流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿


第八十五話.歪む嫉妬

 クローヌとクラウンと別れた二人は、奥へと入って行く。ルナは、縦ロールを引っ掛かっけようとする木の枝を、鬱陶しそうにはねのけながらストーカーを続けていた。

 この施設の奥に進んでいくと、ホールのような広いスペースが開けた。そこに佇んでいるのは、大蛇のモニュメントだ。

 

「わ~、おっきい~!」

 

 緑色の体は巻きついている木よりも長くて太く、赤を灯した双眼が自分を見下ろしていた。裂けた舌をちらつかせるその姿は、ミソラを獲物として捕らえているようにも見える。

 

「この蛇のモニュメント、電波を飛ばしてるのか……」

「え、電波を?」

「うん、これでヘビを自動操作しているんだって。すごいな……」

「そっちに感心しちゃうんだ」

 

 街路樹を遥かに上回る大きさに心奪われるのが普通だ。しかし、機械が大好きなスバルはその方向が違ったらしい。隣にミソラがいることすら忘れるように、モニュメントが体のどこから電波を飛ばしているのかと探していた。そんなスバルの背中に、ミソラは微笑んだ。楽しい時間を過ごす二人とは真逆なのがルナだ。

 

「何よ、あんなに楽しそうにして……」

 

 少し離れた場所で嬉々たる二人を、恨めしそうに見つめていた。だから、気がつかなかった。

 

「ルナ? ルナじゃないか?」

「あ……」

 

 野太い男性の声に振り返ると、会いたくなかった二人が近づいてきた。

 

「パパ……ママ……」

 

 一歩、後ろに後ずさった。

 

「こんなところで何をしている?」

「今日のお稽古は終わったの?」

「そ、それは……」

 

 さぼったなんて言えない。嫌なことは立て続けに起こる。それは本当らしい。

 

「あれ? 委員長?」

 

 振り返ると、スバルとミソラが近づいて来ていた。

 

「あの人が委員長?」

「うん、そうだよ」

 

 ミソラに頷いたスバルが前を向くと、ようやくルナの隣にいるナルオとユリコに気付いた。

 

「なんだ君たちは? ルナの友達か?」

 

 ピクリとスバルの指が挙動した。すぐに、「そうです」と答えられなかった。友達と言って良いほど親密な仲なのだろうか? 友達の境界線は、今も分からない。

 

「えっと……」

 

 返答に困るスバルに、ルナは目を細めた。

 

「まったく、ルナはロクな友達を作っていないのね」

「な!?」

 

 ユリコの言葉に反応したのはミソラだ。スバルは思いがけない言葉に、声を失っていた。

 

「小学生の身でデートするなんて、なんて不謹慎なのかしら」

 

 冷淡につり上がった目が、スバルとミソラを射抜いた。ムッと頬を膨らますミソラには目もくれない。

 

「ねえ、あなた。学校と掛け合って、明後日にでも転校させましょう?」

「ああ、ルナにこれ以上悪い虫がついては困るからな。転校の話はもっと早めに進めるとしよう」

 

 淡々と話を進める二人。スバルは少し反応が遅れてしまった。ありえない言葉が当たり前のように出てきたからだ。

 

「転校!? 委員長、どういうこと!?」

「そ、それは……」

 

 ルナの横から二人が進み出てくる。まるで、娘に寄りつくなと言わんばかりだ。

 

「ルナは来週から女学院に通わせる。君達には関係のない話だ」

「ルナはあなた達と違って、エリートの道を歩むの。これ以上ルナに関わらないでくれるかしら?」

 

 ナルオとユリコの言葉が止めだった。ルナはその場から一目散に逃げだした。後ろからかかってくるスバルの声も振り切った。

 

「委員長……」

「さあ、君達も早く帰りなさい」

「行きましょ?」

 

 ルナが見えなくなった曲がり角を見つめているスバルと、隣にいるミソラに吐き捨てるような言葉を残しながら、二人は施設の奥へと消えていった。

 

