流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
第九十三話.内緒話
霞がかかった光の無い世界。足元に散らばった一円の価値も無いと定められた物々。それらを叩く大量の水は合唱を奏でているかのよう。
無人となるはずの深夜、二人はその場でしゃがみこんだ。すぐに立ち上がって背を向けると、脇目も振らずに水溜りと汚物を足蹴にした。
今度こそ人がいなくなった空間。闇に染められた世界の中に、光が灯る。それは徐々に存在感を増し、遠くだけでなく、身近な世界にも光をもたらした。上下左右に揺れ動く二つの光は目だ。影が敷き詰められた世界で、静かに歩みを進める無機質な機械だ。あらかじめプログラムされたとおりに動く、感情の無い金属の塊が、懐中電灯のような目を回す。それが一点で留まった。先ほど、若い男女がいた場所だ。そこに置かれているものを取り、その場を後にした。
それはいつもと変わらない日常の中に起きた非日常。雲が散るように、雨をばら撒いた夜の出来事。
◇
炎が弾け、黒煙が舞い上がる。煙を払うように剣を振るい、中から飛び出した。そのまま左手の得物を振り下ろす。一箇所に固まっていた三体は分散するように避ける。その内の一体が弾丸を放ってきた。牽制程度の攻撃だ。焦らず、身を屈めてやり過ごした。
本命の攻撃は正面と右から襲い掛かってきた二体だ。彼らの鋭利なドリルと、頑丈なハンマーが夜闇に光る。不思議と胸は氷のように落ち着いていた。
正面のドリルを持った者には左手のバスターを放って跳ね飛ばした。死角となる右から来ていた奴は無視し、前方にいるこの三人の主に向かって走り出した。右から来ている奴が持っている武器はハンマーだ。巨大な分、破壊力はあるが攻撃の出きが遅い。身軽となっている自分に追いつけるわけが無い。
ハンマーがウェーブロードを打ち付ける鈍重な音が背後で鳴る。弾丸を放った者が次弾を装填している間に、ドリルを持った者が追撃してくる前にと、全力で二人の間を駆け抜けた。
無防備になってしまった彼らの主の前に躍り出る。
「バトルカード ソード!」
「なんの! ワシを見くびるでないぞ!」
相手も、右手に剣を生成した。電気でできたそれは、刀身が細く、針のようになっている。斬ることではなく、突くことを主な目的とするレイピアだ。威力は低いが、その分小回りが利く。
こちらもソードを収め、手数の多いベルセルクソードに切り替えた。
「接近戦はできないって、聞いてたんだけれど!?」
「弱点を補うのは当然のことである!」
以前、あの少女に敗れてから考えた、彼なりの接近戦対策だ。生前はさまざまな武具を片手に、戦場に赴いたものだ。遠距離攻撃が主体の自分には、近距離戦は牽制程度で良い。だから、数多く扱える武具の中からこの武器を選んだ。
この選択は正解だ。相手の少年が繰り出す斬激の数の分だけ、こちらもレイピアを振るえている。
そして、背後からの攻撃だ。彼の手下三人が少年の後ろを取る。これで、前後からの挟み撃ちだ。
「終わりである!」
「ごめんなさい」
「なぬ? ……ムム!?」
手元にばかり目が行っていた。だから気づかなかった。二人の足元にある物に。少年がベルセルクソードを使ったときに、召還したのだろう。切り結んでいた三秒間の間に、カウントボムの時間が来た。
二人を中心に広がる破壊の炎。三人の手下を吹き飛ばし、主である彼もレイピアの召還を保てずに伏した。
「な、なんと言う無茶を……」
「それが、そうでもないんですよ?」
「……え? ……なぬっ! ずるいぞ貴様!」
「だから、『ごめんなさい』っていったじゃないですか」
見上げてあんぐりと口を開いた。少年が球状の青い光で包まれていたのである。
「バトルカードのバリアだよ」
どうやら、ベルセルクソード、カウントボム、バリアの三枚のカードを使っていたらしい。紛れも無い事実を前に、悔しそうに、しかし潔く受け入れた。
「ワシの負けだの」
清々しく笑っているクラウン・サンダーに、ロックマンはバリアを消して歩み寄った。
「今日はありがとう、クローヌさん」
「な~に、ミソラちゃんの彼氏のためならお安いごようというものよ」
「ぼ、僕とミソラちゃんはそういう関係じゃ……」
「照れるとるのう、幸せ者めが」
電波変換を解き、クローヌとクラウンに戻って二人がかりでスバルをからかいだす。バイザーと一体化できそうなほど赤くなっている様子に、ウォーロックも爆笑だ。
「ところで、ちゃんと訓練になったかの?」
「おう! 助かったぜ。電波ウィルスの相手ばっかりで、腕が鈍っちまうところだった」
スバルとウォーロックは、毎日、電波ウィルス相手に訓練をしている。しかし、弱い敵ばかりを倒していても、強くなったという実感は持てない。己の力量を測る有効な手段は、それ相応の実力者と戦うことだ。そのため、今日はクラウン・サンダーと模擬戦をしていたのである。
