の前では弱音ばかり。

 

安心感がそうさせるのか、この場ではどんな本音もポロポロと溢れてしまう。

 

ふと、彼が困ったような顔で小さく呟いた。

 

 

「…あんまり、強くなり過ぎるのも考え物だがな」

 

「…?」

 

「…。そのアスナさんってのも、内心ビビってんじゃねえの?」

 

「そ、そうなのかなぁ…」

 

「…あぁ、きっと誰も居ない所では怖くて震えて泣いてるはずだ」

 

 

血盟騎士団のアスナさん、今じゃ閃光のアスナとまで呼ばれるそのプレイヤーも、私のように夜の訪れを怯えたりするのだろうか。

 

暗い空が怖くて、毛布に包まり震えることがあるのだろうか。

 

 

…少なくとも、こうして優しい彼に甘えたりはしないだろう。

 

弱い私には、夜を乗り切る勇気が無いから、自然と彼の姿を探して、頼って、甘えてしまう。

 

 

ゆっくりと、私は彼の肩に頭を乗せようと身体を傾ける。

 

 

しかし……。

 

 

ごちんっ!と、私の頭はベンチに打つかった。

 

 

「…痛い…」

 

「ん?え、何、どうした?」

 

「…それはコッチのセリフです。どうしていきなり立ち上がるの?」

 

「へ、いや…、あそこに蝶々が居たから捕まえようと…」

 

「…子供じゃないんだから。蝶々ごときではしゃがないでよ」

 

 

私は仕切り直しとばかり、身体をピンと伸ばして彼に席へ着くように促した。

 

 

「ご、ごほん。…ここに座りなさい」

 

「は?」

 

「い、いいから!」

 

「ふむ…」

 

 

ノロノロと席に再度腰を下ろし、彼は何事かと不思議そうな目で私を見つめる。

 

ぽすんと、私は勢いよく彼にもたれかかると、頭を乗っけようと思った肩をスルリと通り過ぎ、そのまま彼の膝へと着地……。

 

 

「っ!ち、違う違う!肩に!肩に!」

 

「…え、ちょ、なに?眠いのか?」

 

 

彼は呆れ顏で私を覗く。

 

思わずして起きた膝枕は、少しだけ子供っぽかったけど、何よりも暖かい彼の体温を強く感じることができる。

 

 

…あ、これはこれで良い。

 

 

「…膝枕、お母さんにやってもらって以来…。結構クセになるかも…」

 

「急にトチ狂うなよ。こっちは身動き取れなくて辛いっての」

 

 

恥ずかしそうに頬を染める彼の顔がとても近い。

 

普段の冷静さはカケラも無く、普通な彼はどこか可愛らしい。

 

 

 

「もうちょっと…。このままで。…ん、休んでないで頭も撫でて」

 

 

「なんだコイツ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。