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彼の振るう剣が鮮やかに光を撃ち落とす。
小粋な音を立てて斬られていく魔法の嵐は静かに、そしてゆっくりと、火花とエフェクトだけを残して消えていった。
綺麗……。
そんな純粋な感想を呟いてしまう。
なんなのよ、アレ。
左右上下、さらには奥行きにまでも剣が自由自在に動き回り、それを扱う彼は大きく動くこともなくしなやかに舞っている様は蝶のよう。
空間を斬り裂くようにブレない剣筋が一閃、また一閃と。
「奥に隠れてる10人も斬っていいのか?」
一瞬の静けさに、彼が私に向けて言葉を放った。
目の前の出来事に息をすることさえ忘れてた私には頷くことしかできない。
「ん…」
それを合図に彼の姿は見えなくなった。
私は急に吹き荒れた突風に包まれ、思わず腕で顔を覆う。
「…っ!」
.
…
…………
数秒後、木々をざわめかしていた風が吹き止んだ。
埋め尽くす静寂は、戦いの終わりを告げているのか。
周りに誰の気配も感じない。
「……相討ち…?」
「よう」
「ひゃ!?」
こてん、と。
不意に掛けられた背後からの声に、私は腰を砕かされる。
戦闘前となんら変わらずの姿で佇む彼は、なぜか私の索敵スキルに引っかからない……。
なんなのよ、こいつ…。
「あ、あなた、何者なんですか?」
「あ?」
「しょ、初心者の動きじゃないです!!……、ってゆうか…」
人間の動きじゃない。
それはもちろん、仮想空間におけるプレイヤーを人間として捉えたときの意味だ。
すると、プレイヤーとしての域をあまりに逸脱している彼は小さく溜息を吐きながら私に手を差しのばす。
「……ただのぼっちだよ。ほら、服汚れんぞ」
「っ!!」
彼の言葉に耳を疑う。
それはあまりに聞き慣れた言葉で、伸ばされた手の暖かさも、ほんのりと暖かい体温も、どこかあの時の”あの人”を想像させるから。
「…あ、ありがとうございます」
心に灯るのは思い出の面影か、それとも新しい出会いか。
私は彼の手を掴みながらその腐った瞳を見つめ続けると、途端に打つかった視線に、彼は照れるように目を背けた。
あぁ、やっぱり……。
「……似すぎです。先輩に」
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森の奥に隠れていたプレイヤーは予想通りに10人だけだった。
それも魔法に特化したプレイヤーなのか、近接戦になるや直ぐに手を上げ負けを認めてくれる。
正直、俺としても魔法について未知な部分が多かった分、降参してくれて助かったのだが。
「は、早いなぁ、君。てゆうか、僕らが隠れてるってよく分かったね」
「…ん。ガキの頃から周りの視線を気にしながら生きてきたからな。敏感なんだよ、そういうのに」
「……ぷっ、面白いことを言うねぇ。……はぁ、それにしても、これだけの人数を割いてまで狂姫を獲ろうと思ったのに、思わぬ伏兵だったよ」
「……狂姫」
キョーキ……。
狂った姫ってことだよな…。
「……さぁ、ヤるなら一思いにヤってくれ」
「……デスペナってやつが惜しいだろ?取引をしよう」
「へ?取引?」
「あぁ。……狂姫。…あいつについて詳しく教えてくれ」
………
…
.
.
俺は短剣を仕舞いながらゆるりと戻る。
癖か慣れか、どうにも足音を立てずに気配を消してしまっていたようで、俺が声を掛けた瞬間に狂姫……、もといアイラさんは悲鳴を上げてその場に崩れてしまった。
どうにも穏やかじゃない視線を送られつつ、俺は無難な返答をし続ける。
ふと、彼女の手を引き、起き上がらせようとしたときに小さな声でボソボソと何かを呟いた。
知ってるぞ。
……俺の悪口を言っているんだろ!?
「……ふぅ。あまり無情な言葉を掛けてくれるなよ?」
「へ?」
キョトンと首を傾げる姿は少し可愛らしい。
……普通の女の子だ。
”自己犠牲を厭わない”
まるで自分を道具だと言わんばかりの振る舞い。
数十人を相手に片腕を、足を、胴を、片目を、どこを斬られようと狂ったように笑顔を絶やさずに戦い続ける。
……。
変なやつ。
俺が最初に抱いた”何かを企てている”ような印象。
それは少し違うのかもしれない。
こいつは……。
何を考えてる?
「……」
「な、何です?じっと私の顔を見ちゃって」
「……。あぁ、悪い。ちょっと考えごとを…」
「言っておきますけど仮想空間で抱いた恋心とか妄想と想像の曖昧な感情なので告白するつもりならやめてくださいすみません」
「……」
……懐かしい?
心をキュッと掴まれるような、そんな懐かしさが胸の中で渦巻いた。
なんだったか、こんな生意気でうざったい奴が現実にも居たような…。
「……ふむ、まぁいい。街に帰ろうぜ。中立域がこんなに物騒だと思わんかった」
「……あんなに強いくせに。…っていうか、本当に何者なんです?」
できるだけ、今の心情を読まれないように顔を背ける。
シンと静まる夜空には仮想空間ならではの星空が。
思い出したように、俺は手を月にかざしてみた。
「……透けないな」
「は?なに言ってんです?」
「……。はぁ、つーかよ、何でおまえ敬語なの?このゲームでは先輩だろうが」
「そ、それは…、何となく…。って、逆ですよ!なんであなたはそんなに偉そうなんですか!?」
彼女が俺の後ろを喚きながら付いてくる。
何となく、先ほどよりも感情を読みやすいような。
……裏と表の入れ替えが激しい奴だ。
まるで……。
「……あいつに似てるんだよ、おまえは」