救いは犠牲を伴って   作:ルコ

33 / 70
同盟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

古森を出て鉱山へ突入する前にある安全地域、ルグルー廻廊入り口前。

 

 

宿と武具屋があるだけの小さな街で、私は壁にもたれ掛かり冷たそう石床を見つめた。

 

仮想空間に入れば晴れると思った心のモヤモヤは、現実と同様に尚もこうして心を縛り続ける。

 

 

電話越しに彼は何を思ったのだろう。

 

 

受話口から聞こえた優しい音色はあの頃と変わらず、奉仕部で過ごした空間を鮮明に思い出させた。

 

 

「……元気そう、だったなぁ」

 

 

とても2年間を寝て過ごした人とは思えないほどに、彼は自らのことよりも他人のことを心配していた。

 

 

それが彼らしく、なによりも彼の持つ優しさで。

 

 

その優しさに、雪ノ下先輩は、結衣先輩は……、私は、惹かれたんだと思う。

 

 

いや、惹かれたんだ。

 

 

ぐっと強張る身体が熱を帯びた。

 

 

「……虫の良い話かもしれないですけど……、もう一度、あの頃のあの空間に……」

 

 

……浸りたい。

 

 

 

逃げ出し私にそれを思う権利はないけれど、どうしようもなく溢れ出すこの感情だけは制御が効かないから。

 

 

「…私は…。私は…」

 

 

「…おい」

 

 

「ぬわっち!?」

 

 

突然に、街の静寂を突き破る下品な私の声。

 

それを出させたのは他でもない、目の前に図々しくも堂々と仁王立つこの男だ。

 

 

「ちょ、ちょっと!今シリアスな感じで物思いに更けてたのに!!邪魔しないで欲しいです!!」

 

「あ、ごめんごめん。続けて」

 

「むむー!もう台無しですよ!」

 

「私は私は…、じゃねぇよ。おら、時間もねぇんだからさっさと行くぞ」

 

 

馬鹿にするように、彼は二ヘラと笑いながら私の真似をする。

 

 

「私は、私は…!あなたをこの右手で殴り飛ばします!!」

 

「ぬぉ!?…あ、危ねぇだろ!何をしやがんだ!!」

 

「その腐った瞳、私の右手でぶち壊す!!」

 

「げ、幻想壊し!?」

 

 

…………

……

.

.

 

 

 

「……さて、お遊びもこの辺にしてそろそろ向かいますか」

 

「いてて、遊びの加減じゃなかったからね?……で、鉱山ってのはあの洞窟か?」

 

「はい。正確にはルグルー廻廊と言います。中には主にオークなどが出現しますが、私とあなたなら余裕でしょう」

 

「ほう」

 

「ちなみに廻廊内は月明かりが入らないため羽が回復しません。ゆえに飛べません。…あなたには関係ありませんけど」

 

「ふむ。関係ないな。俺には立派な脚があるし」

 

「はいはい。では、行きましょう」

 

 

ルグルー廻廊の入り口に向かうべく歩き出した私に彼は黙って付いて来る。

 

 

「洞窟の中は暗闇ですから魔法を使って辺りを照らす必要があります。えぇ〜、ごほん……。アール・デナ・レイ……」

 

「お、光った」

 

「へへ。これが魔法です」

 

 

洞窟内を照らす光が数メートル先の道のりを指し示した。

 

静かな空間に響く2つの足音。

 

PoHさんの索敵にはまだ何者も引っかかってはいない。

 

 

「…あの、リアルのお話を振ってしまい申し訳ないんですけど……、昨夜話してくれたバカな後輩さんとは会えたんですか?」

 

「あー。会えたって言うか、まぁ、話はできたよ」

 

「…そうですか」

 

「少し根深そうな問題を抱えてるみたいだな」

 

「…へぇ。大変なんですね」

 

「うん。原因は俺っぽいけど」

 

「おまえの所為かよ!!……まったく、後輩さんに何をしたんですか?セクハラですか?強姦ですか?」

 

「口を謹め。…いや、何もやってない……、寝てたし」

 

「寝てた?」

 

 

その後、ボソボソと何かを呟きながら、彼は腕を組んで考え込んでしまった。

 

その後輩さんのことで思う事があるのか、少なくとも、大事な人じゃなかったらここまで彼を悩ませたりはしないだろう。

 

 

少し、羨ましい。

 

 

そういえば、初めてこの人と出会ったときに言っていたっけ…。

 

 

 

『ちょっと知りたいことがあってな。…あぁ、あと、ちょっと”バカ”を探しに』

 

 

 

バカを探しに……。

 

彼の探し人はそのバカな後輩さんなのだろう。

 

 

 

 

 

「……いいなぁ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

ほんの数メートル先しか照らさない光を頼りに、洞窟内の狭い道を歩き続ける。

 

暇潰しとばかりに始めた会話は、なんの盛り上がりもなく収縮していった。

 

 

”後輩さんに何をしたんですか?”

