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静かに伝わった彼の声は私の脳に響き渡る。
一瞬、秘密裏に動いている協定会談に誰が邪魔をするのだと笑い飛ばそうとしたものの、彼の言葉にはまるで常人の常識を覆すような力強さと、説得性を感じてしまった。
「…っ」
言葉に詰まる私とは裏腹に、こちらに近付いてくると言うプレイヤーから逃れるため、彼は私の腕を掴み洞窟の影へと身を押し込む。
ざっざっと過ぎ去るプレイヤーはどこか忙しなく、それでも着実に脚を運んでいた。
防具がカチャカチャと鳴り響くだけの洞窟内は少し物悲しい。
「……また、サラマンダーだったな」
「…はい」
サラマンダーと度々出くわすのは偶然?
ユージーン将軍が古森に居たのも何かの気まぐれだろうか。
大量の編成部隊。
活発に動くプレイヤー。
寝静まった頃合いのプレイ。
……。
「あ、ありえません。…この会談は私を含め数名のプレイヤーにしか知らされていませんし。ケットーシーの人達が私たちを裏切ったとも考えられないです……っ!」
「なら、仲間内から話が漏れたんだろ」
「っ!シルフにそんな人は居ません!!」
ヒステリックに叫んでしまったことを後悔する。
居ないと言い切った私の顔を彼は呆れたように見つめていた。
…なんでそんな目で見るんですか?
ゲームの中で他人を信頼しちゃいけないんですか?
キッと睨みつけるように視線を打つけると、彼はそれから逃れるわけでもなく、咎めるわけでもく。
優しく小さな声と共に私の腕を引っ張った。
「俺がサラマンダーにバラした」
「っ!?」
「……現実にサラマンダーの知り合いが居てな。おまえから聞いた話をそいつに伝えてやったんだ」
「…ぅ、うそ…。そんなの……」
「……。仲間だと信頼して、信用して。…それがこの結果を招いたってことだ」
「っ!」
掴まれていた腕を力一杯に振りほどく。
酷く息が苦しいのは気のせいか。
動悸が聞こえてしまうくらいに、私は動揺しているんだ。
彼から距離を取り、腰に刺した長刀へ手を置いた。
「……ここで俺を斬ってどうする?過去の清算か?それとも憂さ晴らし?」
「だ、黙ってください!!」
「はぁ。視線がブレてるぞ。剣先も揺れてる。肩の力が入り過ぎてる……。そんなんじゃ俺は斬れないだろ…」
「……っ」
凛と佇む彼は未だ剣を握らない。
遂には手をポケットに入れて私に近付いてくる始末だ。
ゆっくりと、ゆっくりと…。
「……嘘だよ。嘘」
「……は?」
「…少しからかっただけだ。現実にサラマンダーどころか軽口を叩ける知り合いすら居ないよ」
彼はそれだけ言うと私のおデコにペコっとデコピンをした。
からかった……?
なんの為に?
本当に……ウソ、なの?
