救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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形を模様したモノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

目の前に、一筋の赤黒い光が走り去る。

 

それが剣撃だと気が付いた時には、私の身体は冷たい地面に横たわっていた。

 

私を斬った彼の実力は私程度が図れる物ではなかったのかもしれない。

 

 

噴水広場で初めて出会った彼は皮肉にも人付き合いが上手だとは言えない様子だった。

 

見た目も行動もまんま初心者で、世界樹すら知らない。

 

どこまでも飄々としていて、それは戦闘になっても変わらない。

 

とんでもない速さで放たれる剣撃と美しい身のこなしを、いとも簡単にやってのける。

 

口を開けば人をバカにする。

 

そのくせドキッとさせられるくらいに優しいから。

 

その優しさが偽物だったとは思えない。

 

 

 

 

出会った時から一際目立つ腐った瞳も、今は……。

 

 

 

優しく

 

暖かく

 

私を見降ろしていた……。

 

 

 

「……な、なんで…」

 

 

 

彼は短剣を仕舞いながら、私を見降ろし口を小さく開ける。

 

そこから声が発せられていた訳ではないけど、その口は確かにこう呟いていた。

 

 

 

ーー片付けてくる。

 

 

 

 

.

……

………

……………

…………………

 

 

 

 

 

「…っ、くっ」

 

 

横たわっていた身体に力が戻り始める。

 

HPは黄色ゾーンにすら辿り着かぬまま、ただただ麻痺毒にだけ身体を蝕まれ続けた。

 

どうやら彼の攻撃には麻痺スキルが備え付けられていたらしい。

 

およそ10分程の麻痺状態の中、モンスターにもプレイヤーにも出くわさなかったのは幸いだった。

 

 

「…う、ぅ…」

 

 

右手に力を込めて冷たい地面からなんとか立ち上がるが、身体の節々にはどこか違和感を覚える。

 

 

「…まだ、完全には回復してないのかな…」

 

 

それでも、私は自らの脚に鞭を打ち歩き始めた。

 

洞窟から出れば月の光を浴びることが出来る。

 

月の光があれば空を飛べる。

 

空が飛べれば……。

 

 

 

「……あの人を追うことが出来る」

 

 

 

これは私の願望かもしれない。

 

 

ゲームに理想を求めるなと言われたばっかりだけど。

 

 

私が誰に信頼を置いても私の勝手だ。

 

 

どうしても彼の事を疑うことが出来ない。

 

 

立ち去るときに見せた彼の瞳は、まるで……。

 

 

あの頃、私を何度も救ってくれた”あの人”にそっくりだったから。

 

 

 

「……もう、守られてばかりの私じゃなないんですよ。……先輩…」

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

ひとまず麻痺で身体の自由を奪った彼女は暴れることなく横たわってくれた。

 

このまま放置すればモンスターの餌食になり兼ねんな…。

 

俺はアイテムストレージからとあるアイテムを取り出しこっそりとその場に投げ捨てる。

 

モンスターの嫌いな臭いを充満させるそのアイテムはおよそ10分程の効果があるはずだ。

 

 

俺は隣を走る赤髪の青年に声を掛ける。

 

「……この洞窟を抜けるのは、おまえらのパーティーが最後か?」

 

「へい!俺らは後尾追撃隊なんで!」

 

 

青年はどこか下っ端気質が強く感じるな。

 

へい!って聞くの初めてだわ。

 

 

「もう少しで洞窟を抜けます!そしたらアルン高原までひとっ飛びっす!」

 

「飛ぶな飛ぶな。シルフやケットシーに見つかるかもしれんだろ」

 

「あ!そうでした!将軍にも言われてました」

 

 

素直な青年が言うアルン高原、そこが会談の開かれる場所なわけだが、どうにも青年の話を聞く限りだとユージーン将軍とやらはただの脳筋ではなさそうだ。

 

 

先ほど全滅仕掛けた青年のパーティーは後尾追撃隊。

 

そして、ユージーン将軍率いる特効隊。

 

大パーティーをあえて分割しているのは相手の出方を見て後から作戦を変更できるからだろう。

 

 

「それにしても、あの狂姫を一撃で仕留めるなんて……。さすがユージーン将軍の隠し玉っすね」

 

「まぁな。ここだけの話、ユージーン君とはリアルでも知り合いだから。まじマブたち。ガチリスペクト」

 

「す、すごいっす」

 

「俺の役割は狂姫を会談から遠ざけることだったんだがな…」

 

「狂姫を倒してしまったわけですからもう敵なしっすね!」

 

「すねー」

 

 

……彼は素直だね。

 

将来が不安になるよ。

 

ゲームなんかやってないでもっと社会学を学んだ方がいいんじゃないか?

