救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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罪深き後遺症

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「……ふわぁ〜」

 

 

 

私は思わず口に手を当てて周りを見渡す。

 

周囲からはティーカップを受け皿に置く音と、BGMに流れる洋楽しか聞こえてこない。

 

 

昨夜も日が昇るまで仮想空間に居たためか、今朝は目覚ましの音にすら気付かないほどに眠りこけてしまった。

 

もちろん大学の講義には間に合うわけもなく、LINEで同じ講義を受けているコに出席票の代筆を頼むことにしたわけだが……。

 

 

ゲームで徹夜して講義サボって部屋に引きこもる……、それはダメ人間過ぎる気がする。

 

 

と言うわけで、偶には出掛けようよと思い外に出たのだけれど。

 

 

あぁ、陽が眩しい……。

 

 

雑踏が耳障りだ。

 

 

脚痛い。飛びたい。

 

 

……。

 

 

何コレ。

 

鬼ゲーじゃん。

 

 

どこか休憩できる所はないか、と思い見つけた喫茶店に入り、アイスコーヒー1杯でぼーっと居座り続けること現在。

 

 

「……暇です」

 

 

ストローでぶくぶくしつつ、何の気なしに昨夜のことを思い出す。

 

 

 

私の弱い所にそっと手を当てるような優しさ。

 

必要以上に自分を隠すずる賢さ。

 

ふとした時に見せる弱さ。

 

 

 

つかみ所の無い彼に、どこか現実の彼を重ね合わせてしまっている。

 

 

小さく走る胸の痛みに、私は眠気を全て攫われた。

 

未だ逃げ続けている私に、彼を思う資格はない。

 

 

「……」

 

 

ブルブル……と、机の上に置いてあったスマホが突然震えだす。

 

 

ガタガタガタと机を鳴らす振動音は静かな店内には目立つ程に電話の知らせを主張した。

 

 

慌ててそれを持ち上げ、スマホの画面を確認するも、その通知に登録は無く、無機質な数字だけが画面に映し出される。

 

 

「は、はい」

 

『…よう。俺だ』

 

 

電話の向こうから聞こえてきた声は電波のせいか聞こえが悪い。

 

男の人としか認識の出来ない声だが、おそらく前に合コンなりして番号を交換した人だろう。

 

 

「あ、久しぶりぃ。急に電話してくるんだからびっくりしちゃったよぉ」

 

『……。うん、悪い』

 

 

当たり障りのない返答にも、どこか相手の声はトーンが低い。

 

何よコイツ。

 

クール振ってんの?

 

でもまぁ夜まで暇だし、飲みなり食事なり奢ってもらおう。

 

 

「私さぁ、講義が休講になっちゃってすごく暇だったんだぁ」

 

『……休講?…大学にはしっかり行ってるのか?』

 

「へ?あ、う、うん。当たり前じゃん。……」

 

 

少し電波が良くなったのか、電話の向こうから聞こえる音がクリアになっていく。

 

心の底から暖かくなるような声。

 

誰だっけ、この人。

 

すごく落ち着く……。

 

 

「……時間ある?暇なら飲みにでも行かない?」

 

『おまえはまだ未成年だろ?まぁ、マッ缶なら飲みに行ってやらなくもないが』

 

「……マッ缶…」

 

 

小さく、小さく…

 

呟かれた言葉に、お腹で冷えていた塊が徐々に柔らかくなっていくような感じ。

 

 

思い出すのはあの頃の光景。

 

 

甘い甘いコーヒージュースを丁寧に傾ける彼の姿はどこか凛々しく。

 

 

部室に顔を出した私に気づくとそれを机に起きながら

 

 

”…暇なの?手伝いなら断るからな”

 

 

なんて。

 

 

電話口から伝わるあの頃の声。

 

 

あなたはもしかして……

 

 

「……せ、先輩…?」

 

 

『どこの男と勘違いしてたんだよ。……一色』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

電話の向こうから聞こえてくるあざとい声。

 

もはや屋上から見上げる青空よりも清々しい。

 

 

「……立派にあざとくやってるみたいだな」

 

『え、あ、はい……。あ、あの…』

 

 

俺だと知ってか、戸惑いを隠しきれない声が断続的に聞こえてくる。

 

 

「……見舞い、来てくれてたんだろ?ありがとな」

 

『…っ!…そ、そんなこと…』

 

「……」

 

 

一色の声はだんだんと小さくなっていく。

 

まるで電話を早く切りたいと言わんばかりに。

 

 

「…声に抑揚がない。舌も回ってないな。喉の筋肉が震えてる。……、おまえ、俺に隠し事でもあるの?」

 

『……』

 

 

SAOで培った掌握術は、電話越しの相手のことでさえも手に取るように理解できてしまう。

 

嫌な後遺症が残ったものだと思ってはいるが、これほど使える後遺症も他に無いだろう。

 

 

「……。雪ノ下や由比ヶ浜には会ったか?」

 

『…今度、お見舞いに行こうと思ってます』

 

 

たわいのない会話にも、そいつの内側を読み解くには充分な素材がたくさん転がっている。

 

返答に掛かる時間。

 

呼吸音の強さ。

 

 

「小町もおまえに会いたがってたぞ」

 

『そうですか。連絡してみます』

 

 

疑い深く選ばれた当たり障りのない言葉。

 

 

「……2年も寝た切りだと世間に疎くてな。今度時間があるときにでも街を案内してくれよ」

 

『…はい。時間があれば』

 

 

……。

 

そこは、デートのお誘いですか気持ち悪いですすみませんごめんなさい。だろ。

 

 

浮かび上がるように伝わる一色の内情に、俺は小さく頭を上げた。

 

 

小町や葉山が言っていた一色の変化。

 

電話越しに伝わる俺への隠し事。

 

会話の節々に散らばる嘘。

 

 

 

「……それじゃ、またな」

 

『…っ。ま、またです』

 

 

 

途切れた回線から辿るように、俺の持つ一つの疑問が確証へと変わった。

 

 

 

一色は罪悪感を抱えている。

 

 

 

そして、その罪悪感の根本に居る人物。

 

 

 

それはーーーーー

 

 

 

 

 

 

「……俺…?」

 

 

 

 

 

 

 


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