救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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鳴り止まぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

「おーい!せんぱーい!!」

 

 

静かな病院の庭園に私の声が木霊する。

 

それを聞いてクスクスと笑うのは散歩中の患者さんや、その人に付き合うナースさん達だろう。

 

 

庭園を抜ける所からちょうど見える先輩の病室。

 

風通しを良くするためか開けられている窓から、ベッドに腰掛ける先輩を見つけ、私は思わず叫んでしまった。

 

それを聞いて嫌そうな顔をしつつ、先輩は窓の扉を閉めてしまう。

 

恥ずかしがり屋さんめ。

 

 

私は少し早歩きで病院内へと入り、受付で必要事項の記入をすると先輩の病室へと飛び込んだ。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「邪魔だ。帰れ」

 

「照れですね?わかります」

 

「なにこの後輩うざい」

 

 

ふわりと流れる会話に顔を綻ばせながら、私は持ってきた手土産を先輩に手渡す。

 

 

「はい。これお土産です」

 

「お、気がきくじゃん。なに持ってきたんだ?」

 

「もやしです。安かったんで」

 

「もやしかよ!」

 

 

病室に備え付けられた丸イスに腰を落とし、あの痩せこけていた頃が嘘だったかのように健康そうな身体へと戻っている先輩を見つめてみた。

 

血色も良く、腕や脚の筋肉も着き始めている。

 

うん、いつもの先輩だ。

 

 

「…つぅかよ。昼頃に来るんじゃなかったの?」

 

「え?あ、少し早かったですね」

 

「まだ10:30だからね。少し所じゃないからね」

 

「そんなに興奮すると身体にさわりますよ?」

 

「おまえの所為だろ」

 

「え、私で興奮してるんですかごめんなさいすみません妄想のおよめさんとじゃれ合う人とは結婚できませんごめんなさい」

 

「何なんだよ…。朝から体力がレッドゾーンだよ」

 

 

と、疲れて顔を見せる先輩に、気がきく後輩である私はお茶を淹れてあげる。

 

コポコポと音を鳴らすポットからお湯を出し、ティーパックをカップに入れた。

 

 

それと同時に、お茶受けがコロンと転がって先輩の座るベッドの下へと落ちてしまう。

 

おっと、いかんいかん。

 

と、私はベッドに下にしゃがんで手を伸ばすと、そこには鈍く光るアミュスフィアが隠されいた。

 

 

「ぷっ。高校生じゃないんですから。もう少しバレない所に隠した方がいいですよ?」

 

「灯台下暗しだ。逆にバレん」

 

 

見つかったら大変そうだなぁ、なんて思いながら、アミュスフィアを再度ベッドの下に隠そうとしたときに、私は間違えてどこかのボタンを押してしまった。

 

 

最終ログアウト履歴

 

06:12

 

……。

 

 

電子表示に数字が現れる。

 

へぇ、こんな機能もあるんだ。

 

 

……?

 

 

「先輩……」

 

「あ?」

 

「今朝、私がログアウトした後もプレイしてたんですか?」

 

「……なんの事だ?」

 

「いや、ログアウトの履歴が、私のログアウト時間よりも1時間くらい遅いんで」

 

「……ふむ」

 

 

途端に静まる病室。

 

いつかの時も、先輩が何かを考える時には空気がそれを察したかのように静かになっていたな。

 

 

何も言わず、先輩がそっと立ち上がった。

 

 

そして、窓の側へと歩き、そこから吹き付ける風で髪をなびかせながら小さく呟く。

 

 

 

 

「……俺のために仮想空間を捨ててくれるか?」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

遡ること材木座との会合。

 

流れ続ける涙を気にしないように、俺は気丈に振る舞にながらも材木座の話を聞いた。

 

 

『御令嬢は天辺に居る』

 

『…』

 

『知っていると思うが、空中都市には世界樹のグランドクエストをクリアしなくては登れない。八幡がどれだけ強かろうと、あのクエストはクリア出来んだろう』

 

 

材木座の説明によると、そのクエストはただ世界樹の中に入り上へと進み続けるだけだとか。

 

だが、その道中に出てくるガーディアンの数が並大抵の物ではなく、壁の如くその道を塞ぐらしい。

 

 

『ソロプレイヤーでは……、いや、現在プレイ中の各種族にそれをクリア出来る隊はない』

 