 

 

何もしてないはずなんだよなぁ。

 

 

”セクハラですか?強姦ですか?”

 

 

出来るわけないだろ…。

 

 

ふと、隣を歩く彼女の言葉を思い起こしていると、一つの疑問に辿り着く。

 

 

セクハラ、強姦……。

 

 

俺、後輩が異性だって言ったか?

 

 

「……」

 

「ん?どうしたんですか?まだ歩いて10分も経ちませんよ?もう疲れてしまったんですか?」

 

「…んー、ちょっと考え事をな」

 

「へぇ…。あ、でもここからは少し集中してくださいね。オークと突然エンカウントすることもありますし、もちろん他種族のプレイヤーとだって遭遇します」

 

「うむ。善処しよう」

 

 

そう言いながら、俺は周囲に索敵を広げて敵、他種族の存在有無を確認するもエンカウントするにはまだまだ遠い。

 

洞窟に入ること数時間、索敵により回避しているところもあるが、ここまで戦闘のないMMOも物悲しいな。

 

 

何の気なしに、俺は腰に据えたダガーに手を掛けてみる。

 

 

カチャ、と。

 

 

鋭い音と慣れ親しんだ触り心地。

 

 

仮想空間でプログラムされた感触にも関わらず、これに触る度にSAOでの出来事が鮮明に思い浮かべられる。

 

 

……。

 

 

あんまり良い思い出がないな。

 

 

プレイヤーには嫌われ、ボスには狙われ。

 

 

「……ちょっと自己嫌悪だわ」

 

「へ?何ですか?突然」

 

「…何でもない。……そういえばよ、木の天辺に行くには随分と難しいクエストをクリアしなくちゃならないんだろ?」

 

「木って……。はい、グランド・ダンジョンですね」

 

「それはどれくらい難しいわけ?」

 

「死ぬほど難しいです。サラマンダーが編成した攻略部隊ですら瞬殺だったらしいですし」

 

「へぇ」

 

「へぇって…。今からそこに向かってるんですよ?」

 

「まぁな。…種族単体でどうにもならんなら同盟でも組んだらどうだ?」

 

「ふん。あなたに言われるまでもありません」

 

 

彼女はそっぽを向きながらない胸を張ると、少し誇らしげに同盟における事情を喋り出した。

 

 

彼女曰く、俺たちシルフは絶賛同盟の協定活動中だそうだ。

 

 

シルフ領の北隣に領地を位置するケットーシーの領主と話が既に進んでおり、近日中にも領主同士の会談が行われるとか。

 

 

グランド・ダンジョンの攻略、さらには互いの交流に物流まで、種族間での強い協定を結ぶことで他種族への牽制も兼ねているのだろう。

 

 

 

 

「ちなみに、私はその会談の際に領主であるサクヤの護衛の任務を受けていたんですから!」

 

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたな」

 

「まぁ、護衛なんて名ばかりのモノですけどね。ちょっとした顔合わせみたいなもんです」

 

「……」

 

 

顔合わせ…、ねぇ。

 

その口ぶりからすれば、シルフとケットーシーの間にはそれなりの信頼関係が築かれているのだろう。

 

領主のサクヤって奴も、こいつの話を聞く限りでは立派にシルフ族をまとめている。

 

 

 

 

ふと、俺の索敵に何かが引っかかる。

 

 

 

真っ直ぐに洞窟内を駆け抜けている様子から察するに、それは数名のプレイヤーのようだ。

 

 

 

 

「……こっちに来る。ほら、隠れるぞ」

 

「モンスターですか?」

 

「いや、プレイヤー」

 

「ふむ、またですか」

 

「ああ、まただ」

 

「なにかイベントでもあるんですかねー」

 

「あれだろ。アレ。さっきのヤツ」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

「その同盟会談ってのを邪魔しに行くんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。