救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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舞い上がる感情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

世界最大の中立都市

 

【央都アルン】

 

世界樹の根元に広がるこの都市は中立都市であるがために9種族のプレイヤーが交流することができる。

 

積層構造で段上に並ぶ街並みは壮観だが、それよりもやはり、天高くまで貫く世界樹は圧巻だ。

 

 

「「ほぇー」」

 

 

世界樹を下から見上げても、てっぺんは雲に隠れてしまいみることができない。

 

 

「一応聞くけど、あれが世界樹ってのでいいんだよな」

 

「間違いありません。あれが正真正銘の世界樹です」

 

 

思えばここまでの道のりは、決して平坦な物ではなかった。

 

主に隣で惚ける先輩が原因だった気もしなくないけど…。

 

 

「…それで、この上に先輩のお嫁さん(妄)がいらっしゃるんですね?」

 

「(妄)ってなに?(妄)って。……まぁ、居るかもしれん」

 

「居るかも?」

 

「上にはさ、妖精王ベロリオンが居るんだろう?」

 

「オベイロンです」

 

「……そいつ以外には誰か居るのか?」

 

「え?あー、いえ、誰も登ったことないですし、居ないとは言い切れませんけど…」

 

「……ふむ」

 

 

先輩はコクリと頷くと、空を見上げても腕を組む。

 

相変わらず、何を考えているかは分からないけど、その行動原理にはきっと救われる第三者が居るのだろう。

 

普段よりも少しだけ真面目な顔をする先輩にドキっとしながら、私は明日以降の予定を促した。

 

 

「もう夜が明けます。何にせよ、続きは明日ですね」

 

「ん。さて、朝帰りと行きますか」

 

「先輩には無縁なセリフです」

 

「……夜通しネトゲに熱中してるお前に言われたくねぇよ。つぅかよ、おまえ大学は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫とは?」

 

「いや出席とかだよ」

 

「出席票なら友達が出してくれているので大丈夫です」

 

「なにそれ友達めっちゃ便利じゃん」

 

「はい。なので、明日も昼くらいから病院に顔を出しますんで」

 

「いや大学行けよ」

 

「それじゃぁまた数時間後です」

 

「あいよ」

 

 

軽く手を振り先輩に見送られながら、私は透明に浮かぶメニュー画面をタップし、ログアウトボタンを押した。

 

 

 

視界が徐々に暗くなって行くと、目を開けた時には現実のベッドの上に戻っている。

 

 

……

.

.

 

 

 

「……」

 

 

 

不思議な感覚。

 

さっきまで一緒に居た人が、ボタンを押しただけ遠くに行ってしまうのだから。

 

ベッドからもそもそと立ち上がり、太陽が昇り始めた空を窓から眺める。

 

 

「…何度目の朝帰りだろう」

 

 

……。

 

朝帰りしたことないけど…。

 

本当の朝帰りもこんな感じなのか?

 

……そんなわけないか。

 

 

「ふわぁ〜。…少し寝よ。明日も昼からお見舞いに行かなきゃだし」

 

 

バックステップで窓から離れ、ベッドとの距離を概算し、勢い良く飛び込む。

 

 

 

通称ジャンピング睡眠グ。

 

 

 

「決まった。これは明日も良い事ありますね」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

世界樹の麓で、一色がエフェクトとなりログアウトしていくのを見送り、俺は少しだけその場から離れる。

 

アルンの中では珍しい、人の出入りが少なそうな萎びた店を見つけ、俺はその扉を開けた。

 

 

薄暗い店内にはプレイヤーの姿は見られない。

 

 

「…呼び出しておいて無礼な奴だな。…隠れてないで出てこいよ」

 

 

「む。管理者限定のステルス機能を見破るとは流石だな。八幡」

 

 

俺の声に呼応するように、薄暗かった店内の照明が徐々に明るくなっていく。

 

カウンターと椅子が並ぶだけの物悲しい店内。

 

そこでプレイヤーの姿を視認することも、索敵に引っかかることもない。

 

ただ、姿の無い空間から聞こえる確かな声。

 

 

「腐った気配がだだ漏れだ」

 

「く、腐った!?……、ふ、ふむ。時間も無い、お遊びは辞めるとしよう」

 

 

椅子に座ることもなく、俺はただただ声の主が放つ気配の元を見続けた。

 

すると、一点に空間にエフェクトが集まるように、ゆっくりとその姿を形成していく。

 

 

スラリと伸びる四肢。

 

細く柔軟そうな身体。

 

高く尖った鼻と切れる目で彩られる整った顔。

 

肩をさらうようになびく髪がふわりと揺れた。

 

 

「よう、八幡」

 

「……材木座。おまえって奴は…」

 

「ぐふふ。この姿こそ我の真の姿。……ごめんなさい」

 

「…こっちこそごめん」

 

 

 

……….

……

.

