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目が覚めると、見覚えのある天井に慣れ親しんだ空気。
そして、空調を整えるために点けていたエアコン (無音と売り出していた割には音がうるさいが……) だけがむなしく鳴いていた。
「……ん」
私はアミュスフィアを外して軽く背伸びをする。
……。
時計を確認すると、もうすぐに日が昇るであろうam5:00を表示していた。
はぁ、今日も講義はサボりかな……。
なんて思いながら、少し目を閉じ、先ほどまでの事を思い返す。
「……不思議な人だったなぁ」
頼りなさそうな雰囲気で街に寝転ぶ彼の姿は初心者丸出しだった。
周りをキョロキョロと見渡すのは初心者にありがちに行動。
世界樹すら知らない。
そんな彼が一度剣を抜けば、周囲の雑踏を消し去る程のスピードで立ち回り、神速のソードスキルで敵を圧倒する。
……わけがわかんないわよ。
私はベッドから起き上がり、コーヒーでも淹れようと一階へ向かう。
不思議と、階段を下る際に感じる足裏の冷たさが不愉快じゃない。
身体の内側からポカポカと温まっているような……。
変な感じ……。
キッチンに着き、インスタントコーヒーの香ばしい粉をカップに入れると、私はポットの電源をカチっと入れる。
1度頭をリセットさせるために、ウンと苦いブラックで飲むのが私のおすすめだ。
ふと、普段は使用しない角砂糖の袋が目に入る。
……なんでだろ。
私は思わずそれを手にしてしまった。
「……甘いのが…、好きでしたよね」
彼が好んで飲んでいた缶コーヒー。
コーヒーと言うにはあまりに甘過ぎる。
大人じみた立ち振る舞いと捻くれた考えを持った彼には少し似つかわしくない。
そういえば、私って先輩のことをよく知らないな。
好きな音楽は?
好きな食べ物は?
好きなスポーツは?
好きな教科……、は文系科目だったかな。
沸騰を知らせるポットの電子音に、私は慌ててそれをカップに注ぎ込む。
渦を巻きながら苦い香りを漂わせるコーヒーに、角砂糖を3つ。
それはゆっくりと溶けていき、ぬらりと粘着質な流体を形成しながら消えていった。
「……甘い」
全然美味しくないじゃない。
こんなの甘党でも飲めないわよ…。
「……はぁ」
そんな甘党な彼は、もう病院から退院したのだろうか。
SAO事件の終結から2ヶ月。
私は今だに彼の顔を見に行けていない。
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ゆっくりと目を開ける。
そこが現実だと確かめるように、俺は慎重に自らの手をアミュスフィアに伸ばした。
「……ふぅ。帰ってこれたか」
ゲームを消せば現実が戻ってくる。
それは当然と言われれば当然なのだが、長いことあちらに閉じ込められていた者からすればどこか身を硬くしてしまう。
時刻は見ずとも分かる。
窓の外から小さく差し込む光は、この病院の起床時間からおよそ1時間前に見える物だ。
「……はぁ。少し寝るか」
俺はアミュスフィアをベッドの下に隠し、再度布団に包まり目を閉じる。
アミュスフィアを隠したのは、当然バレないためなのだが、我ながらベッドの下とは呆れるな。
中高生のエロ本レベルかな?
いやいや、エロ本だって母親に見つかったらトラウマレベルだからね?
友人なんかに見つかったら、次の日に学級裁判ものだ。
良かった〜、友達居なくって。
はちまんロストに成らずに済んだわ〜。
……寝よ。
.
…
……
…………
………………
1時間の睡眠後、俺は毎日のリハビリメニューをこなすと、中庭に広がる広場のベンチに向かった。
自由に動けたあの頃とは違い、今は時間の限りと周囲の制限が厳しい。
夜中だけしか動けないことがなんとももどかしいな。
「……世界樹。オベイロン…」
流石に1日で状況を一変できるとは思っていなかったが、それでも収穫が無さ過ぎるよなぁ…。
昨夜は厨二世界にトキめいただけじゃねぇか…。
厨二……。
”我を呼んだか!?”
