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勇ましく吠える赤髪のプレイヤー達の目をのらりくらりと交わしながら、古森に入ってから1度も戦闘を行うことなく私達は世界樹へ脚を進めた。
私の索敵も十分に広範囲だと思っていたが、隣を歩く彼の索敵は私の比ではない。
今もこうして、数キロ先に見つけた(私の索敵には引っかからなかったけど……)サラマンダー隊から身を隠すために木々の陰に隠れている。
ざっざっざっと、分厚い防具を身に付けた6人のプレイヤーが私達の側を歩き過ぎていったのだけど……。
……エンカウント率が高いなぁ。
「……、サラマンダーってのは真夜中にも関わらず盛んな連中だな」
「……むぅ。確かに多いですね」
「この森に入ってから、ざっと66人のプレイヤーを感知したが…」
「ろ、66人!?そんなに居るんですか!?」
彼がさも当然に発した言葉に、私は思わず声を上げてしまう。
てゆうか、どれだけの範囲を感知してるんだろ……。
いやいや!
今はそれよりもプレイヤー数の異常性だ。
真夜中も真夜中のこの時間に、中立域の過疎地域に66人のプレイヤー数は多すぎる。
「66人ものサラマンダーが……」
「…サラマンダーと決めつけるのは早いが……、さっきから通り過ぎる部隊は全て6人組、つまり11の小隊がここに居るって考えた方が良さそうだな」
6人の部隊は小隊であろうと、それが11も集まれば大部隊だ。
……大型のイベント攻略…?
「……とりあえず、この調子で隠れながら進みましょう。流石のあなたといえど、その人数を相手にするのはキツイでしょうし」
「……。ん、できりゃ今日中に森を抜けたいな」
「そうですね。あんまりここで長居してても面白くありませんし」
と、身を潜めていた木々の陰から林道に戻ろうとしたときに、私の腕が強く引かれる。
「ぅえ!?」
一瞬、何が起きたか分からなかったが、ふと目を開けると私の身体は彼によって抱き寄せられていた。
そのまま、有無を言わさぬように彼は私を何かから隠すように、大木へそっと押し付ける。
……か、壁ドン!?
発情したかこの男!!
「ちょ!な、何を……」
「……静かにしろ…」
「野蛮です!性欲に愚直過ぎです!こんな所で私を襲うなんて!!」
「……。パーティーが一つ、こっちに近付いてる。あっちにも相当な索敵スキルのプレイヤーが居るのかもな」
「へ?え、えぇ!?……な、なら急いでここを離れましょう!」
尚も抱き抱えられている形の私は少し恥ずかしさを残しつつ、その場で最善だと思える行動を取ろうとする。
それにも関わらず、彼はそこを動こうとしない。
「……今更逃げ回っても後追いされるだけだ。声を上げないように、出来るだけ俺にくっつけ」
「へ?」
キュッと掴まれた私の腰は、彼の腕により引き寄せられる。
暗闇に同化するつもりなのか、それでも、高レベルの索敵スキルを持つ相手には通用しないはず……。
そして、私が不安気に身を固めていると、ざっざっざ、と、数人のプレイヤーがこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
や、やばいです…。
一小隊なら撃破できるでしょうけど、その戦闘音でこの森に居るであろう大群に押し寄せられたら……。
「将軍!ここから半径100mの範囲にプレイヤーの存在は確認できません!」
「……。うむ、俺の索敵にも引っかからなくなった……。逃げられたか」
「周辺を探しますか?」
「いや、羽虫が2匹紛れこもうが問題はないだろう。進むぞ」
「はい!!」
……バレてない?
これだけ近寄られているのに索敵に引っかからないって…。
その後、周辺への警戒を解いたのか、サラマンダーの進行軍と思われるパーティーはとっととその場を離れていった。
「……行ったか」
「……行きましたね」
緊張から解き放たれた身体は力が抜けると、思わず彼の胸に頭をぶつけてしまう。
「は、はぅ。すみません…」
「……。さっきの奴ら、結構な装備を揃えてたな…。それに、将軍って呼ばれていたプレイヤーは相当な手練れに見える」
「…しょ、将軍……。多分、ユージーン将軍です。サラマンダー随一の、……いや、ALO随一のプレイヤーですね」
「へー。サインでも貰っておけば、よかったな」
「身体に刻まれますよ。剣で」
キョロキョロと周りを見渡しながら、今度こそ安全を確認し、私と彼は林道に戻る。
「今度こそ行きましょう。PoHさん、周りに敵は居ませんか?」
「うむ。進むぞー!」
「……。将軍のマネですか?」
「……俺も二つ名的なのが欲しいなぁ…って」
「腐眼のPoHなんてどうです?」
「腐眼……。まぁまぁカッケェじゃねーか。それにしよう」
「……。早く行きましょうよ…」
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先ほどから行動が単調的だったサラマンダーらしき軍隊の一部がこちらに近付いてきた。
ある程度、索敵スキルの範囲には入らないように動いていたんだが……。
とっさに相手の索敵から逃れるために彼女を抱き寄せ大木に押し付けたは良いものの……。
恥い……。
もうなんか、顔がめっちゃ熱い。
早く行ってくれ……。
……
…
.
