流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第七十五話.デート当日

 ジリリリリという擬音が元気に騒ぎだす。負けずに布団を蹴飛ばし、両足を下ろす勢いで身を起こす。鳴り響くトランサーを鷲掴みにし、中で眠そうに耳を塞いでいる居候に代わって停止ボタンを押した。

 

「おはよう、ロック!」

「ああ、珍しく早起きだな?」

「そ、そんな事無いよ!」

「へいへい」

 

 トランサーを置いて、部屋を出ていくスバルにウォーロックは僅かに笑って見せた。

 階段を駆け降りると、既に母のあかねが起きていた。部屋着の上にエプロンをかけ、キッチンで朝食を作ってくれている。

 

「おはよう。いよいよね?」

「うん」

 

 まともに相手をすればまたからかわれてしまう。素っ気なく答え、洗面所に入る。顔を水で濡らすと、いつもは使わない石鹸を手で擦り、泡を頬に塗りたくる。顔全体に伸ばしたら、四回、五回と水を被り、丁寧に泡と汚れを落とした。鏡を見ると、朝日を反射するツルッとした滑々の肌が映った。

 

「よし!」

 

 リビングに出ると、母が朝食を並べてくれていた。目玉焼きが乗ったトーストと、新鮮なサラダ。水滴を羽織ったコップに注がれたミルク。絵に描いた様な、朝日に照らされた朝食である。

 

「いただきます!」

 

 勢いよく席に座り、さっそくパンに齧り付く。カリッとした耳の触感に、卵の旨味が口の中を賑やかにさせる。もうすぐ始まるイベントに、元気と興奮を抑えきれない我が子。その姿を見守るのは、あかねにとって至福の一時だ。だから、ニコニコとサラダを頬張るスバルに、また意地悪したくなるのである。

 

「スバル、今日帰らないんだったら、ちゃんと連絡するのよ」

「え? 帰って来るつもりだよ。何言ってるの?」

 

 パンに奪われた水分を補充しようと、コップに入った白い液体をのどに流し込む。ひんやりとした喉ごしが気持ちいい。

 

「あら? お泊りしないの?」

 

 この母は何を言っているのだろう? 言葉の意味を探してみる。すぐに気付き、飲んでいたミルクを盛大に吐き出した。逆流し、コップから弾き返された分が頭からかかる。

 

「何言い出すんだよ! って、あ~、もう!」

 

 パジャマと髪に付いた牛乳を鬱陶しそうに掃う。もちろん、取れるわけがない。このまま匂いが染みつき、牛乳臭くなってしまったら台無しだ。パンとコップを投げ出し、お風呂場へと駆けこんだ。パジャマを脱ぎ捨てる音と、がらりと開閉される扉の音がする。シャーと言う水温が流れた直後、悲鳴が上がった。

 

「つめた!!」

 

 慌てて、水の蛇口だけをひねってしまったらしい。この間、あかねはずっと、お腹を押さえて笑っていた。

 

 

 スバルが目覚めた頃、少女はとっくに目を覚ましていた。作り終えた朝食をそっとテーブルの上に置く。

 

「いただきます!」

 

 スバルと違って、ミソラの朝食は和食だった。昨日の残りの味噌汁を温め、炊きあがったばかりの炊飯器内の白米。黄色い沢庵に甘い香りを漂わせる小豆。ほうれん草の白和えと、あの卵焼きもある。沢庵と小豆以外は、全て彼女の手作りである。

 

「これだけ料理ができるのに、全部味が微妙って悲しいわね?」

「ほんと、なんで味がしないんだろ?」

 

 フライパンを洗ってくれているハープに頷きながら、出汁の風味がしない味噌汁をすする。卵焼きはやっぱり味が無い。白和えも、ふんわりとはしているが、美味しいとは決して言えない。

 

「今日のあれ、大丈夫かな?」

「大丈夫よ!」

 

 心配そうに、鞄の中にある白いタッパーを見ているミソラに明るく答えた。

 

「だよね! あれだけ練習したもんね!?」

「ええ、きっと大丈夫よ!」

「うん! よし、早くおめかししないと!」

 

 時計にちらりと目をやり、ちょっと硬い白米をかきこんだ。

 

「ハープ、おかわり!」

「はいはい、食べ過ぎないようにね?」

「ダメだよ! お昼は少なくするつもりなんだから。今食べとかないと!」

「お腹壊しても知らないわよ」

 

 丼を受け取りながら、ハープは注意した。ちなみに、小豆、ほうれん草、沢庵は小鉢に入っているのではなく、茶碗いっぱいに入っている。卵焼きは大皿の上に積み上げられ、テーブル上で山のようにそびえている。味噌汁だけは汁物と言うことを考慮して普通のお椀だ。しかし、味噌汁がたっぷり入った鍋がすぐ側に控えている。今、ミソラが三杯目をおかわりをしたところだ。ハープが持って来てくれた、丼に入った白米に箸を伸ばす。

 

「私がこれだけ食べるって知ったら、スバル君びっくりしちゃうよね」

「びっくりするだけで済むかしら」

 

 見るからに食の細そうなスバルを思い出し、ハープはため息をついた。

 

 

 スバルが朝食を終えて部屋に戻ったころ、あかねは鼻歌を歌いながら洗い物に手を伸ばしていた。あかねにハートマークを飛ばしているデンパ君に、呆れたようにため息をつきながら、ウォーロックはスバルの部屋へと戻った。朝からあのテンションに付き合わされるのは疲れるため、ちょっと散歩に行って、戻って来たところである。そろそろ、着替え終わったころだろう。スッと天井をすり抜けて、一階から二階へと上がった。鏡の前にスバルが立っている。どうやら、昨日買って来た新品の服に着替え終わったらしい。

 