ロングコートを羽織った豚メガネが頭の中で用意に想像できてしまった。
病気かな……。
あぁ、そういえばあいつ、見舞いに来た時に電話番号を残してったっけな。
気晴らしに電話でもしてみるか。
「……んーっと、080……、汚ねぇ字だぜまったく」
メモを睨みながらスマホをタップし、俺はそれを耳元に当てた。
『何奴!?』
「……おう。相変わらずだな」
『その声……、八幡か!?』
「……うん」
『くぅーっわははは!待っていたぞ!貴様が我に頼る時をな!さて、要件は如何に?』
うっぜぇなぁ…。
こんなにうざかったっけか?
「…うぜぇ。…んで?何?」
『え、え?何って八幡から掛けてきたんだよね?』
「キャラぶれてんぞ。……はぁ、気晴らしにもならんな、おまえじゃ」
『ひ、酷くね?……まぁ待て。我も仕事に追われていてな、少し気晴らしをしたいと思っていた所だ』
「……仕事?おまえ進学しなかったのか?」
『ふむ。我の才能は学業の域を超えているからな。高校を卒業して直ぐに職に着いたのだ!それもあの大企業……、れ……』
「おまえ頭悪かったもんな」
『……はっちまーん』
「どこかの出版社に拾って貰ったのか?」
『ゲフンゲフン。……聞いて驚くなよ?我の才能=厨二!それ即ち仮想空間!……ってことで、我レクトに入社した。すごくね?』
レクト……だと?
「おい。おまえレクトって言ったか?」
『お?そ、そうだが…。どうしたのはちえもん。声が怖いぞ…』
「……おまえもプレイしてるのか?」
『……ALOをか?』
「あぁ」
『……』
一瞬の間、と言うには少し長く、電話の向こうに居るであろう材木座は何かを躊躇っているように口を閉ざした。
『……八幡、それを聞いてどうする気だ?』
「……っ!」
『…俺もレクト社員だから、ある程度の情報は聞いている。SAOでの事も……、御令嬢の状態も…。そして、八幡の事も』
「……そうか」
心の奥から底冷えするような。
一瞬にして希望が目の前から姿を消して行く。
レクト社員である材木座から、情報を聞こうなんてムシが良すぎたんだ。
あいつにはあいつの立場があって、俺の我儘に付き合わせるわけにはいかない。
「……悪い。聞かなかったことにしてくれ」
『………。ふ、ふぅーっはははは!!何を言う八幡よ!我らは同じ時を過ごした友ではないか!!……苦痛の時を助けてくれたのも、我を認めてくれたのも、八幡だけだったじゃないか……。何を遠慮することがある?今の我が有るのは貴様のお陰だぞ?……我にも……』
「……っ」
『我にも八幡を助けさせてくれよ』
……あんまり、格好の良い言葉を吐かないでくれよ。
間違えて惚れちまうだろ?
別におまえを助けたつもりなんかねーんだよ。
奉仕部は手助けをしないんだ。
おまえが勝手に助かっただけなんだから。
「……さんきゅ。助かるよ、材木座」
『あ、でも我、ALOプレイしてないよ?』
クソかよ!
感動を返せよ!
クソが!
「……ちっ。それじゃぁな。永遠に会う事もないだろうけど」
『ま、待つのだ八幡よ!……プレイはしていないが管理はしている。末端の末端だが、世界樹の管理が我の使命だ!』
「別に、ゲームをクリアしたいとかじゃないんだが…」
『落ち着いて聞くのだ。我、ちょっと魔が差してハッキングしたん』
「だめだぞ。そういうのは。もう学生じゃないだからな」
『うぅ…、すみません。……で、ではなくてだな!…ハッキングしたのはただのプロパティだ。…レクトは社内でも秘密事項が多くてな、我程度にはCPUの操作程度の権限しか与えられていない』
「…あぁ」
『世界樹内の情報を少し知りたくてな。……そこで、腑に落ちぬことがあったのだ』
「……」
『世界樹に……、いや、空中都市に、……居るはずもない2人のプレイヤー容量を見つけたのだ』