.
その後、ようやくサラマンダーのパーティーから逃れた俺たちは林道に戻ることができた。
時間もないから急ぎたいのだが、どうしても戦闘を避けようとすると遠回りになってしまう。
「……しりとり。はい、”り”な」
「え?急に?…えっと、じゃぁりんごです」
「スイカ」
「え!?なんで……。えー、カメラです」
「スズメ」
「なんで!?…、メダカです」
「……。おまえ”す”ばっかり言わすなよ」
「”です”の”す”でしょ!?りんご!カメラ!!メダカ!!!」
「……スーラータンメン。あ、終わっちった」
「なんなんですかコイツ!?」
呆れたように睨まれながら、俺は見飽きた古森の風景を見渡す。
空高くに伸びる世界樹が俺たちの進むべきコンパスとなってはいるが、どうも気持ち的には永遠に森の中を歩かされているような倦怠感を持たされていた。
「…あとどれくらいだ?」
「…さっきからそればっかり聞かれますけど、私にはもう少しとしか答えられません」
「……はぁ。マジで疲れたわ。精神的に」
「それはまぁ…。では、何か楽しい話でもしましょうか」
「あ、そういうの大丈夫なんで」
「気を使ってやってんでしょうが!!……はぁ。そういえばさっき、どうして私達はユージーン将軍達にバレなかったんでしょうか」
「あ?隠れたからに決まってんだろ」
「いやいや、リアルじゃないんですから。あの程度じゃ索敵で直ぐバレですよ」
「あ、じゃぁこれじゃね?俺のスキル」
「スキル?」
俺はこの前に確認したスキル一覧を再度開き、そのスキル名を読み上げる。
「ホロウ・バディ」
「ホロウ・バディ!?高レベルのスキルじゃないですか!!」
「俺くらいの高レベルぼっちプレイヤーになるとこれくらい当たり前」
「ほ、本当にあなたは一体…」
そう言いながらこれ以上スキルの話に触れないのはマナーを遵守してのことか、彼女は疑い深そうに俺の身体を眺めつつも、無理やり理解するように溜息を吐いた。
「……私の知り合いにもぼっちだと自称する人が居ました」
「…ほぅ。仲良くなれそうだな。……ん?居た?」
「っ!…居たって言うのは、その…、そ、卒業してしまって…」
「ほう」
嘘を付いている。
それもあからさまな。
彼女は誰から見ても分かるくらいに動揺しているのだが、そこに俺が深く踏み込む理由もなかった。
そうは思いながらも、彼女に世話になっているこの現状は偽りじゃない。
ふと、俺は小さく呟く。
「……最近、人との繋がりが意外と良いもんだって気付かされたよ」
「……」
「小さく細かった縁でも、それはしっかりと繋がってるんだ」
結城や雪ノ下、由比ヶ浜。
材木座に戸塚。
雪ノ下と葉山だって。
三浦に海老名さんでさえ。
その細い縁を辿って見舞いに来てくれた。
そう思うと、俺はぼっちだと自称するのが少し申し訳なくなってしまう。
「…縁…ですか」
「……1人、バカな後輩が顔も見せないがな」
「バカな……、後輩」
彼女のキュっと結ばれた口から小さく溢れる言葉。
途端に彼女が寂しげな顔で俺を見つめる。
「……顔を見せたくても、見せれない理由があるのかもしれませんよ。…あなたから縁を辿ってみてはいかがです?」
「……そうしてみようかな」
「ええ、それがいいですよ。きっと。……あ!出口が見えましたよ!!」
ふわりと届いた親切な言葉に、俺は彼女にあいつを重ねる。
ちょろちょろと動き回っては怪我をする妹のような。
そして、あざとく俺を利用する後輩を。
「……会いに行ってみるか」