流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/6/8 改稿


第七十二話.デンパ君大会議

「なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!」

「いやあ、あの時のお前が面白くってな」

「人を笑いの種にしないでよ!」

 

 ようやく落ち着いたスバルに間違いを指摘したウォーロックは、彼の我儘を聞いて電波変換している。徒歩よりもよっぽど早い交通手段であるウェーブロードを走り抜け、家へと到着した。

 家に入れば、相変わらずニヤニヤとしている母親がいつもどおりに夕飯の準備をしてくれていた。

 

「お帰りなさい。赤飯でも炊こうかしら?」

「いらないよ!」

 

 スバルと違って、あかねは鼻歌を交えてご機嫌の様子だ。よっぽど息子の青春が嬉しいのだろう。ご丁寧に、ミソラの曲を選んでいた。

 

「ブラザーなの?」

「そうだよ」

「今度、家に連れて来なさい」

「分かったよ」

 

 不機嫌な返事をしてスバルは乱暴な音と共に階段を上がって行った。見送りながら、あかねはボソリと呟いた。

 

「聞いた、大吾さん?」

 

 テレビの横にある、家族三人の集合写真。その一番右に写っている体格の良い男性に語りかけるように、あかねはしゃがみ込んだ。

 

「スバルに、ブラザーができたんですって……」

 

 優しい微笑み浮かべ、再び鼻歌を歌い始めて料理を再開した。曲は、先ほどまで歌っていたミソラの代表曲、ハートウェーブだった。

 

 

「もう、嫌になっちゃうよ」

「ククク、良いじゃねえか?」

「ロックはからかえるからでしょ?」

「当たり前だろ?」

「ちっ」

「おい、いま『ちっ』つったか? 『ちっ』って?」

 

 後は、夕飯をしのげばからかわれることもないだろう。それまではゆっくりと宿題でもやろう。気を取り直して部屋のドアを開けた。

 

「……ん?」

 

 部屋の雰囲気がどこか違う。スバルの部屋は、絨毯を二枚は余裕で敷けそうな面積がある。部屋の中には階段が作られており、それを昇ればベッドと望遠鏡、小道具類をしまう棚がある。そこからでも、脚立を使わなければ天井には手が届かない。そんな広いはずの部屋から圧迫感を感じる。空気が張りつめ、重いのである。まだ太陽の温もりが残っているはずのスバルの部屋。しかし、スバルの頬を包むのは冷たい空気だ。

 

「スバル、ビジライザーをかけてみろ」

 

 つまり、電波世界を見ろと言うことである。何があるのだろうと、いつも額にあるビジライザーを下ろした。

 

「げっ!」

 

 灰色だ。ビジライザーの緑のレンズが丸い灰色で満たされた。丸いのは頭だ。その倍の数ある白い塊は目だ。

 

「な、なんでデンパ君達がこんなにいるの?」

 

 安いアパート一部屋分よりも、遥かに広いこの空間を、百体以上のデンパ君達が埋め尽くしていた。彼らの目は容姿と相反して鋭く、ジトーっとした眼差しをスバルに向ける。彼らの戦闘周波数はほぼ零であり、電波ウィルスに襲われたらひとたまりもない。そんな彼らではあるが、これだけの数が集まり、二百個以上の目を一斉に向けられれば、怯まない者はなかなかいないだろう。

 

「スバルサン、サキホドノヤリトリ、ミテイマシタヨ」

「え? 何を?」

 

 一人のデンパ君が、相変わらず目を半月の様にしながら代表して前に出てくる。しかし、言われている内容が何の事か分からない。

 

「フッ、トボケテモムダデスヨ?」

「ワタシ、イチブシジュウミテタンデスカラ!」

 

 隣のデンパ君が大きく叫んだ。

 

「ミソラチャンカラ、デートノオサソイヲウケテイルトコロヲ!!」

「……へ?」

 

 間抜けな声が漏れた。

 