 

 

 

カウンターに出されたカップの中で紅茶がゆらゆらと揺れた。

 

特段に美味しい訳でもないが、仮想空間で飲む飲み物はどこか不思議な感覚を覚えさせられる。

 

喉を通る感触から内臓に流れていくまで。

 

リアルよりも少しだけ強く感じるのだ。

 

 

「身体の外部的感覚と内部感覚では後者の方が複雑で難解なのだ。茅場師匠が創ったとはいえ、こればかりは人それぞれの感じ方であろう」

 

「なんだよ、師匠って」

 

「八幡よ。貴様はSAOに捕らえられいたのだから分かるであろう。師匠の創造に理不尽はない」

 

「……む。あえて言うなら俺の瞳を腐らせたことくらいか」

 

「それは元々だ…」

 

 

ティーカップを傾けながら、材木座は脚を組み替えた。

 

現実では組み替える程の長さがないくせに……。

 

なぜか感じる劣等感を押さえ込みながら、俺は材木座の話に耳を向け続ける。

 

 

「…御令嬢の件に関しては師匠の理念から遠く外れるのだ」

 

「……」

 

「理不尽……、もはや理解不能である」

 

「おまえが俺を呼び出した理由…、それは……」

 

 

静かに、材木座はティーカップをカウンターに置く。

 

八頭身のイケメンは、一息吐きながら身体を俺に向けると、何かを操作する素振りを見せ、その姿をゆっくりと変えていった。

 

 

「件のコトに決まっておろう。……八幡が想う眠り姫は、……レクト社内の者により自由を奪われている」

 

 

短い手足、眼鏡とボサボサの髪型が印象的な、それでもどこか親しみやすい。

 

 

それは俺の知っている材木座だ。

 

 

「八幡の予想通り、彼女はALO内で……、世界樹の天辺、空中都市に捕らえられているのだ」

 

「……。いいのかよ、そんな事を俺に教えちまって」

 

「ふん。我が求めるのは理不尽に支配された世界ではない。創造の中にある自由を羽にした世界だ」

 

「…ふん。カッコイイこと言ってんじゃねぇよ。…間違えて惚れちまうだろ」

 

「ふぅわーはっはっは!……案外、惚れやすいのだな。八幡よ」

 

 

メガネをグイッと上げながら、材木座はその場で天井を見上げながら高笑いをする。

 

その姿は高校生の頃からなんら変わらない。

 

 

「ふふふ……。して、この大変な時期に、現実では色々とあってな」

 

 

材木座は椅子から立ち上がり、扉やら窓やらに近づき何かを操作する。

 

 

「聞かれてはならない話だ。……聞き耳スキルたる無粋なスキルもあるのでな」

 

「聞かれてはならない話?」

 

「……レクトのフルダイヴ研究部門の主任を知っているか?」

 

「あぁ、ネットで調べたよ。須郷くんだろ?」

 

「…ふむ、それなら話が早い。その須郷が来週中に婚約を発表する」

 

「大人だな。結婚とか考えたこともないわ」

 

「……お相手は深い眠りに就く、CEOの娘さんだ」

 

「結城じゃねぇかよ」

 

「む。あまり驚かないのだな」

 

「…まぁな」

 

 

眉を潜める材木座には悪いが、何となくはソレは想像していたのだ。

 

須郷が結城と婚約する理由も、大方CEOである結城章三氏への取り入れだろう。

 

須郷がオベイロンだと仮定した時に、結城をティターニアと呼ぶ理由にも納得できる。

 

 

……上昇志向の高い奴だ。

 

空中都市を住まいにする須郷にはぴったりじゃねぇか。

 

 

「…SAOで浪費した2年間、結城が社会的に復帰するには須郷との婚約は悪くないのかもしれん」

 

「……八幡、何を言って…」

 

「あいつは良いとこの令嬢なんだろ?そんな奴が2年間も寝たきりで……、エリートコースを外れた結城に未来はあるのか?」

 

「それは彼女が決めることだ!」

 

「……もうガキじゃない。意思の尊重より、将来の展望だろ」

 

「…八幡…っ!?」

 

 

 

 

……なんて、大人振ってる自分に嫌気が指す。

 

 

今すぐにでも、ここで駄々をこねたくなるくらいに、俺はあいつの婚約に納得がいかない。

 

 

ログハウスで過ごしたあいつとの2年間を、須郷の思惑のためだけに利用されると思うと……。

 

 

それでも、あいつの為を思うなら。

 

 

 

だから…。

 

 

 

頬を流れる生暖かい一筋の線は気のせいだ。

 

 

 

 

「……八幡。仮想空間では感情を隠せないんだ」

 

 

「っ、…。…相変わらずくそみたいな世界だな…」

 

 

「会いに行ってこい。そして御令嬢から聞いてくるのだ…」

 

 

「……」

 

 

 

「彼女の意思を……。彼女の我儘を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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