流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第六十六話.侮れぬ男

 放送室の扉を開き、育田は中に足を踏みいれながら待ち人に謝罪した。

 

「お待たせしました。連れてきましたよ」

 

 後に続いたスバルとウォーロックは「げぇ」と言葉を漏らしそうになった。育田が近づいて行く相手は、二人からすれば関わりたくない相手だ。

 

「いやなんの。突然お訪ねしたにも関わらず、ご丁寧な対応に感謝していますよ」

「ハハハ。捜査に協力するのは当然のことですよ」

 

 頭から生えたアンテナを見て、相手が誰なのかを見間違えるわけがない。スバルとウォーロックは心底頭を抱えたくなった。

 

「久しぶりだね。星河スバル君」

「あ……どうも……」

「本官のことは覚えとるかね?」

「ええ、ヘイジのおじさんですよね?」

 

 そう、相手はサテラポリスの刑事、五陽田ヘイジである。視線を反らしながらスバルは答えた。

 

「君の家に上がった時以来なのに、よく覚えてくれていたね?」

 

 「そりゃあ、五陽田さんのキャラ濃いですから。あんなインパクトな登場されたら嫌でも覚えますよ」なんて言えず、渇いた笑みを返した。

 

「今日は君に訊きたいことが合ってね。先生に頼んで連れてきてもらったんだ」

 

 ごほんと咳払いして見せる。目元と口は笑っているが、瞳の奥は笑っていなかった。一つ一つの動作が、スバルを押しつぶすような威圧感を放っていた。おそらく、これは熟練の捜査官だからこそ出せるのだろう。戦闘とは違う質の圧迫感に息がつまりそうになる。

 

「本官は、現在ゼット波に関する事件を調査しているんだ。それは知っているね?」

 

 育田を隣に置いておき、五陽田はスバルと話を始める。まっすぐに反らすことなく、睨みつけるように向けられる眼差しはスバルの首をギュッと絞めつける。

 

「は、はい」

「その調査の一環として、この学校で起きた事件を調べていたんだよ」

 

 この話題が出た時、隣で見守っていた育田が表情をしかめた。やはり、責任を感じている様子だった。五陽田はそんな育田に気付いたが、仕事上この話を止めるわけにはいかない。

 

「すると、やっぱりゼット波が大量に検出されてね。コダマタウンで起きた二件の事件と、アマケンの事件と同様の事件だと判明したよ」

 

 コダマタウンの事件はオックス・ファイアが起こした火事と、ハープ・ノートの無差別攻撃のこと、アマケンの事件はキグナス・ウィングが天地を襲撃した時のことだ。

 サテラポリスは今まで調査はしていても目立った活躍はしていなかった。しかし、スバル達の知らぬところで着々と成果を上げていたらしい。少々驚きつつも、スバルは表情を押し殺した。

 

「そ、そうですか……けど、なんでそんな話を僕に?」

 

 当然の質問だった。そんな重要な調査内容の一部をスバルに話す必要などない。

 

「……自分は事件に関係ない……そう言いたいようだね?」

 

 だが、五陽田は否定した。今度は口元だけ暖かく笑って見せ、目は冷たくスバルを射抜いていた。

 

「アマケンの事件は君が訪問した日に起きている。学校の事件も、君が復学した数日後に起きている。そして、君は事件が起きたコダマタウンの住人。これでもまだ無関係だと言えるかい?」

 

 気がつけば、耳裏の血管がバクバクと悲鳴を上げていた。じっとりと首筋を汗が撫でる。トランサーの静寂がゾッと左手を冷やす。

 

「……何の、ことでしょうか?」

 

 平穏を装ってみる。しかし、声が微かに上ずっていた。五陽田の目をまっすぐに見れない。

 五陽田は感心していた。幾人もの犯罪者達を服従させてきたこの恐面は自慢だった。だが、手加減しているとは言えど、この少年は決して白状しようとしない。本来ならば泣き出したり、威圧感に負けて楽になろうと洗いざらい吐き出すところなのにだ。だから、五陽田はとっておきの情報を出して見せた。

 

「誤魔化すことはないだろう? それに、君にとっても良くないぞ?」

「……何も誤魔化してなんていませんよ」

「良いかね、スバル君。アマケンの協力もあって、つい先日判明したことなのだが……ゼット波の正体は、宇宙人なのだ!?」

 

 心臓が体を持ち上げた。唇の裏側で、歯がガクガクと軽快な音を鳴らし、指先から体温が無くなっていく。

 トランサーの中で、ウォーロックはひたすら息を潜めていた。こんなことをしても自分が発してるZ波の周波数が小さくなるわけではない。だが、少しでも気配を消したかった。

 