「ミチャッタンデスカラ! ボクタチノミソラチャンガ、スバルサンヲデートニサソッテイルトコロヲ!!」

「ウオオオオ! ミソラチャ~ン!!」

「ウゥ、ミソラチャ~ン!!」

「ウオオ~イオイオイ!!」

 

 一人のデンパ君が泣き出すと、別のデンパ君が堪え切れない涙をこぼした。伝染するように、瞬く間に百体近くのデンパ君達が一斉にむせび泣く。涙の合唱である。

 彼らについて行けないスバルとウォーロックは、反応に困った表情で彼らの様子を見守っていた。

 

「クゥ、デ、デモ! ボクハヤメマセンヨ! ミソラチャンファンクラブDヲ!!」

 

 『D』と言うのが何かは分からないが、どうやらデンパ君達の世界にもミソラのファンクラブがあるらしい。

 

「オオ、ドウホウヨ!!」

「キ、キミモカ!!」

「ワガショウガイノトモヨ!!」

 

 何人かのデンパ君が泣きながら身を寄せ合う。おそらくハグなのだろうが、手が無いので自然とあの体勢になるのだろう。

 

「……男の友情ってやつなんだろうな?」

「男……なの?」

「電波体にも性別はあるぜ」

「なるほど。言われて見れば、ウォーロック達、FM星人にもあるしね?」

 

 広がっていく男同士の友情の中、一人がボソリと口を開いた。

 

「オレハヌケルゼ?」

 

 ピタリと騒音が止んだ。ピリッと電流が走り、恐いくらいの静寂が訪れる。不甲斐なく、スバルとウォーロックはゴクリとつばを飲み込んだ。

 

「オ、オマエ! ヌケルノカ!!?」

「ナゼダ! カイインNo.675807304ヨ!?」

「いや、どんだけいんだよ?」

 

 ウォーロックの当然の疑問はするりと無視された。

 

「ミソラチャンハスバラシイ。デモナ、モットスバラシイコヲオウエンスルファンクラブガアルンダゼ? ソノナモ……」

 

 ちょっと言葉使いの荒い、俺口調のデンパ君は、皆の敵意が集まる中で、堂々と口にした。

 

「ハープ・ノートチャンファンクラブ!!」

 

 ずるりとスバルとウォーロックはずっこけそうになった。それに気付かず、デンパ君達が疑問を口にする。

 

「ハープ・ノート? ダレダソリャ?」

「ジョウホウガオソイゼ? コレガカイインカードダ。ホラ、サッキ、コノマチノジョウクウデサツエイサレタシャシンモアルゼ」

 

 ぴらりと、自分のハープ・ノートファンクラブの会員カードと、現像したばかりの写真を見せる。そこには、まぎれもなく、ミソラとハープが電波変換したハープ・ノートの姿が合った。ウェーブロードで、笑顔でスキップしている姿が写っている。

 

「オオ、カワイイ!!」

 

 お熱な方々を刺激するには充分だったらしい。スバルとウォーロックはどう突っ込めが良いのかと顔を見合わせた。

 

「ワ、ワタシモハイリタイ!」

「オイ、ウラギルノカ! ッテ、ウグッ!」

 

 仲間の一人が揺らぎ、それを止めようとしたデンパ君を、ハープ・ノートファンクラブのデンパ君が押しのける。

 

「ナラ、オレカラ、ワレラハープ・ノートファンクラブノソウチョウ、クラウン・サンダーサンニレンラクヲイレテオコウ」

 

 今度こそ、スバルとウォーロックはずっこけた。

 

「く、クラウン・サンダーって……」

 

 名前からして、FM星人であることは間違いない。一応ウォーロックの様子をうかがうと、頭を抱えて項垂れていた。

 

「クラウンの爺さん、何やってんだよ……」

 

 やはり、そのクラウンというFM星人が、人間と電波変換した名前のようだ。そんな事をしている内に、ハープ・ノートファンクラブに入ると言いだすデンパ君達が増えてきている。対し、それを止めようとするデンパ君が増え出す。

