ギルドホームへの引越しが済んだ頃、私達のホームへ1通の報せが届く。
報せ、と言うよりも警告か。
その警告には、犯罪ギルド”ラフィン・コフィン”の幹部と思われるプレイヤーの顔と、リーダーであるPoHと呼ばれるプレイヤーの顔が載っていた。
ただ、掲載されたプレイヤーの誰もがフードやら仮面やらで顔を隠されており、正直言ってこの警告からはプレイヤーの正体は分からない。
「サチー?部屋の片付けは終わったのか?」
「あ、うん」
「ならこっちの片付けを手伝ってくれー」
「はーい」
リビングとなる部屋でせっせと働くケイタの呼び掛けに、私はソレを机に置く。
その警告に不思議な違和感を持ちつつも、私はケイタと共にリビングの片付けを始めるのであった。
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…
……
………
その日の夜、ケイタによって、私達は片付け終えたリビングに集められた。
新調したテーブルには色とりどりの飲み物と、ささやかな料理が並んでいる。
「お!どうしたんだよこれ!」
「なになに?これ全部ケイタの奢りか?」
「おまえら、後で会費を徴収するからな」
ダッカーとテツオ、そしてケイタがふざけ半分でプロレス技を掛け合うとそれをササマルが穏やかに制した。
一呼吸置き、ケイタがみんなに飲み物を配る。
「えー、ごほん。冗談はさて置き、このギルドホームの完成にあたって、小さな打ち上げを開きたいと思う」
「おー。なんか大人だな」
「茶化すなよテツオ。…、このデスゲームが始まって、俺たちは1人のゲームオーバーを出すこともなくここまで来れた。それは皆んなの頑張りと、俺たちの結束力によるところが大きいと思うんだ」
テツオは少しだけ大袈裟な手振りで言葉を紡いだ。
ギルドホームの所持は、ギルドとして一つ階段を登ったような物だ。
テツオじゃないけど、中層をメインにするギルドとは言え、ここまで無事に辿り着けたことには感動を覚える。
「普段からちゃらけてるようだが、テツオの明るさには救われてるし、ダッカーの機転や、ササマルの誠実さは俺たちの力になってる。サチも盾役にコンバートして大変だと思うけど、俺はその努力を知っている」
努力……。
テツオの言葉に、私は笑顔を凍らせた。
たぶん、私のしている努力と、テツオの言っている努力は違う。
違う…、違う。
私の努力は死なないための努力。
それに、フードの彼に外へ出るなと言われてから、日課にしていた狩りのノルマもまったく達成できていない。
途端に、私の目の前の風景が黒と白に染まる錯覚に陥った。
ケイタの笑顔が酷く怖い。
テツオやダッカー、ササマルの笑い声もモンスターの叫び声に聞こえてしまう。
……止めて。
止めて…、私は戦うために槍を振っているわけじゃないの。
強くなるために努力しているんじゃないの。
……出来ることなら…、私は…。
「サチ?…サチ!」
「っ!…な、なに?ケイタ…」
「いや、俯いて震えてたから…。どうかしたか?」
ケイタの手によって私の肩を叩かれ、白と黒のモノクロの世界に色が戻る。
…そうだ、伝えればいいんだ。
私の事を、私の言葉で。
努力をしている理由を。
夜になると震え出す理由を。
起きる度に憂鬱になる理由を。
この世界に来てから、本心から笑えたことのない理由を。
「…ぁ、あの、私……っ」
「…あっ!お、おい!この手配書のヤツ…」
と、私の言葉を遮るように、テツオの声が部屋に響き渡った。
その声に私を含む全員が目を向けると、テツオは先ほど私が見ていた報せを穴が空くほどに睨みつけている。
「ラフィン・コフィンのギルドマスター…、PoH……。こいつ…、この前27層で会った…」
「…?…んー、確かに雰囲気は似てるが…」
「フードを被ったプレイヤーなんてそこら中に沢山居るしな」
「いや!間違いねえって!」
テツオに続き、ダッカーとササマルまでもがその報せを眺めだす。
「なあサチ!こいつの顔、あいつで間違いないよな!?」
「え…。…えっと…」
3人に混ざって、私とケイタもその報せを見つめる。
犯罪ギルド、ラフィン・コフィンのリーダー PoH。
確かに、27層で私達を救ってくれた彼からは冷酷で非情な雰囲気を感じた。
ただ、その冷酷さは….…。
焦燥感と優しさの狭間で揺れる、どこか支えを求める1人の少年の無邪気さにも感じた。
「…わ、わからないや。…あはは、思い出したらまた怖くなってきちゃった。…すこし外で風に当たってくるね」
✳︎
まだ見慣れない街並みを眺めながら、私は空から溢れる光の暖かさに心を洗う。
ぐるぐると渦巻く葛藤に、いつの間にか私の心は冷え切ってしまっていたようだ。
「……」
拭いきれない恐怖が私の深淵から手を差しのばす。
ふと、その手を掴んで死んでしまえば楽なのに、……なんて。
ふと、街に立てられた掲示板が目に入る。
《彩り鮮やかな花の楽園》
《47層 フローリア》
フローリア…。
確か綺麗なお花畑が広がる主街区だったか、最前線が55層の攻略に乗り出している現在、47層のフローリアは定番のデートスポットとして確立していると聞く。
残念ながら、レベルが35である私には47層のダンジョンに潜ることは出来ないが、街中の探索になら向かうことができる。
「…フローリア」
興味本位か、それとも現実逃避か。
私の脚は気づけば転移門へと向かい、ゆらゆらと揺れる足取りでソレを潜った。
…はは、ゆらゆらって、これじゃぁあの人のアホ毛みたいじゃない。
.