「その宇宙人は悪い奴らだ。人の孤独に付け込んで、とりついて、暴力的にさせるんだ」

 

 ここからはサテラポリスが独自に調べた調査内容だ。ずっと視線を足元に向けているスバルに語りかける。

 ウォーロックも生きた心地がしなかった。なぜそんなことまで分かる? もし、Z波の波長からここまで解読していたとするのなら、地球人の科学力は尋常ではない。自分が地球人に恐れを抱くなど思いもしなかった。トランサーを開かれても自分の姿が見えないようにと、適当に側にあったファイルを掴み、中身のデータ群を画面にまき散らした。これで、自分の姿は隠せるだろう。しかし、Z波は隠せない。もし、Z波を測定する機械を使われれば隠れきることはできない。ツーと汗が頬を撫でた。

 

「君もゼット波に関わっていると、その宇宙人たちにとり憑かれてしまうぞ?」

 

 心配を装った尋問だ。スバルの不安を煽り、情報を引き出す作戦だ。未だに五陽田の目から逃げ続けるスバルに肩を置こうと手を伸ばそうとする。

 

「ハハハッ! 宇宙人なんているわけないじゃないですか」

 

 冷たかった空気を笑い飛ばしたのはずっと側で聞いていた育田だった。大きな顔についた大きな口を全開に広げ、高々と声を上げていた。

 

「人にとりついて悪さをする宇宙人? そんな作り話、いまどきの小学生は信じませんよ。ハハハハハ!」

 

 ゲラゲラと真実を爆笑している。どうやら本当に作り話だと思っているらしい。

 

「いえ、育田先生。作り話では無く……」

「だいたい、この子がその事件に関わっているからって、小学生に何ができるって言うんです? 学校の事件は、私がおかしくなって学習電波の操作を誤ってしまったからです。アマケンの事件だって、職員が気の迷いから引き起こした事件だって言うじゃないですか。この子は無関係だと思いますよ?」

 

 「思いっきり事件に関わっています。っていうか、ある意味事件の元凶です」とスバルは心中で謝罪しておいた。

 事態の重さをまるで理解していない育田に、五陽田は反論しようした。しかし、途端に口を紡いだ。これ以上話をしても、今のスバルから情報を聞き出すのは難しそうだ。それに、自己主張しすぎて、育田から信用を失うのは得策ではない。育田の信頼を得つつ、機会を見てスバルを追い詰めるのが最も有効な方法だろう。そこまで考えて、話を切り上げることにした。

 

 

 放送室から出て深呼吸する。空気の配合は対して変わらないはずなのに、とても新鮮に感じられた。

 

「サテラポリス……あの五陽田っておっさん、侮れねえな」

「うん、そうだね」

 

 五陽田にロックバスターを撃ち込み、気絶させてデータを消去したことを思い出した。あの時は酷いことをしてしまったと思ったが、今思い返せば調査を遅らせることができて良かったと考えられる。

 

「もっと、警戒して行こうね?」

「おう」

 

 会話しながら5-A組の扉を開けた。

 

「遅かったわね?」

 

 かけられた高い声にぎょっと肩をすくめた。ルナが箒を片づけているところだった。

 

「あれ? 委員長いたの?」

「『いたの?』って何よ!? あなたの掃除を代わってあげていたのよ!」

 

 そうでしたと頭を下げた。

 

 

「全く……」

 

 そう言って、ルナはスバルを見た。自分の足元を見ながらおどおどとしているモヤシだ。なのに、あの時は彼を憧れの人と重ねてしまった。やっぱり、どうかしていたと頭を抱えて、もう一度彼を見た。

 

「え?」

 

 近づいてくる。ゆっくりとでは無く、駆け足でも無い、全力疾走だ。埃を掃ったばかりの床を全力で蹴とばして、スバルは自分に近づいてくる。

 

「な、何!?」

 

 答えるより早く、スバルは自分の腕を掴み、力任せに引っ張った。体が斜め下に大きく揺らぎ、スバルの方に倒れ込む。彼の腕に抱きこまれるように体が運ばれる。

 

「な、何すんのよ!?」

 

 急に男の子に引っ張られたのだ。頬を赤らめないわけがない。勢いのままに体を反転した。

 

「え?」

 

 目に飛び込んできた世界に、ルナは目を疑った。そこには長い柄の先に巨大な刃を取り付けた得物を掲げ、堂々と佇んでいる鎧を身につけた武者がいた。


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