 

「ボ、ボクモハイリタイデス!」

「コラッ! キサマウラギルノカ!?」

「イマノジダイハハープ・ノートチャンダゼ!」

「イツダッテミソラチャンガイチバンダイ!」

「イチバンハハープ・ノートチャンサ!」

「ハープ・ノートチャンガイイナ~」

「フフフ、ハープ・ノートチャンガユウリデスネ」

「ニンゲンタチ二ダッテ、ファンガイルンダゾミソラチャンハ!」

「デモ、ニンゲンダロ! ハープ・ノートチャンハデンパタイダ!!」

「ニンゲンダカラコソイインダロウガ!」

「ソウダソウダ! ミソラチャンガイチバンダ!」

「イチバンハアカネサン!」

「ミソラチャンファンクラブDハエイキュウニフメツデス!!」

「ダガ、コレカラセイリョクヲマスノハハープ・ノートチャンファンクラブサ!」

「ミソラチャンダッテマケテマセン!!」

「イイヤ、ミソラチャンファンクラブDハコレカラモデカクナルネ!」

「ハープ・ノートチャンモイイガ、ミソラチャンノホウガイイ!」

「ダンゼンハープ・ノートダシ!」

 

 冷戦ならず、言戦が繰り広げられる。あちこちで言い争いが続くが、そのうち一組が掴みあった。手は無いが、頭をぶつけたり、体当たりしている。転倒した相手にのしかかり、短い脚で必死に蹴とばしている。だが、体の形状の問題で、バランスが悪いのだろう。蹴り損ねて、勢い余って後頭部からこけてしまった。触発された別のデンパ君達が同じく喧嘩を始める。

 

「あのさ」

 

 騒音の中で静かな言葉は逆に響く。ピタリと喧嘩が止んだ。

 

「喧嘩するなら、余所でやってくれない? 迷惑……」

 

 スバルのちょっと遠慮気味な懇願。だが、明らかに不機嫌な表情。ジーッとスバルを見ていた二百個の目の主達は、背中が平らになるほどビシッと姿勢をただした。

 

「スイマセンデシタ!!!」

 

 サァっと近くの壁や床、天井をすり抜け、デンパ君達は姿を消した。一秒数える暇もない、瞬く間にだ。

 

「オイ、スバル。ばれたらえらいことになるぜ?」

「うん。そうだね。今度こそあのデンパ君達に何をされるか分からないよ」

 

 ミソラとハープ・ノートが同一人物だとばれれば、ミソラちゃんファンクラブDと、ハープ・ノートちゃんファンクラブのデンパ君達から一斉攻撃されるだろう。そうなれば、いつ、どの電子機器が、スバルを狙って爆発するか分からない。彼らは戦闘能力は無いが、人間に代わってあらゆる電子機器に干渉する力を持っている。電子機器一つを爆破することなど造作もないのである。つまり、少なくとも675807304体はいるデンパ君達から狙われることに他ならない。

 

「どうしよう……生きた心地がしないよ……」

「ミソラのヒーローが何言ってんだよ……」

 

 ため息を吐きだし、ビジライザーを外しながらドカリと鞄を下ろす。すると、トントンとドアがノックされた。扉の向こうにいるのは誰なのか、考えるまでもない。

 

「何、母さん?」

 

 ドアを開けて出迎えると、案の定あかねが立っていた。ちなみに、ウォーロックはその隣に目をやっている。さきほどさり気なくあかねを推していたデンパ君が頬を赤らめながらあかねの側に立っているのである。

 

「さっき、学校から連絡があったの。なんでも、学校に来ていたサテラポリスの刑事さんが、大怪我して倒れてたらしいわ。見かけない人も校内で倒れてて、連行されたって。子供が二人も廊下で倒れていたし、屋上も傷だらけだから、事件かもしれないって騒ぎになってるのよ。スバル、あなた今日帰るの遅かったでしょ? 何か知らない?」

 