『…今から種族間の親密度を上げて同盟組んで攻略しろってか?』

 

『そうは言わんさ。……明日の明朝に、ALO全域における一斉メンテナンスがある。もちろんプレイヤーはログイン出来ないが』

 

『……その時ならガーディアンってのは居なくなるのか?』

 

『居なくはならんが動きはしない。……そのメンテナンス時に、我のハッキングで八幡をログインさせる』

 

『……大丈夫なのか?』

 

『ふん。我を見くびるな。ヘマはしないでござる』

 

『……そうじゃなくて。そんなことしておまえは大丈夫なのか?』

 

『……良いのだ。レクトの悪玉を取り除くためだ。それに、師匠の理想を汚されのは我慢ならんしな』

 

『……アイツの理想ねぇ』

 

『さて、メンテナンスは明日の明朝、3:00から1時間。その間に上手いことやってくれ』

 

 

 

 

.

……

……………

 

 

 

 

外は暗く沈み、寂しげに感じる月の周りには小さな星が輝いた。

 

時計に目をやると午前2:50を指している。

 

 

 

”…先輩のおかげで、

 

 

今の私があるんです。

 

 

先輩が居なかったら

 

 

つまらない世界で

 

 

ぼーっと生きてました。

 

 

先輩のためなら

 

 

仮想空間の一つや二つ

 

 

ゴミ箱に捨ててやりますよ。”

 

 

 

昼間のあいつは笑っていた。

 

ALOの中でも、あいつにはきっと友人が多々居たことだろう。

 

それをいとも容易く、俺のために捨ててくれる言った。

 

……。

 

 

メンテナンス中に不正ログインをする。

 

レクトの管理者プレイヤーのみがメンテナンスのためにログインしている空間に、俺が現れたら瞬く間に捕まってしまうだろう。

 

だから、俺から目を背けさせるためにも囮が必要となる。

 

 

そう伝えても、一色は顔色一つ変えずに返答を変えなかった。

 

 

不正を働けば、ALOからは追放されるかもしれないと言うのに…。

 

 

”だって先輩達が戻ってきてくれたんです。居場所ならココにあるでしょ?”

 

 

「…良い後輩に恵まれたもんだ」

 

 

俺はアミュスフィアを頭に着ける。

 

今夜でお終いだ。

 

最後まで、悪い夢は見せないでくれよ。

 

 

 

 

「リンクスタート…」

 

 

 

 

………………

………

……

.

.

 

 

 

 

「警戒態勢!!不正ログインプレイヤーを確認!!直ぐに排除しろ!!」

 

 

仮想空間で目を開けるや直ぐに、俺の耳には怒号が飛び込んだ。

 

周囲を見渡す前に、世界樹の物陰に隠れて身を隠す。

 

 

「プログラムを変えろ!!そのプレイヤーのアビリティーを全て凍結させるんだ!!」

 

 

声の発生元が上だと分かり空を見上げた。

 

 

大きな月が顔を出す夜空には数人のプレイヤーと、それらを弄ぶように逃げ回る1人のプレイヤー。

 

 

月を背景に飛び回るそいつはどこかの物語に出てくる妖精のよう。

 

 

俺に空は飛べないから、そいつの飛ぶ姿が美しく目に焼き付けられる。

 

 

 

「…さんきゅ。一色」

 

 

 

ステルスヒッキーは静かに地を蹴り上げた。

 

 

目的の世界樹は直ぐそこだ。

 

 

そして、大きな石像に守られた門の前に辿り着くや、感傷に浸ることもなくその門を押し開ける。

 

 

「……クエストの発生画面は出ないな。…この上に、あいつが居るわけだ」

 

 

外から見る世界樹はとても高い。

 

中から見る世界樹もとても高い。

 

 

空を飛べれば一直線に行けるであろう天辺も、俺は地道に階段を使わなくてはならないと思うと溜息が出てしまう。

 

ただ、その溜息を皮切りに、全速で走り出した俺は円状に並ぶ螺旋階段を神速のごとく駆け上がった。

 

ガーディアンなんて影も見えない。

 

 

近づく天辺に比例して、俺の心臓も強く鼓動し鳴り響く。

 

 

 

 

 

「……っ!鳴り止め馬鹿野郎!!ワクワクとかしてんじゃねぇぞ俺!!」

 

 

 

 

 

 

 


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