流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
今日もゴン太に連れられ、給食中に牛乳を飲むために出張に行っていたキザマロを探しに売店へと向かう。売店前にあるテーブルの一つに座って、身長が伸びる魔法の白い液体を飲んでいるキザマロがいた。
「身長のびのびセミナーで、牛乳をたくさん飲むようにと言われたんです!」
鼻を高くしているキザマロに、『それは社会一般の知識だ』と、顔に出さずに笑っておいた。
他の席を見ると、今日も焼きそばパン大好きなおじいちゃんが丸テーブルに座っている。理事長のカオリおばあちゃんがお客さんの相手をしているため、一人で静かに本を読んでいる様子だった。
「こんにちは、おじいさん」
「おお、君か!」
老眼鏡を外し、深いシワが刻み込まれた眉を持ち上げて出迎えてくれた。
「何を読んでるの?」
「お、君もこういうの好きかね?」
「どれどれ……」
おじいちゃんが読んでいた本は小説か何かだろうと、根拠の無い大よその予測を立てて、おじいちゃんの横から覗き込んだ。
「って、うわあ!」
全力で数歩後退し、おじいちゃんから離れた。
目に映ったのは、水着姿の女性の写真。そう、大人の男性が好む、子供にはちょっとお勧めできない写真集だった。
「ピチピチギャルは最高じゃ! 君もそう思わんか?」
「い、いや、僕は……」
「何をしてるんです!」
二人の間に飛び込んできたのは売店に座っていた理事長さんだ。いつもヨレヨレと歩いている、ご高齢とは思えぬ足取りだ。鳥の首のように腕をしならせ、おじいちゃんが持っているちょっとエッチな本を有無を言わさずに取り上げた。
「うちの大切な子供たちに、変なものを見せないでください!」
「なにを! ピチピチギャルこそ、男の永遠のロマンじゃ! 変なものではないぞ!」
「子供には早すぎます!」
珍しく喧嘩をしている二人。売店にいる生徒や教師達の目が集中する。引っ込み思案なスバルでなくとも、それから離れたいと思うのは当然だ。後ずさるように二人から離れておいた。
ゴン太達と合流し、校庭へと向かおうとしたとき、ツカサが振り返った。
「スバル君、今日は勝たしてもらうよ?」
「……へ?」
ゴン太とキザマロも笑みを送ってくる。そこには、黒い影が宿っていた。
◇
「で、この陣形なんだ?」
「そうです! 名づけて、クワトロフォーメーション!」
六角形の眼鏡を盛ち上げながら、キザマロが踏ん反り返った。スバルは四方を伺ってみる。
内野には相手チームのエースであるゴン太が豪腕をぐるぐると回している。今日こそ、スバルを討ち取るという気合が、全身からにじみ出ていた。
反対側の外野ではキザマロが相変わらず小さい胸を張っている。どうやら、作戦立案者は
彼らしい。完璧な布陣を前に、将軍のようにふんぞり返っている。
キザマロのほうを向いて、左側の外野ではツカサが屈伸している。運動は得意でも不得意でもないという彼だが、スバルは運動神経が良い方だと評価している。
スバルを挟んで、ツカサと反対側にいるのは、野球が得意なクラスメイト。キュウタが体をほぐしている。苗字はホシなのだが、キュウタと呼ばれるほうが多い。
ドッチボールのエースであるゴン太。
策士キザマロ。
平均以上の運動能力を持つツカサ。
野球のエースのキュウタ。
この四人で、四方からスバルを討ち取る作戦らしい。
「スバル~。今日は手加減しないぜ?」
「いつも手加減なんてしてねえ癖に」という、ウォーロックのぼやきに、スバルは小さく笑った。
それを余裕の笑みと見たのだろう。四人が一斉に顔をしかめた。
「おい、俺達をなめてるな?」
「い、いや、そんなことは……」
そんな弁解で、火のついた四人を止められるわけが無い。
「笑っていられるのも今のうちですよ?」
「この日のために、特訓してきたんだから」
「俺の魔球、受けてみろ!」
それは野球だと、内心でキュウタに突っ込みを入れた。
昼休みの終わり際、項垂れていたのはもちろんゴン太たちだった。洗練された細かいパスをまわし、隙を突いてスバルを討ち取る彼らの作戦は悪くはない。
問題はスバルが戦いなれしすぎていることである。