一応、訓練相手としては、ハープ・ノート、キャンサー・バブル、ウルフ・フォレストも候補に挙がる。しかし、千代吉は弱すぎて相手にならないし、尾上は命が幾つあっても足らない。模擬戦とは言えど、女の子を傷つけるのも気が引ける。そのため、クラウン・サンダーに頼むことにしたのである。
「今日は、もう休むのだぞ?」
「はい」
「ミソラちゃんのことも頼んだぞ?」
「は、はい……」
「カカカ、分かりやすい小僧じゃ」
クローヌとクラウンは最後にスバルをからかい、けれど彼らにとっては一番大事なことを頼んでウェーブロードの奥へと消えていった。
「よし! 今日もミソラちゃんのライブ動画データを見て一杯やるのだ!」
「うむ! 今夜は電子テキーラを空けるかのう!」
電波生命体だがお年寄りなのだ、もうちょっと体とやることを考えろと言いたいが、黙して背中を見送った。
「ねえ、ウォーロック」
「なんだ?」
訊き帰しながら、釣られてウェーブロードが敷かれた星空を見上げた。
「勝てるかな? ヒカルに……」
「勝つしかねえだろ?」
当たり前の言葉。やるべきこと。それを平然と言ってくれる相棒に、スバルは頬を緩めた。
◇
訓練を終えて家に戻ったスバルが最初に行ったことは、風呂に入ることだ。疲れを流し、パジャマに身を包む。
「スバル、言い忘れてたんだけれど、金曜日にお客さんが来るから」
明日は木曜日だ。二日前に決まるとは、なかなか急な話だ。
「誰?」
「天地君よ」
「天地さん? また何か壊れたの? 日曜日だって、冷蔵庫直しに来てくれたばかりだよ?」
三日前の朝まで記憶をたどりながら、スバルは呆れた顔をした。
「違うわよ。その日曜日に聞いたんだけれど、天地君ってブラザーができたんでしょ? たしか……」
「宇田海さん?」
「そうそう、その人!」
あかねが大好きなデンパ君としゃべっていたウォーロックは記憶を掘り起こす。
人と話すのが苦手な、目の下に大きいクマを浮かべた長身の男性だったはずだ。ハープ・ノートの事件があった日以来、アマケンに行ってないため、ちょっと記憶がおぼろげになっている。
「天地君にはお世話になっているから、宇田海さんも呼んであげて、二人のブラザーをお祝いして、パーティーでも開こうと思うのよ」
「そうなんだ。分かったよ」
ようは、当日はお手伝いをしろということだ。内容は、出来上がった料理をテーブルに並べる程度の物だろう。
「そこで相談なんだけれど……」
まだ何かあるらしい。
「良いよ。何?」
「ミソラちゃんも呼びなさい」
「分かっ、てええええっ!?」
落ち着いた返事は途中から驚倒に満ちた物に変わった。
ウォーロックが爆笑し、デンパ君が「コンナアカネサンガステキダ」と、感動している。
「どうせだから、スバルとミソラちゃんがブラザーを結んだこともお祝いしちゃいましょ」
「いや、別にいらない……」
「この前、ちゃんと紹介するって約束したわよね?」
「い、いや、それは……」
こうなると、スバルが勝てる要素なんて微塵も無い。彼の首が了承の意を示すのに、時間はかからなかった。
「お願い……ミソラちゃん、断って!」
ミソラと会うのは楽しいが、彼女が来たら、あかねと天地にからかわれるのが目に見えている。
来ないで欲しいと願いながら、メールを送った。
その数分後に返信が来た。「行く行く!」という、数文字の二つ返事に、スバルはがっくりと項垂れた。
◇
「おはよう」
搾り出したような声と共に教室の扉をくぐった。今日も委員長トリオに連行されるように学校に来たスバルは目蓋を擦りながらツカサの隣にある、自分の席に座る。
「おはよう。夜更かしでもしたの?」
「……まあね……」
「夜遅くまで、元大人気アイドルの響ミソラとメールしていました」なんて言えない。話題の路線がこのままだとぼろが出てしまいそうだ。目立つのが苦手なスバルは適当に話題を変えた。
「昨日は放課後、何してたの?」
「昨日は103デパートに行っていたんだ」
ミソラとデートをした場所だ。太陽のような眩しい笑顔を思い出し、頬が緩みそうになった。溢れてくる思い出を必死に押し込んだ。
「買い物?」
「いや、屋上にいるゴミ掃除ロボットを見にね」
「買い物じゃないのか」
買い物以外の目的でデパートに行く人など、ツカサくらいなものだろう。軽く笑いながら腰を下ろした。
「あれ? 僕、日曜日に103デパートに行ったけれど、ゴミ掃除ロボットなんていたかな?」
「じゃあ、ちょうどメンテナンス中だったのかな? 父さんと母さんと買い物?」
スバルの肩がピクリと持ち上がった。父さんという単語が出たからだ。
