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先輩達が囚われて1年が経った頃、もう骨が浮かび上がるくらいに細くなった腕には、陽だまりの中で触れ合っていた頃のような暖かさは感じない。
毎日毎日、いつからかそれは作業のようになってしまったお見舞いに、私は疲労と絶望を感じ始めていた。
それでも、定期的に動く心拍数に微かな望みを託し、私は先輩の手を握り続ける。
先輩は、この仮想世界の中でも誰かのために頑張っているんですか?
よして下さい。
お願いですから、自分のために生きてください。
隣の病室で眠る雪ノ下先輩や結衣先輩の生存に、私はあの頃の部室を夢見ている。
「……私、3年生になりましたよ。今年も生徒会長になれました。先輩、きっと、今の私を見たら驚くと思います」
へぇ、しっかり会長を勤めてんだな。
なんて言いながら頭を撫でてください。
ふと、今では殺人機扱いとされているナーヴギアが目に入る。
発売当初はどこの店でも完売続出で、もはやネットにおいて倍以上の値段でさえ手に入らない品物となっていたのに。
……あぁ、そういえばこの前コレの後継機が出たんだっけ。
確か……。
「…アミュスフィア」
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朝、窓から差し込む陽の光によって目を覚ます。
時計の短針は5と6の間をうろついていた。
うむ、入院中とは言え大分早く起きてしまったな。
生憎、平日の朝っぱらから見たい番組(日曜朝のゴールデンタイム)があるわけでもなく、俺はベッドから降り、病院内にある庭に散歩へ出掛けることにした。
木々が人工的に植えられた散歩道を歩きながら、昨日受け取ったメモをポケットから取り出す。
「……世田谷か…」
結城が入院している病院の住所は都内でも有数の大病院を指していた。
小さく揺れ落ちる木の葉を眺めていると、肩に掛けていたカーディガンが落ちそうになってしまう。
おっと、小町がプレゼントしてくれ宝を土で汚しちまうところだったぜ。
まだ春前とあり寒い季節には必需品だ。
小町のくれたカーディガンだけじゃない。
川崎が編んでくれたマフラーも。
戸塚と材木座がくれた手袋も。
海老名さんと三浦が由比ヶ浜のついでにと置いていったニット帽も。
なんとなく、汚してしまうには惜しい。
お決まりな奴から意外な奴まで、2年振りに会ったそいつらは決まって見舞いの品を置いていった。
退院したら、何か礼をしないとだな…。
……そういや、あいつが来てないな。
俺の記憶違いじゃなけりゃ、高校時代に割と絡んでいたはずだが…。
マフラーに顔を埋めながら、あの世界よりも遠くに感じる空を見上げる。
「おーい!お兄ちゃーん!!」
「ん。小町」
「もー!びっくりしたよー!病室に居ないもんだから何かあったと思ったじゃん!」
「悪いな。ちょっと早く起きちまってな。……って、おまえこんな早くからどうした?」
「どうしたじゃないでしょ!?登校前にお見舞いに来たんだよ!!そしたらもぬけの殻で心配したんだから!激おこだよ!」
激おこ……。
俺達が眠っている間に日本のJKは言語を発達させたようだ。
激おこ。…激おこ…。
「……あぁ、悪かったな。そういえば、おまえ総武高校に通ってんだよな?」
「ん?そだよー、前期からは生徒会にも入ってんだから!」
「…生徒会…ね」
生徒会と言われて思い出す。
どこかあざとい憎たらしい後輩。
俺の勝手な我儘で生徒会長を押し付けてしまったあいつは、今はもう大学生か。
「……おまえ、あいつ知ってる?生徒会長だった…」
「っ……。いろはさん?」
「?……あぁ」
「……」
一色いろは。
あいつは今、何をしているのだろうか。
少ない知り合いの殆どが見舞いに来てくれた中、あいつだけは顔を見せない。
いや、来て欲しいとかじゃなくて……。
奉仕部が凍結した後の生徒会を、あいつはしっかりと束ねることが出来たのか……、まぁ親心的な、兄心的な?
「……いろはさん。お兄ちゃん達がSAOに閉じ込められてから、殆ど毎日のようにお見舞いに来てくれてたよ」
「……ほぅ。殊勝な心がけだな」
「…でも、ちょうど1年前くらいかな。それくらいから急に顔を出さなくなって」
「…まぁ、受験が忙しくなったのかもな」
「……違うと思う。だって、いろはさんは推薦で進学したし。知ってる?いろはさん、お兄ちゃん達が眠っている時も、卒業するまで生徒会長だったんだよ?」
「知るわけがないだろう。…正直、任期が終われば喜んで辞めると思ってたしな」
ふと、小町が寂しげな顔になる。
「……。頑張って、1人でも生徒会長を勤めてた。でも、1年前に…、お見舞いに来なくなった時くらいから、少し様子がおかしなくなったの」
「様子が?……イジメか?」
「違うよ。それは絶対に。……なんてゆうか、まるで……」
「……?」
お兄ちゃんみたいになったーー
.
…
……
…………
小町を学校に送り出した後、俺は日課のリハビリ室に来ていた。
リハビリと言っても、筋トレに近いのだが。
30kgのウェイトを上げながら、小町の話を思い出す。
社交的な部分は変わらなかったけど、1人で居ることを好むようになった。
それを苦痛だとも思わずに、むしろ進んで1人で居た感じ……。
それでも、学校で起きた問題には生徒会長として直ぐに解決の乗り出していたのだが。
解決の方法が……。
自分を犠牲にするような。
「……」
どうにも集中できん。
結城のこともそうだが、俺は根本的に物事を解決することに長けてはいるのかもしれないが、推測することを苦手とするらしい。
推測や推理は雪ノ下の仕事だろ。
「……はぁ」
俺はウェイトを置き、おそらく講義中であろう葉山に電話を掛けた。
『…はい。もしもし?』
「…葉山か?悪いな平日の昼間に」
『ふふ、大丈夫。ちょうど空き時間だったからね。それで、何の用だい?』
電話の向こうで浮かんでいるであろうイケメンスマイルが頭にちらつく。
「何笑ってんだよ。激おこ」
『へ?な、なんだって?』
「…何でもねぇよ。ちょっと聞きたいんだが…」
『…結城さんのことかい?』
「いや、一色のことだ。……あいつ、あれだけ面倒見てやったのに見舞いの一つもねぇから、ちょっと説教してやろうと思って」
『……うん、君らしいね。正直、俺もいろはのことは心配していたんだ』
おい、俺は心配してるなんて言ってねぇだろ。
と言い掛けたものの、俺は黙って耳を傾ける。
『君達のことをすごく心配していたよ。生徒会とお見舞いで忙しいからと、サッカー部のマネージャーも辞めたくらいさ』
「…む」
『それでも、この1年で彼女は少し変わったように思う』
「…聞いたよ。妹から。その理由を聞きたいんだ」
『……そうか。……俺も理由を知っているわけじゃないが、1年前くらいに不思議なことを聞かれた…』
葉山は間を充分に空けて口を開く。
電話越しに聞こえる声にも関わらず、葉山の声はどこか慎重で、手探りながら言葉を選んでいるように思えた。
「…不思議なこと?」
『……アミュスフィアって知ってるか?』
「……アミュスフィア」