 知っているも何も、その事件に深く関わっているのである。屋上の傷は、ウルフ・フォレストと戦った時についた物なので、尾上との共同責任である。倒れていた見かけない男は、おそらく、ハープ・ノートが倒したジャミンガーだろう。子供二人は、子供ジャミンガーだった二人とみて間違いなさそうだ。五陽田は……正当防衛ということにしておこう。

 

「……僕、友達の家に行っていたから知らないよ」

 

 内心、悪いとは思いつつも、ケロッとした表情で首を傾げた。一筋の冷や汗がツーっと流れたことに、あかねは気付かなかった。

 

「友達って?」

 

 そこで、ハッと言葉を詰まらした。

 

「えっと……」

 

 ルナの家に行っていたのは本当である。だが、彼女はただのクラスメイトだ。友と言う言葉が、急に重く感じられた。だが、今はそれを払っておいた。

 

「委員長の家だよ!」

「白金さんの家ね? そう、なら良いんだけれど。気をつけなさいよ。最近なんか物騒だから」

「うん。分かったよ」

「でも、ちゃんとミソラちゃんは守ってあげるのよ?」

「しつこいよ……」

「委員長さんに浮気してもダメよ?」

「しないよ!」

 

 その瞬間、あかねの目が三日月になった。

 

「あら、浮気ってことは、やっぱりミソラちゃんとつきあってるのね?」

 

 また嵌められたと苦虫を噛んだ。真っ赤な顔で悔しそうに母を睨むが、母親からしたらカワイイだけである。

 

「もう、出て行ってよ!!」

「はいはい、ごめんなさい」

 

 顔を火照らせ、スバルはちょっと乱暴にバタリとドアを閉めた。クスクスと、あかねは笑みを絶やさずに、階段を降り始めた。

 

「友達の家……ね……」

 

 トントンと母の足音が遠ざかっていく。むしゃくしゃと顔をこわばらせ、スバルは机にドカリと腰掛けて宿題のファイルを開いた。

 数分後、ネットワークを通じて刑事ドラマの情報をチェックしていたウォーロックはトランサーからすっと顔を出した。いつもなら、今頃タッチペンが擦れる聞こえてくるはずだ。しかし、今日は違った。いつまでたっても筆の音がしないのである。見ると、スバルの顔はまだ赤いままだった。

 

「どうした?」

 

 尋ねても、スバルはピクリとも動かない。もちろん、ペンを持った手も動かない。スバルはトランサーの画面に書かれている問題文に視線を落としている。でも、読んでいない。ウォーロックの声すら聞こえていなかった。ただ、思い出す。

 

――い、一緒に……買い物……い、行か……ない?――

 

 あの子から言われた言葉を思い出す。

 

――わ、私だって! 男の子と、ふふ二人で……出掛けるなんて……は……初めて……なんだもん……――

 

「は、初めて……僕も、ミソラちゃんも……」

 

 ブツブツと何かを言い始めるスバルを、ウォーロックは不審なモノでも見るかのように覗きこむ。

 

――き、来てくれなかったら……――

 

――嫌……なんだから、ね?――

 

「僕と、ミソラちゃんと……二人で買い物……」

 

――ま、待ってるからね!!――

 

「ふ、二人でって……」

 

 次に、母に言ってしまった自分の言葉を思い出した。

 

「で、デー……ト……!」

 

 それは、背筋がくすぐったくなるような、ちょっと大人へと背伸びをしたくなる言葉。

 

「あううう!!」

 

 ペタリと机に突っ伏した。放り投げたペンがコロコロと机の上で転がる。目の前を通り過ぎて行くそれに目を向けることもなく、ただ目をうっすらとだけ開いた。

 

「デート……か……」

 

 頬に当たる机が心地良いほどにひんやりとしていた。




 第六十四話でクローヌが企んでいたことはこれです。笑っていただけましたか?
 私は後悔していません。

 デンパ君やナビ達の存在感を出したいため、色々と描写していますが、雰囲気出ていますか?

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