 

 

と、俺と青年がお喋りしながら走ること数時間。

 

会談場所であるアルン高原に辿り着くと、数キロ先には会談中であっただろうシルフとケットシーの領主、そしてその取り巻きが丁寧並べれられた机や椅子を跳ねどかし周囲を睨みつけていた。

 

 

まぁ、簡単に説明するなら。

 

 

シルフとケットシーを取り囲むサラマンダー軍と、サラマンダー軍に囲まれるシルフとケットシーの数名。

 

 

……絶望ですな。

 

 

「あ!もう始まってます!俺たちは少し離れた場所で……、ぐえっ!?」

 

「あ、ごめん。手が滑った」

 

「ま、まじっすか?手が滑って首を跳ねないでくださいっす」

 

「うん。ごめん。あ、また手が滑った」

 

 

首から離れた顔をさらに真っ二つに。

 

残念ながら彼はこれで全損だ。

 

惜しい人材を逃したなぁ。

 

 

「……よし。行くか」

 

 

青年の消滅を確認し、俺はゆらりと歩き出す。

 

赤いサラマンダーが周囲を囲う光景は壮観だな。

 

 

円の中心に散らばった机を目指し、俺は大きくジャンプした。

 

 

高く高く、空を飛ぶサラマンダーよりも上を。

 

 

久しぶりに見上げた空には星が一つだけ。

 

 

まるで俺みたいじゃないか。

 

 

ふわりと浮かんだ身体を空中で制御し、重力を感じさせない身のこなしで全プレイヤーの中心に現れる。

 

 

 

赤く染まるサラマンダーの大群の目も、ヒミコのように髪を横に丸めたシルフの領主も、猫みたいに憎たらしい顔をしたケットシーの領主も、全員が等しく俺の乱入に驚いたようで。

 

 

「……はぁ。注目されるのは苦手なんだが…」

 

 

夜更けは近いな。

 

 

俺のタイムリミットはナースが見回りに来る朝の5時。

 

 

それまでには終わらせないと。

 

 

俺は小さく息を吐き出し、腰に据えた愛剣にそっと触れる。

 

 

「…貴様は誰だ」

 

 

一際野太い声と、それに負けない程に逞しい顔つきのプレイヤーが俺を睨みつける。

 

確かあれがユージーン将軍だったな。

 

 

「強そうだな。はは…、羽が全然似合ってねぇ」

 

「……質問の答えになってないな」

 

 

空から見下ろされる気分はよろしくない。

 

羽に頼って上がった高みで、さぞ気持ちよく鼻を高くしていることだろう。

 

 

ふと、俺の乱入に固まっていたシルフとケットシーの両領主がようやく口を開いた。

 

 

「き、君は一体……。敵なのか?味方なのか?」

 

「見た目はシルフだよねー?…サクヤの護衛さん?」

 

「いや、私は頼んだ覚えはないが…」

 

「んー?じゃぁ君は誰なの?……あ!もしかしてサラマンダーにこの会談を教えた人!?」

 

「待て。私を含めこの会談を知っているプレイヤーは極一部だ。彼が話を漏らす以前に会談の存在すらも知らないはずだ」

 

「それじゃぁ君は……」

 

 

2人してまるで納得のいかない顔で俺を見つめ続ける。

 

のんびり構えてる状況ではないと思うんだが、そこは流石にゲームの中である。

ピンチよりも好奇心の方が勝っているようだ。

 

 

「おい、あんた。この会談は秘密裏に進められていたんだよな?」

 

「む、領主様にむかってあんたとはなんだね。……まぁ、極一部にしか知らせてはいないな」

 

「それはケットシー側にも言えたことか?」

 

「そうだね」

 

 

小さく頷くケットシーの領主はニコニコとした人懐っこそうな笑顔のまま腕を組んでいる。

 

猫耳がピクピクと揺れるのは種族の特徴か?

 

まぁ、雪ノ下あたりなら可愛がるのだろうが、どこかウチに居るバカ猫を思い出してしまい耳を引っ張ってやりたくなるな。

 

 

ただ、それとは対照的に疑心を顔面に貼り付けたシルフの領主は小さな声で呟き始める。

 

 

「…信頼…と言うのは少し恥ずかしいが、私がこのゲームの中で最も信頼しているプレイヤーが居る。ただ、彼女は今ココに居ない。護衛を頼んだのだが野暮用とやらで断られてしまってな」

 

「聡明な判断だ。信頼だけじゃこの世は渡れんからな。それで、あんたが信頼しているプレイヤーってのは誰だ?」

 

「……。ふむ、シルフ最強の狂乱戦姫、アイラだ」

 

 

苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら導き出した答えはやはり俺の予想通りで。

 

その答えに行き着かれることがまるで……。

 

 

 

誰かに仕組まれていたかのように。

 

 

 

「……そうか。じゃぁそのアイラってのが漏洩犯なのか、そこで飛んでる赤い旦那に聞いてみようぜ」

 

 

「「!?」」

 

 

「ふん。それは俺に戦闘を挑むということか?」

 

 

相変わらずも俺たちを囲むように空を支配する赤いプレイヤー達と、その中でも異彩を放つ馬鹿でかいプレイヤー。

 

 

彼らはこの場でこの会談を邪魔するためだけにこの人数を集めたわけだが、それはとても長い時間の準備を要したことだろう。

 

 

シルフか、それともケットシーか、どこかでサラマンダーに通じている内密者によって、その準備は成熟し、完成を間近に迎えている。

 

 

内密者の影は未だ分からないままだが、一つだけハッキリしているのは……、”あいつ”な訳がないってことだ。

 

 

それを証明する物なんて何もないけど俺には分かる。

 

 

あのバカに、仲間を裏切ることなんて出来ない。

 

 

 

あいつはあの陽だまりの部室で。

 

 

 

誰よりも俺たちの事を見続けてくれていたから。

 

 

 

はぁ…。面倒くせぇ。

 

 

 

バカな後輩を持つと、先輩は少しだけ格好付けなきゃいけないんだよ。

 

 

 

「……口の硬そうな奴だな。どれだけ斬り刻まれれば口を割ってくれるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 


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