流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/6/8 改稿


第五十七話.ハープの贖罪

「終わった~!」

 

 両手を高く上げて、右手のタッチペンをポーンと投げだしそうなほど活き活きとした伸びをする。

 

「お疲れ様、ミソラ」

 

 スバルにお礼のメールを送っているミソラの横に、ポンと組んできたお茶を置く。エプロンをつければ立派な家政婦さんだ。

 

「ありがと、ハープ」

「今日はもう寝たら?」

「う~ん……」

 

 お茶をすすりながら、パソコンに表示される時間と相談する。

 

「もう一度復習しとこっかな」

「そう、頑張ってね! ……お風呂には入る?」

「もちろん入るよ。美容には欠かせないからね!」

「なら洗っておくわね?」

「うん、お願い!」

 

 否、元FM星の女戦士は最早立派な家政婦さんだった。

 

「ところで、ミソラ」

「何?」

「わざわざメールなんてしなくても、スバル君に来てもらった方が早かったんじゃないかしら?」

 

 スバルには相棒のウォーロックがいる。彼と電波変換すればミソラの元まで来るのはあっという間だ。メールではなく、横に立って教えてもらうのが一番手っ取り早いし、説明も分かりやすいだろう。

 しかし、ミソラはブッとお茶を吹くと、ピンク色の髪をぶんぶんと回すように首を振った。

 

「む、無理だよ! す、スバル君だって……その、迷惑だろうし……」

「あらあら、ほんとにそれだけ?」

「そ、それだけ? って……それだけだよ!」

 

 顔から白い湯気を吹きだしながら、ハープから目を背けるように机に向かった。問題に目を通し、スバルに教えてもらった内容を思い出そうとする。だが、ただそれだけだ。それ以上はできない。いくら問題文を読み返しても頭に入ってこない。スバルが教えてくれた説明も何も出てこない。代わりに脳内で繰り返されるのはスズカに言われた言葉だ。

 

――スバル君のこと好きなの?――

 

 肺から、熱っぽくなった全ての空気を吐きだす。どれくらい熱くなってしまっているのかは、ミソラの顔の色が語っていた。脳内で繰り返し出てくる親友の言葉に、たまらずタッチペンの頭を唇で噛んだ。

 

「スバル君……」

 

 

 スバルはプツリとパソコンの電源を切った。ミソラからお礼のメールを貰った今、今日は使う予定が無いからだ。

 テレビの前で大あくびをしていたウォーロックが口を開く。

 

「おい、スバル」

「なに?」

「電波変換して、ミソラの家に行った方が早かったんじゃねえか?」

 

 ピョンと椅子から飛び上がり、爆弾発言をかましたウォーロックに力の限りに掴みかかった。

 

「なななななな、何言ってるんだよ!」

 

 ただ、悲しいことに迫力が無い。舌が動揺について行けず、耳まで真っ赤になっている。

 

「ミ、ミソラちゃんは女の子だよ! しかも、一人暮らしだよ!? 夜にお邪魔できる訳無いじゃん!!」

「ふ~ん、そう言うもんなのか?」

「そうだよ!? って言うか、分かって言ってるでしょ!?」

 

 「ククク」と腹を押さえて笑っているウォーロックに、トランサーに戻るように言って布団へと入った。

 でも、眠れない。自分がミソラの家にお邪魔した光景を想像してしまう。ミソラの部屋模様はどんなものなのだろう? こんな妄想をしていたら、ミソラのヒーローからただの変態になり下がる。ウォーロックにストーカーと呼ばれても反論できないし、ルナに衛星女とも言えなくなる。

 自分の名誉を守るために、想像する方向を変えた。逆にミソラが自分の部屋に来たらどう思うだろうと考えてみる。

 

「女の子って、どんなものが部屋にあったら喜ぶのかな?」

 

 首だけ動かして、自分の部屋の中にあるものをチェックする。大事にしているちょっと型の古い望遠鏡に、それ以上に年季の入った地球儀。本棚にぎっしりと詰め込まれた本は全て宇宙と機械に関するものだ。机の棚に入っているのはいじくっている金属の塊とスパナやネジをはじめとする工具類。壁に貼ってあるポスターに描かれているのは5年ほど前に引退した有名野球選手だ。

 残念ながら、女の子を喜ばせれそうなものは何も無い。探すのを諦めて天井を仰いだ。ミソラは何が好きなのだろう? 思い浮かんだのは歌だ。ミソラのCDでも置いておけば喜んでくれるかもしれない。歌や芸能界に興味は無いが、ミソラの歌は素直に好きだと言える。明日、学校帰りに探してみようと決めて目を閉じた。

 だが、やっぱり寝付けない。机の上に置いてあるトランサーはピクリとも動かないため、ウォーロックはもう寝ているようだ。寝ると言いだした自分も早く寝なければ。それに、明日は平日なので学校がある。ルナが、育田の復帰を校長先生に訴えるために、書名活動を始めるとも言っていた。彼女の優しさから来る行動だろうが、またクラスぐるみで振り回されることになりそうだ。

 

「早く寝なきゃ……」

 

 無心に、無心に……そう言い聞かせても浮かんでくる。あの子の笑顔が浮かんでくる。翡翠の瞳が頭から離れない。

 

「なんで……なんだろう?」

 

 もやもやとする胸を掴み、布団を大きく被ってただ目を閉じ続けた。

 

 

 洗った髪を乾かしたら後はもう寝るだけだ。ミソラはベッドの中へと潜り込む。

 

