脆く崩れゆく檻を眺めつつ、俺は随分と露出度の高い服を着ている結城の姿を確かめる。
怪我は…、あるわけないか。
…それにしても露出度が…。
おへそとか見えてるし。
「ひ、比企谷くんっ!!」
「…。その格好、ちょっとビッチ過ぎるぞ?若い女の子がお腹を冷やすなよ」
「へ?」
ともあれ、結城の無事は確認できたわけだ。
「やっぱり、寝てる顔より可愛いよな」
「へ?へ?へ!?」
俺の嫁はやっぱり動いてる方が可愛らしい。
お行儀よく伸びた背筋も、無駄にキメ細かい髪も、照れると染まる赤い頬も……、こんなゲームの中じゃなくて、本物のおまえを俺に見せてくれ。
「…んで、お前を斬れば結城は帰れるのか?須郷くん」
目障りに映える金髪をかき上げながら、須郷は怒りの形相で歯を剥き出しにする。
笑ってるのか、怒ってるのか。
「…っ。須郷くんは止せ。この世界での名はオベイロンだ!!」
「設定だろ。仮染めの木偶王」
「…あまり、調子に乗るなよっ!!」
須郷は目を見開き、眼光鋭く俺を睨みつけた。
「ふぅふぅ…。ふ、ふふ。取り乱してしまったよ。…たかが学生の世迷言。…ティターニア、少し下がっておいてくれるかい?」
「…っ!」
静寂の場で、須郷の左手が大袈裟に振り回されると、何も無い虚空から2本の鎖が現れる。
その鎖は素早く結城の手を捉え、身体を宙に浮き上がらせた。
「…へ、へへ。悪くないよティターニア。…痛みに歪める顔なんて最高じゃないか」
「くっ…」
……ヤバい性癖ですな。
これは早めに殺しとかなきゃ。
「ふ、ふふふふふふふ。ふわぁーっはっはっはー!!」
「…バグった」
「私の完璧な世界にバグなどは無い!!…そうだ、比企谷くん。君には感謝しているんだよ?」
「あ?」
「純粋な希望をティターニアに与えてくれてね」
「…」
「どうだい?…希望が!!目の前で!!…絶望に変わる。…これ程のエンターテインメントは早々味わえないだろう?」
「……俺は希望なんかじゃない」
「はぁーーー?」
高笑いする須郷はブツブツと呟くと右手に眩い金色の大剣が召喚された。
「…ふ、ふふふ。わ、私にはGM権限があるんだよ。希望くん」
「…っ?」
ダガーを握った腕が動かない。
いや、腕どころか身体が固定化しているようだ。
動かなくなった俺を心配そうに見つめる結城と目が合った。
…あんまり泣くなよ。
自分の心配だけしとけっての。
「動けないだろーー?ふふ、はははっははーー!ペインアブソーバーをレベルマーックス!!!…なぁ、本当の痛みを君は知っているかい?」
知ってるよ。
大切な物を失った痛みを、俺は嫌と言うほど味わったんだ。
だから、これ以上。
ーー失いたくない。
「俺の希望は結城、おまえだよ。
……お前が居ないと。
俺は…、生きていけないみたいだ」
ふわりと、結城の頬を涙が滴り落ちる。
それを見て嘲笑う須郷がゆっくりと、動けない俺に近づいてきた。
「…ペインアブソーバーレベル10の痛みだよ。現実でも支障がでるかもねえ。……は、はははは!何処から貫いてもらいたいのかなーーー?」
イヤラしくエクスキャリバーを振り回す。
…何処を貫かれたって同じだ。
痛みにはもう慣れてるしな。
「早くぶっ刺してこいよ。茅場の二番煎じ野郎」
「っっ〜〜!!死ねーーーーー!!!」
ぶつりと。
俺の腹をエクスキャリバーが貫いた。
夥しい量の赤いエフェクトが腹から飛び出ている。
あぁ、確かに泣きたいほど痛いよ。
痛いけど……。
何よりも軽い一撃だ。
「っ……」
「ふーはっはっはー!痛いか!?痛いだろ!?」
「……ふぅ。須郷、これで満足か?」
「…………へぇ?」
アホな顔で突っ伏す須郷を他所に、俺は空に向かって声を出す。
「…材木座、もう充分だ。GM権限を須郷から消してくれ」
『あいさ!』
プログラムの変更なんて俺には分からんが、材木座の声が聞こえてきたのと同時に腹の激痛が消えていった。
身体の自由も取り戻すと、次第に結城の鎖も消えていく。
鎖が完全に消え去り、地面に着地した結城は腰を抜かしたようにへたり込んだ。
「…ひ、比企谷くん。お腹、大丈夫なの?」
ダガーをクルクルと回しながら、俺は須郷を無視して結城に近寄る。
軽く頭を撫でてやると、結城は涙ぐみながら必死に立ち上がった。
「…久しぶり。もう迷子になるよ?」
「ぅっ、ま、迷子になってもいいじゃない…」
「あ?」
「えへ、えへへ。また、何度だって、迎えに来てくれるんでしょ?」
ようやく見れたのはあの頃と同じ結城の笑顔。
おまえは泣いてないで笑っててくれよ。
出来ればあんまり心配もかけさせないでくれ。
居なくならないでくれ。
……そばに居てくれ。
足が震えている結城の腰を抱いてやると、結城は懐っこい猫のように目を細め、顔を埋めながら俺にしがみ付いてきた。
人って仮想世界でも暖かいんだな。
「…はぁ。過労で倒れるわ。…よし。材木座、俺と結城をログアウトさせてくれ」
『む。…其奴に報復はしないのか?』
「……報復」
報復ねえ…。
材木座の言葉に須郷はビクンと身体を震わせると、冷や汗を滝のように流しながら腰を抜かす。
世界を支配した王の姿は、もうそこに無い。
哀れな1人のプレイヤー。
「よう。ペインアブソーバーレベル10の痛み…、味わってみたいか?」
「ひ、ひぃ〜〜!…わ、私の権限を返せ!!もう奪われるのは懲り懲りだ!!…よ、ようやく茅場先輩が居なくなったと言うのに……、っ…」
喚き散らして地面を叩く。
これほどに哀れな姿を曝け出すほどに、奴は混乱しているのだろう。
ゆらりと、俺は一歩一歩を踏みしめながら須郷に近づく。
手には赤黒いダガーを持って。
「っっ〜〜!ろ、ログアウト!ログアウトしろ!!」
「…須郷」
「ぅぅ〜〜っ」
手慣れた手つきで愛用のダガーを天に振りかざす。
もうコイツを振り下ろすのはこれで最後だ。
俺にしては良くやっただろ?
もうベッドでゴロゴロさせてくれよ。
なぁ、茅場。
「ぅ、わぁーーーーっ!!!」
コツン。
「…………ほへぇ?」
ダガーの剣腹が須郷の頭を軽く叩く。
コツンと軽い音が鳴ると、須郷は何が起きたのか理解出来ていないようで、自らの頭を両手で撫でた。
「……もうこれ以上、結城に……、レクトに手を出すな」
「…っ!?」
「お前を裁くのは俺じゃない」
「…ぅ」
「…深い事情に首は突っ込む気もない。…須郷、これで終わりだ」
須郷に私怨が無いわけじゃない。
少しでも気を抜けば、このダガーで首をぶった斬ってしまいそうだ。
「比企谷くん…」
……それでも、大切な物がココにあるから。
もう、気を抜かせてくれよ。
「…はぁ。早く帰ろうぜ。ボッチをあまり語らせるな」