「……」
「…それくらい、周りは疑った方がいいな」
「…なんで、…なんでそんなことを言うんですか…」
信用。信頼。
……本物。
私がこの世界に求めた物は現実では手に入らない。
私はそれから逃げてしまったから。
彼から、彼女達から、私は逃げてしまったから。
逃げ込んだこの世界はーーー
私のーーー
理想なんだ。
「……。仮想空間に理想を求めすぎるなよ。おまえの現実が悲しんでるぞ?」
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思わず虚言を吐いてしまった。
こいつが仮想空間に理想を抱き過ぎているから。
狂ったように仮想空間へとしがみ付くこいつの様は、まるでSAOで自分の地位を堅実に守ろうとするトッププレイヤーだ。
疑い深く俺を見つめる瞳は、どこか不安さも感じさせるのは気のせいか。
それでも、こいつが仮想空間にばかり理想を描くと言うのなら、仮想空間に囚われた先駆者としてこいつには少しばかり危機感を抱かせなくてはならない。
「……はぁ。そう睨むなよ。本当にからかっただけだ」
「……。周りを疑えと言ったのはあなたです」
「…利口でよろしい」
「ふん。…それより、妄想にしては信憑性のあるあなたの話、確かにここ数日のサラマンダーが活発に動き回ってることと辻褄が合います」
どこか刺々しい言葉を俺へと投げつける彼女は、腕を組みながら何かを考える素振りを見せる。
「……。」
「…考えたって始まらん。聞いてこようぜ」
「は?ちょ、誰に聞くってんですか……」
「ほら。ちょうどあっちからサラマンダーのプレイヤーが歩いてくるだろ」
静まる洞窟内に、数名が地面を踏みしめる雑踏が響き合いこちらに近づいてきていた。
索敵には先ほどからずっと引っかかっていたが…。
そして、近づいくるそいつらの防具は触れたもの火傷させかねないほどに強烈な赤色を醸し出す。
出来れば話し合いで。
ダメなら斬り合いで。
彼らから話を聞き出そうじゃないか。
「おまえはここに居ろよ」
「…いえ、私も行きます」
「…そう」
どうやら彼女は戦闘モードにフルドライブしているらしい。
今すぐにでも剣を抜き出し奴らに斬りかかりそうな程に、ばちばちと近付くものを敬遠するような殺気をバラまいた。
俺への怒りか失望か…。
それとも領地の心配か。
どちらにせよ、強い瞳は左右にブレることなく一点の敵だけを睨みつけ、不安を一蹴するかの如く一閃を貫く。
「て、敵だー!!ーーっ!?シルフの狂姫だ!!全員戦闘準備を…っぐぇ!?」
.
…
……
…………
………………
……………………
最初の1人から最後の1人まで、サラマンダーの阿鼻叫喚が洞窟内を支配する頃にはパーティーのメンバーは大半が消滅していた。
「はぁはぁはぁ……」
「……あなたで最後ですね」
「ーーっ!く、くっそ…、聞いてないぞ…。どうして狂姫が此処に居るんだよ…」
「…」
「…くっ…。ま、負けたよ。一思いにヤってくれ」
「…あなたに聞きたいことがあります」
「っ…。な、何をだ?」
「…ふっ」
「うぅっ…!!」
彼女の剣先がサラマンダーのプレイヤーの頬を掠れる。
首に掛けられた鎌のごとく、それは無情にも、痛みよりも激しく伝わる緊張感をより増させていた。
「……っ。俺は何も知らねぇ…。本当だ…」
「……。それじゃぁどこへ向かおうとしていたか教えてください」
「……く」
だめだな。
こいつは口を割らない。
ゲームの中で味わう恐怖なんてたかが知れている。
それなら、こいつから情報を聞き出す方法は一つしかない。
……。
どくん、どくん…。と。
不自然に心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。
…なんでだろうな。
もう慣れたと思ってたんだが。
「……言わないならあなたもここで……っ!?」
音速の剣が彼女の身体を斬りさいた。
口を開きかけた彼女の腕が、俺の目の前でゆっくりとした速度を保ち切り落ちていく。
絶句した彼女の視線と、右手にダガーを添えた俺の視線が打つかった。
驚愕の表情を浮かべて腰を抜かしたサラマンダーは、何が起きたかまったく理解していない様子だ。
「っ!な、何を……!」
「……バカを騙すのがこんなに簡単だったとは思わなかった」
「…っ!?」
俺と彼女は静かな洞窟で対峙した。
「…よぅ、サラマンダーのあんた。しっかりユージーン将軍に伝えてくれよ。狂姫は俺が殺したって」
「…っ、最初から、私を騙してたんですか?」
片腕の彼女は剣を握る。
……俺、なんでこんなことしてるんだ?
他人の事情にまで顔を突っ込んで、自らの目的を蔑ろにしてる。
……結城がこの先で待ってる。
早く助けてやんないと。
……。
それなのに…。
目の前で不安に駆られる彼女のことも守ってやらなくちゃと思ってしまう。
「…騙される方が悪い。ほら、掛かって来いよ。一瞬で片がつく」