FM星人達の方が遥かに速いし、恐ろしい武器を持っている。反応できないわけが無いし、殺傷力が無いゴム球を恐れるわけが無い。より言うならば、受け止められないわけが無い。
「おもちゃでお前に勝てるわけがねえんだよな?」
「それ言っちゃおしまいだと思うよ」
肩からため息をついている四人の背中が、予鈴と共に教室へと戻っていく。いたずらっ子のように笑って、それらを追いかけた。
◇
手に持った箒で床を擦るように掃く。今日はスバルが教室の掃除をしている。だが、掃除当番なわけではない。
今日の当番はルナだ。しかし、今日は学級委員会があるため、彼女は掃除をしている暇が無い。そのため、先日ルナに掃除当番を代わってもらったスバルが掃除をしているにいたる。
「スバル君、こっちは終わったよ」
「あ、ありがとう」
窓を拭いてくれていたツカサが戻ってくる。不慣れなスバルのために、手伝ってくれているのである。
「そういえば、今日、教室を抜け出していたけれど、どうしたの? 外国語の授業だったのに」
外国語の授業だけでなく、どの授業中でも教室を抜け出すという行為は褒められたものでない。それにもかかわらず、ツカサは「外国語」を強調した。
「なんで外国語限定なの?」
「だって、スバル君、いつも一生懸命に受けてるから」
スバルはゴン太と違って全ての授業をまじめに受けている。だが、外国語の時は無意識に真剣になっているらしい。そんな自分をしっかりと見てくれていたツカサに、スバルは笑みを零した。
「……宇宙飛行士になるためには、絶対に必要だからね」
「宇宙飛行士が夢なの!? すごい夢じゃないか!!」
「そ、そうかな?」
「すごいよ! とても大きくて、夢があるよ!!」
話題が弾み、他愛も無い会話を続ける二人。
一人で掃除をすると考えると億劫だったし、以前ルナと一緒にいたときは恐ろしくて仕方が無かった。
だが、ツカサとならば話は別だ。小学生にとって、つまらない時間であるはずのお掃除中に、スバルは終始笑顔でいられた。
「じゃあ、後でね?」
「うん、お水よろしくね」
掃除も終わりに近づいたため、ツカサがバケツの水を捨てに教室を出て行く。ちょうど入れ替わりだ。ルナがひょっこりと入ってきた。
「あ……スバル君」
「委員長、会議お疲れ様」
「大したことじゃないわよ。それより、掃除は……サボってなかったみたいね」
「信用無いな~」
ルナの悪態にぼやきつつ、ゴミ箱に塵取りの中身を捨てる。
その背中に、ルナの目が釘付けになった。
先日の事件を思い出していた。ロックマン様に抱きついたつもりが、次の瞬間にモヤシになった。赤い背中は、憧れの青い人のものと同じだったのだ。
現実だ。自分の手で確かめた事実だ。それでも、やっぱり受け入れられない。
「違うわ……違うわよ。私が好きなのはロックマン様なんだから……」
ポケットから、ロックマン様が描かれた紙を取り出した。それを見つめ、自己暗示するようにブツブツと自分に言い聞かせている。
「どうしたの?」
独り言を言っているルナにスバルが振り返った。頼りないモヤシだったはずなのに、瞳の大きい整った童顔を見て、胸が騒がしくなる。
「か、勘違いするんじゃないわよ! 私が誉めているのはロックマン様であって、あなたじゃないんだから!」
「意味が分からないよ」
何の前触れもなく罵声を浴びせられれば当然である。少々乱暴にゴミ箱の中身を引っ張り出した。それでも、ゴミ袋が破れないように、口を丁寧に縛る。
ルナは一応周りを見渡してみる。教室にはスバルとルナ以外に誰もいない。チャンスだ。あの日曜日以来、二人っきりになる機会がなかったから訊けなかった。今がそのときである。
自分が好きなのはロックマン様であるともう一度言い聞かせ、小さめの深呼吸を一回行った。
「ところで、あの時は訊けなかったけれど……ミ、ミソラちゃんとはどんな関係なの?」
「……え?」
なんでそんなことを尋ねるのだろうとは考えなかった。あの大人気アイドルだった響ミソラとデートしたのだ。関係を疑うのは当然の行為だからだ。
スバルが抱いた疑問はミソラとの関係だ。今朝、ツカサと約束した直後にも悩んだが、自分とミソラとの関係はどう表現すればいいのだろう?