「何あれ!? アッタマ来ちゃう!!」

「ポロロン。感じ悪い両親ね!!」

 

 怒り心頭なミソラに、ハープも眉を尖らせながら頷いた。

 

「あの二人より、委員長だよ」

「そうだね。委員長、大丈夫かな?」

 

 ミソラは、ルナとは初対面だ。しゃべったこともない。だが、今の委員長が、スバルが話してくれた委員長とは大きく違う事も、スバルがルナのことを心配していることだけはよく理解できた。

 

「ねぇ、ミソラちゃん……?」

「追いかけよう!」

 

 スバルが申し訳なさそうに話しかけると、ミソラはいち早く提案した。

 

「委員長のこと、心配だもんね?」

「うん、行こう!」

 

 ルナの後を追いかける二人。その後ろで、嫌な表情を浮かべているウォーロックに、ハープが尋ねた。

 

「珍しく難しい顔してるわね? どうしたの?」

「ほっとけ! それより、委員長の奴、やばくねえか?」

「ええ、まずいかもしれないわね……」

 

 

 施設から飛びだした二人は、真っ先に屋上を見渡した。そんなに広くはない。人は多いが、あの特徴的な髪だ。見渡せばすぐに見つかるはず。

 

「いた!」

 

 ミソラの指差す先には、階段を駆け下りていくルナの縦ロールが見えた。

 

「ミソラちゃん、追いかけるよ!」

「うん!」

 

 ミソラが頷くより早く、スバルは駆けだした。ガンガンと鳴り響く狭い空間に飛び込み、音に追いつこうと駆け降りる。少し降りると、三つあった音が二つになった。

 

「これは……委員長が階段を降りたな」

「何階かな?」

「一階だと思う。デパートの外に出たのかも」

「急ごっ!!」

 

 一階に下り、自動ドアをくぐって温暖な世界へと飛び出す。だが、そこは無数の人が行き交っている。

 

「手分けして探そう!?」

「うん、私はあっちに行くね?」

 

 スバルと別れて走り出した。右、左と辺りをうかがいながら走る。ふと、裏道が目に入った。それを睨むように足を止める。

 相変わらず、自分の周りでは人があちらこちらへと闊歩している。どこを見渡しても人がいる世界。もし、悲しいことが合ったら、こんな世界に身を置くだろうか? 否だ。自分だってそうだった。

 引き寄せられるように足を進めた。一歩、日陰に足を踏み入れると途端に雑音が小さくなった。別世界の入口を踏み越えると、別の音が耳をにぎわせた。腐臭がする道を進み、角を曲がる。ルナが蹲っていた。

 

「委員長?」

「っ!?」

 

 目だけ振り返ったルナが立ち上がった。目は真赤になっており、指先には僅かに塩辛い雫が見えた。

 

「なによ?」

「あの……スバル君が心配してるよ?」

「だから何? どうせ、私は転校するのよ」

 

 目も合わさずに答えるルナに、ミソラは何も言えなくなる。どこかの配管が壊れているのだろう。水が滴り落ちる音だけが静かに響く。

 

「あ、あのね……」

 

 徐に話を切り出したミソラを、ルナはキッと横目で睨みつけた。ビクリと身をこわばらせながらも、のどを恐る恐ると震わせた。

 

「私は、委員長がうらやましいよ? 曲がっているけれど、委員長の両親は、委員長の事を考えて……」

「あなたに、親に愛されない私の気持ちなんて分からないわよ!」

 

 ミソラの体が軽く横に弾きとばされる。狭い道でミソラの横を駆け抜けようとしたため、ミソラに肩が当たったのである。体格はルナの方が少し大きいため、ミソラが壁にぶつけられる形になる。

 

「あ、あの!」

 

 それでも、引きとめようと伸ばした手が届くことは無く。再びルナが消えた灰色の壁に向けられただけだった。

 

「委員長……」

 