「終わったか?」

「うん、どう? かっこいいよね?」

「知らね」

 

 興味ないと答えるウォーロックを気にせず、スバルはチェックシャツをひらりと広げて見せる。ベルトにある皮のベルトが気に入ってるのだろう、無邪気な笑みを見せている。

 

「準備ができたんなら、行くか?」

「もう? ちょっと早くない?」

「バスが遅れて、遅刻したら元も子もないだろう?」

 

 ナビが自動走行する時代になったとは言えど事故は少なからずある。ナビだって故障したり間違えたりするし、電波ウィルスが事件を起こすなど日常茶飯事だからだ。そんな物に、今日の楽しみを邪魔されるなんて堪った物では無い。

 

「そうか! それがあったね!? ありがとう、ロック。全然頭になかったよ」

「それじゃあ……?」

「うん、行こう!」

 

 トランサーにウォーロックが戻ったことと、今持っている電子マネーの金額を確認する。服を買ったが、まだ十二分に残っている。

 

「これなら、いくらでも奢って上げられるよね」

「デートって、男が奢るもんなのか?」

「そうらしいよ? 何買うか分からないけれど、これなら大丈夫だよね! だから、カードはもうちょっと待って?」

 

 右手だけでごめんのポーズをとるスバルに、ウォーロックは諦めたように言う。

 

「分かったから気にすんな。そのかわり、今日は思いっきり楽しめよ?」

「うん!」

 

 頷き、買ったばかりの靴を片手に部屋を飛び出した。時計の針が待ち合わせの時間に到達するまで、まだまだたっぷりと余裕がある。しかし、少年にはそんなこと関係ない。一秒でも早くあの子に会いに行きたい。秒針よりも早く彼は階段を駆け降りる。駆け下りて来たスピードを緩めず、体当たりするようにドアを蹴破った。

 ピンポーンとスバルの足を緩めるようにチャイムが鳴った。リビングからも見える玄関では、あかねがいそいそとドアを開けていた。

 

「いらっしゃい。ありがとうね、こんな朝早くから」

「いえいえ、壊れたのが冷蔵庫ですからね。一大事ですよ」

 

 ひょいっと入って来た、ふっくらとした顔。スバルはすぐに相手の名を呼んだ。

 

「天地さん?」

「お、スバル君、おはよう!」

 

 ちょっと出ているお腹と、青い作業着が特徴的な若い男性は笑顔でスバルに振り返った。

 どうやら、先ほどのあかねの言葉からすると、冷蔵庫を直すために朝早くから来てくれたらしい。尊敬する大吾先輩の家庭事情を、我が身の用に心配してくれているのである。どこまでもお人好しな男だ。

 

「ところで、スバル君。すごくうれしそうな顔してるけれど、何か良いことでもあるのかい?」

 

 いつもと違う恰好をしているスバルを足先から頭先までじーっと観察する。残念ながら、頭はいつも通りの鶏冠状態だ。

 

「それが、聞いてよ天地君! スバルったら、これからあの響ミソラちゃんとデートなのよ!」

 

 「余計なことを……」と苦虫を噛み締めるスバルを無視して、天地はあかねに習ってからかいだす。

 

「お、あの時の子か! いつの間に射止めたんだい? スバル君も隅に置けないな~」

 

 あかねだけならいざ知らず、天地も一緒になると、スバルに襲いかかってくる恥ずかしさは二倍以上となってくる。全身を真っ赤にしながら、スバルは必死に否定する。

 

「だ、だから! ヤシブタウンで一緒に買い物しに行くだけだよ!」

 

 だが、小学生をからかうなど、この二人にしてみれば歩くほど簡単なことである。それが、正直すぎるスバルだと言うのなら、呼吸と等しいレベルだ。

 

「ヤシブタウンって言ったら、デートスポットですよね~?」

「もう、この子ったら青春満喫しちゃって! お年頃なのよね~?」

「行ってきますっ!!!」

 

 逃げるように玄関に向かい、真新しい靴でドアを蹴飛ばした。ドアが閉まるにつれて、スバルが走り去っていく音が小さくなっていく。バタリと言う音を最後にリビングは静まり返った。

 

「スバル君、表情が豊かになりましたね?」

 

 からかっている時のものでも、誰かと話す時に見せるものでもない、穏やかな笑みをスバルを送り出したドアに向けていた。それは、あかねも同じだ。

 

「ええ、学校に行く少し前からちょっとずつね……何があったのかは分からないけれど、あの子が変わるきっかけになってくれて良かったわ」

 

 

「まったく! なんなんだよ! 母さんも天地さんも!!」

 

 ブツブツとトランサーに向かって文句を言いながら、スバルはドスドスと不機嫌そうに公園に向かって歩いている。彼の背後でのそのそと動く影には気づかなった。

 

「何よあいつ……」

 

 先ほど、インターホンを押そうとしていたルナである。スバルの声が聞こえたと同時に、慌てて近くの壁に隠れた彼女は、遠ざかっていくスバルの背中を見ていた。

 

「こんな時間から出かける用事なんてあるの? 元登校拒否児にしては活発ね」

 

 相変わらず酷過ぎるコメントである。

 

「しかも、何よあの格好? おしゃれまでしてどこに行くのよ」

 

 どうやら、スバルが一夜漬けで選んだ服は、ルナもそこそこ認める組み合わせだったらしい。

 

「何よ、楽しそうに……ニヤニヤして、気持ち悪い……」

 

 ニコニコと太陽に向かって伸びをし、軽い足取りで横断歩道を渡って行く。幸せいっぱいの少年の姿は、ルナには気に食わない。

 

「……ここは……後をつけるしかないわね……」

 

 白金ルナ。本来の目的を忘れ、暴走するのがたまに傷な女の子である。


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