告白をしてもされてもいないので友達?
ブラザーバンドを結んでいるからブラザー?
一日デートをしたから恋人?
答えにならない答えが次々と浮かぶ。
「ニヤニヤするんじゃないわよ!」
「し、してないってば!」
ウォーロックは何も突っ込まなかった。ミソラのことを思い出したときの顔は相変わらず赤いし、鼻の下なんて伸びきっている。頬の筋肉が逞しいのか、口の端が細く持ち上げられている。
ルナの恐怖を眼前にしているのに、にやけ顔を崩さないとは、色ボケにもほどがある。
ため息をついて二人からそっぽを向いたときだ、視界に人影が飛び込んできた。
「委員長!」
同時に、ドアを蹴破って声が入ってきた。運動が得意なキュウタ君が息を切らしていた。「廊下を走るな」と怒るのが委員長である。だが、彼の顔を見て、それは言えなかった。
「どうしたの?」
「ゴン太とキザマロが喧嘩してるんだ!」
「……え? ええっ!?」
スバルの反応が遅れた。耳を疑ったからだ。
いつも共にルナの周りで騒いでいるゴン太とキザマロが喧嘩をしている。まるで想像がつかない。
「スバル、外を見ろ」
ウォーロックに言われるがまま、校庭を見下ろした。人だかりができており、その中央に大きい影と小さい影が掴み合っている。キュウタの言葉通りだった。
「だから! あんな作戦じゃスバルに勝てねえって言ったんだよ!」
「キー! じゃあ、ゴン太君はどうするつもりだったんですか!? その空っぽの頭でなんにも考えられないくせに!!」
「チビスケに言われたくねえんだよ! 結局、お前ロクに活躍してねえだろうが! 縮こまって避けることしかできねえくせに、最初から外野にいるからだっつんだ!」
「自分がちょっと強いからって、調子に乗らないでください!」
普段とはかけ離れた光景だった。もうすぐ、キュウタに連れられて教室を飛び出したルナが二人の下へ到着するだろう。
だが、その程度では収まらないと、ウォーロックには分かっていた。
「ビジライザーだ、スバル」
額にある緑色のサングラスを下ろしてみた。ゴン太とキザマロの体に何かついている。白い塊だ。人の頭ほどはあるだろう。その中央には「-」という記号が浮かんでいる。
「何あれ? 電気?」
「スバル、本命の登場みたいだぜ」
「っ! 分かった!!」
周波数を確かめていたウォーロックに頷き、誰も見ていないことを確かめ、左手を突き上げた。
教室のウェーブロードに降り、校庭の上空へと飛び出す。見上げた先にいる影の主が、自分達が捜し求めていた者だと視認し、道を足蹴にして近づいていく。
「あの-電波は君のもの?」
「ああ」
低くて冷たいロックマンの声に振り返ることも無く、相手は眼下の醜い光景に、サディズムな笑みを浮かべていた。
「何をしたの!?」
「あの電波をつけられた奴らは、互いに反発しあうんだ。面白えだろ?」
人を物としか思っていない言葉。気分が悪くなる。その顎に拳を叩き込み、二度と開かぬようにしてやりたい。
「……なんて酷いこと……」
「酷い? どこがだ? ただ素直に思っていることを言わしてやってるんだ」
ようやくこちらに振り返ったその顔には、青空のような清々しい笑みが縫い付けられていた。それが、ロックマンの怒りを更に煽る。
「これが、この世界の本当の姿なんだよ」
ロックマンの胸に火が灯った。相手の傍らに出てきた白い影に、ウォーロックも殺意をむき出しにした。
「決着をつける腹か、ジェミニ?」
「そんなところだ。いい加減、屑ばかりに任してはいられないんでな」
「そういうわけだ。そろそろ終わりにしようじゃねえか」
電波変換しているヒカルは人を弄ぶような笑みを浮かべ、平然と突っ立っていた。
「あの二人を止めたけりゃ、やることは分かっているよな?」
「もちろんさ。君を倒す!」
「そうこなくっちゃあな!!」
二人がウェーブロードを蹴った。四度目の火蓋を切り落とすように。