 シュンと俯くミソラを励ますように、ハープがギターから出てきた。

 

「ミソラ、追いかけましょう? スバル君とあいつにも連絡しといたから」

「……うん」

 

 

 ルナは別のデパートの屋上に来ていた。屋上は広いが、やっぱり人の目が少ない死角が必ず存在している。騒がしいが、臭い裏道よりはよっぽどいい。そこで、静かに涙を押し殺していた。それに、ここならスバル達にも見つからないはずだ。今は、ここで一人でいたかった。

 ルナのこの考えは大当たりだ。屋外にしか目が行っていないスバルとミソラがこの場所に気付くことは無い。そんな彼女を責めることなんてできない。より厄介な存在に見つかることなんて、地球人には予想できないのだから。

 いち早く気づいたのは、感知能力に長けた異星人だった。

 

「まさか……!?」

 

 認めたくないが、あの戦闘馬鹿の予想が現実になりそうだ。

 

「ハープ、どうしたの?」

「ミソラ、ちょっとメール借りるわね!?」

「え、うん……」

 

 

 受け取ったメールを最初に見たのは、トランサーに住みついているウォーロックだ。本文は無く、件名だけが記されているメールだった。記されている文を見て、ウォーロックは全身の神経を強張らせ、辺りの周波数を探った。

 居る。奴だ。厄介極まりない奴が、この星に来ていやがった。

 

「スバル、こっちだ!」

「え?」

「早くしやがれ!!」

 

 有無を言わさずスバルの左手を引っ張った。左手から横に倒れ込むように走り出すスバルに、周りからさげすむような視線が集められてしまう。ウォーロックを少し恨みながらも、言われるがままに走り出した。

 

 

 奴は、標的のすぐそばに近づいていた。待ちに待った得物だ。スッと彼女は、獲物の後ろで姿をあらわにした。

 

「力を貸してやるぞ?」

「え? ……ヒッ!?」

 

 振り返ったルナの顔が一瞬で青く染まった。

 

「こ、来ないで!」

「何を言うのだ? 私は貴様の味方だぞ?」

「嘘よ! 騙されないわよ。私、アナタみたいなやつに、何度も酷い目に遭わされたんだから!」

「ほう、もう他の奴らと関わっていたか。なら、分かるだろう? 私を受け入れれば力を得られるぞ?」

 

 その言葉に、ルナの脳裏に記憶が駆け巡った。

 牛の化け物を受け入れ、炎の怪物になったゴン太。白鳥のような翼を煌かせ、人外の力を持った宇田海。まるで別人のようなっていた二人。今振り返れば、育田だってそうだったのかもしれない。

 なら、受け入れる理由なんて無い。

 

「だ、騙され……」

「力が欲しくないのか? お前を縛り付ける者達を蹂躙し、撥ね退ける力が!」

 

 両親の顔と、転校と言う言葉。そして、ゴン太、キザマロ……スバルの顔が思い浮かぶ。

 

「委員長!」

 

 スバルだ。両手で膝を掴みながらゼェゼェと荒い呼吸をしているところだった。

 

「騙されちゃダメだ! そいつから離れて!!」

 

 駆けつけてくれた彼に、手を伸ばそうとする。

 この時のミソラを責めることはできるだろうか? スバルとルナの力になりたい。その思いで走って来たミソラは数秒遅れてスバルの横に並び立つようにルナを振り返った。

 

「委員長、騙されちゃダメ!」

 

 ドクリとルナの鼓動が強くなった。それを見て、へびつかい座のFM星人はほくそ笑んだ。

 

「私を受け入れろ」

 

 視点が定まっていないルナの左手に、そっと手を添え、合言葉をささやいた。

 

「委員長!」

「ダメ!!」

 

 抗うように、左手がルナの意識で持ち上がる。紫色の髪を逆立て、オヒュカスは勝ち誇るように、狂った笑い声を上げた。

 

「電波変換 白金ルナ オン・エア」


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