「ハープ」

「はいはい」

 

 隣にはハープが並ぶ。ミソラは横に広いハープの体を抱きしめるようにして、枕に片方の耳を埋めた。

 

「お休み」

「はい。お休み」

 

 ハープが答えた数秒後には寝息が聞こえて来た。寝れる時に寝ると言うアイドルの時に身につけた術なのだろう。この寝付きの良さに、ハープはいつも驚かされる。お情け程度に被った布団を気にしつつ、ハープも目を閉じた。

 

 

 目を覚ました。今日は月明りが眩しい夜だ。カーテンの隙間を突き破って部屋に侵入している。しかし、ハープが目を覚ました原因はそれでは無い。獣が唸るような声を耳にしたからだ。だが、その音色は獣とは程遠い。ハープはその声の主、ミソラの頭をそっと撫でた。手の動きに合わせて細い髪の毛もくしゃくしゃと動く。うなされるミソラをなだめてあげるのがハープのお仕事となっている。それも毎晩だ。ミソラの腕に力が加わり、ハープの体にかかる圧迫感が強くなるが、それをじっと耐える。

 

「止めて……お願い、止めて……その人……達は……何も……悪く無い……の……」

 

 ハープにはだいたい分かっている。ミソラは夢の中でうなされている。内容はおそらくこの前自分が起こした事件だろう。平和を謳歌していたコダマタウンの人達を無差別に傷付けた自分と、今日戦ったジャミンガーを被せてしまっている。怖くて泣いているのだ。あの事件は、ハープにそそのかされて引き起こしてしまった事件だ。しかし、ミソラにも責任はある。それは、水晶のように純粋な、少女の心の大きい傷となっていた。

 時計の長針が一周した頃、ミソラは再び安らかな眠りへと入っていた。彼女がうなされ続けている間、ハープはずっと頭を撫でてあげていた。安堵の笑みを浮かべると、そっと枕に目をやった。濡れていた。白い枕シーツには斑点が出来上がっている。ミソラの目元を優しくぬぐってあげる。涙の無くなったその寝顔は安らかで。異星人の女であるハープですら見とれてしまった。やはり、この女の子に涙は似合わないと確信する。

 

「ミソラ、私あなたが大好きよ」

 

 ミソラの寝顔を見守るその表情はまるで母か姉のように柔らかい。

 

「私ね、最初はあなたを利用するだけのつもりだったわ」

 

 地球に来て、この星に満ち溢れる楽を満喫していた。さぼっているところをキグナスに見つかってしまい、重い腰を上げた直後にミソラを見つけた。画面越しだったが伝わって来た。この少女の声から孤独の周波数が発せられれていることに。だから、すぐに経歴を調べて追いかけたのである。そして、あの日、あの町の出来事だ。

 

「でも、あなたって優しすぎるんだもの。こんな私を受け入れてくれるくらいにね?」

 

 あの時、迷いがなかったと言えば嘘になる。しかし、それでも任務を全うするためにミソラを誤った道へと誘ってしまった。この行為が彼女の心に暗い影を落とす。

 

「最初はこんな任務に当てられて、まいっちゃってたけれど……この星に来て良かったわ。だって……あなたに会えたんだもの、ミソラ……」

 

 眠っているミソラに話しかけながら月明かりに負けない眩しい笑みを浮かべた。

 

「ありがとうミソラ。私、あなたに会えたおかげで、地球が大好きになれたわ。この星も、あなたも大好きよ。だから……ね……」

 

 だからこそ、ハープは決意した。

 

「さようなら」

 

 月に雲が掛った。同時に、ミソラの寝室から光が無くなる。数秒後に雲が途切れ、月が顔をのぞかせる。再び入って来た月光が見たのは、空気を抱きしめているミソラだった。ベッドの上で規則正しい寝息を立てているミソラから、数歩離れた部屋の影にハープがいた。

 

「あなたは優しすぎる子よ」

 

 今日、スズカに言っていた言葉を思い出す。

 

――誰かが傷ついたり、困っているのを黙って見ていることなんて、私にはできないよ――

 

「あなたは自分から危険に飛びこんで行ってしまう。私が側にいて、戦う力を持っちゃたから、あんな無茶もする」

 

 ジャミンガーと電波ウィルス達に孤軍奮闘し、ミソラは傷だらけになってしまった。今回だけでは無い、今まで電波ウィルスが起こした事件には必ず首を突っ込み、二人でデリートしてきた。そのたびに、少ないとは言えど傷を負っている。

 ハープは今も寂しくなった手を弄んでいるミソラの手を見た。右手首についたあざはまだくっきりと残っている。白い肌に一点だけ着いてしまった黒は醜く、ハープの罪をそのまま表すかのようだ。

 

「私はあなたの歌を傷付けて、今度はあなたを危険に巻き込んでしまっている。怖いの。あなたが傷つくのが……私があなたのそばにいたら、あなたを危険な目に巻き込んでしまうわ。これから、アンドロメダの鍵を巡った戦いも苛烈になる。もう、あなたには傷ついてほしく無いの。だから……」

 

 目に焼き付ける。自分を受け入れてくれた、もう二度と会うことのない心優しい少女の姿を。

 

 

 町から夜が去り、押しのけるように朝が来る。黒から白へと変わっていく空が、少女の部屋に五月の温もりと共に光を届けてくれる。

 それに包まれながら、未だに寝息を立てている少女。彼女の傍らにはただ空虚な空間だけがぽつりと残されていた。


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