…
……
………
「…ふわぁ。キレイ…」
転移門から抜けると、直ぐに目前に見える広大なお花畑。
ここは本当に仮想空間なのかと疑ってしまう程に、それは多くの色彩を放ち、甘い香りを漂わせていた。
所狭しと並んだ花弁。
甘い蜜に誘われたミツバチ。
ヒラヒラと舞う蝶。
ゆらゆらと揺れる……
アホ毛。
「……へ?」
「む?」
どこか仄暗いイメージを思わせた黒のマントやフードの姿ではない、グレーを基調としたラフな格好な彼がそこに居た。
もちろん安全圏のココで、あの赤黒いダガーは装備していない。
「……あんたは」
「あ、あの、その節はどうも…」
ポケットに手を入れながら、花とはそぐわぬ雰囲気を持った彼は、私にチラリと視線を向ける。
「……この一帯よりも南には行かない方がいい。気付いたらモンスターに囲まれてましたってのも嫌だろ」
「…はい。…えっと」
私がおずおずと彼の横に歩み寄ってみると、彼は気にした様子もなく花を眺め続けた。
何かを思い出しているような、少しだけ哀愁漂うその姿はどこか物悲しい。
「…あの、お花…、お好きなんですか?」
「……好きじゃない。…嫌な事を思い出すしな」
「嫌な事?」
「……。」
それ以上、彼は何も言わずにただただそこに佇んだ。
横から覗く彼の姿は、やっぱり私達と同じくらいの年齢で、まだ幼さが残るくらい。
あの時、あのトラップゾーンで見せた彼の剣劇が脳裏に蘇る。
美しく、強く、しなやか。
きっと、彼は攻略組のプレイヤーなのだろう…。
知りたい…。
彼のことを。
そして、知ってもらいたい。
私のことを。
ふと、そう思った時に、私は彼の腕を掴んでいた。
「…?」
「私、サチって言います…」
「…」
「……怖いです、戦うの。逃げたいです。隠れていたいです…」
頬を滴る涙が地面に落ちる。
恐怖に包まていた心が壊れちゃったみたい。
黒猫団のみんなには悪いけど、私はもう……、戦いたくない…。
ふと、私の頭に暖かい陽だまりが溢れる。
それは緩やかに髪の毛を撫でながら、行き場の無かった私の本音を溶かしてくれるみたいに。
「…俺も怖い。ぶっちゃけ、戦いたくねえよ」
「…っ」
「…でも、ここでの約束を守らないと、またあいつらに怒られちまうから…」
「…あ、あいつら?」
彼は黙って私の頭を撫で続ける。
こんなに強い人でも戦うのは怖いんだ…。
ふと、彼の目と視線が合う。
「俺は死なん。俺が死なない限り、あんた…、サチさんの安全も保証してやる」
「…っ!」
その言葉はまるで魔法みたいに、冷め切っていた私を温めた。
守ってなんて言えない。
みんなの足手まといになるから。
それに自分の命すら危ぶまれる世界で、人の命まで守ろうと考える人がどれだけ居るの?
それなのに、彼は平然と”守る”と言ってのけた。
「あ、あの…、名前を教えて下さい」
「……プレイヤー名は教えられない」
「…っ」
「……比企谷。これリアルネームな。あんまり広めてくれるなよ?」
比企谷と名乗った彼の顔は、どこか大人びた兄のような。そんな感じ。
私は一人っ子だったから、こんな風に抱擁力のある優しさを、近い年齢の人から受けたことがない。
…だめ、クセになっちゃう。
お兄ちゃんに甘える妹の気持ちがよく分かるよ。
「ひ、比企谷さん…。え、えへへ。比企谷さん。…そ、それじゃあ、リアルネームがバレないようヒッキー
って呼ばせてもらいます!」
「それはやめてね?」