ツカサに罪は無い。このクラスで、スバルの家庭事情について知っている者は少ない。担任教師の育田を除けば、生徒で知っているのは学級委員長のルナとその取り巻きのゴン太とキザマロぐらいだ。
「いや、ちょっと友達と……」
「そうなんだ。委員長達と?」
「いや、別の女の子だよ」
「
はっと口を押さえた。出さないようにと話題を振ったのに、結局ぼろを出してしまった。自分の口に杭でも打ち込んでやりたい。
「もしかして……彼女!?」
フラッシュバックが起きた。バチ公像前での出来事、手を繋いだこと、ミソラのファンから逃げたこと、迷子の女の子を見つけたこと、噴水で抱きしめてしまったこと、鼻先があたってしまったこと、プレゼントをあげたこと。これらの青春の思い出を処理しきれるほど、スバルの脳は純情に耐えられない。
「ちちちちちち違うよ!!!」
「あはは、スバル君は嘘が下手だね。噛みすぎだよ」
「ほ、本当に! 違うから!!」
「大丈夫だよ。誰にも言わないから」
スバルの動揺が止まった。例えばれたとしても、ツカサは黙っていてくれる。つまり、もう、これ以上広まることは無いということだ。
「……ほんと?」
「うん。だって、スバル君って目立つの嫌いみたいだから。僕も黙っておくよ」
振動している首を止め、ほっと胸をなでおろした。スバルにとって、ありがたすぎる言葉だった。もし、ゴン太やキザマロにばれれば自分の命に関わる。箒を片手にもったファン達に、学校中で追い回される日々が訪れることは間違いない。
そんなことにならないように、ツカサは黙ってくれるらしい。
「その代わり、今度僕にだけ紹介してくれるかな?」
「……ツカサ君にだけ?」
「うん。二人だけの秘密。ダメかな?」
「……二人だけ……」
ツカサの言葉の中で、その単語にだけ強く惹かれた。
普通、秘密とは一人で抱えるものだ。誰にも知られたく無いから、秘密にするのだ。それを誰かに教えるということ。それは、相手に強い信頼が無ければまず行わないことだ。そして、自分達だけで独占できる情報だ。その人にとって、特別となった人とだけできる特権だ。
「やっぱり、ダメかな?」
「いや、良いよ。その代わり、絶対にしゃべらないでね?」
「ほんと! ありがとう。約束するよ」
「絶対に約束だよ? 破らないでね?」
「もちろんさ」
ツカサのはにかみを見て、スバルは小指を出した。ツカサも小指を絡めて、無言の契りを結んだ。
「そっか……スバル君って彼女がいるんだね」
「もう、からかわないでよ」
「あはは、ごめん」
軽い気持ちでからかってくるツカサをみて、ちょっとだけ不安になった。うっかり口を滑らしてしまわないだろうか。
「おい、スバル」
「何?」
トランサーを開くと、ウォーロックが画面で首を傾げていた。
「お前ら、もう恋人ってやつなのか?」
頭を抱えこんだ。そうだ、ちょっと一緒に買い物に行っただけである。二人はまだ友達という一線を踏み越えれていない。
ツカサにミソラを紹介するまでに、ミソラと恋人になれば大きな問題は無い。だが無理だ。ミソラは元国民的アイドル。スバルは元登校拒否児だ。二人には大きな格差がある。そんなに簡単に恋人になれるわけが無い。と、スバルは思い込んでいる。
ごまかすのも難しい。ツカサにミソラを紹介するときに、「恋人です」なんて言うわけには行かない。ミソラを友達として紹介しても、ツカサが「恋人じゃないの?」と言い出しかねない。そうなったら、ミソラとの関係に亀裂が入ってしまう。
「どうしよう……?」
「知るかよ」
青い顔をしながら黒い線を落としているスバルを無視して、ツカサの様子を伺った。スバルも横目でツカサを伺う。鞄を漁っているツカサの笑顔を裏切るなんて、自分にはできない。
見ていると、ツカサが立ち上がった。教室の後ろにいるキザマロに話しかけている。どうやら、ミソラのCDを借りていたらしい。返却した後、新しいCDを借りていた。
「ありがとう。皆も喜ぶよ」
「お安い御用ですよ」
借りたCDを早速トランサーに通し、二人で聞き始めている。そんなツカサの女の子のような笑みを見て、罪悪感が更に強くなった。
◇
今日も授業だ。子供のお仕事は勉強だ。誰もが億劫になるお仕事だが、育田が相手となれば別だ。目を爛々と輝かせて聞きいる子供達に、ウォーロックも混じっている。彼曰く、テレビよりも面白いと絶賛している。
育田による外国語の授業を聞いていたスバルに、ウォーロックの不愉快そうな声がかけられた。
「来たぜ」
それだけでスバルには伝わった。
「先生、トイレ」
「ああ、良いぞ。だが、ちゃんと休み時間中に行くんだぞ?」
「はい、すいません」
教室の後ろから外に出る。音が響く廊下を、風のように静かに走りぬけ、トイレの個室へと飛び込んだ。
「電波変換! 星河スバル オン・エア!」